Episode_01.02 西の洞穴


 ルーカの言葉はまるで予言であった。


 それから間もなく、村の西側の丘陵地帯で普段滅多に見かけない種類の魔獣の姿が目撃されるようになったのだ。山仕事をしている木こり達の目撃情報によれば、それらは死肉を漁ると言われる黒屍犬デスハウンドという魔獣や、不死生物アンデットでも脅威度が高い屍喰鬼グールといったにまつわる魔獣であった。


 西方辺境とよばれるこの地域で、更に暗く深き森と呼ばれる北部森林地帯に近いこの地域では、魔獣自体それほど珍しい存在では無い。しかし、先程狩り中のユーリーが心配していたように、場所柄オウルベアや大獺の魔獣アダンク、そして魔犬類ハウンドのような動物系の魔獣が殆どである。


 それらの魔獣は力が強く凶暴ではあるが、野生本能を持っており本質的に人間を避ける性質を持つ。しかし今回目撃された種類の魔獣は、どちらかといえば魔物と言われる性質を持っており、積極的に人間を襲うこともある危険な種類であった。


 洞穴を検分した際のルーカの言葉を思い出すまでもなく、恐らくあの洞穴と石棺の扉の向こう側にある「何か」が原因となっていることは、この四人には直ぐに察しが付いたのだった。だから、ヨーム村長や木こりのロスペはしきりに・・・・


「直ぐに埋め戻して置けば良かった」


 と後悔していた。だが、メオン老師に言わせると、


「一度外の空気に暴露されてしまった以上、埋め戻しても結果は同じようなものじゃろう……」


 ということだった。嘘を吐いてまで、他人に慰めを言うような人物ではないメオン老師が言うのだから、恐らくその通りなのだろう。


 木こり達の報告を受けたヨーム村長は、大事をとって当分の間西の丘陵地帯を立ち入り禁止にするしかなかった。しかし、丁度良い伐採時期になっていた良質な樫林がその近くにあるため、木こりの纏め役ロスペは頭を抱えてしまった。それはヨーム村長にとっても同じことで、向こう数年間の現金収入の宛てにしていたため頭の痛い問題であった。


 しかし問題は収入源だけでは無い。大きな街から離れた小さな開拓村は常に兵士に守られているわけでは無い。そのため、周囲に魔物が徘徊しているとなると、住人達は不安を感じながら生活することになってしまう。


 今のところ、実被害は出ていない。しかし、ただでさえ厳しい開拓村の生活に、魔獣への不安が上乗せされれば、この村を去る選択をする者も現れるだろう。最悪の場合は「我も我も」と後を追う者が続き、樫の木村は開拓村として機能しなくなる。実際、そうやって大森林に消えて行った開拓村は幾つもあるのだ。


 何か手を打ちたいヨーム村長を始めとする四人は、結局ウェスタ侯爵が誇る哨戒騎士団に助けを求めることに決めた。ヨーム村長もメオン老師も、ウェスタ侯爵のことは良く知っている。貴族でありながら民を大切にするウェスタ侯爵家の家風に従い、いち早く流民対策として開拓村事業を開始した賢明な人物である。一方で、リムルベート王国内でも有数の規模の領地を持ち、その規模に応じた騎士団を保有している有力者でもある。文武をたしなみ高潔な人物として現国王の信頼もあついという。


「ウェスタの侯爵様ならば、何かしら手を打ってくれるじゃろうな」

「きっと騎士団から人手を割いて助けてくださるはずです」


 老師の肯定に、ヨーム村長自らがそう請け負った。その顔が少し誇らしげに見えるのは、彼自身若い頃はウェスタ侯爵に仕える哨戒騎士の一員だったからだろう。


 そんなヨーム村長の言葉通り、ウェスタ侯爵の対応は早かった。翌月の七月には五騎の哨戒騎士と二十名の兵士から成る分遣隊が派遣されてきたのだ。到着した騎士達はヨーム村長らと共に到着の翌日には西の丘陵地帯にて魔獣討伐を実施した。そして、結果として討伐隊は兵士数人が負傷したものの、黒屍犬デスハウンド四匹を討伐していた。しかもその内一匹はヨーム村長自らが剣を取って討ち取ったということだった。


 上々の成果に気を良くした討伐分遣隊であったが、騒動の原因と思われる洞穴内部の石扉に対しては、何をしても開けることが出来ずお手上げ状態であった。それでも彼等はその後一週間も樫の木村に滞在すると、西の丘陵地帯を中心に更に数体の魔獣討伐を実施していた。


 その隊の騎士隊長が言うには、


「粗方の魔獣は狩ったので、しばらく危険は無いと思う。だが、あの石扉については冒険者を雇うなりして調査したほう良いと思う」


 と言う事だった。


 その騎士隊長の助言を受けたヨーム村長は使いの者を王都リムルベートへ走らせることにした。少なくない出費は伴うが、不安の種を取り除くことが優先という判断であった。一方、メオン老師はなんとも言えない苦い顔でこの決定を見守っていた。


 冒険者ギルド ――冒険者に対する仕事を斡旋している機関―― は、ここリムルベート王国においては、他の多くの国と同様に王立として運営されている。元々はアーシラ帝国時代に、蛮族が跋扈する東西南北の辺境域を開拓する人々の互助組織として作られたものが基礎となっているのが冒険者ギルドだ。


 そして、ここリムルベート王国に於いては、この手の調査依頼を受ける組織として魔術アカデミーというものがあった。しかし、魔術アカデミーは王立アカデミーの付属機関という意味合いが強く、今回のような出来事で助けを頼めるのは前者の冒険者ギルドである。


 しかし、この二つの組織 ――冒険者ギルドと魔術アカデミー――は上層部で繋がっていて案件の内容によっては冒険者ギルドが魔術アカデミーに応援を要請することがある。特に未発掘の古代遺跡が絡む場合はその傾向が強いと言える。

 

 メオン老師の苦い表情の原因はここにあったのだ。


(アカデミーの連中とは関わりたくないのう……)


 これがメオン老師の思いであった。


 リムルベート王国立の魔術アカデミーとは、過去にメオン自身がしばらく籍をおいていた組織であった。そうで無くても、一般に魔術を志す者には非常に大きな存在感がある組織である。しかし、メオン老師は過去の因縁から、なるべく魔術アカデミーとは距離を置きたいと思っているのだ。かつて所属していたウェスタ侯爵領哨戒騎士団を肯定的に考えているヨーム村長とは対照的であるが、それなりの理由があってのことだろう。


 こうして、リムルベート王都の冒険者ギルドに依頼を出したのが八月半ばのことであった。騎士団の討伐から時間が空いたのは、それなりの現金を準備するのに手間取ったためだった。

 

 以上がこれまでの経緯であった。


**********


「それでは、冒険者達は西口の集会所で寝泊まりしてもらい、案内役はルーカに任せる、ということで。よいですな」


 西口の集会所とは、村の西側の入り口にある小高い丘の上に建っている建物のことだ。大昔の砦跡を改修したこの建物は、村の食糧備蓄の倉庫と集会場を兼ねている二階建ての石造りの建物である。


 ヨーム村長が念を押すように他の三人を見る。それに対して、夫々が頷き肯定である旨を示す。


「では、明日中には到着すると思いますので、よろしくお願いします」


 そう言って会合を締めくくったヨーム村長ら三人は、会合場所となっていたメオン老師宅から辞去して行くが、その時入口からユーリーの元気な声が響いてきた。


「おじいちゃん、ただいまー! ルーカさん未だ居る?」

「おかえりユーリー。どうだった?」


 奥から返事をしたのは、ユーリーの狩りの師匠ルーカだった。ユーリーは少年特有の少し甲高い声で、小鹿を仕留めた経緯をルーカに説明し始める。


 一方、その様子を微笑ましく見るヨーム村長はメオン老師に笑い掛けていた。


「子供の成長は早いもの。この前まで寝小便していたと思ったら、いつの間にかルーカと狩り談義をしている……最近は体力も付いてきて、剣術の真似事では役不足になってきている。さても、将来が楽しみですな」


 ヨーム村長の冷やかしともとれる言葉に、表情を作りかねて渋面となったメオン老師がモゴモゴと答えた。


「なにを……まだまだじゃ。あやつは少し勉学の飲み込みが悪い。その上あっちこっちと遊びまわって落ち着きというものが無いわ」


 ヨーム村長はニヤッと笑うだけで、それには反論せずにユーリーに声をかける。


「ユーリー、明日は朝から稽古だからな、忘れずに居ろよ」


 そう言って老師に辞去を述べると出て行った。


 そして、ひとしきりユーリーの話を聞き終えたルーカが自宅に戻るのと入れ違いに、今度は村の子供がユーリーを呼びにきた。


「ユーリー、遊ぼうぜ」


 そう言って、ユーリーを誘いに来たのは同じ歳のヨシンだ。後ろには、マーシャも居る。


「ちょっと待ってて」


 ユーリーはそう言って弓矢を玄関先に置くと、メオンに遊びに行ってくると伝える。


「暗くなる前に帰ってくるんじゃぞ」

「うん、わかった。行ってきまーす」


 ユーリーはそう言うと、ヨシンとマーシャと一緒に駆け出して行った。その後ろ姿を見ながら、老師は先ほどのヨーム村長の言葉を思い出し頬を緩める。そして、


「まったく、落ち着きが無いわい……」


 と独り言を呟くのであった。


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