第五話 夢から覚めて

「うん、綺麗だよサリア。僕の見立ては間違ってなかったみたいだ」


 当日の夜、着飾った彼女を前に満足げに頷いてみせたが本人の意見はまったく逆のようだった。


 私の見立てたドレスに関してはおおむね満足してくれていたようだが、コルセットがきつくて窒息しそうだ。白粉の匂いが強すぎて鼻がムズムズする、紅をひいた唇に吐きそうだ、髪を結い上げては頭が痛くて倒れて死にそうだのと散々文句を言っていた。


「魔女は魔力がある限り死なないんだろう?」

「それとこれとは別問題なのよ、王子様!!」


 腹立たし気なサリアの口振りに女官達は彼女の支度の手伝いをしながらビクビクしているようだった。まるで彼女の機嫌を損ねたら醜いカエルにでもされてしまうかのように。


「まったく貴族の女性達を改めて尊敬してしまうわ。こんなものを着ながらあんなふうに優雅な仕草でニコニコしているまったく信じられない!」

「そりゃ誰だって美しいって思われたいから多少のことは我慢するんだろ?」

「これのどこが多少のことなんだか。とにかくこんなこと二度と御免ですからね、今夜だけよ?」

「それは残念だなあ、こんなに綺麗なのに」


 姿見の鏡の前で不満げな顔をしたまま前や後ろを確かめている彼女を眺めながら呟いた。


「言ったでしょ? 私は貴族じゃなくて魔女だって。こんなふうに体を締め付けられたり顔にいろいろと塗りたくられたりして喜ぶのは人間の貴族の女性だけよ」

「僕が望んでも二度と着てくれないの?」

「誰が何と言おうとイヤ」

「じゃあ貴重な今夜は大いに楽しまなくては」


 そう言って顔に仮面をつけた彼女に手を差し出すと、サリアは仕方がないわねと溜め息をつき、苦笑いしながら私の手をとった。



+++++



 ふと目を覚ますと枕元に彼女が座ってこちらを伺っていた。うつらうつらしている内に若い頃の夢を見ていたようだ。


「どうされました?」


 私の視線に気が付いた彼女が柔らかく微笑む。


「初めて貴女を仮面舞踏会に招待した日のことを夢に見ていた。あの時の貴女はとても美しかったな。もちろん今も変わらず美しいが」

「そんなことを仰っても何も出ませんよ、陛下。それに、二度と御免だと言った私を言葉巧みに操って何度も着飾らせたことは今も忘れていませんからね」


 自分の手を見ればそこには先ほど夢の中で見た自分の手ではなく、現実の痩せ細って皮と骨ばかりになった手。サリアはあの時と変わらず美しい娘の姿のままだが、私はもう老いて明日をも知れぬ命となってしまった。


「あの時、貴女を強引にでも私のものにしていたら……今の私達の関係は違っていのだろうか」

「さあ」

「貴女を愛し過ぎて何もできなかったあの時の自分が今更ながらもどかしいな」


 そう呟くとサリアの手が私の手に重ねられた。


「どんな国王陛下にお仕えしていた時よりも貴方に仕えていたこの数十年が楽しかったわ」

「少しは私のことを愛してくれていたかい?」

「貴方の望むような愛ではなかったかもしれないけれど、私は貴方を愛していましたよ?」

「そうか……」


 その答えに満足しなければならないのは分かっていた。しかしそれでも本当に結ばれたかったと死の間際でも思ってしまうのだ。せめてあと五年、いや一年でも良かった、サリアと二人で穏やかな暮らしがしたいと願うがそれもきっと叶わないだろう。


「サリア、貴女は生まれ変わりを信じるかい?」

「生きとし生けるものの魂は常に流転を繰り返していると言いますから、そういうこともあると思いますよ」

「そういう人間に会ったことはあるかい?」

「そうですね……この人は以前に会った人と良く似ていると思った人は何人かいました。全くの他人のはずなのに仕草や考えがそっくりという、まさに魂の生まれ変わりではないかと思うような」

「もし来世があれば再び貴女と巡り会いたい」


 そう呟くと、もはや力の入らなくなった手で彼女の手を握った。


「もし私が生まれ変わることができたら見つけてくれるか?」

「……陛下が私を見つけて下さるのではなく、私が陛下を探すのですか?」

「貴方なら私が何処に隠れていようとも必ず見つけ出してくれるだろう?」


 初めて会ったあの日のように。


「陛下のことだから、とんでもないところに隠れているのでしょうね、きっと」

「かもしれないな」

「……本当に困った人ね、アル」


 溜め息混じりに懐かしい呼び名で呼ばれて自然と口元に笑みが浮かんだ。


「これが“私”の最後のお願いだ」

「貴方のお願いに私が逆らえないことを知っていてそんなことを言うのね? 狡い人なんだから。分かったわ、ちゃんと探してあげます。だけどあまり遠くに隠れていてはダメよ? 私だって墓守をすることになるのだから、この国からそんなに長い時間は離れるつもりはないのですからね」

「この国が残っている間はってことだろう?」

「またそんな屁理屈を」

「死んだ人間の墓を守りながら長い時間を一人で暮らすなど無駄なことだ。貴女は貴女の人生を歩むべきだよ、サリア」

「私の人生は私が決めます。陛下にとやかく言われる筋合いはありませんよ?」


 少しだけ眉を潜めてそう言うと直ぐに微笑んだ。


「少なくともしばらくは一人でのんびり暮らしたいのよ。これまで働きづめだったのですもの。それぐらいは良いでしょう?」

「貴女の“しばらく”は長そうだ。私はかなり待たされる気がするのだが」

「たまには我慢なさい、これまで散々我が儘を通してきたのだから」


 そして軽く手を叩かれ、今日はもうこのままお休みなさいと言われ、私は彼女に見守られながら目を閉じた。

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