第18話 最凶の出会い

「な、何のことだよ?」


 マサオミの腕を振り払って、とぼけてみせる。だが、ラムステイトという言葉が出てきて、俺は動揺を隠しきれない。


 テイクーンは、俺の部屋のテーブルに置いてあったラムステイト歴程を手に取りながら言う。


「地竜の勇者が連れてきたエルフの戦士を見て、疑念は確信に変わったのである。あの腕の紋章は、ラムステイト歴程に載っている等級者の紋章である。ラムステイトは実在するのであるな?」

「うっ!」


 ……と言ったっきり、黙ってしまう。それが肯定のサインになってしまったようだ。マサオミが演技ぶって、胸に手を当てた。


「いやー、よかった、よかった! あのピンクいおっさんと戦った後、俺、弱いんちゃうかと思て落ち込んでたんよ! でも裏世界のキャラやったんやなー! それやったら納得や!」


 ピステカとテイクーンは観察するような目で、俺達を見詰めている。


「この子達のステータス……昨日までと比べて、レベルが格段に上がってるわ」

「これ程に急激なレベルの上昇は稀である。ラムステイトで強い仲間を見つけ、パーティに加えた上で魔物狩りをしたという訳であるな」

「はー! チートして最短でレベル上げかいな!」


 今まで黙っていたエリスが声を上げる。


「だから何だってんだよ!!」

「いや、単純にすごいなーと思て。にいさんら、頭ええやんけ。地道にレベル上げしとった俺がアホみたいや」

「お、俺はお前みたいに強くないから……だから、」

「分かっとる、分かっとる。一長一短や。にいさんは弱い分、俺にない凄い力を持っとるもんな。裏世界ラムステイトに移動出来るちゅう、どえらい力を……」


 そしてマサオミは能面のような顔に笑顔を繕った。


「まぁ、これからは協力してやってこうや!」

「きょ、協力? レベル上げなら、もう無理だぞ! カイオウだって、いなくなったんだからな!」

「いやいや。俺らもラムステイトに連れてって欲しいだけやって。一緒に楽して攻略しようや?」

「あのなあ! 実際そんなにうまくいかないんだよ! ラムステイトに行ったところで、武器だって高くて買えないし、敵に出会ったら即死の危険だってある!」


 これは本音だ。裏の世界に行けるからって、チートするのは楽じゃない。


『簡単に得たものは失いやすい。こんなことは、アナタ方の為にはなりませんよ』


 あの時言われたローザの言葉が今になって、俺の心に突き刺さっていた。


「そらまぁ言うたら『ゲームクリア後の世界』やもんな。物価が高いんは分かる。けど、せやったら俺らもピンクいオッサンみたいな、頭一つ抜き出た仲間が欲しいわ。ああいうの、何処に行ったら見つかるん?」


 俺が答える前にピステカがラムステイト歴程のページをマサオミに見せる。


「此処じゃないかしら。記述があるわ。『武都ウルググ・強いエルフが集まる町』――だそうよ」

「へえ。その本、ちょっと貸してえや」


 マサオミが歴程をパラパラとめくっている間に、俺はピステカに言う。


「傭兵を雇うのだって、金が掛かるんだよ」

「いくら掛かるの?」

「カイオウを二日雇うのに掛かったのは、30000Gだ」

「それは凄い大金であるな」


 するとマサオミがカラカラと笑う。


「そんな中途半端なところに行くから金なんか取られるんや。ホラ、此処に行こうや……」


 そして読んでいたラムステイト歴程をテーブルの上に置く。開かれたページを見て、俺は絶句する。


 それは暗黒大陸のページだった。


「『悪魔の町デストピル』やて。『町には酒場があって、そこに行けば第三等級以上の魔族の仲間が見つかることもある』って書いとるで」

「ま、魔族の仲間……ってか、ダメだ! デストピルはマズい!」

「そうだよ! 私、いきなり魔物に脳味噌吸われかけたんだからっ!」


 俺はリネと一緒に抗議するがマサオミは全く聞く耳を持たない。


「本には、こう書いとるで。『ラムステイトでは強さは正義。弱ければ虐げられ、強ければ崇められる』――つまり強かったら、金なんか無くても強い仲間を手に入れられるっちゅうことやろ?」

「そ、そんなこと……!」

「そらまぁ多少は危険かも知れん。けどな。最初に少しばかり危険な橋を渡ってこそ後々、楽になっていくんや。それに、いざとなったら、にいさんの移動魔法で逃げたらええやん。なっ、行こうや?」


 俺にデストピルへの移動を促してくるマサオミ。エリスが遂に怒声をぶつける。


危険じゃなくて、危険なんだ!! アタシらは殺されかかったんだよ!!」

「今度は平気や。俺がおる」

「ラムステイトに行ったこともない癖に知った風な口きくな、バカ!!」

「……やかましい女やなあ」


 エリスの毒舌にマサオミの顔から作り笑いが消えた。


「ちっと黙れや」


 マサオミはエリスに歩み寄ると、エリスの首に手を回す。


「ぐっ!? て、テメー、」


 エリスは暴れるが、叩かれてもマサオミは微動だにしない。


「お、おい、マサオミ!! お前、何してんだよ!?」

「俺やったら、にいさんの能力を最大限有効に使える言うとんのや」


 片手で首を絞められ続け、エリスが苦しげに喘ぎ始めた。


「お姉ちゃん!」

「マサオミ! やめろって!」

「だったら今すぐ移動呪文、唱えてぇや。刃物なんかいらんで。ちょっと力こめてキュッってやったら、この女、それでしまいや」


 コイツ、マジかよ!? いくら何でも本当にエリスを殺したりなんか……い、いやコイツは分からない!!


「此処って日本とちゃうし、何やゲームみたいな世界やろ? 一人や二人殺したって別にええか、なんて物騒なこと、考えてまうんよね」

「た、タクマ君! アイツ、本気だよ!」

「わ、分かった! マサオミ! 言う通りにするから!」


 するとマサオミはエリスの首から手を離し、ニコリと微笑んだ。


「分かってくれたらええねん」


 そしてエリスをこちらに突き飛ばす。咳き込むエリスに、俺とリネが駆け寄った。


 俺がエリスを抱え起こし、リネが背中をさすっていると、頭上からマサオミの声が響く。


「ホラ。さっさと、その悪魔の町、連れて行ってくれや?」

「どうなっても知らないからな……!」


 マサオミに脅された俺はラルラを唱え、デストピルに向かったのだった。





 ……デストピルの町の空は初めて行った時と同じ、いやそれ以上に黒く染まっているような気がした。近くには、行き倒れたような悪魔の死体が転がっている。


「うわー。けったいな所やなー。何か生臭いし」


 デストピルの荒れ果てた光景に嘆息していたマサオミだったが、ピステカが不意に叫ぶ。


「な、何? 腕が熱いわ!」


 見ると、ピステカの右手の甲が光り輝いている! そして、まるでレーザー光線で焼き印されるように、徐々に紋章が刻まれていく!


「おおっ! 俺もや!」


 マサオミとテイクーンの手にも同じ現象が発生している。しばらくして、三人の腕にはそれぞれ違う形の紋章が刻まれていた。


「おい、テイクーン。これ、どういう事やろ?」

「ラムステイトでは、その者の強さに見合った等級が自然発生するらしいのである」

「ふーん。そうなんや……って、よう見たらなかなか格好ええやんけ! 天竜の紋章より、俺はこっちのが好きやな!」


 天竜の紋章がある腕の手首辺りに刻まれた幾何学模様の紋章を見て、マサオミが子供のように、はしゃいでいた。


 持ってきたラムステイト歴程をパラパラとめくっていたテイクーンが、開いたページを皆に見せてくる。


「このページに紋章が示す等級が書かれているのである」


 確かに色々な紋章の絵が描かれている。歴程と照らし合わせれば、ピステカは第七等級、テイクーンは第六等級、そしてマサオミは……第四等級!? カイオウより一つ低いだけじゃないか!! コイツ、ずっと地道にレベル上げてたって言ってたけど、やっぱりこんなに強いのか!!


 しかしピステカは不満そうな顔をしている。


「わ、私が第七等級? 気に入りませんわ!」

「まぁええやんけ。こっちのパーティは誰一人、紋章なんかあらへんのやから」


 マサオミは石ころを見るような目を俺とエリス、リネに向ける。そう、悔しいが七等級以下の実力しかない俺達には、紋章は現れないのだった。


 やがてマサオミが辺りを窺いながら、苦笑いする。


「それにしても、ホンマにこんなゴミ溜めみたいなとこに強い仲間おんのかいや」

「……マサオミ様。向こうから何か近付いて来るのである」


 テイクーンの視線の先を見て、俺とエリス、リネの顔から血の気が引く。


 グリフォンのような怪物。巨大な蚊。そして、口裂け女。以前、デストピルで俺達に襲い掛かってきたモンスター三匹が歩み寄ってくる!


「ま、マサオミ! 逃げよう! アイツら、いきなり襲い掛かってくるぞ!」

「ふーん」

「そんな余裕かましてる場合じゃないんだって!」


 そうこうしている内に三体の悪魔は、すぐそこまで近付いてきた。グリフォンが俺の顔を見ながら野太い声を出す。


「コイツら。この間の人間じゃねえか?」

「本当だ! 殺し損ねた奴らだぜ!」

「キキッ! 今度こそ内臓を食べてあげるわ!」


 もうダメだ!! ラルラでアクアブルツに戻るか!?


 俺は焦るが、マサオミのパーティは全く動じていない。


「ステータスは見えへん。隠しとるなあ」

「しかし腕の紋章を見るに……第六等級が二人。第七等級が一人なのである」

「了解や」


 そしてマサオミは剣を抜いて、三体の魔物の前に躍り出た。


「ああ? 何だ、コイツ? 自分から食われに出てきたのか?」


 マサオミは魔物の言葉など聞こえないように、俺を振り返る。


「もうピンクいオッサンと戦った時みたいな油断はせえへんで。最初から飛ばしていくわ」


 途端、マサオミの右手の甲が輝き、天竜の紋章が光を発している!! ゆ、勇者の力の解放ってやつか!?


「……ガルダ・ドライブ光鳥閃連撃!」


 抜き身の剣が光を帯びたと思った刹那、マサオミは先頭にいたグリフォンに斬り掛かった! 光の刃が、残像の残る速度で何度もグリフォンの体を通過する! 


「あ……?」


 そう呟いたグリフォンの頭部は既にあるべきところになく、地面を転がっていた! 同時にグリフォンの手足が緑の血液を撒き散らしながらバラバラと地に落ちる!


 な、何てスピードだ! ローザに明醒を教えて貰ってなきゃ、剣の残像すら見えなかったかも知れない! 


 仲間を瞬時に斬り殺された蚊のモンスターは、マサオミの腕の紋章に気付いたらしい。


「第四等級者……! は、早く言ってくれよ! だったら人間でも平等に扱ってやるぜ!」

「ははは。もう結構やわ」


 既に蚊の化け物の胸にはマサオミの剣が貫通していた。抜いた刃で「ひいっ!」と叫んで、逃げようとした口裂け女の首をはね飛ばす。


「つ、強ぇえ……!」


 マサオミを見ていたエリスが振り絞るような声を出した。俺も同感。イヤな奴だが、実力は本物だ! 裏世界ラムステイトの魔物を瞬殺しやがったんだから!


 しかし、事態は悪い方に進んでいた。騒ぎを聞いて、この場にどんどんデストピルの魔物達が集まってくる! 異形のモンスターが十体、いや二十体以上……ま、マズい! これはマズすぎる!


「マサオミ! 一旦、アクアブルツに戻るぞ!」

「まぁ待てや。此処では、強さが正義なんやろ? だったら問題ないんと違うか?」

「え?」


 マサオミの言う通り、俺達を取り囲んだ魔物達は、仲間の死体の傍で佇むマサオミに称賛の眼差しを送っているようだった。


「……素晴らしいーーィ」


 ふと甲高い声が聞こえた。そして、魔物の群れを掻き分け、ソレは現れる。白面のマスクで顔を覆っているせいで、赤色の双眸と三日月の口しか視認できない。体には極彩色の派手な服を身に付け、まるで道化師のような出で立ちだった。


 バラバラにされた悪魔の死体を見て、コクコクと頷き、血に濡れた剣を持つマサオミに視線を移す。


「アナタ様がやられたのですかーーーァ?」

「そうや」

「御名を窺ってもよろしいでしょうかァ?」

「天竜の勇者、マサオミや」

「天竜の……勇者……!? オ……オオオオオオォォォーーーーォ!!」


 道化師はガタガタと震えだした。天を仰ぎながら叫ぶ。


「今日は何という恵まれた日かァーーーーッ!!」


 そしてマサオミに対して、跪く。


「このギルギル!! 勇者様のご到着を長らく、お待ちしておりましたーーーァ!!」


 ま、待ってた、ってコイツ、ローザみたいなことを……!


『ギルギル』という魔物の言葉に、マサオミが顔を明るくする。


「そうか、そうか! この町で俺を待っとったんか! ホンマにゲームみたいやわ! 酒場に行く前に一人、仲間見つかりそうや! ……テイクーン、コイツの等級、どのくらいや?」


 ラムステイト歴程を眺めるテイクーンは眉間にシワを寄せた。


「不思議である。歴程に載っていないのである」

「あ? 腕に紋章あるやんけ。どういうことや?」

「……僭越ながら、ギルギルは第一等級者にてございますーゥ」


 !! だ、第一等級者!? 嘘だろ!! それってメチャクチャ凄いんじゃ!?


「ホンマか? ホンマやったら『超レアもん発見』って感じなんやけど……なぁ、ステータス見せてや?」

「失礼ながら、我があるじといえども、能力値は見せられないのですゥ。これは強者としての誇りでありますが故にィーーー」

「そーなんや。でも実力、分からんのは困るわなあ」

「心配はご無用ォ。単純かつ明快な方法にて、勇者様にギルギルの力をお見せしたいと思いますゥーーー」


 ギルギルは両手を体の前で交差させる。ドス黒いオーラがギルギルから拡散した。


「……アムツール・ギルプス」


 ぼそりと呟いた瞬間、俺達を取り囲んでいた悪魔達が叫び声を上げた! 口や目鼻から血を噴出してくずおれる!


「ひいっ!? ギルギル様に殺される!!」

「に、逃げろ!!」


 叫んで逃げようとした悪魔も次々に体中の穴から血を吹き出し、倒れ伏す! あっという間に俺達の目前には十数体の無惨な死体の山が築かれた!


 あまり感情を表に出さないテイクーンが驚愕の表情を浮かべていた。


「あの中には第五等級の魔物もいたのである。それを一瞬にして殺してのけたのである」

「ま、魔力……? 物理……? 何なの、今の力は……!」

「『アムツール・ギルプス』は、防御不能の内部破壊技にて、ございますゥーーー」


『パンッ!』と大きくマサオミが手を打った。感極まった声を出す。


「ええやん、ええやん!! 防御不能の全体攻撃技とか、超チートやんけ!!」

「お気に召しましたでしょうかァ?」

「ああ、最高や!! 第一等級者ギルギル!! 俺の仲間にしたるわ!!」

「ありがたき幸せーーーェ!! このギルギル、天竜の勇者様に生涯の忠誠を誓いますーーーゥ!!」


 ローザが俺に言ったのと同じような台詞で、ギルギルはマサオミに頭を垂れる。


「はははっ! これで黒蛇王も、いやアストロフの魔王なんかも秒殺ちゃうか! ツイとるわ、俺!」


 マサオミはとんでもなく強力な仲間を得たことで上機嫌だったが、


「ぎげ……ぎげげげげげげ……」


 ――!! だ、大丈夫かよ、コイツ!?


 不気味に笑うギルギルに、俺は底知れない異様さを感じていた。

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