第38話「楓からの依頼」
―――黄色の国、黒の勢力に勝つ―――
ブリングが率いる黒の勢力が騒ぎを起こした夜は終わった。
しかし、あれ程の苦しみを味わった民衆の心には深く傷が残った。
それ程にブリングが与えた絶望は深く濃いものであった。
そして、確かにこの国を奪われるのを防ぐ事には成功したのだが、まだ残っている問題は、防ぐ事が出来ただけであって首謀者であるブリングとレーブンスを捕まえた訳ではない。
それでもひとまずは平和が戻った。
そして防衛に当たる功績だが、その半分は俺の物となった。
あの自体に対処出来るのはアリア姫の他にはいなかった。
そのアリア姫をあの場所へ連れていく判断をした功績、アリア姫を護り抜いた功績、アリア姫と街を、国を護り抜いた功績。
その三つが挙げられたが、それと同時に王族を危険に晒した事も挙げられたが、アリア姫は自分が無理に命令した上に、直接王室に雇われている人間ではないし、何よりこの国を救った本人なので見逃して欲しいと申し出た事によってお咎めなしとなった。
「竜胆白、君に一つ頼みがあるんだ…」
王城での話を終えて帰ろうとしていた俺は廊下を歩いていた。
そこでそう声をかけたのは楓であった。
深刻そうな顔をしている。たしかにあの二人の事は危惧するべきだろう。しかしこの国は守り切れた訳だが、何故だろうか。
それは深く考えるまでもなく、すぐに判明した。
「君にはすぐに赤の国に向かって欲しい」
その言葉で理解できた。黄色の国が本星ではないと言う事は赤の国が本星である可能性がある。
楓は赤の国から来た人間であるため、母国の
そして、楓は黄色の国に勤めているいる為、赤の国へは行けないと言う事だろう。
「赤の国に行くのはいいのだけど、こちらには生活の基盤はあるけど、向こうでの生活が保障されないと行くのは難しい。」
この異世界に来て最初に困った問題を徹底して解決するのは当然だろう。
そしてこの楓にならそれが保障できそうだと踏んだ。
現状は黄色の国の王都の宿屋で宿屋の主人に睨まれながらその娘の頼みでただで宿屋の部屋を使っているわけだが、それも長く続くと言うわけではないだろう。
追い出された時にはデッドビートのアジトがあるが、木製の手造りログハウスで隙間風も多いため、快適とは言えない。
快適で気負いしない生活が獲得できるのであれば赤の国へ行くのは良いだろう。
「確かにそれはそうだね、しかしその点は大丈夫だ。僕には黄色の国と赤の国から収益が入るのだけれど、基本的にアリア姫に付きっ切りな僕にその収益を使い切る事は不可能だ。そしてその収益は僕が死んでも後継者には受け継がれなく、赤の国の物になる。それから使えるように取り計らうから、それを自由に使ってくれて良い。豪邸で使用人を雇って暮らせる程の生活は保障できる」
間違いなく、最高の条件だろう。
赤の国に行くだけで巨万の富を手に入れられるわけだ。
ここに特に何か大切なものがあるわけでもないし、待遇が良いのならば赤の国に行くのが最善の選択肢だろう。
「わかった、こそまでの生活が保障されるなら、その提案を受けて赤の国に行く」
笑顔をとともに楓が望むであろう返答を返す。
その時の楓を見て思ってしまった事は疑心。
俺になにかを隠しているような気がした。
口には出さないがなにかを疑っている事を目線に乗せる。
「おっと、これは感づかれてしまったようだ。現状赤の国には伝承の赤の姫、紫の剣、紫の姫、青の剣が集っているわけだが中々に自己が強い人達なんだ。少し面倒に感じてしまうかもしれないけど、僕がそちらへ行けるようになるまでなんとか頑張ってくれ。それに、彼の方達と仲良くなる必要はないしね。そこは君に任せるよ」
自己が強いと言う言葉の意味はおそらく理解できた。多分だが頑固だとかその様な意味だろう。
元の世界でもその様な相手は幾度となく相手にして来たから大丈夫だろう。
それはさておき、とりあえず赤の国に行くに当たって今のうちに済ませておかなければならないことがいくつかある。
まずはそれをしなければならないだろう。
「一応ここでやり残している事があるから、それが終われば楓にまた会いに来ようと思うけど大丈夫かな?」
俺のその言葉を聞いた楓の表情を察するに問題はないだろうと予想できた。
逆に、その言葉は必ず言われるであろうと想定していたのだろうと感じられる。
「あぁもちろん大丈夫だ。僕も答えを聞くまでは行動することもできないし、赤の国に行ってもらう手配はこれからだから、数日は僕も待って貰おうと思っていたんだ。やり残した事は数日以内に終わる事かな?」
やり残した事と言うのは、一つ目にデッドビートの事。あれをどうするかは悩ましいものである。
方向性で言えば悪を正義ではなく力で牽制する組織にしたいのだが、俺がいなくなってもそれができるのか。
最悪の場合元のスラム輩の集まりに戻っても構わないだろう。
そして、二つ目が宿屋にある数少ない荷物をまとめる事と、宿屋のあの二人に別れを告げて来る事だ。
エミリーには負傷した時の回復に、服を作ってくれたり、食事の世話などを受けた。
エミリーの父は部屋を貸してくれた。
流石になにも言わずに出て行くのは日本人としての気質を問われよう。
「すぐに終わる事だと思う」
デッドビートに関しては、もう特に何も求めていない。
一応、悪事をしている者たちを牽制して治安維持に努めようとだけ伝えれる事にしたし、宿屋の荷物も多くない。
「ではその用事が終われば王城に来てほしい。部屋を用意して待っておくよ。次の日には出発できるように手配するよ。僕はもう行く事にする。ではまた…」
ゆっくりと振り返り引き返す楓、その左腕に刻まれた一角が消えた赤色の星の紋章を抑えながら。
「レーブンス、君が僕達にした事を忘れたとは言わせないよ…」
レーブンスはかつて楓を含む五つの剣に魔法のかかった契約を結んでいた。
それにより五つの剣は弱体化されてしまった。
今になればなぜそのような事をしたのかわかった。
レーブンスはもうあの時には敵対する気であったのだろう。
そんな事は知らずに竜胆白は去って行く楓を見送って、自らも王城を出る為に振り返り歩き出す。
歩き出してすぐ、角を曲がったところで俺はアリア姫に遭遇した。
この距離ならば、さっきの俺と楓の会話は聞こえていただろう。
「先ほどの話は本当ですか?」
アリア姫の様子は優れない。つまりあの会話はアリア姫にとって何か不利益になるような話なのだろうか。
「本当ですね。赤の国に行って他の姫と剣を守りに行きますよ」
隠すことなく事実を話す。
聞かれていたのだし、隠す理由は一切ないだろうと判断した。
「そうですか…それは寂しいですね。ですが行くのでしたら頑張ってください。そして、またいつかこの国に帰ってきてくださいね」
アリア姫は笑顔でそう言ったが、その笑顔は本当の笑顔でない事くらいはよくわかる。
さて、何を隠しているのだろう。
「あ...言おうか迷っていたのですが、あの四人の事を話します。これを聞いても行きたくなくならないでくださいね。楓に怒られてしまいます...」
そう言えば楓も自己が強いと言っていたが、どのような人間かは聞いていなかった。
少しでも情報が貰えるのは助かる。にしても本当にこの竜胆白という体になってからの頭の回転率が悪い。
「まずは青の剣ブライスさんの話から。彼は半水妖精で、彼を一言で表すと暗い方です。彼が力を使いこなせるようになる前彼の魔法により青の国の一部は永久凍土となり、彼はそれ以降その罪を背負って生きているのだとか...」
確かに国の一部を氷漬けにしてしまうと言う行為は大きな罪だ。俺が有効利用している場所ならば尚許すわけにはいかないだろう。
「次に紫の姫エリスですが、彼女は恐れ知らずです。彼女は吸血鬼で、不老不死なのです。なので彼女は死を恐れないので危険な道を進まれる事も多い方です...」
不老不死と言うのは実に怠惰の元と考えられる。有限な人生だからこそ活力が出るはずだが、そのエリスと言う姫は楽しんで生きているように思える。
それは何故だろうか。
「次に紫の剣ドレッドの話です。彼は感情的な方で、その剣技も彼の性格ににて荒々しいものですが、剣の腕ならば楓よりも上です...」
紫の剣ドレッドは聞いた感じだと、頭が悪そうだ。
こういう人間は上手く動かせれば使い勝手が良いが、下手をすれば非常に面倒そうだ。
「そして赤の姫竜胆です。私は正直初めてあなたの名前を伺った時には驚きました。竜胆白、竜胆という部分は聞き覚えがありましたので...関係者かとも思いました。それはさておき、彼女は面白いもの、珍しいものが好きなので恐らく竜胆白と言う名を聞けば気に入られるでしょう...」
たしかに普通の人間とは違う。それはまずその人種からだろう。
「ありがとう、教えてくれた事を心に刻んで赤の国に行く事にするよ」
緩やかになったアリア姫の顔を見て、俺ははにかんだ様な笑顔を向けてそのままもう一度歩き出す。
あまり長い間アリア姫と話してもこれ以上の情報を得るのが厳しい事はこの五十日で大体把握できている。
しかし、アリア姫の方は話を終えるつもりはなかったみたいであった。
「待ってください!まだひとつ言い忘れていたことがあります」
大した事は内容だと思いながら、その声に反応して振り返る。
「ひとつ、私は必ずまた会いに行きます。この国を救ってくださった英雄には、しっかりとそれに対する勲章を授けなければなりませんよね?ですから絶対に私はそれを私に行きます!待っていてくださいね」
アリア姫は、先程とは違い弾んだ声で話している。
先程の内容が重い様子で話していたのは、元々自分達以外の種族を好めなかったこの国の人々の特徴が、変わり者をあまり許容しないと言う所からだろう。それであのブリングはけぎらいされていた俺にとっては全員がおかしいわけでいちいち気にしていられない。
「分かった勲章を、持ってきてくれるのを待ってるね」
今度こそ俺は出口に向けて歩き出す。
アリア姫に呼び止められてあまりためにならないような話を聞くのにも慣れていた。しかし、もうそろそろそれも終わりと考えればそれもまた良い気がしてきた。
俺はそのまま遠くまで振り返りもせずに歩いた。そして、廊下の突き当たりに差し掛かった所で後ろから物音が聞こえてくる。
カタッカタッカタッカタッ…と何かがこちらに駆け寄ってくる。
後ろは見ていないが誰が向かってきているのかもわかっていた。
ありがとう姫だろうと思いながら俺は振り返る。
案の定走ってきていたのはアリア姫ではあったのだが、いつも話をする一定の距離まで詰めてきたのだが、アリア姫はそこでは止まらなかった。
アリア姫は何も言わずに両手を合わせて、そのまま俺の肩に指先を乗せて、背伸びをする。
走っていた勢いで俺の頬にキスをしたのだった。
それには流石に驚きを隠せなかった。
元の世界を含めて俺はいきなりキスをされた時はなかったために、なぜそのような行為に至ったのかが理解できない。
だから俺はただただ俺から数歩引いていったアリア姫の顔を眺めているしかなかった。
眺めている時間が長かったのだろう、次第にアリア姫の顔は赤くなって、そして俺から顔を逸らした。
しかし、その辺で俺も冷静な思考に至る。
「これは、どうして?」
この聞き方で良いかは分からないのだが、何も言わないよりは良いだろうと考えた。
「私は、ハク様を応援していますので!」
アリア姫は顔を伏せて、そしてそのまま振り返り走り去っていく。
だがしかし俺はそれを追いかけようという判断には至らなかった。
そう言えば、外国の人間は挨拶代わりにキスをするとか言うのがあった。そういう事だったのに俺が見つめた影響で照れてしまったのだろう。
ここは気にせす俺ももうこのまま帰ることにしよう。
そう思った、俺は王城を後にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます