第13話 ついて行きます!

 午後からは、宇佐美先輩が事前に自宅で現像処理してきたというフィルムの焼き付け作業を手伝った。二十枚ほどあるフィルムの中から、厳選して写真にし、文化祭と町の文化展に出品すると宇佐美先輩は言った。

「題して『俺の町、夕暮れを追いかけて!』……って感じかな」

 モノクロ写真で撮られた夕暮れの駅、そして街の風景。ホームを行き交う人の足元だけを写したものや、街灯だけを写したもの、坂道を駆け下りる子供の後ろ姿や公園の遊具のシルエットなどが収められている。

 そして、そんな先輩の連作の一番目に、私の写真がある。

「まさか……この写真は使わないですよね?」

「使ったらあかんか?」

「あ……かん、か?」

「使っちゃダメか?」

「ダメでしょう!」

「そうかなぁ……」

「あの、ここに写ってるの、私なんですけど!」

「そやなぁ……じゃあ……」

 宇佐美先輩は無念そうにため息みたいな声を吐き、私の写真をそろそろと端によけた。

 そこに写った私は、宇佐美先輩が褒めてくれた私だったけど、他の人には絶対見られたくない。びしょ濡れになった後の、情けない姿だったから。


 そして、宇佐美先輩が連作の最後に選んだ写真……

 その風景は、どこか高い場所から街を一眸いちぼうした写真だった。少し俯瞰から撮られたモノクロの街並は、一見異国の風景のようでもあり、不思議に見えた。

 あの日、その中の一角に、私もいたのだ。

「これ……いい風景ですね。こんなふうに町を見下ろせる場所があるなんて、全然知らなかった」

「この町に引っ越して来てまだ間もない頃な、俺、あんまり友達もおらんかったから、そこらじゅう、しょっちゅう自転車で走ってたんや。そんで、この場所見つけた。自転車で行ってたら日が暮れてまうから、さすがにこの時は電車やったけど」

 そんなことを言いながら宇佐美先輩は腕を組み、最後の写真を見つめながら低く唸った。

「なんかちゃうなぁ……やっぱり、夕日ってのはモノクロじゃ伝わらんなぁ」

 その写真には確かに夕日っぽい輝きも写っていたし、雲の形とモノクロのグラデーションで空の暮れ具合も想像できなくもないのだけど……

「この日の夕日は青とオレンジがうまい具合に混ざったええ感じの夕暮れやったんや。モノクロ写真もええけど、あの色はやっぱりカラーでしか伝わらん気がする」

「じゃあ、この写真だけカラーで撮ればいいじゃないですか」

 私が簡単にそう言うと、宇佐美先輩が突然「わっ!」と驚いたような声を上げ、そのまま何度も「わっ! わっ! わっ!」と叫んで両手を頰に当てた。

「そ、それはないやろ……ここまでモノクロにこだわってきたのに! 最後だけカラーなんか……そんなん……邪道や!」

 確かに、手焼き写真にこだわれば、写真部ではモノクロフィルムしか扱えないので、カラー写真の作成となればデジタル作業が必要になる。先輩はそれを邪道だと言いたいのだろう。

「部長って、本当に写真が好きなんですね」

 そこまで宇佐美先輩が手焼き写真にこだわってるとは思わなかった。

「だって、俺、写真部やん……それに、写真部の部長やし……」

 宇佐美先輩はモジモジしながら言った。自分で言ってる事が恥ずかしい様子でもある。どうして、そこで以前の宇佐美先輩みたいになるのだろう。

 でも……

「じゃあ、部長は、写真部の部長になってよかったって思います?」

「うん、そう思う」

 先輩がすんなりと口にしたその返事に少なからず衝撃を受けた。そうか! 宇佐美先輩は部長になって良かったんだ!

「だって……いろんな機材使えたり、自分で写真焼けたり……それに、夏休み中とか部室使えるのも、部長の特権みたいなもんやし……こんなこと……たぶん、部長でもなかったら、できひん……」

 俯いて、独り言みたいに小さな声で宇佐美先輩は続けた。

「そうですか! それは……よかった! 部長が写真部の部長になってよかったっていうのは……とてもいいことです!」

 私の中にはずっと、あの時、山田先輩に次期部長を押し付けられて、困り切った宇佐美先輩がいたから、だから、宇佐美先輩の口からそんな言葉が聞けるのは、心底嬉しい。

 宇佐美先輩が顔を上げて私を見た。

 しばらく無言でじっと私の顔を見つめているから、私も何も言えず宇佐美先輩を見返してしまったし、この瞬間には、今日一日で一番のドキドキだったけど、やがて先輩はニッと口の両端を釣り上げて嬉しげな表情になる。

「悪くないかもしれん! 最後だけカラーにするのも!」

「え……?」

「いいこと思いついた! 俺、もう一回写真撮りに行くわ!」

 言うが早いか、宇佐美先輩は急いで帰り支度を始めた。

「今から行くんですか?」

「うん。今日はいい天気やし、日没は、たぶんあの日みたいな夕焼けになると思うから」

「あ、あの……私も一緒に行っていいですか?」

 すでに乾いた写真を厚紙に挟んでトートバックにつめていた先輩は、その手を止める。

「松山も?」

「写真にある街の景色を見下ろせる場所ですよね? 私、生まれてからずっとこの街に暮らしてるのに、あんな場所があるなんて全然知らなくて……それで、私もあの場所から写真を撮って……」

 私は早口でまくしたてるように言った。それでもまだ言葉が足りない気がした。宇佐美先輩について行くための理由が必要なんだと思っていたから。でも……

「ええよ」

 次の私の言葉を待たずに、宇佐美先輩は言った。

「ええ? ええ……って?」

 一瞬、先輩の言った「ええ」の意味がわからなかった。「来なくていい」という否定のような響きにも聞こえたからだ。ぼんやりとする私を見て、宇佐美先輩が脱力したように肩で大きく息をしながら、

「だから、松山も一緒に、行ったらええやん。暑いし、けっこうな坂道登らなあかんし、ちょっと大変かもしれんけど、それでもええんやったらな」

 そう言って宇佐美先輩は私に笑顔を見せてくれた。

「はい! それでも『ええ』です!」

 宇佐美先輩に付いて行くことに理由はいらない。そんなことは必要ないと、先輩の笑顔が言ってくれてるような気がして、そのことがただひたすら嬉しくて、私も先輩にできる限りの笑顔を返した。

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