第7話 宇佐美先輩
部長なのに、他の部員と積極的に関わろうとしないので、浮いた存在になりがちな宇佐美先輩。普段、あまり声を発しない宇佐美先輩の口はいつも真一文字に閉じられている。俯き加減の姿勢のまま人を見るのが癖なのか、上目遣いとただでさえ逆八の字のくっきりした眉のせいで、かなり不機嫌な印象になる。こういう癖というか風貌も、宇佐見先輩にはマイナスに働いているのかもしれない。
でも、カメラを持ってファインダーを覗く時、下唇を噛み締めた宇佐見先輩の口元が一瞬ニンマリとなることを私は知っているし、その瞬間には宇佐見先輩はとても楽しそうに見える。
これは、私が宇佐美先輩に注目し続けて気づいたことだ。
でも、そんな宇佐美先輩は、きっと写真部の部長になんてなりたくなかったに違いない。
私が一年の時の話——
「誰か部長やりたいヤツいる?」
退部を控えた当時の三年生、山田部長がミーティングの時に部員のみんなに声をかけた。誰も手を挙げる生徒はいなかったけど、しばらくして「はい」と私の背後で甲高い声がした。
私の後ろに女子生徒はいなかったはずなので、思わず振り向いてみると、一人の男子生徒が手を高く上げていた。
「部長、宇佐美が手を上げてますけど」
その男子生徒の右隣に坐った神谷先輩が山田部長に向かって声を上げた。その時、私は神谷先輩が横に坐る男子生徒の腕を背後から掴み、無理矢理上げさせているのを目撃した。どうやらさっきの甲高い声も神谷先輩の作り声だったらしい。
その男子生徒は普段から目立たない生徒だったので、二年生部員という以外、私は彼の名前すらろくに覚えてなかった。
「何すんだよ!?」
宇佐美……と呼ばれたその先輩は、慌てて腕を引き下ろし、隣に坐った神谷先輩に突っかかった。
私の後ろに坐る男子部員の一団が声を潜めて笑い合っている。
「俺も宇佐美がいいと思います!」
今度は神谷先輩の隣に坐っていた畑中先輩が声を上げる。
「今のは違うって!」
そう言って、宇佐美先輩は勢い余って机に両手をついて立ち上がり、神谷先輩の頭越しに畑中先輩を睨んだ。
でも……
「おお! 宇佐美! お前やってくれるのか、写真部部長?」
そう言いながら、山田部長は嬉しそうに宇佐美先輩の席にやって来た。
「い、いや、僕は……」
「なんだよ、お前、今手上げたじゃんかよ! めちゃくちゃやる気じゃねぇか!」
思わず立ち上がった宇佐美先輩を見上げながら、神谷先輩がニヤニヤしてそんなことを言った。
「なっ! ……今のはお前が!」
宇佐美先輩が声を殺して神谷先輩に文句を言った。でも、山田部長はそんなことを気にする様子もなく、ニコニコしながら宇佐見先輩の両手を取った。
「宇佐美、俺からも頼むよ。部長やってくれよ。早く次の部長決めないと、俺も受験勉強に集中できないからさ!」
山田部長は、掴んだ宇佐美先輩の手を自分の顔の前まで持ってくると、拝むように何度も頭を下げた。
「で、でも僕……こういうのは、神谷の方が……」
「あー、俺は無理っすよ。だって、俺の代で写真部廃部とかになっちゃったら、山田部長の任命責任になっちゃうんですからね〜」
おどけた感じで神谷先輩が言うと、クスクスと部員の間で笑いが起こった。
見た目もカッコ良く、普段から面白くて物怖じすることなく誰とでも気さくに話すので、神谷先輩は男女問わず人気がある人だった。これは部内に留まらず校内でも有名だった。ただ、この先輩がいい加減であったり、たまに悪ふざけが過ぎて顧問や担任の先生に叱られたりするということも、みんなよく知っていた。自称アイドルオタクで、アイドルの撮影会でベストショットを収めるべく、地味な写真部に在籍していると自ら公言するような人でもある。
「神谷はダメだ。こいつは不真面目が過ぎる。だから……な、宇佐美、頼む! 俺の一生のお願いだ! 写真部次期部長、お願いだから引き継いでくれっ!」
山田部長の泣き落とし作戦が始まった。
宇佐美先輩が何度も断ろうとして口を開きかけるのだけど、山田先輩の「頼む!」という大きな一声がそれを封じる。
一人立ち尽くして困り果てている宇佐美先輩が気の毒に思えた。まるでイジメに遭っているようにも見えたから。誰か助けて上げて欲しいとも思ったけど、私を含め、部員はただただ事の成り行きを黙って見ていた。
そして、山田先輩にずっと両手を掴まれたままの宇佐美先輩は、仕方ない感じで小さなため息をひとつ吐き、「じゃあ……はい」と小さく返事をした。
あの時の宇佐美先輩の、何ともいえず困りきった表情が忘れられない。
それまでは、名前も知らなかった先輩なのに、この人はもう部活に来なくなるんじゃないか、このまま部を辞めてしまうんじゃないかと思うと、急に宇佐美先輩のことが心配になった。それからの部活では、宇佐美先輩がそこにいることを確認するのが日課にもなった。それに、神谷先輩にいじめられてやしなかと、つい神谷先輩が宇佐美先輩に絡んでるらしき時には目を光らせてしまうようになった。でも、普段他の部員とほとんど言葉を交わさない宇佐美先輩が唯一話せる相手というのは、意外にも神谷先輩であり、神谷先輩との短いやりとりで、宇佐美先輩はごくたまに笑顔まで見せることがあった。
そんな宇佐美先輩の笑顔を見たとき、私も心底ホッとした。宇佐美先輩がずっとあんな笑顔でいてくれたらいいのに、そんなことまで思うようになっていた。
あの笑顔を、みんなに……そして、私に、向けてくれればいいのに……
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