第4話
異世界アルスマギア、
今その広大な大地が俺の目の前にある。
嘘だ。‥‥カッコつけた言い方したかっただけである。
本当は森の中だ。
昨日はあれから翌朝まで目を覚まさなかった。硬い石の床で眠っていたが、体は不思議と調子がいい。
起きてからまず行ったのは家探し、悪く言えば泥棒である。正義の味方がすることではないが、悪の組織の経済事情に僅かながらダメージを与える。これは戦いなのである。
しかし、金目のものは何もない。唯一会ったのがメイナール人形用の着替え、それに布製の肩掛けカバンくらいか。一番嬉しかったのは俺の靴が残ってたことだ。音楽プレイヤーが分解されていたが、この借りは返す予定だから我慢しよう。
(このカバンには毛布と外套、金銀銅の硬貨。とりあえずベルトはここに入れておくか。にしてもこれ、日本のに比べると下手な作りの硬貨だな)
《当たり前でしょ、機械で作ってる訳じゃないんだからね》
それにしても食べ物すらないこの状況はツライ。我が魔力生成機関マギアハートにも栄養をくれてやらないとルビーが飢え死にする。
《いや、しないからね》
いちいち合いの手を入れてくれる可愛いルビーを飢えさせる訳にはいかない。家探しにも気合が入るというものだ。
まぁ見つかったのは階段くらいだ。
ここには窓ひとつない。地下室なのかもしれない。
壊れた実験器具とか価値も使い方も分からないし、割れていない薬品のビンもあったが、触るのはよしておこう。
俺の服は先の戦いでボロボロだったので、上着だけでもとメイナール人形の服に着替え、外套を羽織る。奴の匂いがする。
(他人の匂いのする服は気持ち悪いな)
《我慢だよ、我慢》
着替え終わったら、意を決して階段を登ることにした。
二階がない代わりに、天井のスライド式のドアまで続く階段を登りきり、勢いよくドアを開ける。
埃が舞い散る。それと同時に感じるのは光と匂いだ。
どうやらここは廃墟らしい。
廃墟の下に秘密の手術室。敵さん、なかなかわかっているな。
天井のない廃墟では、室内でも太陽の光を感じる。
(太陽だよな、あれ)
《そうだよ、まぁ人間が生きれる環境なんて似たようなものだよ。異世界でもね》
廃墟を出れば、目の前に広がるのは森だった。
植物の種類は分からないけど特に目を惹くものはない。
とりあえず食べ物、せめて水場を探さなければならない。
耳をすます。俺の行動に気を利かせてルビーが聴覚を強化してくれた。‥僅かだか水音が聞こえる。そう遠くない場所に川がある。まずはそこを目指そう。
道中、
(そう言えばあの鎧、あれでも全力じゃなかったんだよな。ルビーが色々気をつかうせいでマギアハートの出力調整に集中出来ないからって)
《そうだよ、だからダイヤには自分で身体強化の魔法を覚えてもらう。何処かに拠点を作ってモンスターでも狩るのが一番かな。実戦で鍛える方が上達も早いだろうし。モンスターの素材も取れてそれを売ってお金も稼げる。一石二鳥だね》
(普通に話してるけどモンスターとかいるんだな)
《いるよ、ダイヤのいた世界にはいないんだよね。こっちではモンスターが人々の生活を脅かしている。でも、モンスターは食料にもなるし、その素材にも様々な用途がある。だからそれを狩る機関が存在してる。傭兵組合と国の騎士団だよ。組合にはダイヤも登録しないとね》
(おお、冒険者ギルド的なアレか。ライトノベルで読んだことがあるぞ)
《そんなカッコいいものじゃないよ。死亡率も高い仕事だよ。モンスターの討伐やモンスターからしか採れない素材を集めたりするのが主な仕事かな。ダイヤが好きそうな宝があるダンジョンとかはないよ》
(異世界のダンジョンとかちょっと期待してたのにな、じゃあなんで組合に登録するんだ?)
《モンスター素材を買い取ってくれるし、身分証明書代わりにもなるんだ。自分の身分を証明するって大事なことだよ》
(色々考えてるんだな、ルビーは。助かるよ)
《気にしない、気にしない》
■
強烈な森の匂いに少々の胸焼けを感じつつ、ようやく水場へたどり着いた。大きな川だ。
喉の渇きを我慢できず、そのまま飲んだ。今の俺の体ならおそらく問題ないだろう。
喉が潤えば、自然ともう一方の欲求に火がつく。
(腹減った‥‥‥‥。獣でも狩るか?いや、狩れても処理なんて出来ないだろうし、ここに来るまで食えそうな果実もない。魚は、いるかもしれんが調理出来ない。どうしよっか、結社の前に空腹に負けそうだ。)
《情けないこと言わないの。水場の近くにはきっと村なり街なりあるはずだから、探そうよ。人間の生活に水は欠かせないからね》
川の上流か下流か‥‥、よし下流だな。
《その心は?》
(もし上流に人里があったら俺は生活排水を飲んだのかもしれない、それは嫌だ)
割と切実な理由から俺たちは川を下ることにした。
流れる水の音を聞きながら歩くのは気持ちが良いものだ。
しばらく歩くと、川にしゃがみ込んでいる人影が見える。
目を凝らすと女性が洗濯している模様。
何も言わず視覚を強化してくれるルビーに感謝しつつ、
声をかけた。
「すいませ〜ん。ちょっと良いですか?」
女性一人のせいか、若干警戒されてる。
「はい、なんでしょう?」
「この辺りにお住まいなんですか?宜しければそこに連れて言って欲しいのですが?」
「ええ、すぐ近くにある村の者ですが。何かご用ですか?」
「俺は各地を旅しながら見聞を広げているんですが、道に迷ってしまって‥‥。昨日から何も食べてないんです。出来れば食事ができるところに案内して欲しいのです」
「まぁ、ふふふ。良いですよ。でも、私の村は小さな村ですので食事ができるお店はありませんよ。よければ私の家へどうぞ。質素なものしか出せませんがご馳走しますよ」
「おおお、ありがとうございます。あ、荷物持ちますよ」
「いいえ、本当にすぐ近くですので大丈夫です。さ、行きましょう」
この優しき女性はヒルダ。歳は俺より二つ下で、オレンジがかかった茶髪を短くまとめていて、そばかすがまた素朴さと温かさを演出している。
俺は、この時のことを今でも後悔している。
俺は彼女に出会うべきではなかったのだ。
■
自己紹介を終えた俺たちは
歳が近かった事もあり話が弾んだ。
先ほどより距離感が近い話し方になったが、それがまた心地いい。
彼女は村から出たことがなく、
俺の話を楽しそうに聞いてくれた。
(なんか、楽しいやつだな)
《そうだね、最初に会った異世界人が彼女だったらよかったのにね》
俺のファーストコンタクトはメイナール人形。
悲しい。
ヒルダに連れられた村は本当に小さな村だった。
申し訳程度に村を囲った柵が並んでいる。
「ようこそ、レビの村へ」
ヒルダは俺に向かって、両手を広げてそう言った。
その足で向かったヒルダの家は
簡素な作りの小さな家だった。
「さぁ、入って入って」
中には誰もいなかった。
「ご両親は出かけているのか?」
「ううん、両親は私が小さい頃に二人とも村を襲ったモンスターに殺されちゃったんだ。それ以来私は村の人達に支えられながら生活してるの」
「わりぃ、余計なこと聞いちまったな」
「良いよ、両親が死んだことは悲しいことだけど村のみんなが家族みたいなものだから寂しくないし。それに私、不幸なんかに負けてやらないんだから」
そう、とびっきりいい笑顔で微笑んだ。
この世界に来てすぐに散々な目にあったせいか
ヒルダのこういうところは色々しみやがる。
「さ、出来たよ。余り物ですがどーぞ」
出されたのはシチューの様なものだった。
「おおお、では早速、いただきまーす」
スプーンでさらって一口。
‥うまい。俺の知ってるシチューより味が大分薄い。
だけどなんだろう。丁寧に煮込まれてるせいか、野菜の甘みがしっかり出ていて味に深みがある。
何よりもちゃんとした料理だ。
すぐに平らげてしまった。
「ダイヤ、お代わりいる?」
「良いのか?その鍋を空にするくらいには食っちまうぞ」
ヒルダは嬉しそうに微笑みながら
「そんなに美味しそうに食べられたら私も気分が良いよ、遠慮せずに空にしちゃって」
宣言通り、二杯目をすぐに片付けて
三杯目に取り掛かろうとした時、
「ヒルダねえちゃん、いる〜?」
甲高い声と共に小さな男の子と女の子が入って来た。
顔の造形が似ている。おそらく兄弟だろう。
二人は俺に気づくと、兄の方が
「お前誰だ?ヒルダねえちゃんちで何やってんだ、泥棒か?」
するとヒルダは慌てて台所から顔を覗かせ、
「カイル、お客様に失礼でしょ。その人は旅人さんでダイヤっていうの。今はご飯をご馳走してるところなんだよ。それよりどうしたの?」
カイルと呼ばれた男の子は俺を訝しむ素振りを隠そうともせずに睨みつけながら
「ふーん。ヒルダねえちゃん、メイルが木から落ちて怪我しちゃったんだ。治してやってよ」
それを聞くとヒルダはすぐに女の子の側までやって来て
「まぁ、メイルどこを怪我したの?お姉ちゃんに見せてごらん。‥‥うん、軽い擦り傷だけだね。これなら大丈夫。ほら、すぐに治してあげるからね」
そう言うと
擦り傷がある箇所に手をかざして、
祈る様に目を瞑った。
その瞬間、ヒルダの手から淡い光が生まれた。
その光に当てられるとみるみる内にメイルの擦り傷が治っていく。
(これは‥‥)
《回復魔法だね、珍しい。この世界の魔法は基本的には火風水土の四属性なんだ。それから外れた回復魔法の使い手は貴重でその数も少ない。だから普通は国が保護とか言って管理するんだけどこんな小さな村にいるなんてねぇ》
(前から思ってたんだけどルビーさぁ、元下級精霊なのに色々詳しすぎない?)
《あぁ、それはね。私達に寿命はないからこれまでずーっと人間達の生活を見て聞いてきたんだよ。今は下級精霊の時より知能が高くなってるからこれまで見て聞いてきたものがなんだがはっきりと理解できる様になったってわけ》
(無駄に蓄えた知識を使える様になったってことか)
《合ってるけど無駄は余計だよ)
「さぁ、もう大丈夫よ。痛いのはお姉ちゃんがやっつけちゃったから」
「ありがとう、ヒルダおねえちゃん。もう痛くないよ」
「カイル、お兄ちゃんなんだから妹の面倒ちゃんと見なきゃダメだよ」
そう言いながらカイルの頭を乱暴に撫でる。
「‥‥わかったよ。今度からはちゃんと見てる様にするよ」
煩わしそうに、それでいて構ってもらえるのが嬉しい様なそんな声音だ。
「村のみんなは家族同然か、ヒルダはこの子達のお姉ちゃんなんだな」
「ん、そうだよ。この子達のおしめだって変えたことがあるんだから。あ、お代わりよそうね。ちょっと待ってて」
ヒルダが台所へ姿を消したのを確認してから
カイルが俺を睨みつけながら言った。
「お前、ヒルダねえちゃんに手を出すんじゃねえぞ。手を出したらぶっとばしてやる」
(おうおうガキがいっちょまえに独占欲か。)
《自分もガキのくせに‥‥》
「心配すんな、長居するつもりはねえからな」
(ここじゃ結社の情報も手に入りそうにねえからな。せめてもっと大きな街に行かないと)
「なんの話してるの?私にも教えてよ」
お代わりをテーブルに置いて、ヒルダが聞いてきた。
「男同士の話だから内緒だ」
「えー、ずるい〜。カイルはお姉ちゃんに教えてくれるよね?」
「男同士の話だからないしょ」
「そんな〜、ふん。もういいもん。それなら私はメイルと女同士の秘密の話するもーん」
そう言いながらヒルダはメイルの頬に自らのそれを押し付けてその感触を楽しんでいる。
穏やかで、それでいて安らかな時間。
だからだろうか、俺は油断していた。
ピキッ‥‥。スプーンが俺の手の中で砕けた。
「あれ、スプーン壊れちゃった?おかしいな、元々虫にでも食べられてたのかな?ちょっと待ってて新しいの持ってくるから。‥‥そんな顔しないで、スプーンひとつ壊れたくらいで怒ってないよ」
俺はどんな顔をしてたのだろうか?
スプーンならまだいい、でもこれが人間だったら‥。
(なんの抵抗もなかった。人と手を繋いでも、こんな風に壊しちまうのかな‥)
《ダイヤ‥‥‥)
幼い兄妹が俺を不思議そうに見ている。
俺はなんとかその場を取り繕って、シチューのお代わりを
かきこんだ。
今は余計なことを考えない様にしよう。
今は結社と戦える体が必要なんだから‥‥。
そう、自分に言い聞かせて‥‥。
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