第7話
大盾のゴブリンの内、一匹が突っ込んでくる。
その突進を正面から迎え撃つ。
ダイアナイトの拳にゴブリンの構えた盾が凹む。
俺はそのまま追撃しようと踏み込んだ。
だが、すぐに別のゴブリンに斬りかかられる。
避けるために退がれば、追い打ちに弓や魔法の火球を使われてその間に盾役が変わる。
(こいつら、上手い!)
《このゴブリン達、連携が出来てる。周りのフォローまでこなして常にダイヤの攻撃をいなしている》
(構うか、押しきる!)
次の盾役が前に出た時、俺はベルトに手をかけて
柄を引き抜く。
盾役の頭の位置に目星をつけて盾ごと貫く。
頭蓋を砕く感触、当たりだ。
先ほど同様に斬りかかられるが、即座に剣の柄を離して
斬撃を躱すと、無防備に俺の前に飛び出たゴブリンの顔に拳を畳み込む。その威力に首が一周した。
盾役と剣士のゴブリンの絶命を確認すると、ゴブリン達は弓と魔法の火球で牽制してくる。
俺は胸部装甲を外し、盾を取り出す。
《ゴブリンの魔法使い達は何度も魔法を連続で使用することは出来ない。チャンスを待って》
盾で魔法と矢を防ぐ。矢がいまだ振り続ける中、魔法が止むのを確認した後、杖を装備したゴブリン目掛けて盾を投げつける。いくつかの矢がかする。俺に直接のダメージはない。だが、この強度を維持する魔力には限界がある。
上手くゴブリンの首を切断できたのを確認する前に
先ほど絶命したゴブリンの剣を拾い、それももう一人いた杖のゴブリンに投擲した。
そちらも命中したが、その隙に大盾を持ったゴブリンに
体当たりされた。
予期せぬ衝撃に俺の体はふっ飛ぶ。
《ダイヤ、まだハイブリッド体との戦いが控えているんだ!冷静になって!》
俺の魔力の使い方が雑になっているのを感じたルビーは
忠告する。
(うるせぇぇ、奴らは並みのゴブリンじゃねえ。見ただろ、俺の拳を防いだんだぞ。無茶しなくてどうする!)
ルビーに八つ当たりしているのはわかる。いつもより力が入って、無駄に魔力を消費しているのも自覚している。
だが、気持ちは抑えられない。
あの村には‥‥、あの村には‥‥、俺の大事な‥‥。
意識が逸れた瞬間を見計らったか、眼前まで魔法の火球が飛んできていた。
避けられない!、顔面への攻撃に思わず両腕をクロスさせ防ぐ。
装甲が悲鳴を上げる。だが、それを聞いている暇はない。
前後に同時に斬りかかられていたからだ。
(ルビー、装甲パージ!)
背面に迫った敵に、ダイアナイトの背面装甲が勢いつけて射出される。
予想もしなかった背面からの反撃に顔面でそれを受け止めたゴブリン。脳を揺らされ動きが止まる。
それは前面のゴブリンも同じこと。
目の前で鎧が飛ぶ自体に思わず、動きが止まった。
その隙を見逃さない。
剣を持つ手を掴み、全力で強化した握力でゴブリンの腕を折る。
悲鳴を上げるその間に首を掴み、握りつぶした。
周囲を確認すると、大盾を持った二匹のゴブリンは震えている。それを尻目に即座にゴブリンから剣を奪い、後ろで気絶しているゴブリンの頭に刺した。
残り、大盾の二匹と弓矢の二匹。
《ダイヤ、決着を急ぎすぎだ。こいつらは強いけど時間をかければ魔力の消費も大分抑えられただろ!》
ルビーの口調には怒りが滲んでいる。
俺を想う故の怒りだ。
わかっている、わかっているけど‥。
(ごめんルビー、あの村には大事な人がいるんだ‥)
気持ちを抑えることは出来なかった。
戦いは終わらない。
仲間を殺した俺に恐怖し大盾のゴブリン二匹の敗走は遅い。俺はその一匹に剣を投擲する。
それはゴブリンの足を貫き、動きを止める。
残りの敗走も許しはしない。
背面装甲で作られた盾を拾い、駆ける。
すぐに追いつき、後ろから首根っこを掴んで後方に投げ落とした。
仰向けに寝ている、その恐怖に歪んだ顔面に拳を打ちつける。
この間、弓矢の攻撃はない。
二匹は逃げていた。追いつけない。
そのうちの一匹に残りの盾を投げつける。
左足に命中し、倒れこむゴブリン。
即座に追いかけ、これにトドメをさした。
もう一匹の姿はない。
そうして残ったゴブリンを確認する。
匍匐前進で逃げ惑う大盾のゴブリンの足を踏み砕き、悲鳴をあげるその頭蓋を粉砕した。
(一匹逃がしちまった‥‥)
《ダイヤ‥‥》
ルビーは何処か、諦めたように言った。
《ダイヤ、残存魔力は二割を切ってる。特訓のおかげで前回の戦闘より扱える魔力は増えているけど。相手は万全の状態のハイブリッド体。‥‥このまま逃げるって手もあるよ‥‥》
俺の命は、ルビーと共にある。
もう自分だけのものじゃないんだ。
(‥‥‥ルビー、もしもの時はさ。俺、最後まで諦めるつもりはないんだけどさ、もしもさ、もしも死んじまったらさ‥‥。俺のこと恨むか?)
《‥‥‥そんなこと聞くなバカ!!許してやるから死ぬ気で戦ってこい!!》
(ッッ!!ありがとう、ルビー)
嬉しさを隠せない。
行こう、まだ元凶が残っている。
■
俺本来の体で村へと走る。
先の戦いの直後、ルビーが強制的に変身を解除したのだ。
村に近づくにつれ、不安が募る。
遠くからでも火の手が見える。黒煙が見える。
(頼む、頼むから無事でいてくれ)
村は地獄そのものだった。
人間の死体がある。ゴブリンの死体がある。
皆平等に死んでいる。
まるでこの畜生どもと人間の命が等しいように。
俺は生存者を探した。
見つかるのは死体だけだ。
俺に肉をご馳走してくれた猟師のおじさん、
カイルとメイルの兄妹のおじさん、俺にヒルダの事を頼むと笑いながら言っていたおばさん。
みんな戦ったんだろう。大事なものを守る為に。
《ダイヤ、ここにあるゴブリンの死体は普通のゴブリンのものだ。どうやらあの特殊なゴブリンは打ち止めらしい》
今は冷静に考えられない俺の代わりにルビーが指摘してくれた。
俺はそのままヒルダの家に向かう。
家のドアは壊されていた。
「ヒルダァァ!どこにいる!?ヒルダァァァ!!」
あらん限りの声を張り上げヒルダを探す。
すると寝室からうめき声が聞こえた。
俺は急いでそこに向かう。
そこにいたのはカイルであった。妹のメイルを抱きしめたまま倒れている。
側にゴブリンの死体もある。
カイルは腹から大量の血液を流しているが、だがかすかに息はある。メイルは気絶しているだけだった。切り傷はあれど命に別状はなさそうだ。
「に、にいちゃ‥‥‥ん」
かすれた声でカイルが問いかける。
「ああ、俺だ。ダイヤだ。カイル、よく生きてたなぁお前。頑張ったなぁ」
「あ、ぁぁ。うん、に、いちゃんみたいにたたかったんだけど、か、てなかった、よ」
‥‥俺のせいだ。俺はこの子にとって無責任にもヒーローになっちまったんだ。俺はヒーローが幼い子供に与えるものを知っていたのに。それでどんな結果になるかも知っていたのに。
ただ、自分に憧れる少年の存在にいい気になってただけだった。
俺は戦う姿だけ見せて、ちゃんと逃げることを教えなかった。この子から逃げるという選択肢を奪っちまった‥。
「に、いちゃん、ダイヤにいちゃ、ん。そこにいるの?顔がみえないんだ‥」
その手を取って力強く握る。
「ああ、ここにいるよ。カイル、お前は負けてなんかいない。大事な妹をちゃんと守りきったんだ。お前は勝ったんだよ」
「ああ、メイルはぶじ、なんだね、よかったぁ。にいちゃん、でかく、てしゃべるゴブリンが、ひるだねえちゃんをさらった、んだ。たすけてやってよ‥」
「ああ、俺に任せろ。俺がちゃんと取り返してきてやる。だから、だから安心して休んでいろ」
「う、ん。それ、なら、あんしんだね。‥‥‥」
カイルは眠るように逝った。
俺は、俺はまだ泣けない。
泣くのは戦いが終わってからだ。
俺は自分の服の袖でカイルの顔を綺麗に拭き、メイルを室内のベッドの下に隠した。
ヒルダを探さなきゃ‥‥。
俺は外に出て、手がかりを探す。
だが探す必要はなかった。
俺の敵は井戸のある広場にいた。
俺が毎朝水を汲んでいた場所、暖かな時間が存在した場所。
そこには井戸の滑車に繋がれたヒルダがいた。
それを囲む通常のゴブリン二匹と、そこに人間大のゴブリンが一匹。
奴らを視界に捉えた時、怒りのまま、拳を握りしめた。
血が出ている。がそんなことはどうでもいい。
奴らはヒルダを使って遊んでいた。滑車から繋がるロープを離しては引き上げ、離しては引き上げ‥。その度にヒルダは井戸の中に沈む。
苦しそうに咳き込むヒルダを嗤うケダモノが三匹。
人は怒りの沸点を超えると逆に冷静になるそうだ。
(ケダモノなら殺しても心は痛まないだろうな)
俺に気付いた人間大のゴブリンが人間の言葉で語る。
「お、おうおう、遅いじゃねえか。あんまり遅いんで遊んでたんだよ。聞いてるぞ〜、お前。結社を裏切ったんだってなぁ。度胸あるよな。俺には無理だよ。だって逃げたらさぁ俺みたいな奴が追ってくるんだぜ。怖いよなぁ」
そう、笑いながら続ける。
「治癒の魔法の使い手の確保に裏切り者の処分。まぁた出世しちゃうかなぁ。んー、おいおい傷だらけじゃねぇか。どうした?ゴブリンにでも襲われたかぁ?」
おかしいものを見ているように笑い続ける。
俺はヒルダを見る。まだ生きている。
生きているのなら間に合う。
(ルビー)
《想像以上の下種だね。元からああだったのか、それともゴブリンとの混ぜ物だからあんなに醜いのかな?》
ルビーですら、怒りに悶えている。
「裏切ってなんかねえよ。そもそも味方だったこともない。勝手に攫われて勝手に改造されたから逃げただけだ」
「おいおいおい、俺と一緒じゃねぇか。いや、俺もさ結社に攫われちまってさぁ。メイナールに改造されたんだよ。おまけによぉ、自分の命令を聞かなければ殺すとか言うんだぜ。たまらねえよな。俺はまだ死にたくねえからさぁ。こうやって結社に忠誠を誓ったってわけよ」
笑いながら答えた。
そう、こいつはずっと笑っている。
村の人間を殺して、幼いカイルを殺して、そしてヒルダを傷つけている。
「お前と俺が一緒だと、下種が。俺の体は人間辞めさせられたかもしれねえが、魂まで売り渡した覚えはない」
「あぁ?」
「お前が攫われて改造されたのが事実でも、脅されて結社の命令を聞いているのが事実でも、それを選んで行動したのはお前だ。全てお前の責任だ。くだらねえ言い訳してんじゃねえ。それに、お前どう見ても楽しんでるだろ?
てめえは悪だ、この世の中にいてはいけない存在だ。てめえのようなケダモノは俺が処分してやるよ」
「ハッ、ハハハハハァァ、違いねぇ。俺は楽しんでるよぉ。だってさぁ仕事は楽しんでるやるものだしよぉ、でもよぉ?」
奴は突如嗤うのをやめ、俺を睨みつける。
「今のお前にやられてやるほど俺は弱くねえ。ゴブリンだからって舐めてんのか?お前が森で戦ったゴブリンは俺の血を飲んだゴブリンだ。俺をゴブリンを操るしか能がねえとか舐めた奴もいるが、俺はつえぇ」
ゴブリンとのハイブリッド体、確かにこれがフィクションなら俺でも笑う自信がある。なにせゴブリンだ。最弱のモンスターだ。だが、しかし。
目の前にいる男に俺は追い詰められた。
心を揺らされ、無様を晒した。
ゴブリン達に消耗させられ、満身創痍。
人間相手の精神攻撃なら最強かもな。
まぁ、負けてやらないけど。
「ヒルダ、ちょっとだけ待ってな。すぐ終わらせるから」
ヒルダの目にささやかな希望が燈る。
その光を、俺は決して消させやしない。
「おい。無視してんじゃねえぞコラァ。聞いてんのかてめぇ。俺のゴブリン相手によぉ、無様にもよぉ、お前キレまくってたじゃねえか。俺はなぁ、血を分けたゴブリンと通じている。だから、奴らが見たもの、聞いたものが伝わるんだよ。お前の、ゴブリン相手に苦戦する様は見ものだったぜぇ」
奴は何かノッてきたのか、楽しそうに続ける。
「お前の鎧が砕ける様もちゃぁんと見てんだよ。もう魔力が限界なんだろう。聞けばお前、メイナールの最高傑作らしいじゃねえか。そんなヤツをよぉ、俺が倒しちまったらよぉ、気分いいよなぁぁぁぁ!!」
「やってみろよ、ゴブリン。最弱の生き物らしくすぐに処分してやる」
それが戦いのゴングになった。
「あぁぁぁぁ、クソがぁ!!殺してやる!てめぇを殺すのはこのぉ、ハーン様だぁぁぁ!!」
感情的になったハーンは俺に向かってくる。
よかった、部下のゴブリンを使って持久戦に持ち込まれたら負けてた。
ハーンは見事、俺の作戦に乗ってきた。
(ルビー、変身は可能か?)
《一応、でももう3分くらいが限度だ》
3分、光の巨人だって地球を侵略しにきた怪獣を倒したんだ。
やってやれないことはない。
「変‥‥身‥‥‥」
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