第四話 舞踏会への招待
「サリア達は公式の場ではいつも黒いフードとマントを身にまとっているけれど、あれは決まり?」
ある日、ふと疑問に思って尋ねてみた。
父王に代わって諸国の代表と謁見する時など、同席する魔女達は決まって黒いフードとマントの姿だったからだ。
普段のサリア達は宮廷の侍女達が着ているような服装でいるので、特異な外見をしていない限りは誰が魔女で誰が魔女ではないのかハッキリとは分からない。私がはっきりと顔を覚えている魔女もサリアとたまにここを訪れる二人の下働きをする魔女ぐらいだが、実際にはもっと多くの魔女達が城内で働いているということだった。
「いつからだったかしらね、今の服装になったのは。昔はあんなものは着ていなかった筈なのよ。私達だって女ですもの、大勢の人前に出る時はそれなりのお洒落はしたいしね」
記憶を手繰り寄せるように考え込む。
「確か……何代か前の王妃様が魔女の美しさに嫉妬したとか大臣が腑抜けになったとかどうとか、そんな話だったと思うわ。あら、違ったかしら。陛下の寵愛を受けるようになった途端に寝所に忍び込んで陛下の寝首をかこうとした、だったかしら」
まったく年は取りたくないわねと言いながら彼女はこめかみを指で押して溜め息をついた。
「その魔女ってサリアのこと?」
「まさか!! 私なんて凡人並みの顔しか持ってないわよ。ああ、思い出した。茜色の魔女と呼ばれていた魔女がいた頃の話だったわ。美人だしとても魔力が強い人だった。だけど凄く自由奔放な魔女でね……」
サリアの不確かな記憶によれば、本人にはその気はなかったのだが当時の国王をはじめ多くの宮廷の男達が彼女の美しさに夢中になったのだとか。そして彼女を巡っての恋のさや当てが激しくなっていくにつれ国政が疎かになり、それを危惧した王妃が男達の後始末に乗り出したということだった。
そしてその王妃によって、魔女は公式な場所に出る時は顔が見えないようにフードをかぶり色鮮やかな衣装を着てはならないという決まりが定められたらしい。
「へえ。そんな魔女がいたんだ。今はいないんだよね?」
「ええ。それからしばらくしてこんな窮屈なところにいつまでもいるのは真っ平よと言い残して旅立っていったわ。風の噂じゃ今は遥か東の島で隠居生活を送っているって話だったけれど」
久し振りに会ってみたいわねと懐かしそうな表情を浮かべる。
「その時、サリアは何をしている魔女だったの?」
「私? 当時は何をしていたかしら……この花園を任される前のことだったから、ああそうだわ、外務官になった王族の方について諸外国を回っていたのよ」
そして彼女は私の顔を見て首を傾げた。
「ところでどうして急にフードとマントのことなんて尋ねてきたの?」
「あの恰好でなければ人前に出られないのかなと思って」
「そんなことはないわよ。今だって普通でしょ? あれは堅苦しい改まった場所の時だけよ」
その顔つきからしてあの恰好をすることを彼女が気に入っていないことは明らかだった。
「でもね、あのフードも役に立つことがあるのよ?」
「どんな?」
私の問い掛けにサリアは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「小難しくて長い話に飽きてしまって立ったまま寝ていてもバレないってこと」
「呆れたな。この国の魔女は一人で千人の兵士以上の働きを戦場ですると恐れられているのに実際にやっているのは立ったままの居眠りだなんて」
「あら。魔女だって退屈な話が続けば人並みに眠くなるのよ。アルだってたまに頭の中がお留守なっていることがあるじゃない?」
誤魔化しても無駄よと目の前で指を振られる。
「じゃあ人前に出る時には必ずあの恰好じゃなきゃいけないって決まりはないんだね?」
「ええ。どうしてそんなことを?」
「ほら、来月に王宮で仮面舞踏会があるじゃないか。そこにサリアを誘ってみようかなと思って」
サリアが目を丸くした。
「……私を? 舞踏会に?」
「いったことある?」
「あるわよ。貴方のお母さまが御存命の頃にも護衛で何度か」
確かに舞踏会の時にも彼女達が密かに立っているところを見たことはあった。ただし黒いマントとフードを身につけた姿ではあったが。
「それは仕事でだろ? そうじゃなくて着飾って出たことはあるのか?ってこと」
「あるわけないじゃない。私は魔女であって貴族じゃないんだから」
「じゃあさ、貴族の女みたいに着飾って出てみない? ついでに僕の護衛ってことにすれば文句は言われないんじゃないかな」
「ちょっと待って。護衛がついでなの? そんなことは間違っているわ。それに私達魔女に護衛についてほしいのなら近衛に許可をもらわないと」
「違うんだ。僕はサリアを舞踏会に招待したいんだよ。だけど顔が出るのが不味いみたいだから仮面舞踏会の時なら大丈夫かなと思って誘ってみたんだ」
私の言葉にやれやれと首を横に振る。
「アル、いくら貴方の頼みでもそれは無理よ。第一、陛下がお許しにならないわ。ただでさえ最近は貴方が他の貴族のお嬢様達にまったく興味を示さないと仰って頭を抱えていらっしゃるのに、私が一緒にいたらそれこそお嬢様達とのお話どころじゃなくなるでしょ?」
父王がこの仮面舞踏会を利用して何人かの有力な貴族の娘達を自分に引き合わせようとしているのは知っていた。だが生憎と自分はそれに大人しく従うつもりはない。自分の結婚相手ぐらい自分で見つけると決めていたのだ。
「女に興味が無いわけじゃないよ。ちゃんとサリアを誘っているじゃないか」
「だから、私は貴族じゃなくて魔女なの」
「でもサリアは女だろ?」
それに、と密かに心の中で付け加える。サリアは自分のことを凡人並みと言っていたがそんなことはない。日の光に浴びて白く輝く髪や光の加減で様々な色に変化する虹色の瞳は美しいし、なによりもその笑顔がとても愛らしい。宮廷貴族の間でも雪色の魔女殿は美貌の持ち主だと言われており、それを耳にするとたまに複雑な気分になるのだ。
そしてそれを本人がまったく気づいていないのが不思議でならない。
「ダメかな? ちゃんと父上からは許可を貰うから」
「……まったく」
その一言で彼女が折れたことを確信しニッコリと笑ってみせると、彼女の機が変わらないうちにと更なる私の希望を口にした。
「あ、だけど、妙なお婆さんに変化したりするのはダメだからね。ちゃんと今のままのサリアで出てほしい。それと、当日の衣装はちゃんとこちらで用意するからそれを着ること。僕からのお願いはそれだけかな」
「それだけってお願いが多すぎるわよ、アル」
困った子ねと軽く睨まれた。
「だって初めてサリアを誘うんだ。綺麗に着飾ってほしいじゃないか」
「それって私の服のセンスが信用できないってこと?」
憤慨した様子で私のことを更に睨む。
「違うよ。僕がそうしてほしいだけだ」
「それで? 陛下には何と言って許可をいただくつもりでいるの?」
「ちゃんと正直言うよ。僕の魔女殿を舞踏会に招待したいのですがよろしいでしょうかって」
「いつの間に私は貴方の魔女になったのかしら……」
「初めて会った時から」
無邪気を装ってそう言ったが当然のことながら彼女はそんなことを信じるはずもなく。
「ちゃんと陛下にはお許しをいただいて下さいましね、殿下。私、今更ここを追い出されて何処か他の国で暮らすだなんて真っ平御免ですから」
「大丈夫だよ。僕が国王になってもちゃんといてもらうつもりだから。それにサリアほどの知識と魔力を持った魔女を手放すなんてバカな真似は父上だってしないと思うよ?」
そう言うと、じゃあ楽しみにしているからねと言い残して花園を出た。
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