第6話 夏休みの写真部
〈写真部、明日部室使います。——部長〉
通信端末の、部活専用電子掲示版に宇佐美先輩からのメッセージが届いた。
いつものごとく、素っ気ないメッセージ文。つまり、明日は部室が
こんな暑い日に、二台の扇風機しかない写真部の部室で、しかも扇風機さえ使えない暗室で、現像作業でもするのだろうか……宇佐美先輩。
直前まで登校するかどうか迷ってたけど、結局、登校してしまった。家で悶々としてるよりよっぽどましだし、私の他に二人の部員が登校すると電子掲示版に書き込んでいたから、宇佐美先輩と二人きりというシチュエーションは避けられると思った。
でも……写真部の部室に行けば、そこには宇佐美先輩、だけがいた。
暗室から出てきた部長……宇佐見先輩とばっちり目と目が合ってしまった。
「よ、よお」
明らかに驚いている表情を一瞬見せ、かなり間があって宇佐美先輩が口を開いた。
「あ……おはよう、ございます」
私も小さな声で挨拶してみる。
「お、おお……」
先輩は一瞬引きつったような顔をした。私もそうかもしれない。
朝っぱらからぎこちないやりとり。
気になる先輩ではあるけど、宇佐美先輩と二人きりというのは……気まずい。だって、私は宇佐美先輩のことを気にかけてはいたけど、ろくに話したこともないのだから。
「今日、来るって聞いてなかったから」
宇佐美先輩はボソリと呟いた。
そういえば、登校するかどうかを直前まで悩んでいたせいで、電子掲示版に書き込むのをすっかり忘れていた。
「あ! ……すみません。いろいろあって、書き込むの忘れて……他の二人は、まだですか?」
「ああ、真壁と水原な。あいつら、パソコン室。ソフト使って写真編集したかったらしい」
「ああ……」
そうか、他の二人はCG組だったか。そこまで想定していなかった。
パソコン室にあるパソコンの中には、プロが使うような写真加工ソフトが入っている機種があった。それを使えばあらゆる加工が簡単に施せ、誰でもプロ顔負けのような、独創的な写真が作成できてしまう。写真加工ソフトが入ったパソコンは、普段は他の部活との兼ね合いで写真部だけが独占できることはないけど、夏休みなら、それを好きなだけ使える可能性は高い。
真壁は同じクラスの男子で、水原さんは一年の女子生徒だった。二人して話してるのはあまり見たことがなかったように思う。それなら、あっちもあっちで気まずいんじゃ……なんて、つい余計な心配をしてしまう。
「松山は……どうすんだ?」
「え?」
「パソコン室、使うか?」
「いや……別に」
「部室の使用許可書に名前書いて先生に提出しなくちゃいけないんだ」
「はぁ……私は、こっちで」
そう言うと、宇佐美先輩は腑に落ちない感じで首をひねった。
「なに……か?」
「涼しいぞ、あっち」
「は、はぁ……」
「パソコン室」
「いや……あの……」
私は天井を見上げてしばらく考えた。そうか、パソコン室ではエアコンが使えたんだ。涼しい場所でソフトを使って写真の編集……なるほど、快適だし楽しそう。
でも……
「私、こっちで」
もう一度そう答えた。
二人っきりは気まずいなと思ったけど、高久さんとの気まずさを思えば、こんなことはへっちゃら! ……のはず。
「そ、そっか……わかった」
宇佐美先輩は一瞬戸惑ったような表情を見せたが、体を屈めて作業台の上に置かれた紙に私の名前を書き込んだ。
「私がこっちにいると邪魔ですか?」
「へ? ……あ、いや……そんなことは、全然ない。……うん、全然ない」
宇佐美先輩は私とは目を合わせずに、先生に提出する紙の端っこを鉛筆の芯でコツコツ叩きながら言った。
宇佐美先輩は普段からこんな感じではあるけど、今日はちょっと、変。これは単なる私の直感だったけど。
手持ち無沙汰のまま、宇佐美先輩が作業する暗室から一番遠い席についた私は、頬杖をついてぼんやりとグラウンドが見える窓を眺めていた。
部に顔を出してはみたものの、何もやることがなかった。本当なら、この夏休みの間にお姉ちゃんたちの結婚式を写真に撮って、そのフィルムの現像から印画紙へ焼き付けまでの行程を自分でやり、最終的にはその写真を文化祭で部の作品として出展して、その後には額に入れてお姉ちゃんたちにプレゼントしよう……なんてことまで考えていた。一応、写真部の全部員は文化祭までにオリジナルの写真作品を完成させ、出展するという恒例行事があったから。でも……そんな私の計画も台無しだ!
宇佐美先輩は暗室から出て来るたびに私の方にチラッと視線を向けた。目が合う度に何か言われそうでドキドキしてしまう。でも、何か言いそうで言わないのが宇佐見先輩という人だった。
今日は何もやる気がないから、何も言わない先輩であってくれて助かったとも思う。
何も言わない先輩か……
私は最初、宇佐美先輩を心配してずっと目が離せないでいた。それは、先輩がまだ写真部の部長ではなかった頃のこと。気がつけば、その心配がどこかへ行き、ただ気になる部分だけが残り、それがもしかして恋なんじゃないかと錯覚してみたりして……たぶん、楽しんでた。宇佐美先輩への思いは気楽だったから。高久さんへの複雑な思いに比べれば、ずっと……
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