第5話「宿屋の少女エミリー」

 ―――泉谷隼人はしかし、断る―――


 俺の上に乗っかっている娘。その娘は俺を自分のものにしたいと述べた。

「えっと、つまりそれは俺に今告白したという事なのかな。」


 俺の知っている意味では告白したという事になる。しかも理由は一目惚れと言うもの。

「そっそうだね、そうなるね。」

 こちらを見ずにこの娘は返事をした。そう言えば、俺はこの娘の名前すら知らないのだった。そんな人間の告白に応じる事などまず不可能だ。


「まぁ、一応返事としてはその答えを出す事はできない。第一俺達は今日あったばかりだし、俺は君が助けてくれる優しい人と言うのはわかるけど、それ以外のことを知らない。逆に君も俺を詳しくは知らないはずだ。軽い気持ちで人生を左右するような事を言ってはならない。」


 正直な所としては、この娘に別に魅力なんかは感じないし、面倒だが、助けられた以上流石に想いを冷酷に踏みにじる訳にはいかない。そして、何かこの娘が使える様になった時に踏み込める位置に置いておくのが正解だろう。


「確かに、何も知らない同士はダメだね。じゃあまずは自己紹介してお友達から。私はエミリーって言うのエミリー・カースラム。この宿屋の看板娘って事にされているの。」

 宿屋だから部屋もベッドもあったという事か。名前はエミリーと言うのか、カースラムは苗字に当たる部分だろう。


 一応名乗られた以上は、こちらも名乗らなければならないだろう。

「俺の名前は、名前は、えっとりっ竜胆白りんどうはく名前は白の部分だよ。」


 何かの物語で聞いた事のある人物の名前をそのまま使ってしまった。泉谷隼人と名乗っても良かったのだが、俺は今俺であり俺ではない人間な訳だ。ならば本来とは違った名前を名乗る方が良いだろう。


「ハク君ね分かった。そうだ、多分野垂れ死に掛けていた位だし、多分住む所とか困ってるよね。それならここにずっと居れば良いと思うよ。」

 そうか、それなら確かにまた野垂れ死ぬ寸前まで追い詰められることはないだろう。エミリー使える女じゃないか。


「そう出来るならそうするけど、大丈夫かな。」

 この宿屋はエミリーではなく、あの父親のものだろう。なら、最終的な判断はエミリーではなくあの父親になる。


「大丈夫、部屋を貸し続けるのかダメって言われたら私の部屋に来たら良いよ。」

 この娘の感性がよく分からない。何を考えているのだろうか、男を安易に部屋に泊めるのはおかしいと思うのだが。


 ほかの男なら、この娘は可愛いとは思うし、嬉しいのかも知れないが、全くだ。

 俺にとっては路地裏で寝るより遥かに良いだろうし、ここはこの娘に従うのだが。

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