第2話 査察前のひと時
美しい二方の後ろ歩き、大樹の丘の管理整備棟に着く。
私は、お二方に一礼して挨拶し、そのまま整備部整備室へと足を運ぶ。
「おはよう。アニス。窓から見えたが、今日は両手に花だった様子だが?」
「おはようございます。主任。大樹さまの所で会って、一緒に来ただけですよ。」
「ほう、そうかい。じゃあ、今日は抜き打ち査察だったのかい?」
「はい。そうみたいですね。シャイン様が査察日って言ってました。」
「やっぱり、そうか。早めに来ておいて正解だったな。」
この方は、ルーモ整備主任。ドワーフの方々の中でも整備作業は、繊細かつ美しい手入れをすることで有名な整備士なんです。
光の庭園、整備士ランキングのTOP5の中にいつも居る有名整備士なんです。
そんな方の下に配属されるなんて、夢にも思いませんでした。
でも、半年経ったんですが、まだ整備作業をさせてくれず、庭園を知ることが大切の一点張りで簡単な作業しかさせてくれません。
庭園を知るか…。庭園のことは一通り、解ってきたつもりなんだけど、私には、まだ何か足りないみたいです。
「そういえば主任。今日、早いですね。」
「昨日、若い奴らが明日、査察日らしいってことを言ってたからな。」
もう昨日の時点で、シャイン様が口を滑らしていたらしく、いつもあまり片付いてない部屋がキレイになってたのは、そのせいらしいです。
でも、これが毎回のことなので、抜き打ち査察が抜き打ちにならないことをレイティア様が嘆いてたっけ。
「アニス、査察の場所は聞いたか?」
「大樹さまの周辺だそうですよ。聞く前に全部、話してくれましたから。」
「そうか。まぁ、査察って言われても、いつも通りに俺らは仕事するだけだから関係ないがな。」
「そうですよね。いつも通りですよね。」
この大樹の丘は、抜き打ち査察があろうと変わらない。
「整備は繊細かつ丁寧に。時には大胆に。」という主任の口癖であり、現場の作業も丁寧に皆やっている。だから、いつ誰が来ようとこの丘の美しさは、変わらない。でも、整備室は、大胆にって感じが強くて、いつもは、もっと片付いてなくて、むしろ汚いに近いのよね。私のデスク周囲だけは、キレイにしてあるつもりだけど。
シャイン様が来られても、主任と片付いてないこの部屋で普通にお話ししてるから、逆にここまでキレイだと少し違和感が…。
そういえば、シャイン様の管理室は、普段ならキレイなのに査察や視察前って、驚くほど書類が散乱してたわ。それを見て判断してる方々もいるのよね。それで、お話を聞くとすぐにバレてしまうんだっけ。
「さて、それじゃ、そろそろ現場に向かうとするかな。行くぞ、アニス。」
「はい。主任。そういえば、他の方は?」
「もう現場に行ってると思うぞ。何せ、査察日だ。レイティア嬢が来るんだから、いつもより張り切ってると思うぞ。」
「はは、そうですよね。」
男性の方々は、綺麗な方が来るといつもより張り切ってお仕事してるのよね。
いつもは汚いに近いこの部屋がこんなにキレイになってるくらいだから。
しかし、主任も凄いな。レイティア様のことをお嬢って言うんだから、きっと古い付き合いなのよね。
まぁ、お二方の種族は長寿ですからね。きっと色々と知ってるんだろうな。
私と主任が作業場に着くと、もう他の整備士の方々が早々と居た。
とりあえず、聞かずと解るんだけど、一応、主任に聞いてみる。
「主任、今日の私の作業は?」
「決まってるだろ。レイティア嬢のお付きだ。」
「やっぱり、そうですよね。」
「お前さん以外に適任者がいるなら、変わってやんな。」
この一言で、一瞬、周囲の整備士の期待の視線が来るのですが、無論、お付きの方が勉強になるので、期待には応えずに一言返す。
「わかりました。喜んでお付きをさせていただきます。」
「ということだ。さっさと持ち場に行きな。」
主任はいつも通りに楽し気に、他の方々も少し残念そう顔をしつつ、各自の持ち場について作業を始める。私は、査察官を出迎える為の準備に向かう。作業場内にある整備士控室。いつもなら、ここも汚いんだけど、やっぱりキレイになってる。
一応、お茶と茶菓子の準備をして、そういえば、昨日でお茶のストックがギリギリだった気がするけど。
あら? ストックがキレイに補充されてるし、茶菓子も高級そうなのが揃ってる。
これも美人が為せる技なのかしら?
そんなことを考えてると、ドアがノックされて、誰か入ってくる。
「お嬢ちゃん、お茶を一杯貰えないかい?」
「あっ、はい。少々お待ちくださいね。」
誰だろう。このお爺さんは、今日の査察官のお一人かしら?
でも、どっかで会ったことがある気がするんだけど、思い出せないや。
いつもなら、査察官はレイティア様お一人なのに、今日はお二人で廻るのかしら?
とりあえず、お茶を淹れて、お出ししなきゃ。
今日は珍しく緑茶があるわ。いつも紅茶ばかりだから、偶には緑茶もいいわよね。
そうだ! 緑茶だから、茶菓子はお煎餅にしようっと。緑茶を淹れるなんて、久しぶりだわ。
「うーん、緑茶のいい匂いがするな。」
「いい匂いですよね。紅茶の匂いも好きですけど、緑茶のこの匂いもいいですよね。」
あれ? ここから、あの場所までお茶の匂いって届くのかしら?
それとも私が人だから、嗅覚が優れてないだけかしら?
まぁ、でも、お茶の匂いがわかるなんて、素敵なお爺さんだわ。
「はい。どうぞ。お茶とお茶菓子置いておきますね。」
「ありがとう。ほほう。茶菓子に煎餅とは、よく解ってるのう。」
「緑茶には、お煎餅がよく合いますから。」
「うむ。上手い。お茶もきちんと熱めに淹れてあるのう。」
美味しそうにお茶を飲むお爺さん。何故か、些細なことなのにすごく嬉しい。
でも、やっぱりどこかで会った気がするのは何故かしら?
懐かしいような気持ちとつい最近会ったような気持ちもある。何故かしら?
「そういえば、お爺さんは今日の査察官の方ですか?」
「うん、そうじゃよ。レイティア嬢と一緒に廻る予定じゃ。」
「それで、レイティア様は?」
「なんか、補佐官の嬢ちゃんがまた何かしたらしく、たっぷりと説教してから来ると言ってたな。」
それで、お爺さんお一人でここまで来たのか。
しかし、シャイン様は何でいつもレイティア様が来る時にやらかすんだろう…。
まぁ、その間にお爺さんとお話してればいいかな。
あっ、そういえば挨拶を忘れていたわ。
「そうだ、失礼しました。私は、ここの整備部所属のアニスと申します。」
「アニス嬢ちゃんか。わしはクラルテ。ここの皆からはクラ爺と呼ばれておる。」
クラ爺? 聞いたことがあるような無いような?
でも、私が小さい時に聞いたことがあるような気がするんだけど、何故かしら?
「クラルテ様、失礼ですが、どこかで私と会ったことはありますか?」
「クラ爺でいい。たぶん、初対面だと思うが、どうかしたのか?」
「いえ、私が幼い時にクラルテ様、いえ、クラ爺に会ったような気がするんです。」
「ほう。そうかそうか。他人の空似だと思うぞ。」
でも、この感じは、どこかで会ってる。この気配というよりも雰囲気が間違いないと思うわ。記憶に無くても、この感覚が外れたことは、昔から余り無いのよね。
「では、失礼ながら、最近、私を見たことはありますか?」
「そりゃ、見たことはあるぞ。何せ、この大樹の丘に初の人の子の整備士じゃからな。」
そういえば、そうだったわ。私、整備士の中でも有名人の部類に入るんだったっけ…。特別扱いされるのが、嫌だったから、挨拶とか出来る限りのことをきちんとして、ここの方々に慣れて貰うのに1ヶ月かかったっけ…。
その間に相談したのは、両親と主任と古竜さまだったかしら。
やっぱり、この雰囲気は、古竜さまとそっくりだわ。
そうよ。レイティア様との新人研修の時も相談に行った時もこの感じだったわ。
「そういえば、私はここに来た初の人の整備士でしたね。それで、古竜さまは、今日は変化してのお視察ですか?」
「ん、何を言っておる?わしは偶に査察にくるただの爺じゃよ。」
「古竜さまは嘘をつくのが、お下手なのですね。」
「なんでじゃ?」
「先程から扉の向こう側で、レイティア様がこのやり取りを見て、笑いを堪えていられますから。」
「わしの目には、レイティアはここに来る途中だから、そんな気配、ある訳ないぞ。」
「はい。そんな気配ある訳ないと思います。」
私は涼し気に嘘をつき、正直に返す。
「お主、嘘をついたな。」
「はい。でも、古竜さまも嘘をつかれてますので、五分五分だと思います。」
怒られるのかな?
でも、いい嘘も悪い嘘もないと思うから、私は怒られても別に構わないわ。
楽し気に嬉しそうな顔で私の顔を見てる。
「こりゃ、一本取られたわ。どうして、わしが古竜だとわかった。」
「お会いした時の雰囲気がそっくりだったので。」
「雰囲気か、人とは面白い感じ方をするのだな。シャインは未だにわしの正体に気付けんというのに。」
「そうなんですか?」
「お主は、ホントに不思議じゃな。ホントに人の子か?」
「はい。人の子です。」
自分用に淹れたお茶を飲みながら、私は、笑顔で返す。
どこか嬉しそうな古竜さま。
お茶菓子をつまみながら、談笑し、お茶を飲みつつ、レイティア様が来るひと時の間、楽しむ私たちだった。
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