第12話 先輩と唐揚げ弁当と私

 トイレと言いながら部室を出た宇佐美先輩は、そのまま猛ダッシュで学校を出て、近くの商店街まで走って行き、お気に入りのお弁当屋さんで唐揚げ弁当を買ってきたのだった。

「さっき益岡先生が来ただろ? 職員室から先生が出て行くの見かけたから、こっそり後ついて来たんや……これ食べてる時に先生が来てたらアウトやったわ」

 普段ならこういうことは校則違反だけど、夏休み中はどうなっちゃってるのだろうと思いつつ、とにもかくにも、私は宇佐美先輩が戻って来たのでホッとしていた。

 私が昼ご飯を持って来ていないと言うと「唐揚げ弁当、大盛り買ってきたから少し分けたるわ」と先輩は言った。


「ご飯も食っていいぞ」

 唐揚げが美味しくて、先輩のようにご飯を頬張りたい気持ちは山々だったけど。

「ダイエット中ですから」

 なんて言ってしまった。

「めんどくさいなぁ、女子って。じゃあ、このサラダやるから食っとけよ」

 先輩は副菜のポテトサラダをつまんで発泡トレイのお弁当の蓋にのせ、私によこした。

「ダイエットって言うけどなぁ……松山、夏休み前よりげっそりしてる気がするで」

 何気ない宇佐美先輩の指摘にハッとした。実際、あの日から私の心は荒んでるけど、食生活も荒んでいる。

 高久さんに「文夏ふみかちゃん、少し痩せたね。その方が大人びて見える」……なんて言われて舞い上がっていたことがあったけど、宇佐美先輩の「げっそり」は、何だかショックだ。

「げっそりは、ダメですか?」

「いや、ダメとか、そういうんじゃなくて……心配になるやろ」

「シン・パイ?」

 思わず、小さく復唱してしまう。心配になる……そんな言葉、久しぶりに人から言われた気がする。それに、宇佐美先輩が私のことを心配してくれるなんて、何だかおかしい。今は、両親さえ私のことを心配する余裕がないのに。あの日以降、家族揃っての食事だって一度もないし、母さんの手料理もしばらく食べてない気がする。

「とにかく、人間は食える時には食った方がええんや……と俺は思う」

 そう言った宇佐美先輩の顔を見て、私はついドキドキしてしまう。どうしたのか……急に……

「じゃ、じゃあ……ご飯も少し……いただきます」

 そうしたいと、思ってはみたけど、実際にそんなことを口にして、行動してしまうのは、とても恥ずかしいはずなのに……

「お、おう……」

 宇佐美先輩はそう言って、目の前にご飯を差し出してくれている。だから、このご飯は食べていい。

 当たり前のこと。本当に当たり前のことだったけど。

 幸福感……そんな言葉がポワンと脳裏に浮かんだ。

 思いがけず、宇佐美先輩と二人きりの部室で、二台の扇風機をそれぞれに独占しながら何とか暑さを凌ぎ、部室で食べる、先輩が走って買ってきた、揚げたて熱々の唐揚げ弁当……

 嗚呼! なんて特別な時間!

 ……ダメだ! ダメだダメだダメだ! こんなんじゃ、私、本当に宇佐美先輩のことを好きになってしまう!

 本当に好きに……なっちゃいけないのだろうか? 何だろう、この罪悪感みたいな、ざわつき……

 また……胸が、苦しい……

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