第5話 大人ってなんなのよ!
「実はね、僕はショートカットの女の子の方が好きなんだよ」
お姉ちゃんが結婚式に向けて髪を伸ばし始め、その髪が背中に届くほど長くなったときのことだ。
お店で服を選びながら、何度も髪をかきあげるお姉ちゃんの仕草を見つめつつ、
大して見たい映画でもないのに「その映画私も見たい!」と駄々をこね、高久さんとお姉ちゃんのデートに強引に同伴した私。映画なんてどうでもよかった。ただ私は高久さんと一緒に映画に行きたかっただけ。食事して、買い物がしたかっただけ。その間ずっと、高久さんと何気ない会話ができれば、それでよかった。
「意外だな。男の人って、女の人のああいう仕草が好きなんだと思ってた」
「まあね。一般論でよく言われるけど。でも、僕はそうでもないよ。ショートカットが似合う女性が好きだね。
「お姉ちゃん……それ、知ってる?」
「いや、言ってない。これは、
そんなことを言って、高久さんはいたずらっぽく笑った。
あの高久さんの笑顔が今となっては幻のようで……
苦しいよ……胸が。
結婚するのは私じゃなかったけど、まるで私が結婚することになってたみたいに、苦しい。
どうして? 何で?
わけがわからないよ。二人、あんなに仲が良さそうだった。
羨ましかったよ、私! お姉ちゃんのこと!
今更、悔しくて泣きたくなる。
私より七歳年上のお姉ちゃんが高久さんを家へ連れて来たときの衝撃を覚えている。だって、高久さんはまるでテレビのドラマに出て来てもおかしくないぐらいに、カッコいい
高久さんが来るときだけ、ちょっぴりメイクをしていたり、爪に色の薄いマニュキュアを塗ったりして、自分の気持ちを紛らわせていた。そんなことをしたって、お姉ちゃんには追いつかないし、高久さんに近づけないことなんて、百も承知だったけど。
私がずっと伸ばし続けていた髪を切ってショートカットにしたのだって、そんな高久さんとの秘密を私が覚えていたから……
きっと、ささやかな抵抗だった。
「なんでお互いに好きなのに離れ離れに暮らすって選択になるの? 意味わかんないよ、あの映画」
せっかく高久さんと見た映画だったのに、その映画がひどくつまらなかったことをよく覚えてる。
「あんたが自分も見たいって言ったんじゃない。子供には難しい映画だって、最初に言ったでしょ!」
「まあまあ。人気のアイドルも何人か出てるわけだし、
「でもさ、あの二人おかしいじゃん! お互いに抱えていた問題がなくなってさ、やっと一緒になれるって時に、別々の道を行くとかなんとか言って別れちゃってさ! あの二人のせいで望まない選択した人だっているんだよ? 好きな人を諦めた人だっているんだよ? なのに当人たちは一緒にならないなんて! 他の人の人生めちゃめちゃにして、チョー迷惑なだけじゃん!」
「お互いに好きだけど一緒にはなれないってところが切ないし、泣けるんじゃない。ま、子供に言ってもわかるわけないわね」
「いろんな人に迷惑かけたから、自分たちだけが幸せになれないってことでもあると思うよ。大人の責任として……」
「お・と・な……ね。そんなの、子供の私にはわかりませんよーだ!」
今になって、どうでもいいようなことを色々思い出してしまう。あの時食べたカルボナーラがあまり美味しくなかったこととか……
「じゃあ、いろんな人に迷惑をかけて結婚破談にしちゃう大人の責任って何よ!」
自室のベッドに横になって呟いた。なんだかむしゃくしゃして、部屋のエアコンの温度を思いっきり下げる。
お姉ちゃんの結婚が破談になって、二週間が過ぎていた。結婚式のキャンセル料や、それに伴い発生した費用は高久さんが全て支払ったと聞いた。
でも、その直後は、お姉ちゃんがしばらく行方不明で連絡がつかない状態になったり、いろいろ気に病んだ母さんが寝込んでしまったりと、嵐のように慌ただしい日が続いた。少し落ち着いた今は、父さんと母さんが今回のことで迷惑をかけてしまった人の家にお詫びに回ったりで、自宅を留守にする日が続いてる。そして、お姉ちゃんは突然海外留学すると言い出し、その準備で忙しかった。
それで、私はといえば、夏休みというのに、すっかり存在を忘れられてる。
今日だって、夜ももう遅いけど、家には私一人だった。
結局、この件において私は蚊帳の外だ。今だにお姉ちゃんがなんで高久さんと別れることになったのか詳しい事情もわからない。ただ父さんは「みんなあいつが悪いんだ」とぼやいてばかりいる。母さんの前では高久さんの名前さえ出せない。母さんが頭痛を起こすから。
家族の誰も知らないけど、高久さんに最後に会ったのは私なんだ。高久さんの最後の顔を見たのは私だし、もしかすると、高久さんの真実を知ってるのは私かもしれない……
最後に、豆カメラのファインダー越しに見た高久さんの顔……
私は思わず頭を振った。思い出したくないことだった。
「
思い出したくない記憶と引き換えに思い出した高久さんのこと。そんなことを笑いながら言ってたあの日。
大人のいい加減さにただただ呆れる。世の中の大人が全部そんな感じに思えてきた。親も含めて、学校の先生も、いつも交番にいるお巡りさんも政治家なんかも、誰も信じられない。大人なんて、みんな宇宙人に記憶を抜かれた人たちに違いない。都合の悪い記憶を抜かれて、反省することもなく、ひたすら能天気でいられる。
私は反動をつけてベットから起き上がり、扇風機の風量を最大にして風に当たった。頭に血が上ってるのか、それでもまだ暑いぐらいだった。
「大人ってなんなのよー!」
扇風機の前で叫ぶと、私の声が宇宙人みたいに震えた。
おかしくて、ひとりぼっちの部屋で少しだけ笑った。
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