第6話
《ダイヤ、目に集中!》
(わかった)
目の前にいるゴブリンを強化した視界で捉える。
敵は三体、装備は簡素な鎧をつけた奴が一体、全員棍棒を所持。強化した目は相手の魔力の有無すら視認する。
このゴブリンは魔力を纏っていない、身体強化は出来ないらしい。
戦闘中は常に目に魔力を纏っている。
改造されて強化された動体視力に、さらに上乗せ。
ゴブリン程度なら世界が止まって見える。
俺に向かって鎧をつけていないゴブリンが棍棒を振りかぶり、俺の命を奪いにくる。
その攻撃を余裕を持って前方に避け、すれ違い様に無防備な腹に膝を入れる。腹の内臓を押し込み潰す。ゴブリンは蹲ったまま命を散らす。
それを見た残りのゴブリン達も一斉に俺に襲いかかる。
先攻は鎧なし、攻撃への初動も遅い。だが、後ろに続く鎧を着たゴブリンは俺の動きを観察している。隙を伺っているのか。
俺は先攻してきたゴブリンの棍棒を後方に下がって避ける。そして棍棒の打点が最大限下がったところで飛んだ。
そのゴブリンの頭を踏み台に右脚で蹴り、後方のゴブリンの背後へと飛び越える。
先攻していたゴブリンの首は容易く折れて絶命している。
後方にいたゴブリンも一瞬俺を見失う。
その隙に飛び越えたゴブリンの背後から足払い。
威力が強かったせいか、骨を砕き、ゴブリンは崩れ落ちた。
膝立ち状態のゴブリンの頭部に、魔力を集中させた蹴りを叩き込む。頭部は胴体と別れた。
残心、周囲を見渡すも敵影は無し。
ようやく身体強化を解除する。
《お疲れ様、身体強化にもだいぶ慣れてきたね》
(ああ、ルビーの指導のお陰だよ。これなら十分に戦える)
己の手足が奪った命を振り返る。
いい感触ではない。でも慣れなければ何も成せない。
(そういえばあいつの鎧ぶかぶかだったな、なんでだ?)
《ゴブリンに鍛治の技術なんてないよ。あれは人間から奪ったものさ。それよりも気になることがある》
(なんだ?何か失敗でもしてたか?)
ルビーは一瞬考え、さらに続けた。
《この一週間のダイヤの訓練は順調だよ。これなら今後の戦闘にも支障はないと思う。そうじゃなくてここ最近のゴブリンとの遭遇率のことさ。多すぎるんだ。1日に何度も。それも明らかに組織だった動きだよこれ》
確かに思い返せば、明らかにリーダー格を筆頭に数匹にまとまった奴らにしか遭遇していない。
単体での遭遇は皆無。
元々グループで行動するらしいが装備も似通ったものばかり。
《考えすぎならいいんだけど悪い予感がするんだ。本当は訓練も順調だしそろそろこの村を出たいんだけど、もうちょっと様子を見てみようよ》
(あぁ、賛成だ。討伐証明にゴブリンの体を一部切り取って家に帰ろう)
戦闘前に近くの木に投げつけたカバンを拾い、
右太ももに巻いてあるナイフホルダーから、ナイフを取り出す。銀貨3枚もかかったお気に入りの品だ。それを使ってゴブリンの片耳を削いでいく。それをボロい布で包み、カバンに入れる。
多少臭うが我慢だ。ここに都合の良い収納袋などない。
これを隣村の小さな組合の支部に持って行くと一体、銅貨ニ枚と交換してくれる。
子供の小遣い程度だか、この弱さでは仕方ない。
集団での討伐依頼ならもうちょっといい値段の報酬もあるのだが、依頼なしの突発的な遭遇ではこんなものである。
(もし俺が武器とか鎧とか装備してたら整備にお金も手間もかかるし、赤字になってただろうな)
《そうだね、でももうゴブリンクラスとの戦いなら心配せずに見れるよ。そろそろ相手のランクを上げようか?並行してベルトを使った戦闘訓練もしておきたいし》
(そうだな、もうちょっと森の奥に行けばウルフの縄張りだし、狩場を移そう)
だが、それも明日だ。
今からランニングがてら隣村まで走る。
こいつを金に変えなくちゃならない。
道中も身体強化の練習が出来るし、一石二鳥である。
走りながらルビー教官の指定部位に魔力を集中する。
今は慣れたものだが、最初の頃は体のバランスを崩し、盛大にコケた。
泥だらけの子供の様な格好で帰った時はヒルダに笑われたものだ。
ヒルダの事を思うと腹が減った。胃袋を掴まれているせいだ。今日の夕食を思い、俺は全力で駆けた。
■■■
森の中、今この深奥部には血生臭い一帯がある。
ウルフの死体である。そして、それを狩ったのは同じ場にいるゴブリン達だ。
だが、その装いはダイヤが対峙したソレよりも逞しい。
明らかに一般的なゴブリンではない。
その集団の奥でゴブリンからの
偵察結果を聞く存在がある。
キィィイと甲高い声がする。その声に耳を傾ける男が一人。
「なるほどなるほど、もう普通のゴブリン数体じゃ完全に手におえねぇなぁ。これ以上強くなる前に仕掛けるか、下手すりゃ俺も喰われちまうかもしれねえからなぁ」
ボロい外套で全身を隠している。時折見える手足もか細い。か弱そう、そう思える印象を覆すものがある。
眼だ。彼の眼は捕食者のそれ。
自分は人間より優れているという自負ゆえの眼。彼こそは結社の研究部門、人的資源調達部隊のリーダーである。
部隊と言っても、彼を含めて人間は存在しない。彼に報告しているものも含めてゴブリンで形成された部隊である。
「治癒魔法の使い手の調達もあるし、忙しいなぁおい。だが、久々に楽しめそうだ」
彼はメイナールの作品の一体。ゴブリン系ハイブリッド体である。その性根は非道。自分より弱い者をいたぶることで快楽を得る下種さもまさしくゴブリン。
その魔の手がダイヤとヒルダに迫っていた。
■■■
ダイヤは芝居掛かった口調で言った。
「本日の稼ぎです。お納めください」
対するヒルダも両手を胸の前で組み、踏ん反り返って返す。
「うむ、よくやった。褒めてつかわす」
しばらくの沈黙の後、突然笑い出す二人。
二人はこういったやりとりが出来るほどには交流を深めていた。
「お疲れ様ダイヤ、でもいつもいってるけどお金はいいんだよ。家の手伝いもしてもらってるし。なんだか悪いよ」
「いや、こういうのはしっかりしておきたい。世話になってて、お金も受け取ってもらえない様じゃ俺の立場がねぇ」
飯のお代わりも頼みにくいしな、と付け足して答える。
それに呆れながら出された夕食は最初の日に出されたものと同じ、シチューもどきだ。それも肉が入った上等なもの。
「おおおぉ、肉入りか。嬉しいねぇ。でもこの肉どうしたんだ?見た所鳥の肉だけど?」
「それはね、猟師さんにもらったんだ。ダイヤに食わせてやれって。‥‥‥最近ゴブリンをよく見かけるでしょ。それでみんな不安がってるんだ」
一拍おいて、
「村の大人達だけだとゴブリン相手に怪我して帰ってくることもあるんだ。だからダイヤが倒してくれてみんな感謝してるんだよ。もちろん私もね」
俺は照れ隠しにぶっきらぼうに答えた。
「俺はそんな大した事してねえよ。出来ることをやってるだけだ」
なんでもない風に言った俺にヒルダは優しく微笑みながらも意を決して問いかける。
「それでも感謝してるんだよ。村には幼い子供もいるんだし。‥‥ダイヤが居てくれたら安心するんだ。ねぇ、このままこの村に住まない?家なら村のみんなと建てればいいし、なんなら私の家でも‥‥」
ヒルダの言葉を遮る様に
「いや、旅は続ける。俺にはやらなきゃいけないことがあるから」
そう、答えた。答えるしかなかった。
中途半端は出来ないのだから。
「そっか、ごめんね無理言って。今のは忘れて」
ヒルダは自分の感情を隠しきれていなかった。
《ダイヤ、ヒルダは君のこと‥‥》
(余計なことは言うな)
はっきりと言葉にしたら何かを決めなければならない。
俺の戦いは始まったばかりなのだから。
だからまだ終わらない、終われやしない。でも全てが終わったら‥‥。
ヒルダならこんな体になった自分を受け容れてくれるかもしれない。そんな甘美な誘惑を遮る様に、寝室へと向かった。今日はもう眠ろう。
■
翌朝、目覚めて台所へ向かうとヒルダがいつもの様に朝食を作っている。
朝の挨拶を済ませ、俺の朝の日課になった水汲みの桶を持って井戸に向かった。ヒルダの態度はいつも通りだ。いつも通りに振舞ってくれた。
井戸には早起きのカイルがすでに水を汲みにきていた。
「おはよう、ダイヤ兄ちゃん」
いい笑顔で挨拶された。
以前、比較的村の近くまで来ていたゴブリンを俺が倒す所を見かけて以来、これである。どこか憧れを瞳の中に移したその目は、今の俺には眩しい。
「よぉ、おはようカイル。朝からおばちゃんの手伝いとは感心だな」
「うん、母ちゃんが言ってたんだ。水汲みも修行のうちだ、ちゃんと鍛えたらダイヤ兄ちゃんみたいになれるって」
どうやら教育に利用されてるらしい。もちろん悪い気はしない。
水汲みの最中に先に作業を終えたカイルが問いかけてくる。
「ダイヤ兄ちゃん、この村に住まないのか?母ちゃんがヒルダ姉ちゃんといっしょになってくれたらって言ってたぞ。俺もその方がいいと思う」
子供はストレートだ。いや、むしろおばちゃんがけしかけてる可能性が高い。
「俺にはやらなきゃいけないことがあるからな。もう少ししたらこの村を出るんだ。悪いな」
「そっか、じゃあそれが終わったら村に帰って来なよ。そうすればここで暮らせるんだろ?」
言葉に詰まる。
「‥‥そうだな、考えておくよ」
「絶対だぞ、ヒルダ姉ちゃんを泣かせたら許さないからな」
そう言って駆けていくカイルの後ろ姿を見送る。
(そうだな、本当に終わったらこの村にまた来よう。いいよな、ルビー?)
《もちろんさ、大賛成だよ》
ヒルダの家に戻ると朝食が出来ている。これも毎日の日課だ。朝食を終えると硬いパンに干し肉と野菜を挟んだ弁当をもらって森へと入る。
俺が薪割りから村の護衛の様な仕事にジョブチェンジしたのもカイルが目撃したゴブリン撃退事件のせいか、訓練も出来るし、今はいいんだけど‥‥。俺はこの村を出るつもりだしな。
いつもの様にカバンを肩に掛けて、ナイフホルダーを装備し村の外周を見て回ってから森へと入る。
とりあえずは昨日決めた予定通り、奥へと行こう。
着くまでにウルフの特徴を予習しなくては。
(えっと、俺の世界の狼みたいなものだよな。名前もまんまだし)
《そそ、集団行動を取り、連携もうまい。てこずれば仲間を呼ばれる。地面を這う様に近づいてくるから気をつけてね。まぁ、ダイヤの皮膚に傷はつけられても筋肉まで牙は届かないさ。いい練習台だよ》
(うっし、やるか)
音と匂いに気をつけながら、どんどん奥へと進む。
未だにモンスターの影はない。
気配もない。
(静かだな、静かすぎる)
《そうだね、昨日まで聞こえた獣の鳴き声もない。さすがにおかしいよ》
不気味な予感に自然と身体強化をかける。
感覚を研ぎ澄ませ、周囲の気配を探る。
強化された嗅覚が告げる。鉄臭い、これは血の匂いだ。
それもむせ返る様な、気持ちが悪い。
(ルビー、これは?)
《異常事態だ、念の為ベルトを装備して》
カバンからベルトを取り出し、腰に巻く。
俺の意思と魔力を受けて、ベルトが腰回りに固定される。
血の匂いを追って俺がたどり着いたのは赤の溜池。
その正体は犬のような死体の群れ。
それもただの死体ではない。
一体は手足がなく、頭と胴体のみに切断されたもの。
一体は頭が切断されて股間に飾り付けられたもの。
目を木の枝に貫かれているものまである。
全ての死体に言えることはひとつ。
(命で遊んでやがる‥‥‥)
《こんな残虐なことをするのはゴブリンくらいだよ。でも、ここにあるウルフの死体は十を軽く超えている。私達が遭遇したゴブリンでは勝てないはず。ゴブリンの上位種がいるのかもしれない》
(俺はこんなイカれた生き物相手にいい気になってたのか‥。)
雑魚扱いしていたゴブリンの行動に圧倒され、改めて気を引き締めた。
どれくらいそこに立っていただろうか。
狂気の遊戯場を前に立ち尽くしていた俺はソレの発見が遅れた。
《ダイヤ、囲まれてる!!》
ゴブリンだ。それも大量、十匹はいる。
だが、初めて見るタイプだ。
俺が知るゴブリンは子供くらいのサイズなのにこいつらは頭ひとつデカイ。身長が178ある俺の胸くらいはある。
装備もかなり状態のいいものを使っている。
帯剣しているもの3、大きな盾を構えるもの3、その他弓2や杖2、計十匹で武装する集団。
その中の帯剣した一匹が口を開く。
「オマエ、ウラギリモノ。コロス」
(こいつ‥‥)
《しゃべった?!‥‥》
しかし、何言ってんだこいつ?
「俺はお前らみたいなケダモノになった覚えはねぇ。仲間扱いすんじゃねぇ!」
「オマエ、ウラギリモノ。ケッシャノ、ウラギリモノ。オマエ、コロシテ、ゴホウビ、モラウ」
「なっ!?」
(チッッ!結社はモンスターまで飼ってるのか。それにこいつら俺への追っ手って、マジかよ)
(ダイヤ、こいつらは普通のモンスターじゃない。それに追っ手なら何処かにハイブリッド体もいるはずだよ。魔力の消費量に注意して》
追っ手のことは考えなかった訳ではない。ただ、今の生活が心地よくて緊張感が和らいでいた事は事実だ。
それが今の事態を招いたのだ。
「そうかよ、お前らの飼い主はどうした?ついでに相手してやるよ。姿を表せ!」
「オレノ、シュジン。カリ、イッテル。オレモ、ハヤク、イキタイ。イッパイ、コロシタイ。ムラビト、コロシテ、アソビタイ。オマエ、コロシテ、アソブニンゲン、モラウ」
そう、口を歪めて嬉しそうに語った。
血が沸騰した。
怒りが自身の魔力を高める。
(野郎ォォォ!!)
《ダイヤ、落ち着いて。まずは目の前の相手に集中するんだ。こいつらを倒して、村に戻る。いいね、わかった?》
ルビーの必死な声に幾分かの冷静さを取り戻した。
(あぁ、奴らを秒殺して村に向かう、それでいいな)
ベルトに魔力が宿る。俺という存在を正義の味方へと押し上げてくれる存在。頼むから俺に大事なものを守る力を‥。
精霊たちに祈りを込めて、叫ぶ。
「変‥‥‥‥身‥‥‥‥!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます