第8話 ローザの流
「次に会う時は実力で此処に辿り着いた時だと、私はマスターに言いましたよね?」
ローザは怒声を発する訳ではないが、氷のような視線を俺に向けていた。う、うおっ……!! メチャクチャ怒っていらっしゃる!?
俺は話題を変えようと努力する。
「ろ、ローザ。どうして此処に俺達がいると分かったんだ?」
「例の如くポポロンが教えてくれたのです。また勇者様がパスティアに来ている、と」
……そうだった。ゴミ捨て場に来る前、雷の杖の予備を貰いにポポロンにコッソリ会いに行ったのだった。結果、最近は作っていないらしく、雷の杖は貰えなかった。一応、発注しておいたが、三日以上は掛かるそうだ。それにしてもポポロンには俺達に会ったこと、ローザに言わないように言っておいたんだけどなあ。今度からはもっと念入りに注意しておこう。
ローザは呆れた顔で言う。
「マスターは勇者なのですよ。それが這いつくばってゴミ漁りとは。情けなくはないのですか? 遠くから見ると、マスターが一瞬、ゴミの塊に見えましたよ」
「!! 虫けらの次はゴミ扱い!? それはいくら何でも酷くない!?」
「ゴミ捨て場などにいるから、そう見えるのです!」
「うっ。そ……そうですか」
言い返せず、押し黙る俺にエリスとリネが助け船を出してくれる。
「な、なぁ、ローザ! タクマだって弱いなりに一生懸命やってんだぜ?」
「そうだよ! 私達、三日後にはサイクロプス討伐に参加するんだ! だから、」
「必死になる方向が違うでしょう。どうして、まずは己を鍛えようと思わないのですか?」
ぴしゃりと一喝されて、俺は頭を掻く。
「いや、今は差し迫った状況で鍛えてる暇がないっていうか……」
「何にせよ、すぐに楽な方に逃げるのは良くありません。今回、何とか凌げても次回はどうするのですか? 私はやはり努力して強くなるのが最良だと考えます」
「で、でもローザさん。努力ってどうするの?」
「ああ。アタシらだって、町の周りのモンスターは倒したりしてるんだぜ? けど、もうなかなかレベルが上がらないんだよ」
リネとエリスの話を聞いて、ローザは少し考えた後で呟く。
「なら……たとえば、誰か強い者に技を習うとかですね……」
ローザのその一言で俺はハタと膝を打った。
「あっ! それは思いつかなかったな! じゃあさ、ローザ! 俺に技を教えてくれよ!」
「えっ」とローザが驚いているが……そうだ、そうだよ! 仲間になってくれなくても、最後の町にいるローザから強い技やスキルを習得出来れば……!
「ほ、本気ですか? マスター」
「勿論! だって、それなら協力してくれるんだろ?」
「まぁ……」
しばらくアゴに手を当て、辺りを歩き回り、熟考していたローザだったが、
「……分かりました。それでは今から付いてきてください」
「よっし! ローザ! よろしくな!」
感謝した後、俺は足下のゴミを漁ろうとする。するとローザが目を丸くして叫んだ。
「ま、マスター!? 何をしているのですか!? 今から技を覚えるのではないのですか!?」
「それ、もうちょっと後でいい? まだ此処で何も拾ってないんで」
「ダメです!」
「いや、ほんのちょっとだけ、」
「ダメです!!」
「……は、はい。すいません」
ローザの家の庭は広く、整地された地面の上に、藁を束ねて作ったサンドバッグのような物が置いてあった。俺を前にローザはこほんと咳払いする。
「それでは今からマスターには、私の流派『
「てんげん……何だか難しい名前だな」
「私に師はおりません。天限無神流は私が独自に編み出したものです」
「ふーん。とにかくよろしく頼むよ、ローザ」
修行が始まると知って、エリスとリネが俺に手を振った。
「それじゃあ、頑張れよ、タクマ!」
「タクマ君、頑張ってね!」
俺は二人に近付き、こっそり呟く。
「この間にゴミ漁りは頼んだぞ?」
「おう、任しとけ」
エリスが親指を立てたが、
「……聞こえていますよ?」
「「え!?」」
何といつの間にかローザが俺達の背後に立っていた!
「どうして目を離すと、すぐにゴミ捨て場に行こうとするのですか? アナタ達は清掃業者なのですか?」
「い、いや、あはは! だ、だってアタシら、やることねえし!」
「やることはあります。エリスさんとリネさんにも、マスターと同じ技を覚えて貰います」
「はぁっ!? ローザは剣士だろ!? アタシらがその技、習って意味あんのかよ!?」
「そうだよ! エリスは魔法使いで、私は僧侶だよ?」
「大丈夫。きっと役に立ちます。……見ていてください」
藁のサンドバッグを前に、ローザは腰の剣を抜いて構えた。やがてローザの体から光のオーラが溢れ出る。
ローザの艶のある唇が開かれた。
「天限無神流――『
そして、ローザは藁のサンドバッグを斬り付けた。いや実際のところ、藁を斬る音と、剣を振り切った体勢のローザを見て『斬った』と判断しただけだ。俺にはローザの太刀筋がまるで見えなかった。
「……これが私の技です」
「は、はぁ。なるほど」
目にも止まらぬ剣術。それがローザの技『雹撃』なのだろうか。でも、こんなの『素早さと腕力ありき』の技じゃんか。全く覚えられそうにないぞ……。
急に、藁のサンドバッグを見詰めていたエリスが声を上げる。
「おかしいぜ、タクマ! この藁、斬った跡が二つある!」
言われて藁を見る。藁には袈裟斬りしたように大きく裂けた跡と、その下にも全く同じような斬り跡があった。確か、ローザが斬りつける前は、まっさらなサンドバッグだった筈だけど……。
エリスが叫ぶ。
「ローザ! 一体、いつの間に二回斬ったんだよ?」
「一撃目とほぼ同時に、です」
「う、嘘だろ? まるで見えなかったぜ?」
「違うって、エリス。きっとローザのとんでもない素早さに、俺達の目が追いついてないんだよ」
「いえ、マスター。そういうことではありません」
ローザは剣を鞘におさめながら言う。
「『天限無神流・雹撃』は、素早さとはまた異なる次元の技。スキルとして言えば『時空間操作スキル』に当たります」
「じ、『時空間操作スキル』……だって!?」
「攻撃軌道上の空間を即座に複製、少しずらした位置に瞬時に再現しているのです。時間を止めている訳ではないので、二回攻撃は必中ではありませんが、高度な眼力を持つ敵以外、ほぼ同時に迫りくる斬撃を防げないでしょう」
ローザは、エリスとリネに視線を移す。
「雹撃は魔法にも応用出来ます。習得すれば、エリスさんの火炎魔法の連続発動。リネさんの治癒魔法も同様に連続発動が可能となります」
「す、すごいっ!」
「何だか、とんでもねえな!」
エリスもリネも感動していたが……俺はそれよりもっと感動していたと思う。
さ、流石は最後の町の仲間! 時空間操作とか……そんなのゲームだったら絶対に序盤で会得出来るスキルじゃない! ローザに教えて貰って正解だったな!
俺は鉄の剣を抜き、やる気満々で構える。
「ローザ! 早速その技『雹撃』を教えてくれ!」
「それでは」と言って、ローザは歩き出す。
「え?」
後を追うと、家の中に入っていく。この間入ったローザの部屋を通り過ぎ、通路端の扉を開けば、家具も何も置いていない殺風景な板張りの部屋があった。
「此処で座ってください」
ローザの座るのを真似て、俺達は狭い部屋に横並びで座る。ほぼ座禅の状態である。
「ろ、ローザ? あのコレは?」
「『時空間操作スキル付与の儀』です。今より私の持つオーラをマスター達に分け与えます。しばらくその体勢のまま、目を瞑っていてください」
「わ、分かった……」
俺達は言われるまま、目を瞑り座禅を続ける。
……三十分は経っただろうか。足が痺れてきた。
……一時間くらい経った。エリスとリネが辛そうに唸っている。無論、俺も辛い。
おいおいおい!! 一体いつまで、このままなんだよ!?
俺の足が限界を三回ほど通り越した時、ローザが言った。
「では今日はこのくらいにしましょう」
「こ、これで時空間操作スキルが習得出来たのか!?」
「いえ。まだです」
「!! まだなの!? どのくらい掛かるんだよ!?」
「上手くいけば、明日中にはオーラの付与は終わると思います」
上手くいけば、って……サイクロプス討伐まで時間がないんだぞ! 大丈夫なのかよ?
ローザが立ち上がり、俺達に言う。
「それでは次は基礎体力を向上させましょう」
基礎体力……ってことは、モンスター退治か? それなら嬉しい! だって、ローザと一緒に、最果ての町周辺の強いモンスターを狩れば、メチャクチャレベルが上がりそうだ!
だが、そんな俺の淡い期待はすぐに打ち砕かれる。
「皆さん。町の周りを走ってきてください」
ええーーー!? まさかのランニング!? 普通のトレーニングじゃん!!
……その後。パスティア住人達の奇異の目に晒されながら、俺達は町中を走っていた。
途中、リネがぜいぜい言いながら俺に聞いてくる。
「た、タクマ君。こ、これって、ハァハァ……な、何の意味があるのかな?」
「じ、時空間スキルの習得に、こ、効果があるって、い、言ってたけど」
言われた通り、町をぐるりと駆けた後、ローザの家に戻る。息を切らす俺達を見て、ローザは頷いていた。
「お疲れ様です。今日はここまで。マスター達は自分達の町に戻り、普段のレベル上げを続けてください……」
移動呪文でバルテアに戻り、スライムを狩りながら、エリスが俺に聞いてくる。
「なぁ。タクマ。こんなんでホントに強くなれんのかよ?」
「分からん。だが、もうやるしかない」
その時、俺は『もしかしてローザについて修行したことは失敗だったんじゃ……』と何となく不安に思い始めていた。
二日目。
今日も黙ってローザの家で、俺達は座禅を組んでいた。
一時間経った頃、俺は思いきってローザに話しかけてみる。
「な、なあ、ローザ」
「何ですか?」
「確かに雹撃ってのは、とんでもない技だと思うけどさ。よく考えれば、非力な俺がサイクロプスに与えるダメージを1と仮定するだろ? そしたら二回当たってもダメージはたったの2じゃんね?」
「普段のレベル上げで、基礎攻撃力も付けつつ、雹撃を習得すればいいのです。それに仮にダメージが1でも100回当たれば100ダメージ、1000回当てれば1000ダメージですよ」
「いやいや! 流石に無茶だろ、それは!」
俺は苦笑いしながら言う。
「だからさあ。もうちょっとこう、一撃必殺みたいな技ってないのかな?」
「雹撃は天限無神流の初歩であり、また極意です。マスター。私を信じてください」
そう言われては二の句が継げなかった。
「……む」
その時、不意にローザが目を鋭く尖らせて、背後を振り向く。エリスが水晶玉をおもむろに取り出して、ローザに向けていた。
「エリスさん。断りもなくステータスを盗み見するのは、あまり良い趣味ではありませんよ?」
「わ、悪りぃ。ローザってどのくらい強いのかちょっと気になってよ。でも能力値は見えなかったぜ?」
「『能力値秘匿』――敵にステータスを知られない為のスキルです」
「へえ。そんなスキルもあるのかよ」
ローザが『パン』と手を叩く。
「無駄話はここまで。オーラ付与の儀を続けましょう……」
長い座禅の後はランニング。そうこうしているうちに空は茜色。二日目も無為に過ぎようとしていた。
だが、ぐったりとして帰ってきた俺達を見て、ローザが微笑んでいた。
「おめでとうございます。三人のオーラの質が変化しています。これで天限無神流の初歩の初歩は会得されたことになります」
「おおっ! ってことは遂に!」
「アタシら、雹撃を使えるのか!」
「やったね! 頑張ったかいがあったよっ!」
俺達は一斉に沸き立つ! そうか! 無駄だと思ったランニングにも、きっと意味があったんだな!
ローザが練習用の藁のサンドバッグを指さす。
「さぁ、マスター。試してみてください」
「ああ!」
俺は鞘から鉄の剣を抜く。
「行くぞ! 天限無神流――雹撃!」
藁のサンドバッグに向かって全力で剣を振るう! 斜めに斬りつけた俺の腕がヒットの瞬間、二つに分裂したように見えた!
おおおおっ!! すごい!! これが雹撃!!
しかし。藁を斬りつけた瞬間『シャクッ、シャクッ』と情けない音がした。見れば、藁にはボールペンで引っ掻いたような細い斬り跡が二本、残されている。
「アタシもやるぜ! 雹撃からのヒータルトだ!」
エリスも火の魔法を発動する。掌から連続で飛び出した火球は『ポス、ポス』と藁に、小さな茶色の焦げ目を二つ付けた。
愕然とする俺達にローザが声を張り上げる。
「ま、まぁ、この練習台は頑丈な作りですから! 二人共、なかなか良い感じでしたよ!」
ローザの慰めの言葉を聞きながら、俺とエリスは死んだ魚のような目で、引っ掻き傷と香ばしい焦げ目が付いただけの藁のサンドバッグを見詰めていた。
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