Episode_01.04 封印されし災厄
そんなユーリーが瞑想に取り組む半地下に、いつの間にか村の子供達への授業を終えたメオン老師が降りてきていた。ユーリーの瞑想を妨げないように階段の降り口に
「ねぇおじいちゃん」
「なんじゃ?」
話かけてくるユーリーに、硬いパンを千切る手を止めてメオンは応じた。
「ヨシンがね、来年の春にウェスタ侯爵様の見習い兵士になるんだって。将来は騎士になりたいんだって」
ユーリーが川魚の塩焼きの頭の部分を咥えながら言う。
「ほぉー、あの木こりの
「もしもさー、もしもだよ。僕も兵士になって、騎士を目指したいって言ったら、おじいちゃんどう思う?」
「ハッハッハッ、お前が兵士かよ。そうさなぁ、儂はウェスタ侯爵ガーランド様に『お詫び』の手紙を書くのは嫌じゃぞ」
そう言ってみるが、老魔術師は少し動揺を感じていた。
(あの、赤子がいつの間にやら大きくなったのじゃな……)
そんな感慨だった。
「なんだよー、お詫びしなければならないほど役に立たないって言うのー、ちぇっ」
ユーリーはふくれっ面になりながら、食器を片づけ始めるのだった。
(ヨームか、ルーカにでも聞いてみようかのう?)
メオン老師は、今日の昼にヨーム村長が冷やかしに言った言葉を思い出して考えていた。弓矢の筋は良いようだが、剣の方はどうなのだろう?
メオンとて、若い頃は戦場に立つこともあった。むしろ、戦場が生活の場と言う時期もあった。ある男に
(あの男も、幼い頃はこういう事をしておったのだろうな……)
そんな事を考えてみるメオン老師である。そして、何かを思い付いたように右手の指先で宙に何か模様を描く仕草をする。
通常の五感以外の超感覚を得る魔術の一種「
この書斎には幾つか魔力を持った物が置いてあり、それらが淡い赤や青の燐光を放っているように今のメオンには感じられる。その中で床に座り瞑想を行っているユーリーを見やると、溜息とも感嘆とも取れるような声を漏らすのだった。
以前から考えていていることだが、今のメオンには「ユーリーをどうするか?」という想いが胸にシコリのようになっている。自分の知る魔術を教え込み魔術師としての道を示すか、それとも成り行きに任せて成長を見守るか、という悩みなのだ。
その悩みは、七十余年の人生で一度も子を持ったことのない老師にとっては、如何なる難解な
もしもユーリーが
更にその人物の血筋ならば、メオンの目には明るく白い燐光で包まれて見える程の魔力を持つユーリーの才能も納得できるのである。
(何故、儂に預けた? 偶然か、それとも運命か?)
何度も繰り返した疑問を再び唱えるメオンは、ユーリーが手元に来た日の事を思い出していた。それは十三年前の冬のある日の出来事。遥か北の小国の紋章を付けた騎士がこの村に迷い込んできた。その騎士が懐に抱いていた赤子がユーリーである。騎士はメオンの名を知ると、連れていた赤子を彼に託した。そして、
「すぐに戻る」
と言い残して、雪に閉ざされた森へ消えて行った。しかしその後、騎士は二度と戻ってこなかった。
その日以来メオンは、あの手この手で更に魔術も駆使し文字通り手を尽くして、あの騎士の祖国や、その国と深い関係のある「あの男」の消息を探った。しかし全く消息が掴めなかった。そのうち、まるでかつての戦友である「ある男」が自分にこの子を託したのではないか? と思うようになっていた。
メオン老師が答えの出ない思案をしているうちに、ユーリーが瞑想を終えた。
あくびをしながら、両手を上に突き上げて伸びをするように立ち上がるユーリーは、階段の所にメオンが立っていることに気付いて、
「おじいちゃん、終わったよー」
と声を掛けてくる。
メオンはその声でハッと我に返る。いつの間にか「魔力検知」の効果は切れていた。
「あくびなんぞしおって、寝ておったのじゃろ」
「違うよ、ちゃんといつも通りやっているよ。それじゃ、僕寝るからね。明日村長さんの所に稽古に行くから」
そう言いながら横をすり抜けて階段を上ろうとするユーリーを呼び止める。
「ユーリーや、お前に魔法を教えてやろうと思うが、どうじゃやってみたいか?」
思わず口をついた自分の言葉に驚きながらも、ユーリーの反応を見る。
「うーん……僕にできるかなー難しそうだし。でも、空を飛んだり出来るんでしょ?」
「あぁ、まぁそういう術もあるな」
メオンの答えに、ユーリーは即答する。
「じゃぁやってみたい」
「空を飛ぶやつは、大分難しいからまずは基本からじゃ。基本は何事も勉強じゃ」
それを聞いて、ユーリーの顔が少し
「なんじゃ、その顔は。やると言ったのはお前じゃろ。さぁこっちへ来て椅子に座りなさい」
日の暮れきった樫の木村の老師の家は未だ明りが洩れている。かすかに子供の不平を表す声と、老人の叱責する声が聞こえてきた。そうして一日は終わり、夜が更けていく。天上には針のように細くなった月が頼りなげな月明かりを放っていた。
**********
彼は目覚めていた。正確には眠ることが許されなかった。
「封印されておる……」
「――肉体はとうの昔に朽ち果てている。だが、それは問題では無い。肉は朽ちるものだ」
「朽ちた肉体には魂は留まれない。肉体と魂は一対一の関係であり、肉体が損なわれれば、魂も損なわれる。それを死と言う」
「その死を乗り越えるためにありとあらゆる死霊術の秘術を駆使し、吾輩は『魂の解放』を手に入れたはずだった。死を超越する一つの答えにたどり着いたのは、讃えられるべき吾輩の偉業であった。しかし、そこで裏切られた――」
彼の思考は続く、
「――我が子ら、我が一族によって、この石室に閉じ込められた」
「愚か者どもめ、吾輩の偉大さを理解せずに、この秘術の過程を忌み嫌うが故にこのように閉じ込め、更に魂の解放を理解しておらぬ故にそのまま放置するなど――」
彼の一族は瀕死の彼と、彼が作り上げた「魂の解放」の成果を一緒にこの石室に閉じ込めた。周到に準備された石室は、一度閉じられると中から開けることが出来なかった。
瀕死の彼は、その石室で消えかかる命の最期の力を振り絞り「魂の解放」の秘術を使った。術は発動し、彼の魂は、次の肉体へ魂を橋渡しする寄り代として準備された「杖」に宿った。
そして、肉体の苦痛は去ったが、悠久といえる長い時間が苛む魂の苦痛が始まった。
「――どれほど時間が経っただろうか――」
考えるだけで発狂しそうになる。肉は朽ち果て、声は出ない。だが、彼の怒りはドーム状の石室に
「――何故裏切った?」
「大崩壊」後の世界を、手を取り合って生き延びた文字通りの家族であり仲間であった者達に裏切られた理由が分からない彼の自問は続く。秩序が崩壊し、蛮族どもに蹂躙される都を離れ、彼は一族の長として新天地を求めた。長く辛い旅の末、西方にその新天地を見出した。
周囲の蛮族は弱小だったが、弱ってしまった彼ら一族の魔力では、それらを支配することも難しいように思われた。だからこそ、下賤な蛮族に頭を下げ、食糧を分けてもらい一族の安全を保障してもらった。そうしながら、力を蓄えたのである。
やがて、彼の研究が完成した時、彼は一族に周囲の蛮族を支配すべく戦争を開始すると伝えたのである。そしてその晩、彼は息子と孫の手により致命傷を負わされ、この石室に閉じ込められたのだった。
彼には、裏切りの理由がわからない。吾輩の何が悪かったのかと考えるが思い至らない。そのうち言いようの無い激しい怒りが湧いてくる。生への渇望が湧いてくる。
彼の思考は、「復讐」という概念に支配されているが、その手段が無いことに絶望する。そして、最初の答えに戻るのである。
「吾輩は封印されておる――」
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