第9話

ドナドナと荷馬車が揺れる。

俺とルビーを乗せて‥。


俺たちは保護されたレビの村の隣村、カラの村から城塞都市ルキャストへの道を荷馬車に乗って整備された街道を進んでいた。


本来なら乗り合い馬車があって、その方が早いのだが‥。

俺は無一文だ。


《だから馬車代くらい残してって言ったのに》


ルビーが呆れた風に責める。


(いいじゃねえか、お金は平和利用したんだから)


そう、俺は全財産をおばちゃんの妹さんに渡した。

これから扶養家族が増えるのだ。金はあった方がいい。


さすがに金貨が混じったものを全額受け取れないと、一度は断ったおばちゃんに俺は定期的にヒルダの墓の掃除を頼むことで折り合いをつけてもらった。


俺はカイルへの償いがしたかった。

その手段が金というのはどうかと思ったが、カイルが命懸けで守った妹の生活を守る為だと思えば納得もできる。


俺はメイルの平和に貢献した。


そんな訳で無一文の俺は、たまたま、城塞都市から来ていた商人に頼み込み、馬車の後ろに乗せてもらった。

必死の表情で

もしモンスターが出たら人壁になるから頼むとお願いした。


そこまで言われてはと乗せてくれるこの商人のおっちゃんもいい人である。

道中、少しでも情報が欲しい俺は


「おっちゃん、最近城塞都市で物騒なこと起きてない?俺田舎者だから、都会って怖いんだ。なんかあったら教えてくれよ」


「なんだ坊主、怖いってお前。人壁になるって言った男が何言ってんだか‥‥。そうだな、噂話程度ならひとつある。聞きたいか?」


「おお、聞きたい聞きたい!教えてくれ、おっちゃん」


下手に出たせいかちょっと上機嫌のおっちゃん。

チョロい。


「あくまで、噂話だぞ。城塞都市ではなぁ、今悪魔が出るんだよ」


「悪魔?モンスターじゃなくて?」


「ああそうさ、城塞都市の近辺のモンスターはあらかた種類が限られる。それに、モンスターは喋らないだろ?」


思わず、ルビーに問いかける。


(ルビー、ハイブリッド体かも)


《そうだね、幸先いいね》


「続けるぞ、始まりは一人の男の子だ。この子は初め、悪魔を見たと言ったんだ。夜中に外で、子供の列をなした悪魔が居たって。両親も子供特有の親の気を引きたいがための嘘だと最初は思っていたんだけどな」


だんだん声を低くしていくおっちゃん。

怖がらせたいのか。


「その子は次に悪魔が自分のところに来ると言っていたんだ。悪魔に見られた、次は自分の番だって。さすがに不審がった親は子供の側で寝ずの番をするんだけど、その夜‥。親は眠たかったんだろうな。子供から目を離し、船を漕いでた。数分程度だったかな、目を離した隙に子供が居なくなってたんだよ」


おっちゃんは連続で話したせいか、疲れ気味だ。

俺はおっちゃんのメタボ腹を解消する為に

カロリーの消費を促した。


「それで、どうなったんだ?」


「あぁ、ちょっと待って。ふぅぅぅっ。でだ、親は家中探してな、玄関の鍵が開いていることに気づいた。すぐに扉を開けて外に出たらな、悪魔が居たんだってよ、確かに子供の列を作って。そいつがな、気安く言うんだよ。この子、もらってくよってな。‥その列の最後に自分の子供がいるのを見つけて、親は勇気を振り絞って悪魔に対峙した。けど‥出来なかった」


「ビビったのか?」


「あぁ、多分ビビって気絶したんだろうな。ただ最後に何か甘い匂いを嗅いだって言っていたらしい。まぁこれはどうでもいいな。しかし、悪魔だ。そんなものいる訳ないだろ。だが、実際に子供は消えた。都市の守りを担う騎士団に通報したんだが、逆に疑われる始末」


俺は考えを巡らす。

子供など誘拐してどうするのか。


ハイブリッド体に改造するには幼なすぎるし、別の目的か?

まだ情報が足りない。


「もしも他の親から同じような報告がなかったらその親も捕まってただろうな」


「他にもいなくなった子供がいるのか?」


「あぁ、なんでも孤児院からも攫われたらしい。それも3人もだ。他にも何件かあるらしい。今都市ではこれを大規模な子供の誘拐事件とみなして騎士団が捜査してる。そのせいか、都市内はピリピリしてる。悪魔ってのはさすがに与太話だろうが、お前も変な真似すんなよ」


「あぁ、大人しくしてるよ」


(子供の誘拐事件か、悪魔ってのが気にかかる。調べてみるか?)


《うん、ハイブリッド体の素材って訳じゃなさそうだし。色々聞いてみよう》


上下に揺られてケツが痛い。

俺のケツ肉の強化を怠ったのかあの野郎。


荷台に座りながら、ふと後方を見ると

こちらに近づいて来る集団を視界に捉えた。


筋骨隆々のデカイ鬼が一匹、それに、ゴブリンが3匹。

武装は簡素な鎧に棍棒か、定番のものだ。


(ゴブリン、畜生どもが‥)


《ダイヤ、冷静にね》


未だゴブリンへの憎しみは消えない。

だが、心を鎮める。今、俺には守らねばならぬ人がいる。


「おっちゃん、モンスターが近づいて来るぞ!」


俺の言葉にすごい勢いで後ろを振り返るおっちゃん。

その顔が青くなる。


「なんだとっ!この辺りは最近騎士団が大規模な討伐をしたばかりだぞ。ちくしょうぅ、はぐれか。この馬車には剣は積んであるが、俺にはまともに使えねぇ。坊主、すまねぇ」


人壁にするから乗せてやるだけだとか言ってたくせに、ほんといい人だな。

呆れ半分、嬉し半分である。


「おっちゃん、俺がやるから先に行ってな」


そういうと、すぐにカバンを手繰り寄せ、馬車から飛び降りる。


「おい‥‥

おっちゃんの声を後ろにすぐさま身体強化をかけて

集団へと向かう。


《ダイヤ、あのデカイのはオーガだ。知能は低いし、ゴブリンほどの残虐性はない。でも見た目通り力は強い、気をつけて》


鎧は使わない。武器も使わない。

俺が使うのは身体強化のみ。


俺は先の戦いを恥じ、自分なりに考えた。

俺は自分の性能を引き出していない。


そもそも俺はまだ自分を人間の尺度で考えていた。

だが、この体は憎き男の最高傑作。


身体強化一つにしても漠然としたイメージしか持っていない。

例えば、蹴る時に足に魔力を集中したら威力は上がる。

だが、蹴る時にまで腕の強化は必要だろうか?


そこだけ魔力を上乗せするより、他の箇所の強化に当てている魔力から引っ張ってきた方が省エネだ。


今纏っている魔力を必要な箇所にのみ纏う。

まずはこれを完璧にこなす。


次にこの体だ。

俺の認識している全力とこの体の全力には大きな差があるように感じる。戦うとき、まだ人間の尺度でこの体を使っているからだ。


俺は脳改造を受けていない。故に痛覚もそのままだ。

それが俺の限界に蓋をしていた。


本来なら鉄製の防具や武器でもこの体なら耐えられるのではないだろうか?貫けるのではないだろうか?


俺は自分を試す。

俺の脳に超生命体の戦いを認識させる。

そうすれば自然と鎧を装備した戦闘力も上がるはずだ。


考えをまとめると、敵はもう目の前だ。


「お前らで試させてもらうぞ」


(ルビー、見ててくれ)


《うん、魅せてみて》


前方に迫るゴブリン3匹。奴らは棍棒を振りかぶり、俺を襲う。


そういえばまともに受けたことはなかったな。

今回俺は避けもしない、防ぎもしない。


ただ腰を落とし、右腕を引く。

正拳突きの構え。

確か腰で打つんだったな、漫画の知識だが。


今まで力任せに振るっていた拳に理念を乗せる。

奴らはもう目の前、先行した1匹の棍棒は俺の頭部を捉えた。



派手な音がする。

華奢な腕だが、払うのは凶器。

俺の額から一筋の赤が流れ落ちる。


痛い、でも脳を揺さぶられた感覚すらない。

血は出ているが、皮膚を多少傷つけられただけ。

俺の痛覚だけが問題だ。


潰れたのはゴブリンの棍棒。

ゴブリンは不思議そうに俺と棍棒を見比べる。


この隙を逃さない。

イメージだ、明確なイメージこそ力だ。

踏み込む足に、捻りを入れる腰、インパクトの瞬間の拳。

ひとつひとつに魔力を注ぎ、それを体内で流水の如く流す。足から腰へ、腰から腕へ、腕から拳へ。


意識する箇所以外への魔力は断つ。

それを奴の腹に鉄製の鎧目掛けて撃つ。


躊躇うな、俺の拳はこんなものぐらい貫く!

自己暗示のように言い聞かせ、心の不満不安を削りきる。


俺の拳は鎧を貫いた。

腕半分血に染めて、ゴブリンの命を刺し貫いた。

ベルトもなしにだ。


だが、‥‥いてぇ。それでも、それでもだ。



思いは確信へと変わる。

俺はまだまだ強くなる。


次は蹴りだ。

これも腰の回転か、漫画知識だが。


姿勢を落とし、左足を軸とし、右足で大地を蹴る。

軸とする足、大地を蹴る時の足裏、インパクト時の接触面の強化。


これを残るゴブリンの腰に叩き込む。

鉄の鎧が歪む。そのまま勢いに乗り残った一匹を巻き込んで飛んで行った。


あとはオーガのみ。

ゴブリンに先行させ、俺の動きを見ていたオーガは、

いよいよもって俺に襲いかかる。

上段に振りかぶった棍棒を振り下ろす。

ただそれだけの行動が先程よりもなお一層の死の気配を纏っている。


だが、俺という存在は今日革新した。


今、俺の中にあるのは余裕だ。慢心ではなく余裕だ。

振り下ろす棍棒を右腕を突き出し受け止める。


インパクトの瞬間にまた右の掌から足裏まで魔力を流す。

それが衝撃の拡散を促し、大地を割った。


オーガは俺の死を笑う。嬉しそうに。

だが、引き戻そうとした棍棒が動かないことに戦慄した。


-人間が自分の武器を掴んでいることに、そして自分が人間に力で負けていることに‥。


動かない棍棒を離し、俺に向かって拳を振るう。

俺はそれに合わせた。

オーガの拳に己の拳を突き出す。


重なり合う拳、肉と骨を砕く感触。

オーガの拳からは骨が突出している。

痛みに拳を引くオーガ。


今、楽にしてやる!

オーガが捨てた棍棒を拾い上げ、飛んだ。


膝をおり、大地を蹴る。その流れに魔力を乗せる。

容易くオーガの頭上を取る。

呆けた顔のオーガの頭にその棍棒を叩き込んだ。


オーガの頭部は割れながらも、その胴体に陥没する。

間違いなく、命を絶った。


周囲を警戒するも、先ほど俺の蹴りの巻き添えを食らったゴブリンが敗走していた。


走って追いつくのも可能だろう。


だが、俺は手頃な石を拾い上げ、投球フォームをとる。

まだ、投げない。動きに合わせて、筋肉の躍動を確認する。


流れを掴んだら、俺はゴブリン目掛けて石を投げた。

石は容易くゴブリンの頭部を貫通し、脳漿を撒き散らした。


終わりか‥‥。


《ダイヤ、お疲れ様。うまくいったね》


ルビーの称賛が右から左に流れる。

俺は、先のゴブリンのハイブリッド体相手に何故これが出来なかったのか‥。

そんな思いで一杯だった。


冷静に、己をコントロールすればヒルダを‥。後悔が俺を襲う。

肉体の力も今のが出来ていれば‥‥もっと、もっと出来たのに‥。


今、思い出す。あの穏やかで優しい時間。

あの時間に自分で冷や水をかけるが如く、スプーンを粉砕したことが尾を引いていたのかもしれない。人間としての感覚を超えることを恐れていたのだ。


考えても、もう終わった過去だ。

時間は巻き戻らない、失ったものは帰ってこない。


《ダイヤ‥‥》


思考が漏れていたようだ。ルビーが心配そうに名前を呼ぶ。


(戦う時と普段の感覚を切り替える訓練をしなくちゃな。出ないと大事なものまで傷付けちまう。触れるもの全てを傷つけるのはただの暴力だ。俺の力は正義の為に、誰もが持ってるあの穏やかな時間を守る為に使わなくちゃならないんだ)


俺の言葉に何か感じることがあったのか、

ルビーはぽつりぽつりと話し出した。


《ダイヤ、ダイヤ‥‥。私、ダイヤに謝らなくちゃならないことがあるんだ》


覚悟を秘めたルビーの声に、俺は先を促した。


《これまでの戦闘で私はマギアハートの特性を理解しつつある。だからこそ暴走させずに戦闘に必要な出力を確保する余裕があったんだ。でもね、マギアハートの力はこんなものじゃないんだ》


(‥‥どういうことだ?)


《ダイヤの魔力生成から身体強化までの動きは洗練されてきている。それに合わせて私もかなりマギアハートの調整に力を入れられるようになったし、実際出来るようになった。‥‥はっきり言うよ。ゴブリンのハイブリッド体との戦闘時点で私にはマギアハートの出力を上げることが可能だった。でも、暴走の危険もあったから、それを提案すらしなかった》


あぁ、そういうことか。ルビーは責任を感じていたんだ。

馬鹿なやつだな、まったく。


《だから‥、だからヒルダを死なせてしまったのは、私のせいかもしれない》


ルビーは俺からの返事を待っている。

俺はそれに答えた。


(あの時さ‥‥。ルビー怒ってくれたよな。冷静になれって。でも、俺には自分の心を鎮めることが出来なかった。仮にあの時出力が上がっていたとしても力任せに使ってより魔力を消耗してたはずだ。下手したら暴走して死んでたたかもな‥)


ルビーは静かに聞いている。


俺はルビーがただ俺の身を案じて、それを提案しなかったことくらいわかってる。こいつが我が身可愛さに躊躇った筈などないのだから。


それに最初からなんでも出来る筈がないのだ。

ルビーもまた、俺と一緒でなんの説明もなく力を与えられて、それを手探りで使ってきただけなのだから。



(だから、ルビーが責任を感じることなんてないんだ)


《ダイヤ‥‥》


俺はルビーの後悔を吹っ飛ばすように快活に言った。



(一緒に強くなろう。俺たちならそれが出来る!)


《うん!!》


そんな俺たちの決意に水を差すような声、


「おーい、坊主!無事かぁぁぁ!?」


おっちゃんの声だ。

心配して引き返してきたのだ、あのおっちゃんは。


(ったく。ホントにお人好しだな。あのおっちゃんは)


《ふふふ、そうだね。戻ろうか?討伐証明用の部位の回収も忘れずにね》


俺たちはおっちゃんの馬車に戻った。

おっちゃんは俺の衣服が血まみれになっていることに

顔面蒼白だったが、返り血だとわかると俺のことを褒め讃えた。


曰く、オーガとゴブリンの集団を一人で倒すなんてあり得ないだとか。


とりあえず、使ってないナイフを見せびらかして

これで倒したとおっちゃんを納得させた。

ぶん殴って殺したとか言いにくい。

幸い、モンスターの死体は見てないから大丈夫だろう。


おっちゃんからこれを着ろと服をもらった。

各村々を周り、日用品を売り歩くおっちゃんの商品だ。

俺は礼をいって着替えた。


新雪を踏むように、新しい服に袖を通すのは気持ちがいい。


馬車に揺られながら話していると、大きな城壁が見えた。

周りを水堀のようなもので囲っていて、入口の城門から橋が架けてある。


城壁の材質は石なのかな。


《あれは石だけど魔法で作ってるから強度もあるよ》


建築技術にも魔法が根付いているらしい。


思わず息が漏れる。

男は城塞都市とか硬くて強そうなものが好きなのだ。


都市に入る為に、順番待ちの列に並ぶと


「坊主は命の恩人だから、今回は俺が坊主の通行料は払っておこう。初めてだと金がいるんだ。それに身元の証明も俺に任せておけ」


「都市に入るのになんか検査でもするのか?」


「ああ、まぁ簡単にだが自分の身元を証明するんだ。村から来るやつだったら大抵その村の村長の判を押してもらった証明書とか、俺みたいな商人は国が発行している営業許可証、あと傭兵組合の所属を証明するタグとかな」


「俺、傭兵組合に登録するつもりなんだけどタグとか貰うの?」


「ああ、自分の名前と番号を彫ってもらったやつだな。金がかかるが、まぁさっきのオーガで足りるだろう」


あんなのだよ、と汚い格好の男を指さす。

その胸には紐に通された楕円形の金属が光っていた。


列の進みは早い。本当に簡単な検査らしい。


「お、俺たちの番だ。行くぞ」


俺は大きな門を見上げる。

廃墟とか村しか見てなかったから、文明レベルの急な上がり方に困惑してる。


《ほら、行くよ》


ルビーの声に促され、俺は門をくぐった。



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