第10話


俺はおっちゃんの部下ということになった。


門の警備をする騎士達にそう言っていた。

おっちゃんの持つ営業許可証はそこそこ信用度があるらしく、そのまま特に止められもせず通過出来た。


おっちゃんとは門をくぐったら別れた。

おっちゃんは商人だ。だが、まだ自分の店を持ってない。

いそいそと新たな買い付けに向かうらしい。

おっちゃんからは傭兵組合の支部の場所を教えてもらった。


俺はお礼を言ってそれを見送った。


都市の中には活気があった。

石造りの整備された道の両側に家が並んでいる。

それがこの都市の中央の城まで続いている。

この都市はバームクーヘンみたいな階層式の作りで

庶民街、金持ち連中や貴族が住む貴族街、そして領主の城と三層に分かれている。


都市に来るまでにおっちゃんに聞いておいてよかった。


上二つには用はないな。なんか関わったらめんどくさそうだし。


人の往来も多い。だが、人だけだ。


(この世界にはエルフとかいねえのかよ‥)


《いないね、今後現れるハイブリッド体に期待しよう。耳の長い奴がいるかもしれないよ》


からかうように返された返事に実際可愛いくて平和主義なハイブリッド体なら会ってみたいとも思った。

中には無理矢理改造されて俺みたいに逃げた奴もいるかもしれない。


(猫耳ハイブリット体とかいいな)


《だが、男だ》


‥ルビーのツッコミは俺の知識を反映させてるせいか、やや偏ったものだった。こういうやりとりができるのはちょっとありがたい。


そんなやり取りを交わしながら、俺たちは傭兵組合の支部、剣と盾の看板を掲げた建物を目指す。


庶民街にあるそれはすぐに見つかった。

武装した連中が集まっていたし、わかりやすい。


俺は入口の二枚扉を開け、中に入った。


正面にはカウンターがあり、簡素な仕切りごとに登録や依頼の受注場所、討伐部位や依頼達成の確認をする場所、報酬の受け渡し場所と分かれている。


壁際には依頼が書かれた紙を貼り付けた提示版まであって、いかにもな様相。

中には凶暴そうなモンスターの絵が描かれたものの下に結構な大金が書かれたものもある。賞金首だろうか?


ちなみに俺がカウンターの種類がわかったのは字が読めるからだ。翻訳魔法とは言語知識を貯め込んだもの。

それを食った俺の脳は不可解な文字列の把握を容易にしている。


(たぶん、俺が食った翻訳魔法の宝石。売ればひと財産だな)


《バカ言ってないの。さぁ、登録するよ》


時刻は昼頃、俺は登録のカウンターの受付嬢に話しかけた。


「すいません、傭兵組合に登録したいんですが?」


「はい、初めての方ですね。ではお名前と年齢。戦闘職をこちらに記入してください」


どごぞのコールセンターみたいな印象。何度も同じことを言ってきたせいだろうか。


「戦闘職って何です?」


「戦闘職というのは、あなたに何が出来るかを記入していただく項目です。剣が得意なら剣士と、魔法が得意な方なら魔法使いとご記入ください」


なるほど。


俺は名前と年齢、戦闘職を記入した。とりあえず格闘家と。


受付の人はマジかよコイツって顔で俺を見るがそのまま登録作業をしてくれた。

まぁ素手で戦う奴なんていないよな。ましてなんの装備もないなんて。なんか拳に着ける爪っぽい武器でも買うか‥。


《なんだよ、爪って‥》


ルビーに笑われた。別に爪でもいいじゃないか。


「では、最後に確認いたします。基本的に登録された方の行動を束縛するような事はございません。ですが、緊急時、例えば大規模なモンスターの侵攻などに対しては強制的にご参加いただきます。その代わり登録していただいた方には税金の免除をお約束いたしております。なお、どのような依頼であれ、命を落としても当方は一切の責任を負いませんのでご了承ください」


スラスラと話す受付嬢。コイツ、デキル。


「なお、登録の証明として皆様にはこのようなタグをお渡ししております。再発行は銀貨一枚です。よろしいですか?」


「はい、登録してください」


「かしこまりました。ようこそ、傭兵組合へ。あなた様のご活躍を心よりお祈り致します」


少し芝居掛かった物言いだった。


「タグは明日にはできておりますので、明日、もう一度こちらへいらしてください」


俺は受付嬢にお礼を言って、厳ついおっさんがいる討伐部位の確認を行うカウンターでオーガとゴブリンの討伐部位を見せて査定してもらった。これは登録してなくてもやってくれる。それは村での生活で確認済みだ。


数字が書かれた木片をもらい、そのまま番号が呼ばれるまで待つと報酬の受け渡しカウンターでお金を受け取った。


オーガは銀貨5枚。まあまあである。


俺は都市の散策ついでに街中を歩いた。

散策中に商店街を冷やかしに行く。


武器や防具を売る店や日用雑貨を売っている店。

飲食店など様々な人の営みがある。


俺は討伐部位を包む用に安物の布を購入し、ついでに食事を済ませた。味は‥あれだが値段は銅貨2枚。安いのだ。


そのまま今夜の宿を探す。

できれば清潔な宿がいい。



しばらく歩くと

及第点の宿を見つけた。一晩銅貨8枚、食事はないが体を拭くお湯とタオルをもらえる。これ目的でこの宿に決めた。

村では川で行水していたので、温かなお湯が恋しいのだ。


部屋にはベッドしかない。

窓を開け、部屋の空気を入れ替える。

それから俺はベッドに横たわりながら、今後の方針を考える。


(とりあえず今夜から見回りしてみるか)


《いきなりだね、組合や被害にあった人に聞いて回らないの?》


(組合の提示版には誘拐事件の有益な情報には報酬を出すって書いてあったけど、直接悪魔を探した方が早い)


《そうだけどこの都市の騎士団も捜索してるんだよ。そんな中夜にうろつくのは怪しまれるんじゃないかな》


俺は一瞬たじろぐ。

そうだった、騎士団がいたのだ。


(でも、ここまで来て何もしないってのは無しだ。いざとなったら騎士団からも逃げてやるさ)


足を叩きながらそう言った。


《ダイヤはほんと行動派だね。いいよ、それで行こう》


(じゃあ夜まで寝るわ、おやすみ〜)


そう言って瞼を閉じた。

寝る前に今日の戦いを脳内で再生する。


どこを動かして、どこに魔力を込めればいいか。

そんなことを考えながら眠りについた。







夜、俺はとりあえず街を散策することにした。

今日は庶民街だ。


まだ人の往来がある。道中、二人組の騎士を見かけた。

あれは見回りか?


とりあえず目に止まった屋台で腹ごしらえをすることにした。腹が減っては戦が出来ぬ。


《満腹はダメだよ、それこそ戦が出来ないからね》


この屋台では肉や野菜を煮たおでんのようなものを出している。店の親父に


「おっちゃん、一番人気のやつ一人分お願い」


「はいよ、煮込みいっちょ」


慣れた動作で皿に盛り、ほとんど待たずに出された。

この早さが屋台の売りである。


「おぉぉ、うまそう。いただきます」


日本の食事に慣れきった俺にはやはり物足りないものがある。だが、ラビの村でそれも慣れた。


「おっちゃん、俺今日この都市に着いたんだけどさ、今この都市に子供の誘拐事件があるらしいな?なんか知らない?」


おっちゃんは不機嫌そうに返してくれた。


「ああ、その話か。貴族街でも1人攫われたって話だ。そのせいで騎士団の連中がピリピリしてるし、見回りも強化されてるぞ。だが、そのほとんどは金持ち連中やお貴族様の方に行ってるよ。ったく、被害はほとんどがこっちの庶民街だっていうのによ」


いつの時代も金持ってる奴が勝ちか‥‥。

なら、俺はこっち優先で回れるな。


《庶民街は騎士が少ないらしいね、なら見つかるリスクも低い。今夜はこっちを回ろうか》


俺はゆっくりと食事を済ませ、夜の闇が濃くなるのを待つ。店の親父が店じまいの準備をし始めるのを見て、金を払って屋台を後にした。



夜の街を歩く。

誰もいない道を一人、足音を響かせて進む。


月が綺麗だった。この異世界にも月はある。

天体が地球と似通ってるんだろう。


そう言えばこっちの太陽と月の名前を知らないんだった。

さすがにそんなことを聞いたら不審がられるし‥。


《多分名前を言っても強制的に翻訳されるよ、月と太陽に》


(便利なようで融通が利かない魔法だな)



そんなことを話しながらも周辺への索敵を忘れない。

これにもちゃんと理を乗せる。


気配を探るという行為。それは視覚以外の五感を使ったものだと思う。人は必ず音を発する。呼吸の音、服が擦れる音、大地を踏む音、それにその人特有の匂いもある。他にも人が動けば空気に流れが出来る。それを肌で感じることもある。


聴覚、嗅覚、触覚。この感覚を魔力によって強化する。

耳、鼻、肌、おまけに眼。

そしてそれを認識する脳。


ここに魔力を集中する。

‥‥‥‥気持ち悪い。


目論見は成功した。だが、成功し過ぎだ。

世界が変わる。色々なものを脳が認識する。

一気に増えた体外からの情報量に俺は辟易した。


(これにも慣れないとな。これはすごい武器になる)


《そうだね、なんかコツを掴んでからダイヤは一気に成長したよ。だからこそ、油断せずに慎重にね》


(わかってるよ、俺は思い上がれるほど強くない)


何しろ負け続けの男である。

だが、これ以上負けてなるものか。


情報酔いに悩まされながらも悪魔を探す。


どれだけ時間が経っただろうか。


(つけられてる‥‥)


《さっき見かけた騎士じゃないね、鎧の音がしない》


鋭敏になった感覚が教えてくれる。

音を消すようにつけているが、服の擦れる音がする。

わずかな呼吸音が聞こえる、緊張しているのか?


(誘ってみるか)


《念の為、ベルトを巻いておいて》


大通りを一定のスピードで歩いていた俺は、急に脇道に逸れる。


角を曲がってベルトを巻き待機、追跡者の足音が聞こえる。

焦っているのか、先ほどより気配が濃い。


近い!俺は追跡者が角を曲がって来るなり、足を突き出す。

思惑どおり俺の足に躓いたが、その勢いのまま一回転し、

片手を地面について此方を睨んでいる。


フード付きの外套に、布を口周りに巻いている。わかるのは目だけだ。

身長は俺よりやや低い、外套のせいか男か女かは判断できない。


「お前。何が目的で俺をつけてたんだ?」


身体強化を戦闘用のそれにして、自己の意識を改革する。

今、俺の肉体は人ではない。


「‥‥‥‥‥‥」


相手は無言で俺に襲いかかる。

追跡者は腰を落とし、地面を蹴った。


(疾い!?)


右手を引き、突きを放ってくる。

俺はその手を見た瞬間、僅かに動揺したが屈むことで

それを回避し、肩で体当たりを食らわせる。


漏れる息、体当たりの勢いに後ろに下がった追跡者に追い打ちを掛けようとするが、相手はバク転を繰り返し、大きく距離を取る。

また睨み合いだ。


(サーカスかよ‥)


《ダイヤ、それより‥》


(ああ。あいつの手の爪、あんな凶器みたいな爪が人間の爪だと思えない)


「てめえが子供を攫う悪魔か?」


追跡者はその質問に一瞬目を見開き、怒気を含めた声で返答した。


「よくもぬけぬけと!とぼける気か!!」


先ほどの体当たりした時の胸の感触といい、この声といい、相手は女だ。

しかし、会話が噛み合ってない感じだ。


「とぼける?何言ってんだてめえ。俺の質問に答えろよ。お前が子供を攫う悪魔かって聞いてんだよ」


先ほどより声に苛立ちを込めて追求する。


「それは此方のセリフだ!子供を攫っている悪魔はお前だろうがぁ!!」


女はその返事とともに再び襲いかかってくる。


両腕から繰り出される殺意を持った突きのラッシュ、喰らえば体に穴が開きそうだ。俺はそれを後方に下がりながら避ける。

下がりながら再び大通りに出た俺を逃すまいと右足で蹴りを放つ女。


俺はこれをしゃがんで避け、そのまま体を回転させながら足払いをかける。


「きゃっ!!」


そんな可愛らしい声とともに尻餅をつく女にのしかかる。

両足で女の腕を押さえつけてのマウントポジション。


フードが取れ、赤い髪が溢れる。

肩あたりまで伸びた髪が地面に広がる。

頭の左右の側頭部に妙な膨らみがある。

いや、今はそれよりも、


「おい、俺は今日この都市に来たばかりだ。なのに子供を攫うなんて出来るわけねえだろ」


女はキッと俺を睨みつけ、


「まだ誤魔化すつもりか!俺の鼻は誤魔化せない。この強大な魔力の濃さ、お前、ハイブリッド体だろう!」


まさかの俺っ娘である。

いや、今はそれを気にしてる場合じゃない。


「それを言ったらてめえもだろ。そんな凶器見たいな爪して、私は真っ当な人間ですー、なんて言い訳出来ると思うなよ」


女はここでようやく会話が噛み合ってないことに気付いたのか、考え込む仕草をした。

俺はさらに追求する。


「それより今の会話からしてやっぱり子供の誘拐は結社が絡んでんのか?いや、てめえも結社の人間か?」


女はハッとして俺の顔をまじまじと見る。


「お前は結社の裏切り者、結晶騎士ダイアナイトか!?」


こいつ、やっぱ結社の‥。

そんな思いが頭をよぎった時、


ピィィィッと甲高い笛のような音が聞こえる。


「貴様らぁぁ!そこで何をしている!?」


ガチャガチャと鎧が擦れる音を鳴り響かせ、見回りの騎士が此方に向かってくる。


それを好機と女は俺の背中に膝蹴りを入れ、俺の拘束から逃れた。

地面に顔から突っ込む。イテェ。


振り返ると女は夜の闇に消えていた。


《ダイヤ、私達も逃げるよ!》


ルビーの声に近づいてくる騎士達を再認識し、全力でその場を離脱した。

追ってくる騎士を背に、狭い路地に入る。


俺は左右の壁を交互に蹴って飛び、建物の屋上へと逃れる。

下では俺を見失った騎士が騒ぎ始め、やがて散らばる。


(このまま屋上を飛び移りながら帰るか)


《それがいいね、空を飛びながら逃げるなんて普通考えないし》


ゆっくりと時間をかけ、俺は宿へと戻った。

そういえば、あの女から甘い匂いなんてしなかったな‥。

ふと、そんなことを思い出しながら‥‥。




■■■




ダイヤからの逃亡を成功させた女がほくそ笑む。


「あれが結社の裏切り者、ダイアナイトか。あいつを利用すればあるいは‥‥。それに奴を倒せばお姉ちゃんも‥‥」


そんな呟きを残し、女は去った。
















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