第19話 殺戮
マサオミが俺に近付いてきて、肩を叩く。
「なぁ、にいさん。もうこのまま、さっさと黒蛇王の所に行って、倒してしまおうや?」
「はぁっ!? 今からかよ!?」
「こうしてる間にも黒蛇王フォトラに、罪のないアストロフの人々が殺されとる! 一刻も早く助けてやらんとあかん! 俺の正義の心がうずくんや!」
う、嘘付けっ! ギルギルの力を試したいだけのくせに!
マサオミは胸元からアストロフの地図を出し、広げて見せてきた。
「黒蛇王は制圧したサマトラ城をそのまんま住処にしとるらしい……つーことで、此処がそのサマトラ城の位置な。アクアブルツから船使ったら何日も掛かるけど、にいさんの移動魔法やったら一瞬や」
ギルギルが地図を覗き込みながら、会話に入ってくる。
「ほほーゥ。移動魔法でございますかァ」
「そうや。この地竜の勇者、タクマのにいさんは、行ったことのない場所にも行ける特殊能力の持ち主や」
「何とォ! お供の方かと思いきや、こちらの御方も勇者様なのですかーーーァ!
……ふむふむ、この手の紋章は確かにィ!」
俺の腕を握り、勇者の紋章をマジマジと見詰めるギルギル。その手は人形のように暖かみがなく、ぞくりとして俺は手をすっこめた。
リネが心配そうな顔で俺の背中を突いて聞いてくる。
「ね、ねえ、タクマ君。ホントに行くなら、カイオウさん呼んできた方が良くない?」
「そう……だな。残りのどくばりを売れば、何とか雇えるもんな」
「ハァ? ギルギルがおるんや。もうええやんか」
いやいや、違うんだよ! ギルギルもお前も何するか分かったもんじゃない! 自分達の身を守る為にカイオウを呼んでおきたいんだよ!
しかしマサオミは俺を急かしてくる。
「早よ、行こうや。にいさんらは離れた所に、おってくれてええて。黒蛇王退治は俺らがやるから」
死ぬほど行きたくないが、断ればまた大変なことになるかも知れない。
「……俺は連れて行くだけだからな?」
「分かっとる、分かっとる! じゃあ早速、サマトラ城の王の間までワープや!」
「お、王の間!? いきなりそんなところに出て大丈夫かよ!? 城の外から様子を窺った方が、」
「雑魚敵、倒すの面倒臭いやんか。ショートカットや、ショートカット」
ラルラを使えばアクアブルツ城の俺の部屋に直接帰ってくることが出来る。それと同様に、ギラルラを唱えながら王の間を念じれば可能なのかも知れない。だが、そこに黒蛇王フォトラがいる可能性は高い。準備もなく、いきなりサブボスと戦闘とかヤバいだろ……!
俺は悩むがギルギルが胸をドンと叩く。
「怖れることはございませェーーーン! このギルギルが即座に仕留めてご覧にいれましょーーーォ!」
「ほら、にいさん! ギルギルも言うとるやんか! さっさと行こうや!」
俺は大きな溜め息を吐いた後、渡されたアストロフの地図のサマトラ城に指を当て、移動呪文を唱えたのだった。
……俺とエリス、リネ、そしてマサオミのパーティは、薄暗く、だだっ広い場所に佇んでいた。敷かれた絨毯はところどころ破け、天井から吊されている大きな燭台は傾いている。
征服されたサマトラ城の王の間。その玉座に腰掛ける者がいた。鉄の鎧に身を包んでいるが、鎧から出ている手足は編み目のような黒ずんだ皮膚。首は異様に長く、頭部だけ見れば巨大な蛇そのものだ。それは鎌首をもたげ、人語を発する。
「一体どうやって音もなく此処に入ってきた? 城には部下を配置しておいたのだが……」
低い声を聞いて、マサオミが嬉しそうに叫ぶ。
「おおー! コレ、見るからに黒蛇王やんか! 一気にボスキャラやで!」
ギルギルも感激したように声を出す。
「すると此処はもう下層世界アストロフなのですかーーーァ! クンクン! 確かに空気が違ゥ、素晴らしいーーーィ! 地竜の勇者様は優秀な移動呪文の使い手にてございますーーーゥ!」
二人とも子供のように喜んでるが、俺は気が気じゃない! 恐ろしい蛇の怪物、黒蛇王フォトラがゆっくりと玉座から立ち上がる!
俺とリネが尻込みするのを見て、マサオミが微笑んだ。
「にいさんらは向こうの方で待っとけや。あ……でもあんまり離れとると、アイツ倒しても経験値入らんかも知れへんで?」
「い、いいよ。そんなの別に」
今は何より自分達の身が大事だ。俺はエリスとリネを連れて、壁の方に移動する。
視線を戻すと、既にフォトラとマサオミが対峙していた。
「俺が天竜の勇者、マサオミや」
「すると……貴様が我が同胞、邪剣王ガストラクを葬ったのか……」
牙を剥き、怒りの表情を見せたフォトラ。マサオミは隣のギルギルの肩を叩く。
「それじゃあ出番や。軽く捻ったってくれや」
「かしこまりましたーーーァ」
ギルギルは、ひょこひょこと無防備にフォトラに近付いていく。
途端、フォトラの足下から影が伸びた……いや、影じゃない! フォトラの背後から伸びた尻尾は、ギルギルの足首にまとわりつくと、太股を登り、腰に絡み付き……あっという間に全身をグルグル巻きにした!
「体中の骨を砕かれ、圧死しろ……『
フォトラの尻尾がギルギルの体に食い込む音がした。身動きの取れなくなったギルギルが口を開く。
「し、し、信じられなィィィ……」
「お、おいおい。嘘やろ、ギルギル」
マサオミが拍子抜けしたような声を出した。
「ゆ、勇者様ァ、この魔物は、アストロフでは強力な方なのですよねーーェ?」
「ああ。六凶天っちゅう幹部クラスや」
「なのに……なのに、なのに……これ程までに弱いとはーーーァ!」
「ぎげげげげげげ」と耳障りな声でギルギルが笑う! するとギルギルの体に巻き付いていたフォトラの尻尾が、まるで強力な酸でもかけたように白煙を出しながら溶けていく!
完全に無くなる前に尻尾を掴み、グイッとフォトラを引き寄せる。ギルギルの凄まじい膂力で引き寄せられたフォトラの頭部に、そのまま右手をあてがい、左手で長い首を持った。
「が……ぐが……!」
首を絞められ、フォトラの顔が苦しげに歪む! そして次の瞬間……ブチブチブチと嫌な音を立て、フォトラの首が胴体から分離した!
ギルギルは、引きちぎったフォトラの首を楽しそうにマサオミに見せる。
「仰られた通り軽く捻ってやりましたーーーァ」
「おおおっ! 瞬殺! 流石やわ、ギルギル!」
手放しで喜んでいたマサオミはとんでもない台詞をポロリとこぼす。
「この調子やったら、世界征服まで、あっちゅう間やな!!」
「!! 世界征服!? 世界を救うんじゃないのかよ!?」
俺が叫ぶとマサオミはハッと気付いた様子で、
「ああ、そやった! 間違えたわ! 世界救済やった!」
即座に訂正したが……こ、コイツ、テンション上がって自分の野望、暴露しやがった!! アストロフの魔王を倒した後は自分が君臨する気かよ!?
言い様のない不安を感じるが、
「で、でも確かに凄いよ、ギルギルさん! あんなに簡単に黒蛇王をやっつけちゃうんだもんっ!」
「ああ、六凶天を赤子みてえに……! これなら確かに魔王も難なく倒せるかも知れねえ……!」
リネとエリスが言う。魔王を倒せる仲間を得たことは確かに良いことなのかも知れないが、マサオミの野望を知った今、俺は素直に喜べない。
しかし、マサオミと同じように、喜び浮かれた女の声が王の間に轟いていた。
「あ、あはははっ! すごい、すごいわ! 一気にレベルが上がった!」
マサオミ達からずいぶんと距離を取っている俺とエリス、リネには変化はない。だが同じパーティであるピステカはフォトラを倒したことで大幅にレベルが向上したらしい。
その時、突然、ピステカの近くの扉が音を立てて開かれる。現れたのはフォトラのように手足のある蛇の兵士達。十体近くが、王の間に雪崩れ込んでくる。
自分達の主が死んでいるのを見て、「キシャーッ!」と、近くのピステカに牙を剥いた。少し驚いた表情を見せたピステカだったが、にやりと笑う。
「ちょうどいいわ。今、覚えた氷の呪文を試してあげる」
どうやら先程のレベルアップで新しい呪文を覚えたらしい。ピステカが呪文発動の為に手を動かしたその時だった。
「……アムツール・ギルプス」
腕を体の前で交差させたギルギルの声が響いた。同時に蛇の魔物達が、口から緑色の血を噴出させ、体をぐらつかせる。ピステカが氷の呪文を発動するより早く、ギルギルが例の破壊技を発動させたのだ。
「弱い弱い弱いーーーィ。何て、何て弱いんでしょうなーーァ。この世界の魔王とやらも、さぞや弱いのでしょうねーーーェ……」
十体の蛇の魔物も瞬殺し、呆れたように呟くギルギル。そして……俺は自分の目を疑う。
倒れた蛇の魔物に混じって、
「かはっ……!」
ピステカも口から真っ赤な血を吐いた! ドッと鈍い音を立て、床に倒れ伏す!
「ピステカさん!?」
「だ、ダメだ、リネ! 行くな!」
咄嗟に助けに向かおうとしたリネをエリスが止める。俺は一体何が起こっているのか、状況がよく飲み込めない。
――な、何だ!? どうしてピステカが!? もしかして……ギルギルの攻撃範囲内にいたから、巻き込まれたのか!?
マサオミが倒れたピステカにゆっくりと近付いていく。しばらく屈み込んで様子を見ていたが、困ったような顔をして頬を掻いた。
「うーわ……死んでるわ」
あまりにも呆気ないピステカの最後に俺達は言葉を失う。リネとエリスに食って掛かったり、高飛車な態度を取ったりと、全く良い印象の無いピステカだったが、それでも見知った人間が目の前で突然死んでしまい、俺の体は震えた。
「なぁ、ギルギル。攻撃範囲におったから仕方ないかも知れんけど……この女、一応俺の仲間やったんやで?」
「存じておりますーーーゥ。その上でアムツール・ギルプスを発動致しましたーーーァ」
「はあ? つまり、知ってて殺したってことなんか?」
「はいーーーィ」
にこやかに語るギルギルに俺達は戦慄する。マサオミとテイクーンですら、ギルギルの態度に顔を強張らせていた。
「デストピルまで辿り着いた勇者のパーティがこんなに弱い訳はないと、少し様子を見ておりましたァ。しかし、この世界の脆弱さを垣間見て、確信したのですゥ。天竜の勇者は見た通り、第四等級の弱者に間違いないのだとーーーォ」
「何や、お前……」
マサオミが細い目を見開き、睨み付ける。
「それでは、改めて自己紹介をばァ」
ギルギルは恭しくお辞儀しながら言う。
「ギルギルは、ラムステイトが大魔王ヴァルカザス様の配下でございますゥーーー。下位世界アストロフを救った後にやって来るという予言の勇者を屠るべく、素性を偽り、デストピルにてお待ちしておりましたァー」
リネとエリスが俺の腕を強く握った。
「た、タクマ君! これって!」
「ムチャクチャ、ヤベェんじゃねえか!?」
う、裏世界の大魔王の配下!? つまり俺達、とんでもない奴をアストロフに連れてきちゃったってことか!?
俺達が騒然とする中、マサオミは頭を掻きむしった。
「はーあ。やっぱり、うまい話って、そうそうないんやなあ……」
マサオミは普段通りの態度だった。気まぐれで買った宝くじが外れた時のように大して感情を高ぶらせていない。
「ははは。何が『生涯の忠誠』や。まんまと騙されたわー。ははははは」
笑いながらギルギルに近付いていく。な、何やってんだ! 早く逃げろよ! 『アムツール・ギルプス』が発動したらお前も殺されちまうんだぞ!
だがカラカラと笑っていたマサオミの目が鋭く尖り、同時に手の勇者の紋章が光を放つ!
「
電光石火の抜刀が光を放ち、俺の目は眩む! 閉ざされれた視界の中、マサオミの声が聞こえる!
「一時撤退や、テイクーン!」
「御意。言われた通り、既に『インドラ・マウス』は召喚しているのである」
俺が何とか目を開けると、閃光のせいでギルギルが手で目を覆っている! そしてマサオミの背後、テイクーンの足下に真っ黒な口が開いていた! 口の中に入ることでラルラのように行ったことのある場所に移動できるテイクーンの召喚獣だ!
……俺はマサオミを誤解していたかも知れない! 無謀なように見えて、もしもの時のこともしっかり想定している! この戦闘で、自分達が窮地に陥ることも考え、テイクーンに指示してたんだ!
テイクーンが先にインドラ・マウスの口に飛び込んだのを見て、エリスが俺の肩を揺さぶる。
「タクマ! アタシらも退却だ!」
「あ、ああ!」
俺もラルラを唱えようとしたが、
『バギバギバギ』!
突然、王の間に嫌な音が木霊した。音のした方を見ると、インドラ・マウスの口から上半身だけ出したテイクーンが驚愕の表情を浮かべている。
「こ、こんな……ことが……」
そして、テイクーンの口から「ゴボッ」と血が溢れる! 俺の目には、まるでインドラ・マウスがテイクーンの胴体に噛みついているように見えた!
「い、いやあああっ!」
リネが叫ぶ。耳を塞ぎたくなるような咀嚼音を立て、テイクーンはインドラ・マウスの口の中へと消えた。
「ぎげげげげげ! そこに入ると噛み砕かれて死んじゃいますので、ご注意をーーーォ!」
じ、自分で呼び出した召喚獣に殺された!? 意味が分からない!! 一体どんな能力を使ったら、こんなことが!?
「素性は確かに偽りましたがァ、ギルギルが第一等級者というのは本当なのでございますーーーゥ」
マサオミが一歩後ずさる。俺は初めてマサオミの焦燥とした顔を見た。
「う、嘘やろ……! この俺がこんなとこで、」
「勇者様、こうなった上は、お覚悟をーーーォ。我がアムツール・ギルプスは邪神級にて防御不能の破壊技でございますが故にーーーィ」
「っざけんなや、このボケ!!」
叫びながらマサオミがギルギルに斬りかかる! だが、
「……アムツール・ギルプス」
ギルギルが体の前で腕を交差する! するとマサオミは空中で体勢を崩し、口から血を吐いて床に倒れ伏した! そのままピクリとも動かない!
エリスが震える手で水晶玉を覗く。
「し、死んだ……! 天竜の勇者が……こ、殺されちまった……!」
ステータスを確認したエリスの青ざめた顔を見て、俺はごくりと生唾を呑み込んだ。
「オオオオオーーーォ!! ヴァルカザス様ーーーァ!! このギルギル、敬愛するアナタ様の為に、後の憂いを処理しておきましたーーーァ!!」
満足げに天を仰いでいたギルギルの首が、急に『ぐるん』と百八十度回って、俺の方を向く。
「おっと。忘れるところでしたーーーァ。弱い勇者があと一人ィ……」
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