第8話

俺は変身した。

その姿は、満身創痍。


普段の黒い全身鎧は健在だか、上半身や各部の白銀の結晶の装甲は完全ではない。


欠けているのだ。そしてそれを直す魔力もない。


「なんだぁ〜、その姿は。てめぇ、やっぱボロボロじゃねえか。強がりなんてよぉ、ダセエよなぁぁ」


ハーンは拳を振り上げ、俺を殴る。

大振りだが、今の俺には避けられる拳ではなかった。


何度も何度も殴られる。

その度に装甲が粒子となって砕けていく。


鎧を維持できない。


《ダイヤ!!》


(まだだ!気持ちよく殴らせてろ!)


反撃できない俺を見て、奴の笑みは一層深まる。

全身が緑の皮膚に覆われた醜い鬼が笑う。


「んん〜、どうしたどうした?反撃出来ないのかぁ。おいおい、お前メイナールの最高傑作なんだろ?だったらさぁ、もっと頑張れよぉ、ゴブリン相手によぉ情けないだろうがぁ」



そう言って殴る奴の拳に兜が壊れていく。

それでもハーンの殴打は止まらない。


(メイナールってやっぱ嫌われてんだな)


《呑気なこと考えないで。集中!チャンスを見逃さないでね》


反撃出来ない俺を殴るのに飽きたのか、ハーンはトドメとばかりに

なお一層おお振りな拳を振るう。


(ルビー、今だ!!)


《任せて、いくよ!!》


その拳を最後の力を振り絞り、ハーンにぶつかるように

前方に避けた。


そして離れぬように抱きしめる。


「はぁぁ?ナニ抱きついてるんだぁ?キメェんだよ‥‥グハッッッ!!」



ハーンは驚愕の眼差しで自身の腹を見る。

血が流れている。


ハーンの脳裏に疑問が生まれる。

-何故?こいつには反撃する力はもう‥‥!!


「気付いたか、ああ、確かに俺にはもう反撃する力はない。だからお前に力を貸してもらったんだ」


「なん‥‥だと‥‥‥」


そう、俺はベルトから剣を排出していた。

だが振るう力がない。故に奴の拳の勢いを利用した。


「てめぇ。だが、この程度じゃあ俺は殺せねぇぞ。結局は俺の勝ちだぁぁ!」


「いや、てめえの負けだ」


瞬間、奴の内部で爆発が起こった。

体内にある剣の刀身を爆発させたのだ。


正確には小さな突起をつけた刀身をハーンの内部に入れ、

内部で鎧をパージしたかの如く、突起を射出した。


小さなダイアの突起物、それが縦横無尽に放たれて

ハーンの体内を蹂躙する。

それは同時に俺自身への攻撃でもあった。


これは賭けだった。


ハーンが部下を使っていたら俺の勝ちはなかっただろう。

油断しなければ、最後まで慎重に戦い、俺の接近を許さなかっただろう。


俺は勝った。

自爆攻撃を乗り切った。

もう意識が限界に近いがまだやることがある。


井戸にいるゴブリンに告げる。


「失せろ、殺すぞ」


本当はそんな力なんて残っていない。

でも、俺が目の前でハーンを倒した姿を見ていたゴブリンどもは逃げた。

所詮は畜生か。‥‥あ。


ゴブリンが逃げる際、掴んでいたロープも離した。

ヤバイ、ヒルダが‥‥。


俺は最後の力を振り絞り、井戸まで行くと

マギアハートを無理矢理稼働し、ヒルダを引き上げる筋力を確保した。

吐血しながらもロープを掴む力は緩めない。決して。



《ダイヤ!》


(最後の無茶だ、許せ!)


井戸からヒルダを引き上げると、すぐに水を吐かせる。

激しく咳き込むがヒルダは生きている。生きているのだ。



「ヒルダ!無事か!?」


彼女を抱きしめながら問う。

まだ咳き込みながら


「げほっ、・・無事だよ、それよりダイヤは?」


「あぁ、あぁ。大丈夫。俺は大丈夫さ」


力の限り、ヒルダを抱きしめた。

残る力もない、か細いものだったけど、全力の抱擁だ。


「ダイヤ、村のみんなは?」


「‥‥‥メイルは無事だ。でも、他のみんなは‥」


ヒルダは泣きながら俺に縋った。


「そっか‥‥。私、今度は誰も失わないように頑張ったんだけど‥。回復魔法の練習も頑張ってきたんだけど。でもすぐに魔力の限界がきて、みんなを治せなくなって‥。」


「なんで、なんでこんなことになっちゃったのかな?私達みんな悪いことしてないんだよ。なのに、なんでなんだろう」


俺は、俺は勇気を振り絞って答えた。

みんな死んだ、だから誤魔化すのはダメだ。


「俺のせいだ、俺が奴らをこの村に引き連れちまった。俺のせいなんだ‥」


ヒルダは俺を見る。ただまっすぐに‥。


「そうだね、ダイヤのせいだ。‥でもね私のせいでもあるんだよ。あいつ言ってた。回復魔法の使い手はレアだから、私を解剖して調べるって、実験に使うって‥‥。私が悪いのかな?私のせいでみんな死んじゃったのかな?」


俺はか細い声で答える。


「それは違う。ヒルダは何も悪くない、悪くないんだよ」


ヒルダは一層、優しい顔で答えた。


「そうだね、だったらダイヤも悪くないよ。悪いのはあいつらだから。ダイヤはなーんにも悪くないんだ。私聞いてたよ、無理矢理攫われたって、無理矢理改造されたって‥‥。そんなことするやつが悪いんだよ。そいつらに引っ張られてダイヤが自分を責めることはないんだよ」



ああ、そうだ。

見られてしまった。あの姿を。


「悪いな、隠すつもりはなかったんだけど‥‥。気持ち悪いだろ、あんな姿になる人間なんてさぁ‥‥」


不安そうな俺の顔を両手で掴んで、彼女は答えた。


「ううん、ぜーんぜん。むしろカッコよかったよ。キラキラ光って綺麗だった。正義のヒーローみたいだったよ」


笑顔で答えてくれた彼女を、俺は、俺は、‥‥。




瞬間、





突如彼女の胸から矢が生えた。


「えっっ‥‥」


その原因は俺だ。

俺が見逃したあのゴブリンだ。



「バーカぁぁ。ちゃんと死んでるの確認しないなんて間抜けにもほどがあるだろうがよぉ、ひゃっひゃっひゃっ」



振り向けばハーンが笑っている。

血を吐きながら浮かべる最大限の愉悦。


「ぁぁぁぁ、とはいえもう無理か。お前のそんな顔を見れて満足だよ。その女は死ぬ、お前のせいでなぁぁぁ」


そのまま息途絶えた。


弓を放ったゴブリンも苦しみだしている。

体内の奴の血が、ハーンが死んだことによって変化したのか‥。


いや、今はどうでもいい。


ヒルダは‥‥



「あはは、さすがにこれは助からないか‥‥」


「ヒルダ、ぁぁヒルダ。ヒルダ‥そうだ、回復魔法がある。ヒルダ、回復魔法だよ」


「ごめんね、もう魔力切れなんだ‥‥」


ヒルダは俺を見て語りかける。


「ダイヤ、私ね。お父さんとお母さんが死んでとても辛かった‥。村のみんながどれだけ優しくしてくれても心にぽっかりと穴が空いたみたいだった‥。愛する家族の喪失は堪らなかった‥」


血反吐を吐き、一呼吸おいて語り続ける。


「ダイヤ、私が死んだら、死んだらさ‥‥ダイヤの心の穴になっちゃうのかな?それとも‥これは自惚れなのかな?」


「違う!自惚れなんかじゃない。俺は、俺はお前が好きだ!あんな奴らがいなければずっとここに居たかったんだ!!」


「そっか、ふふふ。幸せだなぁ。大好きな人と両想いなんてさ。それも、初恋が実るなんて‥。私はすごく幸せだよ‥。だから‥‥だからね」


言うな、言わなくていい、言うなよぉ。


「もういいよ、私は満足だから。だからね、私のことは忘れて、私よりいい女を見つけるんだよ」


(あの小さなカイルですら大事な人を守れたのに‥‥。俺はなんて無様なんだ)


《ダイヤ‥‥‥》


いよいよ彼女の顔から命の色が消えていく。


「ダイヤ、ダイヤ約束して。出ないと私、化けて出るかもよ」


「化け物でもいい、逝くんじゃない。側に居てくれ!」


ヒルダは困ったような、それでいて嬉しそうに言った。


「‥‥我儘だなぁ。それなら一年に一日だけ、一日だけ私を思い出して泣いてもいいよ。でも、それ以外はダメ。死んじゃう人を想うのは一年に一日だけでいいんだから‥‥」


また血を吐いた。

もうヒルダは限界なのだ。彼女を安心して逝かせられるのは、今は俺しかいないのだ。


「わかった、わかったよ。約束する。でも、今日だけはいいだろう。今日だけは許してくれよ‥‥」


情けなくヒルダに懇願する。


「しょうがないなぁ。いいよ。今日だけだからね。明日から私がいなくても、ちゃんとご飯食べるんだよ。それから服もちゃんと洗って清潔にして‥」


こんな時に俺の心配かよ‥。


「ぁぁ、ぁぁ。ちゃんとするよ。ちゃんとするから。だから‥」


ぁぁ、もう時間がない。


「うん、安心した‥‥‥」



そう言ってヒルダは安らかな顔で逝った。





俺は泣いた。

彼女の亡骸を抱いて、

涙と鼻水のぐちゃぐちゃな顔で泣いた。


泣いて泣いて、それでも涙と嗚咽は止まらない。


どうすればよかったのか?

俺が弱かったから守れなかったのか?


俺は彼女に出会うべきではなかったのか?



わからない。わからない。

何をすればいいのかも、何がしたいかもわからない。


情けなくて、惨めで、消えて無くなりたかった。

涙が枯れれば、悲しみも終わるかもしれないと

泣き続けた。


そんな俺をルビーは黙って見守ってくれていた。


泣き疲れた俺は気を失っていた。

体力も気力も魔力も、もう限界だ。


眠ればヒルダに会えるかもしれない。



深い闇の中に‥‥俺は落ちた。





■■■





気がつけばベッドの中にいた。

ふと横を見れば騎士がいる。

女騎士だ。

俺はどうやら2日も眠っていたらしい。



彼女から事の顛末を聞いた。

一つだけいいニュースがある。

レビの村の生き残りはメイルだけではなかった。


あのゴブリンの襲撃があった日、それをいち早く見つけた村長の娘さんー俺は見かけたくらいで話したことはないーが隣村まで応援を呼んだそうだ。


事態を重くみた隣村の村長は国の騎士団に依頼。

彼らが村に到着した時にはあの有様だった、と。


俺は女騎士に色々聞かれた。

事情聴取というやつだ。


ハイブリッド体の事も聞かれたが、とぼけた。

新種の喋るゴブリンだったと言っておいたら、一応は納得された。


メイルの事も聞いた。

隣村におばちゃんの妹が嫁いでいたそうで、

今後はそこで暮らすらしい。


この妹さんがよく出来た人で、その旦那さんと一緒に自分の子供として育ててくれるらしい。

だが、俺はまだメイルに会う勇気がない。


女騎士の尋問は終わり、俺はヒルダの埋葬先を聞いた。

村の共同墓地で両親とともに眠っているそうだ。


《ダイヤ‥‥》


(ルビー、心配かけたな。すまん)


《‥‥いいんだよ、そんなこと。それよりダイヤは‥‥大丈夫なの?》


(あぁ、2日立ってるからな。もう、泣けないんだ‥。だから大丈夫だよ、俺は)


《ダイヤ‥‥。これからどうする?》


(決まっているだろ。結社の手がかりを探す。予定通り大きな都市に行こう。そこで傭兵組合にも登録しないとな)


《ダイヤ、もしダイヤが望むなら‥‥ここで終わっても私は何も言わないよ?》


(‥ありがとうルビー。でも大丈夫。俺は今度のことで再確認した。結社の連中を許しちゃおけない。だから、俺はこの心臓が止まるまで、お前と一緒に終わるまで戦うよ)


《ダイヤ‥わかったよ。一緒に戦おう!》


俺はベッドから降りると

女騎士に教えてもらった墓地へと向かった。


女騎士に時間を取られたせいか、時間は夕方。

俺は道中で見つけた綺麗な花をヒルダの墓に飾った。


(夕焼けが綺麗だな、ここならヒルダも両親と静かに眠れるかな)


《そうだね、きっとそうだよ》



美しい夕日を見ながら思う。

太陽はみんなに平等なのに、なんで神様は不幸な人間をつくるんだろうか。

考えても意味のないことである。


墓から帰る途中、メイルに出会った。

おばちゃんの妹さんと、旦那さんも一緒だ。

その胸に美しい花を抱いている。

カイルの分だ。


俺は覚悟を決めた。


メイルにカイルの死に様を語った。

メイルは俺の顔を真剣な表情で見つめる。


語り終わった俺はメイルからの叱責を待った。

待っても待ってもこない叱責に顔を上げると、


メイルは笑っていた。

泣きながら笑っていた。


お兄ちゃんはすごい、ゴブリンにだって負けなかった。

だから、私はその妹なんだから。

不幸なんかに負けてやらない。




だから、ダイヤお兄ちゃんも負けないで。




ヒルダを想わせる強い言葉だった。

夕日に照らされる、彼女の顔は美しい笑顔だ。

力強い命の光だ。



俺はヒルダに、カイルとメイルに改めて誓う。



俺は二度と負けないと。

あんな奴らに美しい命の光を潰させやしないと。








■■■







ここはどこかにある研究所。


そこではハイブリッド体の研究、開発が行われていた。


その中にこの男の姿がある。

秘密結社〈創世の方舟〉の研究部門、筆頭錬金術師。

メイナールである。


彼は楕円形のカプセルの前で部下と話していた。


「メイナール様、こちらのカプセルは?」


「ああ、これ?僕の新作だよ。素材は治癒魔法の使い手を選んだんだけどまだ何に合わせるか決めてないんだ。天才の僕を悩ませるなんて罪な女だよまったく」


そう言ってカプセルをこずく。


部下は薄緑色の液体に満たされたカプセルの中身を見た。

美しい女だ、ただそばかすだけは好みではなかったが‥。


「治癒魔法の素材なんて珍しいですね。どこで調達して来たんですか?」


「ん〜、それはね。拾ったんだよ。土の中に捨ててあったから拾ってきたんだ。こんな珍しい素材、そのままにしておくなんてもったいないだろ?だったら人としての頂点、この天才に使われる方が幸せというものだよ、君〜」


部下は割と上機嫌な上司に安心した。

秘密裏に開発した異世界人の実験体を逃した日には

彼の癇癪は部下にも及んでいたからである。


だからこそ、部下はカプセルの中身にも感謝したのだ。

それが、墓から掘り起こした死体だとも知らずに。




錬金術師メイナール。

彼は人の命を愛することもなく、死を想うこともない。

この異世界の、人の世の悪だ。

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