第11話

昨日の騒ぎから一夜明けた翌朝。


俺は宿のベットで寝転がりながら、昨夜のことを考えていた。

俺に襲いかかって来た赤い髪の女。


(あの女も子供を攫う悪魔を追ってるみたいだったな)


《うん、ダイヤをそいつと勘違いして襲って来たしそれは間違いないと思う。それに彼女はハイブリッド体だった。結社と無関係なんてあり得ない》


(それにあいつ、俺をハイブリッド体だと言いやがった。それも匂いで。メイナールの匂いでも染み付いてんのかな?)


《それはないと思うけど‥確かに変だね》


考えを巡らす。


《整理しよう。この城塞都市では喋る悪魔が子供を攫っている。そしてその悪魔はハイブリッド体の可能性が高い。この悪魔を追って女のハイブリッド体もこの都市にいる。彼女はこの悪魔に対して敵意を抱いている。ハイブリッド体である以上、結社が今回の件に関わっている》


ルビーがひとつひとつ確定事項を確認していく。


《これくらいかな、はっきりしてるのは。あとは双方の立場だね》


例えば結社の命令で子供を攫っている悪魔に対して、女が反発してるのか、個人の思惑で攫って結社が粛清しようとしてるとか、両方結社に所属したまま、足の引っ張り合いをしてるとか。なんか担当‥じゃねえや、部門で別れてるらしいし‥。


(考えの堂々巡りだ、とりあえず組合にタグを取りに行こう、後は歩きながら考える)


《わかったよ》


俺は傭兵組合に向かった。

道中、昨日の運動のせいか、腹が減っていたので先に朝食を済ませることにする。


昨日行った商店街に赴き、適当な店を探す。

こういうのは直感が大事だ。

俺は一軒の屋台に向かう。


そこで出されていたのは粥のようなもの。

早速一杯注文した。


うん、まずい。塩の味しかしないし、食感も気持ち悪い。


《頼りない直感だったね》


呆れられた。

照れ隠しに一気にかきこんで、銅貨を払い店を後にする。


朝からでも人の往来は多い。

都市に活気があるのだ。


俺のように朝食を取る人達、仕事に向かう人達、買い付けをする人達。

大勢の人達が当たり前に過ごしている。

子供達の誘拐事件などないように。


早く解決しなくちゃだな。



組合に着くと昨日よりも活気がある。

人の出入りが激しい入り口に向かい、門をくぐるとそれはなお一層だ。


(おお、これだよこれ。ギルドっぽい)


《ダイヤのいうっぽさがわかんないけど活気は昨日よりもあるね》


壁際の依頼の内容を確認する人はそれを外し、受付に持って行っている。

あれが依頼の受注方法か。


依頼を見ている中に小さな子供もいる。

あんな子供も組合に登録してるのか‥‥。


その子供を目で追いながら、昨日の受付嬢の列に並ぶ。

どうやらひとつの依頼を穴が空くほど睨みつけているようだ。


俺の番が来たので、タグを受け取りに来た旨を伝えると

奥から紐に通した金属片を持ってきた。


角が丸くこしらえてある楕円形に、俺の名前と6桁の番号が記載されている。500269とある。


《この国の人工はおよそ8000万人、その内50万ほどの人が組合に登録している。身分の証明にもなるし、税金も免除されるからね。登録だけする人も多いんだ。それに強制徴収なんてほとんどあってないようなものだからね》


ルビーの解説を聴きながら、ふと気になった子供のことも聞いてみた。


「あぁ、あの子供ですか?あの子は組合員では御座いません。自分で出した依頼が受注されてるか確認しているのですよ」


俺はさらに突っ込んで聞いてみた。


「それってどんな依頼なんです?」


受付嬢はいかにも気の毒そうに


「あの子は孤児院の子で‥‥、同じ孤児院から攫われた子供を探し出して取り戻して欲しいという依頼を出しているのです。ですが、その‥騎士団ですらその尻尾すら掴んでいない難事件に対して‥、報酬が釣り合っていないのです。支払い方法も成功報酬となっておりまして‥」


「いくらです?」


「‥‥‥銀貨2枚です。ですが、それすら払えるかどうか‥。この都市の孤児院の財政は苦しいですし、それにそこの子供達を雇う人も少ないんです、雇われても足元を見られることが多くて‥‥」


オーガより安上がりである。

こんなに話してくれるのはこの受付嬢もあんに俺に依頼を受けさせようとしているのかもしれない。


もう一度子供を見ている。

周りを屈強な男達に囲まれながら、じっと依頼の紙を見ている。

真剣に、切実に、祈るように‥。


俺はその子供に話しかけた。

後ろ姿からは分からなかったが、髪の短い女の子だ。


「この依頼の報酬、どうやって払うんだ?」


女の子は意を決したように答えた。


「‥私が将来孤児院を出る時のために貯めていたお金です。それとご飯を我慢して貯めました。もちろんやましい事をして稼いだお金じゃありません」


はっきりと強い口調で答えた。


俺は依頼の紙を提示板から剥がした。

女の子はそんな俺を驚愕の瞳で見つめる。


「この依頼の受注、お願いします」


受付嬢は少し嬉しそうに答えた。


「はい、すぐに手続きを致しますので少々お待ちください」


待ってる間、女の子は聞いてくる。


「どうして‥‥受けてくれたんですか?」


「受けたいから受けた。それだけだよ」


周りにいた他の組合員は俺を馬鹿にしたような目で見ている。中には小声だが、露骨に侮辱してくるやつまでいた。

カッコつけるな、とか。


だが、そんなことはどうでもいい。

男がカッコつけずにどうやって生きればいいんだ。


《私はカッコいいと思うよ》


いい女に褒められたんだからこれでいい。


受注が終わり、俺は女の子と一緒に孤児院へ向かう。

事件の詳細を聞く為だ。


女の子の名前はジーナ。

彼女に手を引かれ、庶民街を進む。

庶民街の中でも、ひときわ貧相な地区がある。浮浪者がそこいらで寝ているし、どこか小便臭い。

そんな地区の一角にそれはあった。

彼女に案内された孤児院は庭付きでそこそこの広さを持つ建物であったが、率直に言ってボロい。


庭は雑草だらけだし、窓はひび割れていたり、壁もボロい。

中に通された俺を欠けている陶器に入った白湯をもったジーナと大人の女性が迎える。


老齢の女性だ。それに随分とやせ細っている。

この女性はルーバさんといって孤児院の経営者だ。


彼女にジーナからの依頼を受けたことを説明し、事件のことを話してもらった。

新しい情報といえば、彼女も子供たちが攫われたときに悪魔を見ており追おうとしたが

甘い匂いを嗅いだ後から気を失ったそうだ。

攫われたのは男の子二人と女の子一人。

甘い匂いか、何か薬品でも嗅がされたのかな?


この孤児院にはジーナを含め今はこの子たちしかいないらしい。

これ以上は引き取っても育てられない為だ。


国からの援助もこの都市の犯罪者が、孤児院のあるこの地区出身者が多いことを

理由に減らされているらしい。難癖付けて減らすとは、この都市の金持ちもケチクサイ奴らだ。


帰る途中にルーバさんに呼び止められた。


「このような子供の依頼を真剣に扱っていただきありがとうございます。どうかよろしくお願いいたします」


そう言って頭を深く下げた。

俺はなんだかいたたまれなくなり、


「俺が必ず子供達を見つけてみせます」


そう返した。

必ず、と怖い言葉を付け足して。



孤児院を後にした俺は、都市の外へ向かった。

悪魔が現れるのは深夜、それまでにベルトを使った訓練をしておきたかったからだ。


城塞都市なら来た時の道を逆走し、整備された道から外れて手頃な森に入る。森でばっか訓練する森ボーイである。


まず、周囲の索敵を開始する。

モンスターの気配はない。

まだ、森の入口付近だからか。ここなら大丈夫そうだ。

カバンからベルトを取り出し、装備する。



「変‥身‥‥」


結晶の球体に包まれ、中からダイアナイトが現れる。


まずは準備運動がてら正拳突きや蹴り、突きなどといった攻撃の動作にスムーズな魔力の付与を行う。

生身で行う時と大差なく出来る。

戦闘時の意識の改革も完璧にこなしつつある。


俺は今すぐこの力を試してみたい衝動にかられるが、

今日の訓練のメインはマギアハートの出力を上げることだ。

下手にモンスターを刺激して訓練に水を差されたくないし、何よりここからは未知の領域。余計な危険を冒したくない。


(ルビー、準備はいいか?)


《うん、ダイヤこそ大丈夫?》


深呼吸、‥‥良し。


(やってくれ)


《わかった、いくよ!》


ルビーはマギアハートの限界を、枷をひとつ外した。

その状態で目を瞑り、魔力を生成する。

ドクン!と一際心臓の鼓動が強くなった後に怒涛の勢いで溢れ出す魔力。いつもより生成スピードが早い。それに量もだ。


俺の意思より速く、なお速く鼓動する心臓。

俺はドーピングされたかの様なこの心臓を全力で制御する。


(ルビー!)


《まだだよ、まだ行ける!》


自分の体から溢れ出る魔力の泉。

重い。いつもより大きな力、使いこなすには時間がかかりそうだ。


好奇心に負け、俺は身体強化をかけてみる。

鎧が脈打つ。魔力が体を覆う。力強い、だが‥‥醜い。

大きな繭の様に俺の体を覆う魔力は不恰好に波打つ。

制御出来ていない証拠だ。


綺麗な形に留められていない。


(想像以上にじゃじゃ馬だな)


《うん、すごいね。‥‥でもまだ行けるよ。どうする?》


(やってくれ)


ルビーがさらに出力を上げる。

そのせいだろうか、俺たちは一線を超えてしまった。


突如、マギアハートに変化が訪れる。変身したのだ。

ダイヤの体内でその色を鮮やかな赤に変えて。


《な、これは!?》


それに合わせて体の熱が上がる。

熱くてたまらない。血が、血が熱いのだ。


(なんだこれは!)


焦った俺にルビーが答える。


《属性だ!マギアハートに、ダイヤの血に、魔力に、火の属性が付与されているんだ!!》


ルビーの答えに合わせて、鎧が変化する。


白銀の結晶が美しい赤へと変わり、肩の装甲が消える。

それに合わせて上半身の鎧も剣道の防具の様な形へと変わり、腕の可動域を広げる。

兜の色も形も変わる。炎の波がまるでライオンの鬣の様に兜を覆う。


なおも変身の余波が続く。

腕だ、腕から拳にかけての白銀の装甲が一体化し巨大化する。グローブの様な装甲、いやこれは手甲だ。こいつの掌に赤い宝石の様なものが埋まっている。


そこから炎が舞い上がる。

そして手甲に纏わりつく。


溢れ出る魔力の如く、炎も勢いが増すばかりだ。

制御出来ない。


《ダイヤ、魔力の排出を!》


俺は両拳を地面に突き刺す。

その炎が大きな爆発を生んだ。


炎の装甲が粒子とかし、変身が解除される。

生身の目で見た周囲の環境の変化に驚く。


木々は黒炭とかし、大地は半円形にえぐられていた。


(ルビー、やばい。意識が‥‥)


《魔力切れか、ダイヤこんなところで気絶しちゃダメだ!ダイヤ!》


俺はルビーの必死の声も届かず、意識を失う。


俺を見ていた、謎の存在に気付かずに‥‥。








目を覚ますと俺は宿に戻っていた。

ベッドに横たわる俺に窓から見える夕焼けが眩しい。


あれからどうやってここまで来たんだろうか。


するとドアが開き、誰か入ってくる。


あの夜戦った俺っ娘女だ。口いっぱいに何か頬張りながら入ってくる。

女は俺が目を覚ましたことに気がつくと

慌てて咀嚼し、飲み込んだ。


「起きたか、感謝しろよ。俺がいなかったらゴブリンにでも殺されてたかもしれないんだからな」


イタズラっ子の様な笑みを浮かべて語りかける。

今日は以前の様にフードは被ってないし、顔も隠してない。

ただ頭にバンダナの様なものを巻いていた。


キツイ系の美人だ。赤い髪がより一層攻撃的な雰囲気を醸し出している。


「混乱してんのか?今日はバレねえ様にかなり距離をあけて尾行してたんだよ、お前を。そしたら森ん中で爆発が見えて、慌てて見に行ったら気絶したお前がいたからここまで運んでやったんだよ」


ほらっとベルトを投げてよこした。それで気付いた。

カバンが‥‥。きっと燃えてるだろうな、また文無しかよ‥。


《ダイヤ、それより聞くことあるでしょ》


ルビーも目を覚ましたらしい。


「何が目的で俺を助けた?」


女は答える。


「先に言うことがあるだろう?」


俺は‥癪だが礼を言った。


「助けてくれて感謝してる。でも目的が分からねえと気持ち悪い」


女は俺の顔を真っ直ぐに覗き込み、


「‥なぁ、お前は俺に借りが出来たよな。命の借りだ。当然それは安くねえよな?」


「もったいぶらずに早く言えよ」


「ああ、お前には俺を手伝ってもらう。子供を攫う悪魔を殺す為にな・・」


俺は少し考えてから答えた。


「まず、だ。まずお前は何者だ?お前の立ち位置がわからねえと返事ができない」


「お前と一緒だよダイアナイト。メイナールのクソ野郎に改造されたハイブリッド体。そして、結社を裏切った者」


そう言ってバンダナを外す。

そこにあったのは動物の耳だ。


(ネコ耳か・・!!)


《いや、あれは・・トラかな?》


同じネコ科だ。かまわん。


「かわいい・・・」


「なっっ!!」


いかん、素が出てしまった。なんだろう、異世界にきて初めてワクワクしてる自分がいる。


「てめぇ、おちょくってんのか?仮にも一時は敵対した身だろ!」


「すまん、つい・・・」


なぜか謝ってしまった。

言われたくないのならその耳外してほしい。


女は若干赤くなった顔で場を取り繕った。


「とにかくだ。わた・・俺はお前と同じく結社から逃げてる身の上だ。わかったな」


こいつ今わたしって言おうとしてなかったか。

まぁいいや。俺は頷いた。


「でだ、俺はこんな体にした結社に復讐する為に奴らの邪魔をしてるってわけだ。そこでこの都市の悪魔に話がつながる。

結社は子供を攫って定期的に港まで運んで、そこからどこかに連れ去っているらしい。目的はまだわからんがな」


俺は疑問を投げかける。


「俺に何しろってんだ?」


「お前にはこの悪魔と戦ってもらう。ただでさえクソみてえな結社にさらに胸糞悪い子供の誘拐だ。俺はこれを潰したい。協力しろ」


女はさらに続けた。


「私の鼻は強い魔力を嗅ぎ分ける。悪魔はどこかに子供を確保しているはずだ。すでにその場所の目星もいくつかつけてある」


(こいつ、信用できると思うか?)


《完全には出来ないね。でも手がかりが少ない現状、この話には乗っておきたい》


「わかった、協力する。それと俺の名前はダイヤだ。呼ぶならそっちにしてくれ」


女は満足そうに、


「わかった、ダイヤ。俺の名はドゥルーだ」


協力するにあたり、俺は大事なことをお願いした。


「ドゥルー、ひとつ頼みがある」


「なんだ、言ってみろ」


俺は意を決して頼んだ。


「金貸してくれ。無一文なんだ・・・」


ドゥルーはかわいそうなものを見る目で俺に銀貨を数枚よこした。


ありがてぇありがてぇ。


《情けないよ、正義の味方が・・》


呆れる相棒。

正義とはかくも辛く険しい道なのである。

手の中の銀貨を握りしめ、俺はそう再認識した。


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