第13話 新天地へ

 兵士に先導されて王の間に入ると、護衛の兵達や側近が沈痛な面持ちで佇んでいる。


 アクアブルツの王も神妙な顔で玉座に腰掛けていたが、


「おおっ、勇者殿!」

 

 俺が来たのを知ると、慌てて立ち上がった。


「今、知らせがあっての。東の大陸のサマトラが陥落したそうじゃ……」


 俺より早く、エリスが驚く。


「マジかよ!! サマトラって、ミレーニュ大陸を治めてた大国だろ!?」

「そうじゃ。このアクアブルツに勝るとも劣らぬ国力と兵力を持っていた。しかし魔王軍の攻撃を受け、あっという間に滅ぼされたという」


 王は振り絞るような声で言う。 


「サマトラ国を壊滅させたのは、魔王軍六凶天ろくきょうてんが一人、黒蛇王こくじゃおうフォトラという怪物らしい」


 エリスもリネも言葉を失う。そして俺も戦慄していた。


 うーわ……! この世界、魔王軍とかそういう系がいたのかよ……!


 のんびり異世界ライフが遠のいて行く気がする。とりあえず俺として、今一番気になることを王様に聞いておく。


「その滅ぼされた東の大陸って此処から近いのか?」

「広大なプルケ海を挟んでおる。船で十日は掛かる距離じゃ。サマトラ陥落の知らせも、伝書を持たせた鳥によるものじゃからな」


 そうか。だったら今すぐ此処には攻めては来ないってことか……。


 俺は少し安心するが、王の表情は暗い。


「風の噂によれば、西の大陸にも、別の六凶天が侵攻しつつあると聞く。六体の強力な配下を使い、魔王は世界の侵略を着々と進めておるのじゃ。我が国もいつ何時、魔王の手が迫ってくるか……」


 そして王は俺の方に歩み寄り、熱い眼差しで手をギュッと握りしめた。


「ギガンテスを倒した地竜の勇者よ! どうかその力で、我が国アクアブルツを守って欲しい!」

「い、いや、そりゃまぁ俺だって守れるものなら守りたいけど……ちなみにその六凶天の、えっと黒蛇王フォトラだっけ? ソイツってどんな外見か分かる?」

「伝え聞くところによると、蛇の頭部を持ち、人語を解する魔物らしい……」

 

 更に口には猛毒の牙を持つという――が、違う違う。俺の知りたいのはそういうことじゃない。

 

「ってか、体デカいの? サイクロプスくらいある?」

「体格は人より少し大きい程度だと聞いておる」


 マジかよ! だったら『巨大モンスター用どくばり』が通用しないじゃないか!


「クソッ! 黒蛇王め! もっともっと大きければ良いのに!」


 俺が地団駄を踏むと、王や側近は目を輝かせた。


「流石は地竜の勇者殿!!」

「黒蛇王など小物に過ぎんということか!! 何と頼もしい!!」

「!! いや、別にそういう意味じゃないんだけど!?」


 俺は叫ぶが誰も聞いていない。完全に誤解されてしまったようだ。王と側近がニコニコと微笑んでいる。


「我が王よ! 勇者様がいる限り、アクアブルツは安泰ですな!」

「うむうむ! 何も気に病む必要などなかったのう!」




 

「……はーあ。また妙なことになっちゃったな」


 王の間を出た後、俺は自分の部屋へと歩きながら溜め息を漏らす。リネが暗い声で呟いた。


「魔王軍かあ。何だか危険な感じがしてきたね。私達の大陸も、征服されちゃったりするのかなあ」


 心配そうなリネに俺は声を張り上げる。


「ま、まぁ大丈夫だって! この世界には天竜の勇者がいるんだし!」


 完全に人任せな発言だが、リネはハッと思い出したようだ。


「あ、そっか! タクマ君の他にも勇者がいたんだった! きっと天竜の勇者が守ってくれるよね!」


 ……実際、俺がこの大陸からスタートしたということは、天竜の勇者は全く逆の遠く離れた場所からスタートしている可能性がある。そうでなくても、今この大陸にいないのは確実だ。近いうち黒蛇王がアクアブルツに侵攻してくるとして、タイミング良く天竜の勇者が現れて助けてくれるとは思えない。


 俺だって内心焦っていた。だがリネを不安にさせたくはなかった。精一杯、冷静さを装う。


「大丈夫だとは思うけど、俺達も念の為、魔王軍に備えておこう。ローザの修行を続けながらさ」

「うんっ! そうだね!」


 喋りながら歩いていると、いつの間にか俺の部屋まで辿り着いていた。俺はエリスに笑いかける。


「とにかく今日は休もう。ローザの修行でクタクタだ」

「ああ、そうだな。もう頭が働かねえ。明日また考えようぜ」


 エリスも素直に頷く。さっきはちょっと揉めていたが、もうお互いそれどころじゃなかった。肉体的にも精神的にも疲れていた。


 俺はエリスとリネと別れた後、割り当てられた部屋で朝までぐっすり眠ったのだった。






 翌日。


 俺達はパスティアの町にラルラを唱えて移動した。


 既にローザが家の庭で、真剣を手に素振りをしている。


「おはようございます。マスター」


 爽やかに微笑むローザに早速、相談してみる。


「なぁ、ローザ。あのさ。次の敵はかなりの強敵らしいんだよ……」

「ほう。ちなみに敵の情報は?」


 俺は王に聞いた黒蛇王フォトラの特徴をローザに伝えた。


「ふむ。蛇系のモンスターですか。ならば毒消しや麻痺を治す薬草など準備して戦闘に臨むべきでしょうね。……それでは雹撃・一二三ひふみの練習をしましょう」


 事も無げに言った後、普段通りに練習を始めかけたローザにエリスが叫ぶ。


「ま、待てよ、ローザ!! 相手は大国を簡単に滅ぼした魔物なんだぜ!? もうちょっと具体的な対策とか、強力な技とか教えてくれよ!?」


 俺もこの点に関してはエリスと全く同意見だ。それでもローザはにこりと微笑む。


「どのような敵であれ、今は基本である雹撃の習得が最優先です。その魔物が侵攻してくるまで、少なくとも後十日はあるのでしょう? 焦らず、着実に基礎を身に付けましょう」


 ……結局、昨日とやることは何も変わらなかった。俺達は雹撃・一二三の習得の為に、藁のサンドバッグを打ち続け、そしてその度にローザに叱咤され続けた。




 数時間後。俺達はまたもヘトヘトになりながら地面に横たわる。体の節々が痛む辛い修行。ただ俺は今日、文句をあまり言わなかった。


 なぜなら……


「ではマスター。『明醒みょうせい』の続きをやりましょう」


 今日も今日とてローザと二人、超至近距離で見詰め合う。


 ローザの美しい顔が間近! そして大きな胸が体に当たる!


 ああ……疲れが癒えていく……! これ……いい! この修行なら一日中ブッ続けでもいい……!


 マジマジとローザを眺めていると本当に綺麗だと思う。それに何だか薔薇のような良い匂いも漂ってくる。


 恍惚としている最中、エリスが口調を荒らげて叫んだ。


「ろ、ローザ!! その『明醒』って技、アタシとリネにも教えてくれよ!!」


 するとローザは申し訳なさそうな顔でエリスを見る。


「雹撃と違い、特性の問題があるのです。明醒は戦士タイプであるマスターにしか授けられません。エリスさんとリネさんは引き続き、雹撃・一二三の練習を続けてください」

「なっ!? ほ、ホントかよ、そんなの、」

「え、エリス!! 言われた通り、一二三の練習しよっ!? ねっ!?」


 エリスは明醒が習得出来ないせいか、イライラしているようだ。うーん。そういやエリス、昨日も怒ってたよなあ。何でだろ?


 俺はその後もローザと密着して至福の時間を過ごした。やがてローザの胸が俺の体から離れる。


「明醒の方は後少しで会得というところですね。明日は明醒の練習を重点的にやりましょう」


 やった……! それなら全然イイ! 明醒、大好き!


「マスターがとても熱心に修行に打ち込まれていて、私も嬉しく思います。この調子ならきっと一二三もすぐに覚えられるでしょう」

「はいっ! 俺、頑張りますっ!」


 俺はとても模範的な返事をして、ローザと別れたのだった。







 その翌日。


 リネとエリスを俺の部屋のバルコニーに呼んで、ラルラを唱えようとした時、


「……待て、タクマ」


 エリスが俺を止めた。何だか難しい顔をしている。


「どうした、エリス?」

「ローザには前に命を救われたし、こんなことを言うのは気が引ける。けどよ。パスティアはラムステイト歴程の地図にも載ってない僻地だ。それにローザは等級者でもねえ……」

「何が言いたいんだよ?」


 するとエリスは真剣な眼差しを俺に向けてきた。


「今日はローザの修行……サボろうぜ?」


 突然の提案に俺は驚く。


「い、いや……嘘だろ? いくら何でも、サボるとかそんな酷いこと……!」

「!? タクマだって前にサボっただろが!!」

「確かにまぁ、あの時は。けどさ、何だかんだでサイクロプスの時も、ローザは色々と考えてくれてたろ? 今回だってきっと考えてくれてるだろうし、これ以上サボるのはちょっとなあ……」

「タクマ! 分かってるか? 六凶天だ! 黒蛇王だぞ! 本気で考えて行動しないと、アタシ達の命も、アクアブルツもバルテアだってヤバいんだよ!」


 鬼気迫る表情のエリス。気付けば、そんなエリスの服の袖をリネが引いていた。


「ね、ねえ、エリス。ローザさんの修行、サボりたい理由って……本当にそれだけ?」

「何だよ、リネ……!」

「お姉ちゃん……あのこと、気にしてるんじゃないの?」

「ばっ!? あ、アタシは、ただ、」


 エリスとリネが言い争っている。俺はその間に割って入った。


「リネ。ここは俺に任せろ」

「た、タクマ君?」

「俺だってバカじゃない。エリスの気持ちは分かってる」


 二人は驚いた顔で俺を見た。


「俺だって大人の男だ。エリスがイライラしている理由はもう気付いてる。こんなことを言うのは我ながら照れくさいが……エリス、お前……」

「ううっ……!」


 俺から目を逸らし、恥ずかしそうに俯くエリスに優しげに微笑む。


「生理……なんだろ?」


 突然、エリスが俺に飛びかかってきて、胸ぐらを掴んだ!


「違うわあっ!! このアホ勇者!!」

「えええええっ!? 違うのか!?」

「タクマ!! お前、戦闘弱いだけじゃなくて頭まで弱いのか!? 生理なら三日前に終わってる!!」

「!! お姉ちゃん!? その情報、別に言わなくても良くない!?」


 より一層、顔を赤くしてエリスは頭を掻きむしった。


「ああ、もうっ!! と、とにかく、アタシはローザの他にも新しい可能性を当たってみたらどうか、って思っただけなんだよっ!!」

「……新しい可能性?」


 尋ねたリネの前に、古びた本を叩き付けるように置く。それはテイクーンが俺の部屋に忘れていった『ラムステイト歴程』だった。エリスは地図のページを開く。


「前にタクマも言ってたろ! この間、覚えた移動呪文でパスティア以外のラムステイトの町を開拓するんだよ! そこで新しい武器やローザより強い仲間を捜すんだ!」

「で、でも前回、それで酷い目に遭ったじゃん……」


 リネが恐る恐る言う。俺の頭を過ぎるのは、偶然行って殺されそうになった悪魔の町だ。


 俺とリネの不安な表情を見て、エリスが笑う。


「前はよく調べもせず、暗黒大陸なんかに行ったから、あんなことになったんだ! 妖精王が支配する大陸なら安全だって! 実はもう、目星は付けてあるんだよ!」


 エリスが地図にある町を指さしていた。そこには、こう書かれている。



武都ぶとウルググ』


 

「此処に行こうぜ、タクマ!」


 エリスが俺の肩を叩いた。


 うーん。まぁ、俺としても新しい町に興味はあるし……それにエリスも何だか引っ込みが付かなくなってるみたいだしな……。


「じゃあ、とりあえず、どんな感じか見るだけ行ってみるか」

「ほ、本当に行くの、タクマ君? 私、何だか怖いよ……」

「まぁ、危なそうだったら、すぐにラルラで戻るから」


 深呼吸した後、地図を指さし、


「ギラルラ!」


 俺は移動呪文ギラルラを発動した。地図さえあれば、行ったことのない場所にも移動できる高等移動呪文である。


 空間が、ぐにゃりと歪み……アクアブルツ城にいた俺達は今、見知らぬ町の入口に立っていた。遠くには瓦屋根の家々が立ち並んでいる。


「……此処が『武都ウルググ』か」

「何だか不思議な感じの町並みだね」

「ああ。あんな造りの建物、アタシ、初めて見たぜ」


 瓦屋根に木造建築。日本――というより中国っぽい様式だろうか。アジア圏の俺にとってはさほど珍しくない光景だが、中世ヨーロッパのような世界しか知らないエリスとリネには新鮮なようだ。


 しばらくキョロキョロと辺りを窺っていたリネが叫ぶ。


「ね、ねえっ! 誰かこっちに来るよ!」


 前方から歩いてくる人影が見えた。目を凝らせば、鉄の鎧を着た、長い栗色の髪の女性だ。だが肌の色は桃色で、耳は大きく尖っている!


 ゲームやラノベでは当たり前。だが初めて実際、目の当たりにしたエルフに俺は興奮してしまう。


「おおおっ! アレがエルフか!」

「だ、大丈夫かなあ?」


 リネが俺の後ろに隠れる。やがて、俺達の目前までやってきたエルフは、まじまじと俺達を食い入るように眺めた。


「まぁ、何て珍しい……! この町に人間が来るなんて……!」


 俺達はエルフが珍しいが、エルフも人間が珍しいらしい。それにしても、この間のことがあったのでドキドキする。さ、流石に「食っちまうぞ!」なんて言われないよな?


 急にエルフの女性が俺に右腕を伸ばしたのでビクッとしたが……エルフは笑顔で握手を求めてきただけだった。


「旅の方! ようこそ、武芸に長けたエルフの集まる『武都ウルググ』へ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る