Episode_01.03 少年少女


 人口五百人、百世帯前後の人々が暮らす樫の木村には子供もそれなりの数居るが、ユーリーと同じ歳なのは、木こりの息子ヨシンと農夫の娘マーシャの二人である。


 彼らの生まれる年の前後に、大きな流行り病があったので同世代の子供が少ないのだ。可哀想な話だが、彼らと同じ時期に生まれた赤ん坊や、母親達はその流行り病によって死んでしまった。これもまた、開拓村の厳しい側面である。


 しかし、そんな背景は関係ない、とばかりに元気に遊び回る三人組みだ。そんな彼ら仲良し三人組が最近よくやる遊びは、決闘ごっこ・・・・・か、お姫様と騎士・・・・・・である。決闘ごっこは文字通りユーリーとヨシンが適当な木の棒を剣に見立てて決闘の真似事をする遊びで、その時マーシャは決まって審判役だ。


 一方、お姫様と騎士はマーシャ発案の遊びで、お姫様 ――勿論マーシャのことだが―― を二人の騎士 ――言うまでも無くユーリーとヨシンである―― が取り合うために色々な勝負するという筋書きの遊びだ。勝負の内容は決闘ごっこだったり、マーシャが村のどこかに隠した「宝物」を探すことだったり、魚釣りで多く釣った方が勝ちという場合もあった。


 最近、年上の少年らに交じってヨーム村長から剣の稽古を受けるようになったユーリーとヨシンの二人は決闘ごっこの方が良かったが、マーシャのお気に入りは当然、お姫様と騎士だった。


「ユーリー、決闘だ!」


 そう言うヨシンは準備良く棒切れを二つを持っている。剣を模した木剣はヨーム村長が管理している。ヨーム村長は、決闘ごっこは危ないから程々にしろ、と言って木剣は遊びに使わせてくれない。しかし、先日ヨーム村長の稽古で筋が良いと褒められてから、ヨシンは得意になっているようだ。


「望む所だ、ヨシン!」


 ユーリーも調子を合わせる。


「ちょっと、待ちなさいよ二人とも!」


 そこにマーシャが割って入る。同じ歳のはずなのに、いつもユーリーとヨシンのお姉さんのように振る舞うマーシャだ。この年頃では女の子の方が成長が早くませて・・・いるものだろう。


「やっぱり、二人の騎士がお姫様の愛を掛けて決闘する……というのが素敵よ!」


 まったくどんなお伽噺とぎばなしを読んで仕入れた知識なのか、とユーリーとヨシンは顔を見合わせる。だが、ここで異を唱えると後が大変なので、ここは調子を合わせようと二人で頷きあう。そんな息が合った様子は幼馴染ならでわ・・・・だろう。


「騎士ユーリーよ、マーシャ姫は僕の物だ」

「ちょっとまった!」


 感情の籠っていない棒読みのヨシンの台詞せりふに早速マーシャの抗議が入る。


「なにその棒読み! やり直し」

「きききき、騎士ユーリーよ、マァーーシャ姫はぼぼぼ、僕の物だ!」


 ユーリーはマーシャから発せらる視線を背中に感じつつ、


「騎士ヨシンよ、マーシャ姫は渡さない! いざ尋常に勝負!」


 と言い、ちらっとマーシャを見る。うっとりとした様子のマーシャは自分の世界に入っているようだ。


「おやめ下さい、私を争って闘うなんてぇー」


 案の定、マーシャはノリノリである。

 

 結局そこからは、決闘ごっこになるのである。少し前まではじゃれ合い・・・・・程度のお遊びだったが、今は二人とも真剣にやっている。


 ヨシンの方が発育が良いらしく、ユーリーよりも背が高い。そのヨシンのやり方は、長めの木の棒を振り回しながら、頭や胴を狙う押しの強い攻め方である。一方ユーリーは手数を出さない。相手の振り回す棒に身体が当たらないように避けたり、受け止めたり、時にはヨシンが振りかぶる軌道に割って入り、振りかぶるのを邪魔したりする。


(ヨシンって、同じ動作の繰り返しなんだよな……)


 ユーリーは何故か、こういう時に冷静である。


 ヨシンは木の枝を振りかぶってユーリーの頭を右、右と続けて狙う。ユーリーはそれを木の棒を立てて受け止める。


(次は左から胴かな?)


 ユーリーの予想通り、ヨシンは木の枝を頭の上で一度回し、逆の左胴を狙ってくる。これをユーリーは一歩踏み出て、棒の根元で受け止める。するとユーリーの棒の握り側がヨシンの顔の近くにくる。


(これ、ここで顔を突いたら勝負有りだよね)


 ユーリーはそう思うが、握り側の棒の端を友達の顔に突き入れるなど、怖くてできない。


「うりゃぁー」


 ヨシンは、ユーリーの考えなど気も付かないようで、無邪気に反対側の右の胴を叩いてきた。対するユーリーは身体を半円の軌道で引いて逆手に持った木の棒でその一撃を受け止める。しかし、ヨシンは受け止められた棒を更に押しこみながら、ユーリーの両足を刈るように自分の右足を掛ける。


「アッ」


 ユーリーはヨシンに引き倒されてしまった。ヨシンは木の棒の先端をユーリーの喉元に付ける。とどめのつもりのようだ。


「勝負ありー」


 マーシャはそう宣言すると、倒れたままのユーリーを引き起こす。


「まったく、勝負中に何考えてたの?」


 マーシャは不満そうに、そう言うとユーリーのズボンについた土を払うようにパンパンと叩く。


「アハハハァ、ヨシンは強いな」


 別にユーリーの言葉に嘘はない。それを聞いてヨシンは胸を張ると、


「俺、来年の春にウェスタ侯爵の兵士見習いになろうと思う。お父ちゃんの仕事は兄貴達が手伝うし、俺は侯爵様の兵士になって皆をまもるんだ! そして、いつか本当の騎士になるんだ!」

 

 突然の宣言に、ユーリーもマーシャも「ポカーン」となっている。


「ユーリーも一緒に行こうぜ! こんな田舎の村と違ってウェスタの街に行けばいろんな物があってきっと楽しいよ!」


 兵士とか、騎士とか、年頃の男子なら考えないわけではない。先月村にやって来た魔獣討伐の騎士団は颯爽としていて、強そうで格好良かった。ユーリーの家はメオン老師が相談役なだけで、他の村人と違い決められた役割があるわけではなかった。今は、ルーカの元で狩人をやっているが、いつまでも「このまま」というわけには行かないことは、子供ながらにユーリーも感じていた。


(騎士か……ちょっとおじいちゃんに相談してみよう)


 ユーリーがそう考えていると、横から鼻を啜る音が聞こえる。ギョッとして横を見ると、マーシャがちょっと涙ぐんでいるようだった。


「……まぁ考えておくよヨシン。でも僕はお爺ちゃんもいるし……」


 慌てて、ユーリーはそう取り繕うがマーシャはいよいよ泣き顔になって、


「そうよ、ヨシン! ユーリーに勝てても兵隊なんか成れないわよ! こわーいオークやオーガーに食べられちゃうんだから! 私、そんなのイヤー」


 そう言うと、しゃがみ込みエンエンと泣き出したのだった……


**********


 その日の夕暮れ時 ――あの後、ユーリーとヨシンは村の南の川でマーシャの機嫌を直すために魚釣りをして川魚の大物を4匹マーシャに上げてから、森に小動物用の罠を仕掛けに出かけ、夕暮れ近くに帰って来た―― ユーリーは、釣れた川魚の塩焼きと野菜入りの薄いスープに硬いパンという夕食を済ませる。そして、食器類の片づけと水浴び、着替えを終えたユーリーは自宅でもあるメオン老師宅の、半地下になっている広めの部屋に入った。


 彼のベッドは上の階の奥の部屋にあるが、毎晩寝る前には半地下にある養父メオン老師の書斎で瞑想をするのがユーリーの日課になっていた。


 上の階からは、ユーリーより少し年上の村の子供たちに読み書きを教えているメオンの声が聞こえる。メオン老師は週に何度か日暮れから1時間程の時間で村の子供たちに読み書きや、望む者には算術を教えているのである。


 灯り油を授業料代わりに折半で負担するだけで子供達に読み書きを教えてもらえるとあって、村の親達には大変有難がられているが、子供らには大いに不評であった。


 時折、メオン老師の叱りつける声が半地下にいるユーリーにも聞こえてくるように、メオン老師の指導は厳しいのである。それを聞きながら、


(みんなは良いよ、終わったら帰れるんだから。僕なんてずっと叱られっぱなしだよ)


 とユーリーは思ってしまう。


 そんなユーリーはハァーと盛大に溜息を吐くと、気分を変えて日課の瞑想に入ろうとする。やり方はメオン老師直伝だ。すぅっと大きく深呼吸すると、半地下の書斎の壁を埋め尽くす本棚からカビ臭い独特のにおいが漂ってきて鼻についた。それに少し眉をひそめたユーリーだが、敷物の上に胡坐あぐらで座ると、なるべく手足の力を抜くように何度か深呼吸をした後に瞑想に入って行く。


 十三歳の少年が瞑想を日課にしているのには、それなりの理由がある。


 「巫病ふびょう」というやまいがある。一般的には、病というよりも呪いや物憑ものつきと理解されている病だ。


 ごく稀に、十歳から十五歳程度の成長期にある少年少女に発症することがある病だ。症状は、数日間高熱を発し意識が混濁するというものだ。処置せず放置すれば、運が良ければ自力で回復することもあるし、二週間程で衰弱死する場合もある。


 その間、患者の周辺では物が勝手に動いたり、寝ている本人が無意識に歩き回ったり意味不明な言葉を発したり宙に浮いたりする怪奇現象が現れることがある。その様子から「悪霊憑き」などと呼ばれたりすることもある。


 普通の医師や薬師では手がつけられず、神蹟術を使う聖職者や魔術を使う魔術師などの魔力を使う広義の「魔法使い」による処置が必要となる。適切な処置をすれば三、四日で意識を取り戻し、ケロッと治ってしまう病である。ある学者の調査によると、西方辺境地域では、千人に一人の割合で程度の差は別として発症するという研究があったりする。


 ユーリーは二年前にこの病に罹った。今日の午後のように遊びまわっている時に突然意識を失い倒れたのだった。幸いにも養父のメオンは高位の魔術師であり、若い頃に何度か対処の経験があったため、すぐにユーリーが巫病に掛っていることが分かった。


 対処の方法があれば、巫病の治療は単純である。経験を積んだ魔術師や神官が使うことのできる対象の持つ「魔力」を「吸い取る」又は「焼く」術を使い、患者の魔力を奪い続けることが治療になるのだ。というのも、この病は、成長期の少年少女が心身の成長以上に魔力が大きく成長してしまうことによって生じる不均衡が原因だからである。


 通常の生命活動に必要な量を大きく上回る量の魔力を作り出してしまうように「成長」してしまうため、魔力過多な状態に長期間曝された結果、心身の均衡が崩れてしまう。そして成長し過ぎた魔力があふれ出て「悪霊憑き」と思われるような現象が発生するのである。


 故に、この病を発症したものは総じて魔術・呪術・神蹟術の類に親和性が高く優秀な術者になると言われている。現に多くの国の魔術ギルドや魔術アカデミーにおいて、巫病に罹ったことがある、ということが入会・入学の要件になっているのである。


 ユーリーの場合は、素早い処置を始めることが出来たが、あふれ出る魔力の量が凄まじく、高位の術者であるメオン老師をしても、対処が追いつかない場面もあったという。ユーリーの生い立ちをある程度推測していたメオン老師だからこそ、もしかしたら、と思ってはいたが、あふれ出た魔力によって家全体が地震のように振動しだしたときは、さしもの老魔術師も肝を冷やしたという。


 このような経緯から、尋常でない魔力量のため巫病自体を再発させる恐れがあると考えたメオンはぐずる・・・ユーリーを叱りつけ、瞑想のやり方を教え込んだのだった。


 この瞑想は広義に「魔法使い」と呼ばれるもの達の間では常識的な魔力の訓練方法だった。体内の魔力をイメージしてそれを自在に動かしたり色々な抽象的な形を作ったりすることによって、魔力の収容量に奥行きを作り出す訓練である。それと同時に、特にロディ式魔術を使う魔術師にとって非常に重要な「念想力」を養う基礎的な修練でもある。


 そんな瞑想は、真剣に取り組めばある程度魔力を消費するものであるから、メオン老師はこの魔力を消費する効果を狙ってユーリーにやらせていたのだ。ただし「親の心子知らず」という言葉の通り、やり始めた頃ユーリーは全く嫌々やっていた。


 しかし、最近では瞑想のコツを掴み、以前ほどに嫌い、というわけではなくなっていた。瞑想を終えた後の、身体の芯がだるくなる一方で心がすっきりする感覚はそれほど嫌いでは無いと感じるユーリーなのである。


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