第7話 一緒に行こう

「アクアブルツの選定魔術師だか何だか知らねえが、会ったばかりの奴にどうしてそこまで言われなきゃなんねえんだよ!!」


 テイクーンの胸ぐらを掴むエリス。や、ヤバい! これは何とかしなければ!


 俺は二人の間に割り込んで、エリスをどうにかなだめようとした。


「エリス! 落ち着けよ! 俺が弱いのは最初からだって! エリス達のせいじゃない!」

「うるせえな! そんなこた分かってる! タクマはすっこんでろ! ブッ飛ばすぞ!」


 ええーーーっ!! メッチャ怒られた!? 俺、一応、勇者なんですけど!?


 するとテイクーンが肩をすくめる。


「口だけは達者なようなのである」

「んだ、コラ! テメーはどれだけ強いってんだよ、ああっ?」


 うわぁ……。エリス、ヤンキーみたいだ。完全にスイッチ入っちゃってんな。


 それでもテイクーンは動揺を見せない。抑揚のない声で言う。


「控えめに言って、貴様の百倍は強いのである」

「だったら見せてみろよ! その強さってやつをよー!」

「よろしい。売られたケンカは買うのである」


 テイクーンはエリスの手を払いのけると、黒のコートを翻して距離を取った。爬虫類のような感情のない目がエリスを睨め付ける。


「上等だ、この野郎!」


 対して、エリスは右手を胸の前で構える。既にその手には赤々とした魔法の炎がちらついている。


「ダメよっ、エリス! こんなところで!」

「リネ! アタシはもう自分を抑えらんねー! 弱いだの何だのバカにしやがってよ! アタシらだってレベルアップしたし、パスティアの町の武器や防具で強くなってんだ! 今からそれをコイツに見せてやるよ!」


 エリスが炎に包まれた腕を掲げ、テイクーンは両手を合わせる。エリスの体からは熱風、テイクーンの体からは黒いオーラが立ち上がる!


 ――ま、マジでこんなところでバトルする気かよ!?


 だがその時。


「二人共、控えよ! 王の御前であるぞ!」


 王の近くに居た貫禄のある中年男性が叫んだ。宰相とかいうやつだろうか。位の高そうな男の言葉にテイクーンもエリスも動きを止める。俺はホッとしたのだが、アクアブルツの王はにやりと口元を歪ませていた。


「よいよい。テイクーン。久々に目の前で、そなたの実力を見せてくれ」

「御意……である」


 なっ!? この王様、頭おかしいんじゃねえか!?


 俺はたまげるが、エリスは「のぞむところだ」と言わんばかりに口角を上げる。


「ケッ! 王の間が焼けちまっても知らねえからな!」


 そしてエリスは右手を振り下ろす!


「ヒータルト!」


 デーモンを倒して覚えたエリスの火の呪文だ! 男の拳ほどの火球がテイクーンに向けて放たれた!


 しかし、エリスとテイクーンの間に蒼髪の女ピステカが立ち塞がる。


「……フロテシア」


 ピステカが飛んでくる火球に手をかざす! すると手から発生した霜が、空間を凍らせながら広がり、飛んでくる火球ごと凍らせてしまう! 凍ったエリスの火球は、そのまま空中で粉々に砕け散った!


「なっ……!?」


 エリスが口をあんぐりと開いていた。俺の隣で、リネが驚きに満ちた声を出す。


「そ、そんな! 火球ごと凍らせるなんて! な、何て魔力なのっ!」


 魔法に関してド素人の俺にも、ピステカの凄さが分かる。エリスの数倍の魔力がなきゃあ、飛んでくる火の玉をその途中で凍らせて破壊するなんて出来ないだろう。


 だがテイクーンはピステカに冷ややかな眼差しを向けていた。


「余計なことを。この町娘は我の敵なのである」

「あら。それは失礼」

「町娘如きがこのテイクーンに牙を剥いたこと、後悔させてやるのである」


 テイクーンは『パンッ』と手を叩いた後、片手を床に付ける。瞬間、床の上に血のような赤い魔法陣が展開された。


出でよサモン。『サラマンドラー』」


 途端、魔法陣が光輝き、全身が火に包まれたオオトカゲが這い出してくる!


「キシャーッ!」


 奇声と共にエリスに向けて口を開く! 口腔から火炎放射器のような炎がほとばしる!


「くうっ!」


 弧を描くように迫るオオトカゲの炎を、横っ飛びしてどうにかかわしたエリスだったが……何とそこにはテイクーンの姿が!


「サラマンドラーの炎に気を取られて、隙だらけなのである」


 言うや、『ゴッ』と鈍い音! テイクーンの肘打ちを顔面に喰らったエリスが吹き飛ぶ! リネが小さな悲鳴をあげた。


「……召喚するだけの術師は二流。一流の召喚術師は同時に、格闘技術も鍛えているのである」


 エリスは口から血をこぼし、床にうつ伏せになったままピクリとも動かない。


「エリスっ!」


 俺とリネは倒れたエリスに駆け寄る。治癒魔法を発動させようとしたのだろう。俺より一足早くエリスに近寄ったリネだが、そのリネの腹部にテイクーンの長い足が突き刺さった。


「かはっ……!」

「リネっ!? お、お前、何てことすんだよ!!」


 しかしテイクーンは俺の言葉など聞いていない。ただ、くずおれたリネとエリスを見下ろしながら吐き捨てる。


「話にならぬ雑魚共である」


 ピステカも呆れたような顔をしていた。


「ええ。弱すぎますね。勇者様のパーティに相応しくありませんわ」


 蹴られた腹を押さえつつも、姉のもとに向かおうとするリネに俺は叫ぶ。


「リネ! じっとしてろって!」

「わ、私は大丈夫。それよりエリスを回復させなくちゃ……」

「その必要はありませんわ。せめてもの情けです」


 ピステカがエリスに近寄り、テイクーンに殴られた顔面に手を当てる。途端、淡い光が発せられた。リネが驚く。


「ち、治癒魔法も使えるの……?」

「専門は氷の魔法ですが、それでも簡単な回復魔法なら使えます。この女同様、アナタの存在価値も無くってよ」


 エリスを介抱しながらも、ピステカは下卑た笑みを浮かべていた。


 ピステカの手から光が消えた後、エリスは黙って俯き、歯を食い縛っていた。『敵の回復呪文で助けられる』――エリスにとってこれ程の屈辱はないだろう。


「これで身の程が分かったであろう」

「アナタ達は、せいぜい町の周りの弱いモンスターでも倒して一生を終えなさい。私達には勇者様と共に世界を救う大任があるのです」


 二人の言葉の後、拍手が轟いた。


「見事じゃ! テイクーン、ピステカ!」


 赤ら顔に満面の笑みを湛えて、王は俺の方を向いた。


「勇者殿! どうじゃ? テイクーンの召喚術と武闘家並の戦闘力、それにピステカの氷結魔法と治癒能力は! 類い希なる才能じゃろう!」


 するとテイクーンとピステカは王に跪く。


「我が王よ。願わくば、サイクロプス討伐後も勇者と旅を続けさせて頂きたく思うのである」

「ええ。勇者様と共に私達の才能を世を救う為に役立てたいですわ」

「うむ! 城から優秀な術師二人がいなくなるのは痛いが、そなた達が世界を救ってくれれば、それもアクアブルツの誉れじゃ! よかろう、よかろう!」


 ピステカは王にお辞儀してから、俺に手を差し伸べる。


「さぁ、勇者様。私達と共に行きましょう」


 だが、俺はピステカの手を払いのけた。ピステカが信じられないといった表情を見せる。


「勇者……様?」

「勝手に話、進めてんじゃねえよ。俺はお前らとは行かない。エリスとリネと一緒に行動する」


 エリスとリネが驚いた顔で俺を見詰めていた。テイクーンが短い溜め息を吐く。


「同情、であるか。勇者様は優しいお方である。しかし、それでは世界は救えないのである。強い武器を手に入れたら、それまでの弱い武器は売り払わなければならないのである」

「逆の立場ならアンタはそれでいいのかよ?」

「我は強いので、かような心配はないのである」

「ははっ。すっごい自信だな」


 俺は少し笑った後、真剣に言う。


「お前らが強いのは充分わかったよ。けど、仲間には出来ない」

「理由をお聞かせ願えますかしら?」

「簡単だよ。俺はお前らが嫌いだ。エリスやリネを必要以上にいたぶって能力を誇示する――そのやり方が気にくわないんだよ」

「世界を救うのに好きか嫌いかで判断なさらない方が良いかと思いますが?」

「そうか? 俺は大事なことだと思うけどな。いくら能力が高くても気の合わないパーティだと連携もチグハグになる。あとそれから、世界を救うとか、さっきから言ってるけどさ、」


 俺は自嘲気味に笑う。


「俺は世界を救うつもりなんかないんだよ」


 俺の言葉に、王の間にいた全ての者達がざわめいた。


「勇者殿……今、何と? そのようなことは冗談でも言ってならぬぞ?」

「王様。残念だけど冗談じゃない。世界を救うのは天竜の勇者の役目だ」

「な、ならば地竜の勇者殿は、一体、何をなさるつもりなのじゃ?」

「俺はバルテアの町を魔物から守る。そして、この大陸でのんびりと暮らす」

「何と……!」


 絶句する王。しばらくの沈黙の後、テイクーンが「フン」と鼻を鳴らした。


「所詮、地の竜。天に昇ること能わず……であるか。ならば今後は勇者と名乗るのを止められるのである。サイクロプスに恐れをなし、バルテアの田舎に引きこもるような輩は勇者とは呼べないのである」

「まぁ勇者の称号なんて全然いらないんだけどさ。ちょっと気が変わった。サイクロプス討伐には参加するよ」

「ほう? 我らの力なしでサイクロプスを倒す、と言うのであるか?」

「ああ、そうだ」


 ピステカが皮肉めいた笑みを浮かべる。


「サイクロプスは強敵。私達のサポートが無ければ……死にますよ?」

「城から討伐隊が出発するのは三日後だったよな? それまでに俺達は俺達で準備するよ。……行くぞ、リネ、エリス」


 そうして俺は二人を連れて、王の間の扉に向かって歩いたのだった。





「……ま、待てよ、タクマ!」

「タクマ君っ!」


 城門を出たところでエリスが俺の腕を強く引いた。


「タクマ! やっぱり戻った方が良いって!」

「どうしたんだよ、エリス?」

「い、いや……さっきはアタシ、ついカッとなっちまったけど……冷静に考えたらアイツらの言う通りだ! タクマはアイツらと一緒に行った方が良い!」


 エリスはポリポリと頭を掻いた。


「最初の予定通り、アタシ達は此処までだ。いいな、リネ?」

「う、うん。そうだね。元々、私とエリスは、勇者様がバルテアの町を出るまでのお供ってことだったし……」


 そして二人は寂しそうな顔で笑った。


「ありがとうね! 楽しかったよ! タクマ君!」

「いい思い出になったぜ! アイツらと一緒に頑張ってサイクロプスを倒してくれよ!」


 俺は深い溜め息を吐いた後で言う。


「あのなあ。お前らに見放されたら、俺は一体どうすりゃいいんだよ?」

「え。い、いやだから……これからはアイツらがタクマの仲間に、」

「仲間になったところで、どうせ俺なんてすぐに見限られる。テイクーンの理論じゃ弱い奴は切り捨てるってことだからな」

「だ、だったら……どうすんだよ?」

「だから。俺はお前らと行動するって」

「で、でもタクマ君。サイクロプスを倒すって言ってたじゃない?」

「ああ。此処で止めなきゃ、そのうちバルテアも襲われるかも知れない。サイクロプスは倒す」

「無理だって、タクマ! 状況、分かってるか? あの二人の強力な術師がいながら、サイクロプスを砦で食い止めてるのが精一杯なんだぞ! きっとデーモンより遙かに強い敵だぜ!」

「それでもやる」


 俺は不安そうなエリスの顔を見た。回復魔法で治癒されたとはいえ、頬にはテイクーンに殴られた跡がまだ残っている。


 熱いものが腹の底から込み上げてくる。


 ――アイツら……! 俺の仲間を好き勝手に罵った挙げ句、コケにしやがって……!


「俺達が弱かろうが何だろうが、要はサイクロプスを倒しゃあいいんだろ。策はある。だが……危険なことに変わりはない。エリス、リネ。俺に付き合ってくれるか?」

「そ、そりゃあタクマがやるっていうなら、アタシはやるけどよ……!」

「も、もちろん私もだよっ!」

「よし! なら俺に付いてこい!」

「な、何だか、ちょっと格好いいよ、タクマ君っ!!」

「ああ、勇者っぽいぞ、タクマ!!」

「行くぜ! サイクロプスを倒す為に、今からやることがある!」


 そして俺は移動呪文ラルラを唱え、アクアブルツを出た。






 ……さんさんと照りつける星形の太陽の下、俺は手ぬぐいを頭に巻いて奮い立っていた。


「ようし、気合い入れるぞ! 此処でもっと良いゴミを……いや良い武器や防具を見つけるんだ!!」

「た、タクマ君……! 格好いいこと言ったと思ったら……ま、またパスティアでゴミ漁りするんだね……?」

「当然だろ! 俺達がサイクロプスに勝つにはこれしか方法がない!」

「ううー。これが『策』かあ……。こんなのでうまくいくのかなあ?」


 しかしエリスは猛然とゴミ山を掻き分けていた。


「リネ! アタシはやるぜ! 漁りに漁って漁りまくってやる! そして魔力がもっと上がるマジックアイテムを見つけるぜ!」

「そうだ! いいぞ、エリス! 打倒サイクロプス! そして打倒テイクーン、ピステカだ!」

「わ、分かった! 私もやるよっ!」

「「「えいえい、おー!」」」


 気持ちを一つにゴミ漁りに専念しようとしたのだが、


「……し、信じられない。我が目を疑います」


 聞き覚えのある声にドキリとして、ゆっくり頭上を見上げる。


「マスター……! またパスティアに来ていたのですか……!」


 愕然とした表情でローザが俺を見下ろしていた。

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