第5話

「今日は・・・・泊っていっても・・いいよ・・」


俺の人生でまさかこんなセリフが聞けるとは思わなかった。

俺は女性に恥をかかせるような男ではない。

彼女の誘いに乗ることにした。


簡素なベッドの中で、確かなぬくもりを感じる。

照れくさいんだろうか、むこうを向いているが・・。


かわいいやつめ・・。




「暑いからはなれてよ・・・」


「こっちのセリフだ、ガキ」


俺の隣ではカイルが寝ている。





数刻前、村に宿がないこともあり、ヒルダは自分の家に泊まるように誘ってくれた。

両親の部屋のベッドが空いてるそうだ。

今夜こそベッドで寝むりたい現代っ子の俺に猛反発するのがこのガキ、カイルである。


今日会ったばかりの男を泊めるなんてだめだ、と。まったくもってそのとおりである。

俺以外の男の場合だが・・。


結局この兄妹も一緒にお泊りすることとなった。

妹のメイルは嬉しそうに微笑んでいる。


(かわええ子じゃのう・・・)

《ダイヤの立ち位置がもうわからないよ・・・》


一度両親にお泊りの報告に戻った兄妹が、再度この家を訪れるまでに

ベッドメイクを済ませてくると、退室したヒルダ。

さて・・・。


(これからどうしよっかねぇ・・)


《私は出来ればしばらくここを拠点にしたいね。回復魔法の使い手が野放しになってるってことは国の管理も行き届いていない田舎ってことだし。ここで少しダイヤの訓練をしておきたい。先のメイナール人形には勝利できたけど、どうもアレは弱すぎた気がする・・》


(どういうことだ?)


《だってあいつ、腕を背中に生やしただけだったでしょ。体の変化も筋肉量が増えただけだったしね。メイナールの言っていたハイブリッド体にしては、なんというか完成度が低い。そう、中途半端だったんだ》


(強い弱いは別にして、それは俺も思った。でもなんでだ)


《んー。そこまではわからないけど。例えば試験的に作ったやつだったとか、部下に作らせたやつだったとか、あくまで自衛用に最低限の力を付けただけだったとか。遠隔操作で手術したにしてはダイヤの体は完璧すぎるし。まぁ結局想像の域を出ないね》


(俺の体ってそんなにすごいの?)


《うん。このマギアハートが作り出す魔力で戦闘出来るし、なおかつ鎧への魔力供給もこなす。体の免疫も強いし、自然治癒力もずば抜けている。だからこそ、メイナール人形の出来に疑問がわいたんだけど》


(これ以上考えてもしょうがない。でも鍛えることには賛成だ。ヒルダに頼んでみるよ)



俺は旅の疲れを理由にしばらくの滞在を頼んだ。土下座で。

ヒルダは面食らっていたが家の手伝いをしてくれることを条件に了承してくれた。

頼んだ俺が言うのもなんだが、不用心なやつめ。


せめてものお礼にと袋の硬貨を全て差し出した。

悪党の金だ、平和利用するべきである。


「いいよいいよ、こき使うし。それにこれ金貨が混じってるよ。こんなにもらえないよ」


(金貨っていくらくらいの価値かわからん・・)


《簡単に銅貨一枚が100円、銀貨一枚が1,000円、金貨一枚が10,000円って考えた方がわかりやすいかな。微妙に違うけどダイヤの金銭感覚に合わせるとこんな感じかな》


(合計44,400円か、4続きとは不吉なやつだな。やっぱ)



不吉な奴からの不吉な金額、なんとなくこのままにしたくない。

とりあえず銀貨だけでも受け取ってもらった。

これで遠慮せずに飯が食えるというものである。



その後、カイルとのベッド抗争を経て、ようやく寝床へついた。


(おやすみルビー)


《おやすみダイヤ》


ベッドで眠れる幸福感が俺を深い眠りへと誘った。







翌朝、時間は分からないがおそらく6時くらいか。

俺が何年もかけてこの体に覚えさせた習慣はちょっとやそっとじゃ

消えないだろう。


隣で眠るカイルを起こさない様にベッドから出ると

すぐに朝食の準備をするヒルダを見つける。


「おはようヒルダ」


「おはようダイヤ、早いねぇ。あ、早速仕事をしてもらおっかな。この窯に水を補充して欲しいんだ。桶はそこにある二つを使って。村の中心に井戸があるからそこでお願い。場所はわかる?」


「ああ、昨日見かけたから大丈夫だ。行ってくるよ」


朝の空気は異世界だろうと気持ちがいい。

天気のいい外を清々しい気分で歩く。井戸はすぐそこだ。


井戸には先客がいて、俺を不思議そうに見る。

挨拶と軽い自己紹介の結果、カイルとメイル兄妹の母親らしい。

しばらくこの村に滞在する旨を伝えると何故か喜ばれた。


この村にはヒルダと同じ年頃の男がいないので期待していると言われた。

何を?と思うほど鈍感ではないが丁重にお断りしておいた。


あんな女の子に今の自分は相応しくない。


《ふーん、そうなんだぁ。へー》


(俺の彼女みたいな感じで言ってくるのやめてくれ‥‥)



水一杯の桶を持って戻ると朝食がもう出来ていた。

幼い兄妹も目をこすりながらテーブルにつく。


「おかえりダイヤ、朝ごはん出来てるよ。さ、食べよ食べよ」


朝食は硬いパンと野菜スープ。

どれだけ硬かろうが俺の顎にはかなうまい。

そんな気合も虚しく、普通に美味しく頂いた。


「ダイヤ、よかったら薪割りやっておいてくれないかな?私は今日この子達の親の畑に手伝いに行く予定なんだ」


「ん、手伝いなのか?」


「うん、私は自分の畑を持ってないし、時々手伝ってるんだ。それと村の人が怪我したら治療したりするのが私の仕事かな。その代わりに取れた野菜を貰ってるの。時々村の猟師さんが獲ってきたお肉も分けて貰えるんだよ」



俺より年下なのに仕事がある。立派なものである。


「はいこれ、お昼のお弁当。今日は夕方まで帰ってこないから。じゃ、よろしくね〜」



遠慮のない感じが逆に心地いい。


俺は早速薪割りに向かう。


《ちょっとダイヤ。何か忘れてない?》


(覚えてるよ、薪割り終わらして特訓しよう)



薪割りは意外にすぐに終わった。

そもそもストックが十分にあったし、割った数も少ない。

初めての薪割りがうまくいったのは

以前友人とキャンプに行った際、前日に予習していた薪割り動画のおかげである。

人生、何が役に立つかわからないものだ。


(旅の疲れを滞在の理由にしたせいか、気を使われたな)


《そうだね、いい子だよ》


(うし、この時間を使って特訓するか)


《おぉー》


ベルトを残しては行けず、俺はカバンを肩にかけて村外れの森に向かった。





森の中、モンスターの影はない。いるのは鳥くらいか。

これなら始められるな。



《では、ルビー先生の魔法講座。はっじまっるよー》


(お前のそういうところ、俺結構好きだよ)


《ありがとー。では、まずは基本の魔力生成。自分が強化に使う量を自分で生成するんだ。暴走しないように私が調整してるから思い切ってやってね》


(魔力生成はルビーがやってくれるんじゃないのか?)


《私の役割はあくまでサポートだよ。それに自分の使う魔力を自分で作れなくてどうするの?私はマギアハートが暴走しないように調整したり、ダイヤの戦闘中の思考をトレースしてベルトに伝える役割もあるんだ。前回の右腕のトゲ付きボール、作ったのはこの私です》


(あれルビーだったのか。思っただけで出来たから俺の力かと思ってた。そういうことなら仕方ねぇ。教えてくれ)


《まずは深呼吸、そうして心臓の鼓動を感じて。心臓が脈打つ度に一緒に魔力が生成される。そんなイメージをダイヤの中で確たるものにするんだ》


とりあえず言われた通りにするか。


目を瞑る。この方がイメージしやすいからだ。

呼吸の度に上下する胸の奥に心臓を、煌びやかなマギアハートの鼓動を感じる。

これに合わせて魔力の生成イメージか。どうする?


少し考え込むがイメージは決まった。

この世界で最初に見た魔法は光る球体だった。

光こそが最初の魔力のイメージだ。


心臓の鼓動に合わせて光の波紋が脈打つイメージを

心の中に投影する。

ドクン、ドクンと美しい波紋が生まれ続ける。


体に変化を感じる。

わかりやすいのは熱だ。心臓が熱い。

この熱さが魔力なのか。


《出来てるよ、ダイヤ。私を通して一度やってるからその分上達も早いね。じゃあ次は身体強化の魔法だ。そのまま魔力を帯びた血液が体を巡るイメージだよ、さぁ、やってみて》



俺の成功を我が事のように喜ぶルビー。

気合いが入るというものだ。


血液に魔力か、俺は再び目を瞑り、暗闇の世界へ。

脈打つ心臓に乗せて光る血液が俺の体を駆け巡る。

血管が何処にどうあるかなんてはっきりとは覚えてない。


だからイメージするのは波紋だ。

心臓を中心として自分の全身に創造の血管を通して体全体に行き渡らせる。

ゆっくりとゆっくりと隅々まで。


《ダイヤ、すごいよ。一発で出来るなんて》


(ルビーが一度やってくれたからな。あの時の感覚に自分のイメージを乗せるだけで済んだよ。すごいのはルビーさ)


《へへへ、それほどでも。よし、今日はこのイメージと感覚を自分のものにするまで帰さないよ。中途半端はダメだからね》


(完璧にマスターしてやるぜ。任せろ)



気合を入れて特訓する姿を一羽の鳥が見つめている。

キュイキュイと小さな音を鳴らしながら‥‥。




夜、荷物ごと消えて帰ってきた俺をヒルダが迎えた。

すごく心配したと若干潤んだ目で言われれば、俺の頭は重くなる。

重過ぎて地面に着くくらいだ。ついでに手と膝も着いている。


‥‥‥ごめんなさい。




■■■




遠いどこかの薄暗い部屋。

部屋の明かりはいくつかの蝋燭の火だけである。


それが小さな人影を照らす。

臣下の礼をとるメイナールの姿がそこにはあった。


この部屋に人間は彼しか居ない。

ならば誰にこの傲慢な男を傅かせることが出来るのか?


メイナールの前には一体の銅像。

どこか悪魔を思わせる不吉な像の目に光が灯っている。


「‥‥以上が事の顛末にございます」


メイナールは自身の失態により、マギアハートの紛失と秘密の地下実験場の露見、何よりも結社の敵をこの手で創り出したことを報告した。


彼は人間を恐れない。全ての人間は自分より劣っていると知っているからだ。例え力で制圧されようともその心は屈しない。下等な知能しか有していない生物になぜ自分が敬意を払わなければならないのか、と。


だが、銅像に向かって報告を終えた彼は極度の緊張状態にある。そこにあるのは恐れ。


それは自身の身に降りかかる処罰を恐れてのことではない。彼が唯一敬意を払う、自身より優れた生命体に失望されることを恐れてのことである。


メイナールにとって、その存在は救いだった。自分より劣った生物しかいないこの世界に失望していた彼が見つけた唯一の道標。それを失うことを恐れている。


相手は人間ではない。人間などではないのだ。


全ての報告を聞き終えた後、銅像が喋った。

正確にはその像の喉にある発声器官により遠方からの声を伝える、一種の通信装置である。


『そうか‥‥』


重々しい声が響く。


『ご苦労であった。すぐに研究所へ帰投しろ』


「はっ!‥総統閣下。私めの処分はいかように?」


緊張が声に乗る。


『よい』


「‥‥はっ!?」


『よいと言ったのだ。所詮は魔法も使えぬ異世界人。倒したのも貴様の手術用に改造した簡易人形一体であろう。マギアハートも鎧も試作品。ならば彼奴の監視を行い、データを収集し、余のマギアハートと鎧を完璧なものに仕上げろ。それをもって貴様の失態を許そう』


「ですが‥‥」


『くどい、そもそも貴様の召喚は失敗している。本来なら異世界人が魔法を使えぬなどありえんのだ。そのようなもの余の脅威足り得ない』


(どういう事だ?先に召喚したあの男に確かに魔力はなかった。それは調べた自分が確信している。だが、召喚が失敗と言われたのは何故だ?)


生まれた疑問を投げかけようと思い、顔を上げた時、


『これ以上は貴様が知る必要はない』


先回りされて質問を塞がれた。


「はっ、御命令通り帰投致します」


その発言を聞き終えて、銅像からの重圧が消えた。


謎は残るが命令通りに帰投しよう。


だが、総統閣下の赦しを得られてもこの男は、自分の失態をそのままにしておくつもりはなかった。


(確か、あの男がいる辺りに人的資源調達部隊のハイブリッド体がいたはず‥‥。ヤツに始末をつけさせるか。それに‥‥治癒の魔法の使い手か‥。欲しいな。サンプルが少なかったのでデータがまだ不十分だった。解剖したい!)


ゴミの始末と実験動物の確保を夢想し、メイナールがほくそ笑む。




一方では、総統閣下と呼ばれた男がほくそ笑む。


「忌々しい異世界人がまたこの世界に現れるとは‥。だがいい、魔力がなかったということはヤツは勇者ではない。せいぜいマギアハートと鎧の実戦データをとるモルモットとして余の為に働いてもらおう。くくく、それにしても分かりやすい男だなメイナールも。貴様の行動も手に取るように分かる」

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