Episode_01.06 強化魔術
メオン老師は、ヨーム村長による稽古を遠巻きに眺めていた。
(我ながら、朝から御苦労な事だ)
そう思うメオンは、ユーリーが剣の稽古するところを見てやろうと、家から出てきたのである。そして、素振りをしているユーリーとヨシンの二人を年少組の中に見つけたのだ。
(……確かに、ヨームが褒めただけあるわい)
ヨシンもそうだがユーリーも、周りの二、三歳年上の少年のそれとは少し「出来」が違うと剣にはそれほど造詣が深くないメオンにも感じられた。
(まぁ、儂には剣は専門外じゃからな)
後で、ヨーム村長に聞いてみようと思う。
そうやってメオンが見物しているうち、素振りが掛り稽古に変わる。そして、掛り稽古が終わりかけるが、ヨシンが名乗り出て、ヨーム村長に挑戦することになった。
(ほぉ……あの坊主は度胸があるのう)
結局二度挑戦し二度とも打ち負かされたが、十三歳の少年と、老年とは言え一時は「リムルベート十傑」に数えられた
そうこうすると、広場の中心では今度はユーリーが進み出てヨームと対峙している。これには、メオン老師も驚いた。
(なにをやっとるんじゃ、あやつは……)
広場では、ユーリーがヨームの右側に回り込むように徐々に距離を詰めている。
(おおそうじゃ!)
メオン老師は何事か思いつくと、素早く右手の指を空中で動かす。「
**********
メオン老師の強化術の効果は素早く現れる。そうとは知らないユーリーはステップした瞬間身体の奥から力が湧きあがってくるのを感じた。身体が異常に軽い。
「!」
そして軽く踏み込んだつもりが、ヨームの真横まで移動してしまった。急激な変化に驚き、距離を取ろうと後ろへ跳び下がる。すると今度は一歩でヨームの攻撃範囲の外まで出てしまった。
(なんだろう……これ?)
一方、ヨームも驚いていた。右に回り込むユーリーの姿を見失ったと思った瞬間自分の真横にいたのだ。ヨームは反射的に剣を横薙ぎに払い距離を取ろうとするが、剣を振り切る前にユーリーは攻撃範囲から出てしまっていた。
(なんだこれは!)
尋常ではない移動速度である。こんなことが子供に出来る筈がない、と直感するヨームは、ハッとした表情で野次馬を見渡す。ユーリーのとんでもなく素早い動きに唖然となっている野次馬の奥の方にメオン老師が見えた。
メオン老師はヨームと目が合った瞬間、視線を逸らす。が、頬がヒクヒクと引き攣って動いているのが見えた。
(老師か! なにを考えてるんだ、一体?)
そうやって、ヨームが一瞬注意を別に逸らせた隙をユーリーは見逃さない。何が起きたか良く分からないが、ヨーム村長が驚いているのは分かった。今がチャンスかもしれない、そう思うと剣を両手で構え間合いを詰める。
身体は軽く動くと、思った所まで瞬時に距離を詰めることができた。上段を狙い、一撃を繰り出す。対応が遅れたヨームは、子供の物とは思えない素早い一撃を何とか剣の根元で受け止める。
如何に魔術で強化しても、所詮子供の身体は子供である。ユーリーの一撃を受け止めたヨームはそれを左へ突き飛ばすように押し返す。あっさり、押し返されたユーリーは尻もちをつきそうになるが、踏みとどまると、ヨームの左へ飛ぶように移動する。
左脚が地面を捉える瞬間、今度は間合いを詰めるように前方に移動する。鋭角的な動きでヨームに肉薄すると、下から上へ剣を振り上げる。ヨームはまたしてもその一撃を受け止めると、再び押し返そうと力を込める。
しかし、素早く斜め後ろに下がったユーリーに対して、その押し返しが空振りのようになってしまった。
(しまった!)
体勢の崩れたヨームに向かい、ユーリーが肉薄する。剣を腰だめに構えて突きの体勢だ。
「!!」
ヨームは身を捩るとその一撃を紙一重でかわし、同時に突っ込んでくるユーリーに脚を掛ける。ユーリーは止まることができず、勢いよく転倒してしまう。そして、すかさずヨームが倒れ込んだユーリーの背中を踏みつけると首筋に剣先を押し当てる。
「参りました……」
ユーリーはまるで潰れた蛙のような呻めき声で降参した。
広場はシーンと静まったが、つぎの瞬間一斉に歓声が上がる。
「すごいぞ、坊主!」
「やるなー!」
ユーリーはヨーム村長に腕を掴まれて引っ張り上げられる。いつの間にか、湧き上がる力は消えてしまっていた。
「まったく、驚いた……」
と言いながら、ヨーム村長はユーリーの服に着いた砂埃を払ってやる。ヨシンが近づいてくるが、凄く怒った顔をしている。
「ユーリー! なんだよ今の? あんなの、今まで見たこと無いぞ。どうやるんだ、教えろ!」
と言って掴みかかってくる。
その様子を後目に、メオン老師は盛り上がっている野次馬の間を割って入り、広場の中心に進み出ると集まった村人全員に聞こえるように大声で言った。
「やー、その。なんじゃ、スマンかった。今のは儂がユーリーに魔術を掛けて強くしてみせたのじゃ。あんまりにも村長が強いもんだからな。つい、出来心じゃ」
「えー。なんだよー」
「俺はそうじゃないかと思ってたぜ」
「いや、それにしても大したもんだ」
村人の反応は概ね「なんだ、やっぱり」というものだった。
そこで、ヨーム村長が声を上げる。
「さぁ、訓練はお終いだ。皆でメシを食べよう!」
再び、オォーと歓声があがるのだった。
**********
その日の昼頃、村人達は平常の生活に戻っていた。ユーリーは昨日仕掛けた罠を見まわるために森に入っていた。数羽の兎が罠に掛っており、それらを回収して村に帰る道の途中での事である。
金属が擦れる耳障りな音が遠くから聞こえてくる、微かな音であるが村に続く静かな小道ではそれがよく響いている。続いて数人の話声が聞こえてくる。聞き覚えの無い声だった。
ユーリーはこの物音を聞きつけると音がする村と反対側の様子を伺った。広葉樹の森が途切れ、目の前の小川を二本渡ると村の西側の入口と言う場所だ。西の
話し声や物音の主は南側から道をやってくるようだ。少しすると、辺境の開拓村では異様な格好に映る一団が現れた。二頭の馬が先導し、その後ろを見なれない風体の男女三人が歩いている。
先頭の馬上の男は騎士風で、その後ろの馬上には黒色のローブにフードを目深にかぶった女性が乗っている。その他三人は一様に徒歩であった。少年は初めて見たが話に聞いたことがある、冒険者、という者達だろうと察した。
そんな一行の先頭の進む騎士風の男がユーリーを見て声を掛けてきた。
「樫の木村の子供だな、村長の所へ案内して欲しい」
ユーリーは頷くだけで返事すると、村へ続く道を進んだ。
「しけた村だな、酒が飲める店なんかなさそうだ」
「開拓村なんて、どこも似たようなものよ。でも、
「さっさと終わらせてリムルベートに帰りたいぜ」
後ろに続く徒歩の冒険者達の声が聞こえてくる。そんな会話に馬上の二人は全く話を合わせる様子も無く馬に揺られている。
間もなく一行は土と石を積み上げ壁状にした村の西口を通り樫の木村へ入った。
樫の木村の西側には、砦跡から伸びる朽ちた石壁を盛り土で補強した土壁がある。土壁は砦跡の丘からテバ河支流である村の南側の川までの狭い土地に伸びており、村の内側にある人々の居住区と外側を仕切っている。
土壁には一箇所馬車が通れる程の切り通しの入り口が作られており、そこを通ると西口の広場になっている。東側にも同様に盛り土による壁があるが、それらは外敵を警戒して作られたものである。
また、村の南側はテバ河の支流である川が流れており、雪解け水で水量が増える春先には、周囲を囲む森林から取れた木材をウェスタの街へ輸送するのに役立っている。これが樫の木村の大まかな地形である。
程なくして、冒険者風の一行はユーリーの案内でヨーム村長宅に到着した。先頭の騎士風の男が馬を下り、ヨーム村長へあいさつをする。
「自分はウェスタ侯爵領哨戒騎士団の哨戒騎士デイルと申します。先般の魔獣掃討にも参加しておりました。王都から冒険者を案内してまいりました」
デイルと名乗った若い騎士はそう言うと、ヨーム村長に一礼した。開拓村の村長に対する対応としては、丁寧過ぎる対応に冒険者一行は驚いた表情になっていた。
「これは、ご丁寧に。村長のヨームと申します。わざわざのご足労ありがとうございます」
対するヨームは、これも丁寧に一礼すると冒険者の方を見て言った。
「大したおもてなしは出来ませんが、坂の上の砦跡を宿にしてください。今日の所はお休み頂き、明日朝に洞穴の場所に案内いたします」
そう言うともう一礼した。
「ヨーム村長、紹介が遅れまして申し訳ありません。こちらの三名がリムルベート冒険者ギルドから紹介された者です。そして、こちらの女性が魔術アカデミーから応援という形で参加頂いた――」
このやり取りをユーリーは少し離れたところから見ていた。来客自体が珍しい開拓村である、何となく好奇心がそそられたのだ。
デイルと名乗った騎士は、少し細身な体格だが、鎧を身に付け腰に長剣を帯びている。彼の立ち振る舞いはキビキビしており、ユーリーが見ても
一方冒険者の三人組みは緊張感の無いだらけた雰囲気である。両手持ちの大きな斧を背負い、分厚い金属の胸当てを装備した体格の良い男がリーダー的な存在のようだ。もう一人は腰の左右にそれぞれ小剣を差している小柄な男である。さっきから、目付き悪くキョロキョロと周りを気にしている。最後の一人は大柄な女性である。
女性というと、ヨシンやマーシャの母親は別として、皆ハーフエルフのフリタみたいに美しい、と何となく思い込んでいたユーリーだが、この冒険者の女性は浅黒く日焼けした大柄な体格に粗野な仕草が目立っていた。背中に短槍と長弓・矢筒を背負っている。
そしてもう一人、目深にフードを被った女性が冒険者達と少し距離を置くように立っている。こちらは若い女性らしい線の細い体つきで、魔術アカデミー仕様の黒ローブを着用し小杖を持っている。雰囲気からして冒険者の仲間という訳では無いようだ。
(おじいちゃんと同じ、魔法使なんだろうなぁ)
ユーリーがそう思って見ていると、ローブの女魔術師がふと視線をユーリーの方に向けた。フードから覗いた顔は色白だが血色が良く明るい金髪の巻き毛に縁どられてとても美しかった。ドキッとなったユーリーを見るとその女魔術師はニッコリと微笑んでから、すっとヨーム村長の方に視線を戻した。そして程なく、一行はヨーム村長に促されると砦跡へ続く坂道を登って行った。
(きれいな人だったなぁ……)
女魔術師の顔を思い浮かべてボーっと頬を赤らめて突っ立っている少年、ユーリー十三歳である。
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