第6話 新しい仲間

 俺に体当たりしようと飛び跳ねてきたスライムを、


「せいっ!」


 鉄の剣で一刀両断にした後、背後から忍び寄る人面樹も切り伏せる。すると、


「やるじゃねえか、タクマ!」


 エリスがニカッと笑って親指を立てた。


「もうこの辺りのモンスターなら余裕だねー!」


 リネの言う通り、最近はスライムに溶かされることも人面樹に絡みつかれることもなくなって、少しは自信が付いてきた。まぁ、こうなれたのも、デーモン退治で棚からぼた餅的にレベルアップ出来たのと、パスティアの町で良い装備をゲットしたお陰なのだが。


 ……パスティアから帰ってきて、数日経った今も、俺はバルテア周りのモンスター退治に勤しんでいた。スライムなら、もう百匹以上は倒しただろうか。レベルは一つ上がって9になった。そう……経験値の低いスライムをいくら倒したところで、レベルは殆ど上がらない。もし、またデーモンが現れた時、雷の杖なしで追い払える程度には強くなっておきたいが……まぁゆっくりやろう。あれからデーモンも全然見ないしな。


 スライム狩りを終えて、バルテアの町に戻ると、


「勇者様! 今日もモンスター退治、ご苦労様です!」

「ありがとう、勇者様!」


 老若男女が俺を讃えた。町を歩いていると、手を振ってくれたり、取れた農作物を貰うなんてこともある。バルテアの町は俺に取って居心地の良い場所となっていた。


 スライム退治の後はエリスとリネと一緒に、町の食堂でご飯を食べるのが日課である。


 テーブルにつくとリネが急に、古めかしい本を俺に差し出してきた。


「ん? 何だ、それ?」

「子供の時に読んだラムステイトの絵本! この間から探してたんだ! やっと家の物置から見つけたんだよー!」

「おっ! 何だか懐かしいな、その本!」


 エリスも感慨深げに言う。俺は渡された本を開いてみた。最初のページには、見たことのない大陸の絵と、その下に大きめの文字が書かれてあった。


『此処は幻の世界ラムステイト。私達が住むアストロフとは異なる場所にある世界です。ラムステイトは大きく分けて三つの勢力があります』


 次のページには、恐ろしい悪魔の絵、可愛い妖精の絵、そして火を吐くドラゴンの絵が描かれている。


『大魔王が支配する地域。また妖精王が支配する地域。竜王が支配する地域です。妖精王が治める大陸は、エルフが住んでいて穏やかですが、それ以外の大陸にはアストロフに住むモンスターの何倍も恐ろしいモンスターが生息しているのです』


 更に次のページをめくると、紋章のような絵が幾つも載っている。


『ラムステイトに住む者達には強さによって【等級】が与えられます。大魔王や妖精王、そして竜王を【絶級者ぜっきゅうしゃ】とし、後は【第一等級者】から【第七等級者】まで分けられています。七等級以下の者もいますが、それらの者達は良い待遇を受けられません』


 最後のページには、人間が魔物と戦っているような絵が描かれていた。


『強い者こそが正義という弱肉強食の世界ラムステイト。そこに比べれば私達の住む世界アストロフは平和です。アストロフに生まれたことを神様に感謝しましょう』



「……そして、お家の人の言うことを良く聞いて、お手伝いをしっかりしましょうね、って何だこりゃ?」

「あはは! 子供に読み聞かせる絵本だからね!」

「まぁ今はアストロフも魔王が復活して、平和とは言えねえ状況になっちまったがな」


 俺は本を閉じてからリネに言う。


「ってか、確かにリネの言った通り、『等級者』について書かれてたな」

「ねっ! でしょ、でしょ!」


 リネが頷き、エリスは首を捻る。


「ならどうしてローザは、知らないって言ったんだろな?」

「ひょっとしてローザさん……七等級以下なのかも……」

「あー。それで恥ずかしくて言えなかったってことか。ありえるかもな。パスティアの町って、平和な感じがしたからなー。妖精王が治める大陸にあるのかも知れねえ」


 うーん。そうなのか? ローザって最後の仲間なのに、そこまで強くないってことか? まぁ……ゲームで後々強くなる仲間でも最初はレベル低かったりするけど……。


 そんなことを考えながらスープを付けたパンを食べていると、長老と鎧を着た兵士達が食堂に入ってきた。


 俺達のテーブルまで歩いてくるなり、長老が俺を指さす。


「この御方が地竜の勇者様です!」


 すると兵士達は揃って膝を床に付けた。


「勇者様。お食事中のところ申し訳ありません。我々はアクアブルツ騎士団です」


 俺はリネに小声で尋ねる。


「アクア……って何だ?」

「アクアブルツはバルテアの町より北にあるお城だよ」

 

 城からの使者? な、何だかイヤな予感がする……!


 俺の予感は当たってしまう。兵士の一人が苦渋の表情でこう言った。

 

「今、一つ目の巨人サイクロプス共が我らの領地を脅かしています。そこで是非、地竜の勇者様のお力をお貸し願いたく、馳せ参じた次第でございます」

 

 うおう……マジか……! 平和にバルテアで暮らしたいのに、イベントが発生しやがった……!

 

「いやあの、俺なんか行っても大して役に立てないと思うんだけど……」

 

 やんわり断るが、兵士達は顔を見合わせて笑う。


「ご謙遜を! 勇者様がデーモンの群れを撃退したことは、アクアブルツにも既に伝わっております!」


 だからそれ、ポポロンに貰った杖の力なんだけど!


 すると長老も朗らかに微笑む。


「勇者様のお陰でこの辺りのモンスターもずいぶん退治されました! もしもの時に雷の杖も頂きましたし、もうバルテアは大丈夫! どうぞ我々に気兼ねなく、魔王討伐にお出掛けください!」


 長老の言葉に俺は激怒した。


「ふざけるな!! 殴るぞ、長老!!」

「!! ええええええっ!? 何故ですか!?」

「アンタは恩を仇で返すのか!? 俺はバルテアでのんびり暮らしたい一心で今までスライム退治を頑張ってきたんだぞ!!」

「そ、そんなつもりは……というか勇者様、そういう理由でスライム退治してたの!? ええー……ワシ知らんかった。ええーーーー……」


 おったまげる長老。そして兵士達は俺が渋るのを見て、慌て始めた。


「ゆ、勇者様!! どうか、我らにお力を!!」

「勇者様っ!!」


 俺はエリスとリネに助けを求める。


「ど、どうすりゃいいんだろ?」

「とりあえず、もう行くしかない状況みたいだぜ」

「でも、エリス。サイクロプスとか超強いんじゃないの? タクマ君、行ったら死んじゃうかも……」

「死んじゃうとか嘘だろ!! なら絶対、行きたくない!!」

「ま、まぁ行くだけ行って話だけ聞いて、断りゃいいんじゃねえか? アタシらも付いていくからよ?」

「ほ、ホントか? 一緒に来てくれるのか?」

「うん! タクマ君、一人じゃ心配だからね!」


 リネとエリスに感謝した後、兵士に言う。


「じゃあ、まぁ、とりあえず話を聞くだけ……」

「おおっ! ありがとうございます! 町の入口に馬車を用意しております! 半日あれば到着出来るかと!」


 そうして俺はアクアブルツ城に行くことになってしまったのである。





 馬車の中は思ったより広く、俺とエリス、リネは向かい合って座った。アクアブルツの兵士達は馬に乗り、モンスターから馬車を護衛してくれているようだ。


 俺は二人に聞いてみる。


「エリスとリネはアクアブルツ城に行ったことはあるのか?」

「ああ。小さい頃、ばあちゃんに連れられて一回だけあるぜ」

「うん。城の周りの町を散歩しただけだけどね」

「アタシはあの雰囲気が苦手でさ。貴族なんかが、バカにしたような目を向けやがるんだ」

「そうそう。バルテアから来た田舎者、って感じで見られるんだよね……」


 ふーん。バルテアの町じゃ、みんな平等で平和だったけど、やっぱりこの世界は封建的なところがあるんだな。俺の世界の中世と世界観が似てるもんなあ。エリスとリネを連れて来ちゃって、悪いことしたかも……。


 エリスは、だがニカッと笑う。


「まぁタクマには関係ねえよ! 勇者は貴族よりも位が上なんだから!」

「そーそー! タクマ君は堂々としていればいいんだよ!」

「そ、そっか。うん。でも、どちらにしても長居はしたくない。さっさと断って帰りたいな」


 その後も一緒に他愛のない話をしていたが、やがて俺は馬車に揺られて眠ってしまった。




「……タクマ。着いたぜ。アクアブルツの町だ」


 エリスの声で寝ぼけ眼を擦る。馬車の窓から外を見れば、バルテアの町より立派な造りの建物が並んでいた。町を歩く人の服装も心なしかオシャレな気がする。文明自体は同じだろうが、それでも都会って雰囲気だ。


 町中まちなかに入っても馬車はゆっくりと走り続けた。どんな武器や道具が売っているのかちょっと散策してみたかったが、景色はどんどん過ぎていく。


 ようやく馬車が止まったのは、槍を持つ兵士が両サイドに立つ城門の前だった。


 馬車を降りてから、先導してくれる兵士に続いて城門を潜り、城の中に入る。高価そうな絵画や彫刻が並ぶ通路を抜けると一際大きな扉があった。


「こちらが王の間でございます」


 扉が開かれると敷き詰められた赤絨毯の先、いかにもといった感じで玉座に座る王様がいた。王冠を被り、口ひげを蓄えている。ゲームに出てくる王様っぽいので、何だか笑ってしまいそうになる。


 王の隣には、長く青い髪の女と、目つきの悪いひょろっとした男が立っていた。女は髪よりやや濃い紺色のローブを羽織り、男は黒いコートのような服を着て、口元を金属で出来たマスクで覆っている。


「勇者殿。よくぞ、おいでになられた」


 王がやや甲高い声で言った。


「兵士達から話は聞いておると思うのじゃが、サイクロプスによって我が領土は脅かされておる。この先にあるウォルルの砦でどうにか侵攻を食い止めておる状態なのじゃが……」


 王の話の途中だったが、俺は思いきって手を挙げ、話を遮る。


「王様。最初に言っておかなければならないことがあるんだけど、」

「む。何じゃ?」

「俺……弱いんだ」


 少しの沈黙の後、王が笑う。


「これはまた冗談を!」

「いやそれが本気で弱いんだ。だから、サイクロプス退治とか、ごめん。ちょっと無理」


 愛想笑いをする。少し困ったような表情になった王は、隣にいた目つきの悪い男を眺めた。


「テイクーン。本当に勇者殿は弱いのか?」

「……少々お待ちを。今、ステータスを確かめるのである」


 テイクーンと呼ばれた妙な言葉遣いの男は、感情に乏しい声でそう言うと、俺をじっと見詰め始めた。な、何だ? 何か怖いぞ?


 やがて俺から目線を外すと王に告げる。


「確かにお弱いのである」


 隣の蒼髪の女も、片方の口角を上げる。


「本当にお弱いですわね」


 そして二人は互いに頷き合った。


「信じられない程に、お弱いのである」

「ええ。お弱い。ありえないくらいに、お弱いわ」

「!! いや何だ、お前ら!? 『お弱い、お弱い』って!? その敬語が余計に腹立たしいわ!!」


 第三者に面と向かって弱いと言われると流石にイラッとする。俺が叫ぶと王は咳払いした。


「これは部下二人が失礼した。紹介が遅れたの。この男は、アクアブルツ選定召喚術師のテイクーン。女の方は、同じく選定魔術師ピステカじゃ」


 ピステカは俺に軽く頭を下げた後、王に報告する。


「勇者様の能力値は、自ら仰る通り、サイクロプスと戦えるレベルではございませんわ」

「す、すると本当に勇者殿は弱いのか。困ったのう。サイクロプスを退治してくれると期待しておったのじゃが……」


 ガックリする王。俺も気まずい。で、でも、まぁいいや。これでバルテアに戻れそうだしな。


 しかし。テイクーンは静かに首を横に振っていた。


「問題はないのである。我らと一緒にいれば、すぐに勇者様は強くなるのである」

「じゃ、じゃがテイクーンよ。勇者殿の能力値はとても低いのじゃろう?」

「その原因は明らかなのである」


 テイクーンは俺の後ろにいるエリスとリネに目をやった。


「周りの環境……そして周りにいる者達が脆弱ゆえ、勇者様の力は向上しないのである」


 魔術師ピステカも皮肉めいた笑みを浮かべる。


「確かに。バルテアの町娘などと行動を共にしていれば、強くなれないのは道理ですわね」

「あ、アタシらのせいだってのかよ!?」

「ちょ、ちょっとエリス!!」


 エリスが叫び、リネが止める。それでもテイクーンはハッキリと言う。


「無論、貴様ら非力な町娘が傍にいるからなのである」


 流石に俺も黙っていられない。テイクーンを睨む。


「おい! エリスとリネは俺の仲間だ! 今日だってこの城までわざわざ付いてきてくれたんだぞ! 酷いこと言うなよ!」

「勇者様。全く気にすることはないのである。今後はこのテイクーンとピステカが仲間となるのである」

「は……はぁっ!? お前らが俺の仲間だって!?」


 ピステカはにこりと微笑む。


「城からサイクロプスの討伐隊を出す準備が出来るのは三日後。それまでに私達が勇者様に戦いの基本をお教えしますわ」


 そしてテイクーンは蝿でも払うかのように、エリスとリネにシッシッと手を振った。


「貴様達はさっさとバルテアに戻るのである。そもそも本来、王の間にかような下賤の者が立ち入ることは許されないのである」

「い、いい加減にしろよ、テメー……!!」


 エリスがリネの制止を振り切り、テイクーンに近付いていく。そして野生の獣のような獰猛な目でテイクーンを睨んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る