第14話 等級者

 一見、フレンドリーなエルフの女戦士にホッとする。しかし、にこやかに微笑みながらもエルフはこう尋ねてきた。


「失礼ですが、等級は?」


 悪魔の町で『等級がない』と言ったら、いきなり殺されそうになった。もう同じ失敗はしたくない。よし、此処は嘘を吐いて……


「えっと私達、等級はないんですっ!」

「「!! リネ!?」」


 俺もエリスも驚いてリネを見る。リネは「ああっ、やっちゃった!」という顔だったが、時既に遅し。


 ま、マズい! もしかして、また……?


 恐る恐るエルフの顔を窺う――が、エルフは変わらずニコニコと微笑んでいた。


「無等級だからといって差別はしません。この大陸は、偉大にて寛大なる妖精王様が治めておられます。敵対する魔族と竜族以外の種族は、全て平等に取り扱われます」


 つまり無等級だろうが、人間だろうが、差別されることはないらしい。ああ、よかった! 此処は本当に平和そうだな!


「ウルググは主に強者が修行の為に集まる町で、闘技場や修練場などがあります。またその一方、風光明媚な場所でもあるのです。『ウルググの滝』を見る為に遠方からやってこられる方も多いのですよ」


 このエルフは町の案内役なのだろう。俺達にウルググについて丁寧に説明してくれた。「分からないことがあれば何でも聞いてくださいね」と言われたので、俺は率直に尋ねてみる。


「此処って、ゴミ捨て場とかある?」


 するとエルフは引き攣った顔を見せた。


「ご、ゴミ捨て場ですか? いきなりそんなことを聞かれたのは初めてですが……そういった場所はこの町にはありません」


 ならパスティアと違って無料アイテムゲットは出来ないのか。武器や防具はどうせ高いだろうし……となると、後は強い仲間探しか。


 エリスも俺と考えが同じだったようで、エルフに尋ねる。


「なぁ。アタシ達、強い仲間を探してるんだけど、そういうのって何処に行けばいいんだろ?」

「それなら『ルナステの酒場』に行くといいでしょう。武芸に長けたエルフが沢山集まっていますよ」


 へえ、仲間を募る酒場なんてあるのか! ゲームみたいで分かりやすくていいな!


 エルフはにこやかに笑いながら言う。


「此処は武都ウルググ! きっと強い仲間が見つかる筈ですよ!」





 酒場の場所を聞いて、案内のエルフと別れた後、俺達は瓦屋根の家や、古めかしい店々が立ち並ぶオリエンタルな感じの町を歩く。すれ違う者は皆エルフで、女も男も肌は薄いピンク色。そして武都というだけあって武闘着や鎧を着ていた。


「……此処じゃないかな?」


 リネが俺の背中を突っついた。見ると、徳利とっくりの絵が描かれた看板に、軒先からは赤提灯がぶら下がっている。何だか居酒屋のような佇まいだ。


 カラカラと引き戸を開けると、木製のカウンターに同じく木で出来たテーブルが置いてあり、数人のエルフがそこに座っていた。


「いらっしゃい」


 カウンターの向こうから、店主らしきおばちゃんエルフが俺達に声を掛けてくる。


「人間の客とは珍しいね。仲間探しかい?」

「あ、ああ」


 俺が頷くとおばちゃんエルフはテーブルを指さした。


「あそこのテーブルにいるのが、依頼待ちの武闘者達だ。気になる者がいたら話し掛けてみたらいいよ」

「なるほど。了解」


 俺達はカウンターに座って、テーブルを眺めてみる。どうしても俺の目はチャイナドレスのような服を着た、露出の高い女エルフに釘付けになった。


 あのエルフ、色っぽいなあ。あと、こっちのテーブルのエルフは可愛い感じだ。う、うわっ、ウインクしてきた? 話しかけてみよっかな!


 エルフを見て浮かれ、何だかちょっと違う店に来たような気分になっていたのだが、


「タクマ! アレなんかどうだ?」


 エリスが別のテーブルを指さしている。そして、そのテーブルを見た途端、俺は咳き込んでしまう。

 

 そこには黒い鎧をまとったガタイの良いエルフの戦士が、どっかと椅子に腰掛け、グビグビと酒を飲んでいた。短髪で口元にはヒゲを蓄えており、頬には切り傷がある。


 !? 思ってたエルフと全然違う!!


 俺は口をあんぐり開けてしまうが、話を聞いていたエルフのおばちゃんはコクコクと頷いていた。


「カイオウは此処にいる中で一番戦闘力の高いエルフだ。用心棒にはピッタリだね」


 う……。確かに見た目はすごく強そうだ。実際、俺達は六凶天に対抗出来る強い仲間を探してる訳だし、ルックスで選んだりしちゃダメだよな。


「じゃあ、とりあえず話してみるか」


 俺達はヒゲのエルフに近付いた。酒をあおっていたエルフは俺をちらりと見ると、


「……依頼か?」


 ぼそりと低い声で呟いた。いやホント渋いな! ハードボイルドか!


「ワシの名はカイオウ。戦士タイプのエルフだ。武器は何でも扱うが、得意なのは斧だ」

「そ、そうなんすか……」


 カイオウは、人間で言うと四、五十代くらいのおじさんエルフだった。どう接すればいいのか悩んでいると、


「なぁ、オッサン。アンタ、等級って持ってんだろ? どのくらいだ?」


 お、おい、エリス! お前、言葉に気を付けてくれよ!


 怒られないかとハラハラするが、カイオウは特に変わらない様子で、腕にあるイカついトライバルタトゥーを見せてきた。


「第三等級を示す『羅刹クライネの紋章』だ」


 俺とエリスとリネは顔を見合わせる。


 確か等級って、七から一まであるんだよな。うーん。第三等級ってことは真ん中よりちょっと上くらいか。


 カイオウに聞こえないように俺達三人はボソボソと話し合う。


「微妙なところだね。どうするの、タクマ君?」

「でもまぁ裏世界ラムステイトで真ん中以上ってことは、かなり強いんじゃないか?」

「よく分かんねえな。実際、能力を見てみようぜ」


 そしてエリスは懐から水晶玉を取り出した。一応カイオウに許可を取る。


「オッサン。ステータス、見てもいいか?」

「普段、能力値は隠しているが……いいだろう。見せてやる」


 そして俺達は水晶玉に映るカイオウのステータスを覗き見た……。



 

 カイオウ

 Lv45

 HP35297 MP0 

 攻撃力6452 防御力5371 素早さ3688 魔力0 成長度105

 耐性 火・氷・風・水・雷・土・毒・即死

 特殊スキル 一定時間攻撃力UP(Lv3) 能力値秘匿

 特技 乱舞裂斬

    鉄壁防魔陣

 性格 拝金主義




 リネとエリスが驚愕の声を上げる。


「す、す、すっごいステータスだよっ!?」

「あ、ああ!! 桁が一つ違う!! 第三等級って聞いた時は、たいしたことねえと思ったが……メチャクチャすげえじゃねえか!!」


 叫ぶエリスに、エルフのおばちゃんが呆れた顔で言う。


「何言ってんだい。第三等級者はこの大陸全土でたったの数人。この町じゃあカイオウ一人だけだよ」


 マジか! 第三等級者ってそんな強いんだ? こ、これなら六凶天だろうが何だろうが倒してくれそうだ!


「タクマ! これもう決まりじゃねえか!」

「ああ! じゃあ、カイオウ! 俺の仲間になってくれ!」


 だが、カイオウは身じろぎ一つしない。あ、あれ……怒ってる? 『さん付け』した方が良かったかな?


 すると突然カイオウは俺に手を伸ばしてきた。


「……依頼料をくれ」

「!! ええっ!? お金がいるの!?」

「当然だ。此処は金で仲間を雇う場所だからな」

「そ、そうなんだ? でも俺一応、勇者なんだけど……」

「勇者だろうが、何だろうが金がないと始まらん。ワシはそれで飯を食っているのだからな」


 リネがおずおずとカイオウに話しかける。


「そ、それでカイオウさん。お金っていくらなの?」


 カイオウは三本指を立ててから言う。


「30000ガルドだ」





 ……俺達はがっくりとうなだれてウルググの町を歩いていた。


「はーあ。結局、何処に行っても金がないと何にも出来ないんだよなあ」


 俺のぼやきにリネが頷く。


「だね。やっぱり帰ってローザさんの所に行こうよ?」

「ああ、そうだな。そうしよう」


 だが途端、エリスが俺の腕を引っ張った。


「まぁ待てよ、タクマ。その前に武器屋に行ってみようぜ」

「どうせ高くて買えないって」

「いいから!」


 グイグイ腕を引いて急かしてくる。ど、どうしたんだ、エリスは? この間からちょっとおかしいぞ?


 エリスに連れられて武器屋に入るが、予想通りパスティアと同じで価格は高騰。とても買えそうにない。


「だから言ったろ。無理だって」

「……いや、タクマ。『どくばり』だ。まだちょっと残ってだろ? 売れるかどうか試してみようぜ」


 確かに俺の懐にはサイクロプス戦で使った巨大モンスター用どくばりが四本入っている。


 エリスに言われて、眼鏡を付けたエルフのおじさん店主にどくばりを見せた。つまらなさそうな顔でどくばりを見た店主は、やがて食い入るようにして鑑定し始めた。


「使い切りタイプとはいえ……Sランク・レアアイテムのどくばり! 一本15000Gで引き取りますよ!」

「ええっ、そんなに高く!?」

「ほらな、タクマ! アタシの狙い通りだ! 高く買い取ってくれると思ったんだよ!」


 二本売れば30000G! これならカイオウが買える……じゃなかった、雇える!


「タクマ! 売ろうぜ!」


 売っても、どくばりは二本余る。そして、これからカイオウがずっと仲間になると思えば全然、悪くない取引だ。


 俺はどくばりを二本売って、30000Gを手に入れたのだった。


 




 ルナステの酒場で、カイオウのテーブルの上に、どさりと大金を置く。


「……うむ。確かに30000Gあるな」

「カイオウ! これからよろしくな!」


 握手を差し伸べた俺の手に、藁半紙の書類が渡される。


「これがワシとお前の契約書だ」

「え。あ、うん」


 な、何だか事務的だな。仲間ってかビジネスパートナーみたいだけど。


「それでワシを雇ったということは倒すべき敵がいるのだろう? どの大陸だ?」

「大陸ってか、この世界じゃないんだ。まずは俺達の世界アストロフまで来て貰いたい。俺の移動呪文ですぐ行けるから」


 初めてカイオウが驚いた顔を見せた。


「ほう……アストロフだと? 伝承で聞いたことがある。このラムステイトより遙かに劣った下層世界らしいな」

「うん。それで、とりあえずはそこにいる六凶天の黒蛇王って奴が相手なんだ。結構強い敵らしいんだけど……」


 するとカイオウはにやりと笑う。


「下層世界の魔物など束になってかかってこようが、このカイオウの敵ではないわ」


 た、頼もしい! これでアクアブルツも安泰だ!


「じゃあ早速、アクアブルツに行こう!」


 カイオウを仲間にした俺はラルラを唱え、アクアブルツ城の自室に戻ったのだった。





「とりあえず王様にカイオウの部屋も用意して貰わなきゃな」なんて呑気に言いながら四人で部屋の扉を開けて、驚いた。


 城内は兵士達が駆け回り、騒然としている。エリスとリネが慌てて叫ぶ。


「こ、こりゃあ一体何の騒ぎだよ!?」

「ひょっとしたら、黒蛇王が攻めてきたんじゃない!?」


 嘘だろ!! 十日は掛かるって言ってたのに!?


 俺達は血相を変えて王の間へと駆けた。



「……王様!!」


 思い切り扉を開くが、


「んん? どうしたのじゃ、地竜の勇者殿?」


 王の間では、のほほんとした空気が広がっている。あれっ? 兵士達はバタバタしてたのに?


「い、いや。城が騒がしかったから、何かあったのかと思って……」

「そうそう。今し方、知らせが届いてのう」


 そして王は楽しげに言う。


「現在このアクアブルツに、天竜の勇者が向かっているらしいのじゃ!」


 ……えっ!?

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