第17話 亀裂

 無言で歩くローザとエリスの後をリネと一緒に付いていく。パスティアの入口を過ぎ、俺達は草原地帯を歩いていた。


 パスティアには何度も来ているが、町の外に出たのはこれが初めてだった。先頭を歩くローザが俺達を振り返る。


「此処から先はモンスターが出現します。パスティアに住むモンスターはそれなりに強敵。失礼ながらマスター達のレベルでは、攻撃を受ければ一撃で即死する怖れがあります。私の元を決して離れないように」

「ひえっ!?」


 リネと俺は慌ててローザの傍に駆け寄った。さ、流石は裏世界! 想像以上にヤバそうだ! けど……一体どんなモンスターが住んでるんだろ? マスタードラゴン? グレイターデーモン? 怖いけどちょっと見てみたい!


 ローザがいればおそらく安心だという思いもあって、恐怖心より好奇心が勝っていた。鬱蒼と草が生い茂る場所に差し掛かった時、ローザが歩みを止める。


「……気を付けてください。モンスターがいます」

「えっ! 何処に?」


 ローザが伸ばした手の先には花畑があった。タンポポのような野花に混じって、一際大きな花が見える。いや……待て!! あのデカい花、動いてる!? アレがパスティアに住むモンスターなのか!?


 それは俺がアストロフで出会ったモンスターとは全く異なっていた。というかデザインがそもそも違う。花弁の付いた顔の真ん中にはクリッとした目と大きな口があり、丸太のような太い茎からは緑色の手足がクネクネしている。滑稽な体型は遊園地のマスコットキャラや、ゆるキャラを彷彿とさせた。


 真剣な表情だったエリスがぽかんと口を開ける。


「な、何だ、ありゃあ?」

「結構、可愛いねっ!」


 リネはホワンとしているが、そんな気持ちも分からなくはない程、愛嬌のあるモンスターだった。


 しかし突然、ローザが俺の頭をグッと手で押さえる! 俺はベチャッと地面に倒れてしまった!


「い、いきなり何すんだよ、ローザ!?」

「身を伏せて! 『フラワニャ』です!」

「フラワ……ニャ?」


 どうやらあの緩い感じのモンスターの名前らしい。木で出来たジョウロを持って足下の野花に水をやるフラワニャを見て、リネが微笑む。


「花に水あげてるよ! 何だか可愛らしいモンスターだね!」

「見かけに惑わされないでください。フラワニャは凶悪なモンスターです。通常の冒険者では瞬殺されてしまうでしょう」

「ええっ!! ホントに!?」


 リネが驚くが、俺も信じられない。だって、あれが凶悪なモンスター!? 超弱そうなんだけど!!


 屈んだ姿勢で遠くのフラワニャを窺っていると、フラワニャが微笑みながら人語を発する。


「お花さん達! みーんな、元気に育ってねーっ!」


 足下の野花に水をやりながら、女性のような声を出す。俺達は気が抜けるが、ローザだけは表情を緩めない。


「奴はあのように純真さを装い、冒険者を油断させるのです」

「へ、へぇー。それで油断させてどうするつもりなんだ?」

「獲物が近付いたところで顔の花弁を大きく広げ、頭部から丸呑みにします。その後、獲物を生きたまま、ゆっくり溶かしながら捕食するのです」

「怖っ!? マジかよ!?」


 しかし、フラワニャはラムステイトの星形の太陽に向けて手を合わせている。


「世界がずうぅぅっと平和でありますように……」

「!! いや、凄く良いこと言ってっけど!?」

「マスター! 静かに!」

「はっ!?」


 ローザの説明とフラワニャの行動にギャップがありすぎたせいで、大声を出してしまった。するとフラワニャが俺の方を向いて手を振ってきた。


「あっ、人間さーん! こんにちは! こっちに来て、一緒にお花に水をやりませんかっ?」


 微笑むフラワニャに、ホッコリ優しい気持ちになるが、ローザは血相を変えていた。


「まずい! 気付かれた! 一撃で仕留めねば、私はともかくマスター達が危ない!」


 そして、ローザは剣を抜くと、微笑むフラワニャに凄まじい速さで猛ダッシュ! 十数メートルの距離を一気に詰めると、剣を大上段に構えてフラワニャに飛びかかった!


「――天限無神流・瀑布大斬ばくふたいざん!」

「きゃあああああっ!?」


 フラワニャの叫び声は斬撃と共に発生した爆発音に掻き消される! 剣を振り下ろしただけなのに、ダイナマイトを爆破させたような轟音と火炎が辺り一面に広がった! 


 ――す、すげえっ!? 何て技だよ!!


 だが、技の威力より何より……火炎と煙が去った後、地面には花弁が全て取れて無惨な姿となったフラワニャが倒れていた。げっそりとした顔で息も絶え絶えにピクピクと動いている。


「うううっ! 何だか可哀想だよっ!」


 リネが涙声で呟くが、ローザは鬼のような顔でフラワニャを見据えていた。


「むう。アレを食らって、まだ生きているとは」

「お、お願いします……! たすけて……たすけてください……!」


 哀れに命乞いするフラワニャに跨り、ローザは剣を振り上げる。そして、


「ふんっ! ふんっ! ふんっ!」


 何度も何度も剣を突き刺した! あまりの残虐ファイトに俺は叫ぶ!


「!? いや何コレ、残酷すぎる!! 夢に出てきそう!!」


 やがてフラワニャはピクリとも動かなくなった。確実に事切れたのを確認した後、ローザは俺に聞いてきた。


「……これで私の実力がお分かり頂けたでしょうか?」

「実力ってか、恐ろしい一面が分かっちゃった気がするけど!?」

 

 言いたいことは他にもいっぱいあったのだが、その刹那、『ぶわっ』と、今までにない感覚が俺を襲った。


「な、何だ……?」


 ふと気付けば、水晶玉を片手に持ったエリスがリネと、はしゃいでいる。


「やったぜ!! 一気にレベル上がったぜ!!」

「し、信じられないよ!! こんなに上がるなんてっ!?」


 フラワニャをローザが倒したことで二人共、急激にレベルアップしたらしい……ってことはフラワニャ、ホントに強かったのか。やっぱローザの言う通り、悪いモンスターだったんだよな? うん、そう信じたい。


 エリスが俺に駆け寄ってくる。


「ホラ! タクマも見ろよ!」

「ああ……」


 俺は水晶玉に映る自分のステータスを見た。




 磯谷拓馬いそがい たくま

 Lv43

 HP758 MP165

 攻撃力267 防御力256 素早さ244 魔力49 成長度28

 耐性 火 

 呪文 ラルラ ギラルラ バサラルラ

 特殊スキル 時空間操作(Lv2) 明醒(Lv1)

 特技 雹撃

 性格 普通




「!! うおっ!? 20以上もレベルが上がってる!?」


 ステータス増加はもちろん『火の耐性』も付いて……それに新しい呪文も覚えてる! デーモンを倒した時も、ギガンテスを倒した時もこれ程の急上昇はなかった!


 俺は興奮してエリスに尋ねる。


「エリス!! 俺って『平均的な町の人』より、上になってるよな!?」

「ああ!! もう恥ずかしがることはねえ!! 『城や町にいる、その他大勢の兵士』くらいのステータスだぜ!!」


 よっし! 『その他大勢のモブキャラ兵士』くらいには強くなったんだ! ま、まぁ勇者としてはどうかと思うが……それでも『兵士』! ここは素直に喜んでおこう!


「おめでとうな、タクマ!」


 急にエリスが俺に抱きついてきた! ローザには劣るが、Dカップはあるだろう胸が密着する!


「え、エリス? あの、ちょっと、」

「タクマ! アタシも嬉しいよ!」


 気付けば、俺の顔のすぐ近くにエリスの顔がある。あたふたして目を逸らすと、


「……え? ローザ?」


 ローザが顔を真っ赤に染めて、俺を睨んでいた。


「まさかマスター……! 私をだましたのですか……!」

「へっ!?」

「『私に強力なモンスターを倒させて、パーティ全体のレベルを上げた』――違いますか!?」

「い、いや誤解だ! マジでそんなつもりじゃなかったんだって! 結果としてそうなっただけで! なっ、エリス!」


 俺に抱きついたままのエリスに同意を求める。だが、エリスは一転、鋭い目をローザに向けた。


「ああ、そうさ。アタシ達は世界を救わなきゃならねえ。手段は選べないんだよ」

「エリス!?」

「お姉ちゃん!?」


 エリスの言葉に俺とリネは吃驚する。そして、


「や、やはり……そういうことだったのですね」


 ローザはプルプルと震える拳を握りしめていた。


「それが……それが……勇者のすることなのですか……!」

「ち、違うよ、ローザさん! え、エリス! 何言ってんの! ローザさんに謝って!」


 だがエリスは何も言わず、顔を伏せ、俺の体に回した腕にギュッと力を入れてきた。


 ――エリス……? お前……?


「帰って……ください……」


 振り絞るようなローザの声が聞こえて、俺は顔を上げる。俺と目が合った瞬間、ローザは怒声を張り上げた。


「帰ってください!! もう二度と此処には来ないで頂きたい!!」


 今までにも何度かローザに怒られたことはあった。だが今回のローザは明らかに様子が違っていた。


 ローザは黙ったまま、俺を睨んでいる。今は何を言っても、どう言い訳しても無理な気がした。


「分かったよ。ごめんな、ローザ……」


 俺はローザに頭を下げた後、移動呪文ラルラを唱えたのだった。






 アクアブルツ城の自分の部屋に戻った途端、リネがエリスに詰め寄った。


「お姉ちゃん!! 酷いよ!! どうしてあんなこと言ったの!? ローザさんには命だって助けて貰ったのに!!」


 ……エリスは『世界を救う為に手段は選べない』と言っていた。俺も前にバルテアの町を守る為、パスティアのマジックアイテムを手に入れたりはした。だが『ローザの信頼を裏切った上、レベル上げに利用する』――それはいくら何でもやり過ぎだと思う。


 俺も何か一言、言ってやろうとして、エリスの顔を見て――言い留まる。エリスの頬を涙が伝っていたからだ。


「アタシは……アタシはただ……」


『ドンドン』


 最高に気まずい雰囲気は、突然のノックの音で一時緩和された。部屋の鍵を掛け忘れていたらしい。扉を開けてカイオウが入ってきた。俺の方までズカズカと歩み寄る。


「取り込み中すまんが、そろそろウルググに戻ろうと思う」

「えっ。どうした、カイオウ? 忘れ物か?」

「いや。契約期間が終わったのでな」

「は? 契約期間? 何ソレ?」

「……契約書を読まなかったのか?」


 そしてカイオウは俺に藁半紙を突き付けた。


「ここに書いてあるだろう。『30000ガルドでの依頼は、依頼の達成もしくは最長一日半の同行をもって終了とする』と」

「そ、そんな!! ずっと仲間でいてくれるんじゃないのかよ!?」


 俺は叫ぶがカイオウは眉間にシワを寄せる。


「これでもワシなりに配慮はしたつもりなのだがな。本来なら、天竜の勇者の攻撃からお前を守ったことで依頼は達成、そのまま帰っても契約履行だ。だが、ウルググで受けた依頼とは違うということで、今まで同行していたのだ」


 話を聞いていたエリスが叫ぶ。


「ま、待ってくれよ、カイオウのオッサン!! 今アンタに去られたら、黒蛇王討伐はどうすんだよ!?」

「延長なら、もう30000G払ってくれ」

「何だよソレ!! ひでえよ!!」

「酷い? ワシは傭兵だ。全ては契約書に書いてあった筈だぞ」


 カイオウに食って掛かるエリス。俺は二人の間に割って入った。


「エリス。カイオウは悪くない。契約書を読まなかった俺が悪いんだ」

「タクマ……」

「カイオウ。ウルググまで送るよ」


 俺は移動呪文を唱え、カイオウを連れてウルググの町に向かった。


 ルナステの酒場の前でカイオウは俺に言う。


「依頼があれば、また言ってくれ。ワシはこの酒場にいる」


 そしてカイオウは扉を開けて、酒場に入っていった。俺とエリスとリネはぽつんと夕暮れのウルググの町に取り残される。


「……どうしよう」

 

 ふと気付けば、リネが涙をポロポロとこぼしていた。


「ローザさんに嫌われて、カイオウさんもいなくなって……これからどうしたらいいの?」


 泣きながらリネは俺の腕を引いた。


「タクマ君。あのね。私ね。さっき20以上レベルが上がったんだ。なのに、もう新しい呪文、覚えなかったの」

「えっ……」

「これが私の限界なんだよ。だから……これから先、私達だけじゃあ絶対に無理だよ……」


 リネがさめざめと泣いている。エリスも俺も押し黙った。道を歩くエルフ達が物珍しげに俺達を眺めている。

 

 俺は出来るだけ優しくリネに語りかけた。


「リネ。マサオミが何て言うか分かんないけど……とにかく黒蛇王討伐に行くのは、どうにかして断ろう。それでしばらく経ったらローザに謝りに行く。そうしよう。なっ?」


 言いながら、手でリネの涙を拭ってやる。


「……うん」


 しばらくしてリネは、こくりと頷いた。





 暗い気分でラルラを唱え、俺の部屋に戻った。俺もリネもエリスも、これ以上ない程、塞ぎ込んでいた。だが……それでも目の前に展開している光景に、俺はさっきまでに起きた事、全てを忘れて絶叫しそうになる。それ程に異様な光景だった。


 何と――俺の部屋に、マサオミとテイクーン、そしてピステカがいたのだ!


「な、な、な……!?」


 言葉を失う俺。マサオミが俺達を見て、楽しげな声を出す。


「おおー! いきなり現れたで! これが移動魔法か! ええなー、便利やなー! 俺そんなん使われへんねん!」

「ま、待てよ!! 何でお前らが俺の部屋にいるんだよ!?」

「いやいや。ちょっと、にいさんに聞きたいことがあってな。ノックしても出てこんから、中で待っとったんよ。それでや……」


 マサオミは馴れ馴れしく俺の肩に腕を回すと、にたりと笑った。


「裏の世界ラムステイトって、どんな感じなん?」

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