第3話

避ける避ける避ける‥‥。

メイナールの風の刃は腕を振るってから一瞬のタイムラグがある。それが無けれぱ今頃俺の体はいくつかの肉塊に変えられていただろう。


ルビーのサポートも大きい。

魔力での身体強化は、筋肉の強化のみならず目に集中すれば動体視力まで上がる。避けると意識すればもう魔力が足に集中している。便利なものだ。ちょっと感心。


(なるほど、目に集中しながら足にも貯めるってのは

今の俺には無理だな。ルビー様々だ)


《今は避けれるけどもうジリ貧だよ。メイナールに魔力切れは期待できない。あいつはハイブリッド体だ。心臓の改造も行ってるはず。とはいえ一人の人間に使えるのは一つの魔法のみ。それ以上は人間のキャパシティを超えるからね。さて、どうする?》


(これで他の魔法を使われたら後がなかったな。だが、金庫は奴のいる位置の向こう側。メイナールを通り抜けるしかない。‥‥一か八か、やるか?)


《投げやりな対応はダメだよ。冷静にね》



冷静に周りを観察する。

四角いこの部屋の中央に鎮座するメイナールは

楽しそうに腕を振るい続ける。



「楽しいねぇ、適度な運動はとても大切だ。健康の為にもね。僕は天才だから長生きしなくちゃいけない。でなくては僕より劣る人間達を導けないからね。それに僕の勝利は確定している。これもまた僕が優秀だと確認する行為だよ。汚れた部屋は君の脳を弄ってから君に片付けさせよう」



(このおしゃべりはホント、口にチャックが必要だな)



俺は避けながらも、チャンスを探した。

奴の注意をそらす為に、奴が壊した壁の破片や

器具を投擲しているが、全てオーガの腕に阻まれる。

風の刃を掻い潜って近付けてもあの腕に迎撃されるだろう。



(自動防御か、俺も欲しいなアレ。)


《馬鹿言ってないで真面目にやって》



また振るわれる風の刃を避けた先に忌まわしきモノが落ちていた。


(これは‥‥)


《何考えてるかわかるよ、これ以上神経をすり減らして避け続けることは難しい。ここが命の賭け時だね》


(ああ、行くぞ)



俺はその場にあるものを片っ端から投げ続けた。



「ふふふ〜、まるで子供の癇癪だねぇ。そんなの効かない届かない〜。僕のオーガの腕は攻防一体。もう、諦めて手術台に戻りなさい」



奴のオーガの腕は俺の投擲物を全て迎撃した。

狙い通りに‥‥。



(ルビー、足に魔力を!!)


足に溜まる魔力を実感し、反撃の突進を!!

奴の風の刃を掻い潜り、その先へ!!


「無駄だよ、天才パーンチ」


オーガの腕が俺を迎撃‥‥しない。

プルプルと震えるだけだ。


「え‥‥‥」


メイナールが呆けている隙に奴の脇腹に突進の勢いを乗せた蹴りを叩き込んだ。その衝撃を殺しきれず、壁に激突するメイナール。



「いったいなぁ、何故動かないんだぁ?‥‥あ、これは」


「ああ、お前が俺に打った蜘蛛系モンスターの神経毒入りの注射だよ。不用心にもほったらかしになってたからな。使わせてもらったよ」


「はぁ〜。めんどくさいなぁ。これくらいならすぐ動かせるよ。君のと違ってこの腕は僕の腕。つまりは天才の腕だよ。所詮一時しのぎだ」


「それでいい、この一瞬が欲しかった」


メイナールは俺を見る。俺はすでに金庫をこじ開けている。

だが、中にあったのはベルトだ。

ベルトしかない・・。


(まさかね・・・。いくらなんでもそんな事あるはずが・・)


《そのまさかさ、それは鎧精製用変身ベルト。中央にセットされてるマギアハートと同じ精霊の力の塊を鎧へと変化させるデバイスだよ》



「それは、僕の鎧・・。あぁ、それが欲しかったのね。でも無駄だよ、そいつは使えない。だってそれ失敗作の方だからね。精霊がぎゃあぎゃあうるさくてね、まともに動かせないんだ。成功作の方は僕の研究所にある。それにしてもこの巧みな魔力操作といい、金庫の中身を知っていたり、協力者がいるね。姿を見せないところを見るとここにはいないのかな?まぁ君に聞けばいいか。悪い子にはお仕置きだよ」



(ルビー‥‥。)


《大丈夫、任せて。失敗作だからいいんだ。こいつにはまだ材料にされた精霊の意思がある。

メイナールと戦う私に、私たちに答えてくれるはずだよ》


俺はベルトを見つめる。


(信じてる、任せた)


《ダイヤ、それを腰に押し当てて!》


俺は一呼吸おいて、指示通りに腰に押し当てた。

その瞬間、中央の結晶が光り出し、俺の腰回りを囲むように装着された。


メイナールは想定外の事態に困惑している。


(ルビーを通して精霊たちの意思を感じる。痛い。苦しい。こんな姿になって・・悲しい、くやしいって)


《でも今は君の心に触れて嬉しそうにしている。元々私達は人間が好きなんだ。だからこそこの世界に魔法はある。君の人を想う優しい正義の心が気に入ったみたい。力を貸してくれるって。あいつは許してはいけない奴だって》


(未だ正義ってものの答えを得てない心でもそんな風に言ってくれるのはうれしいよ)


《さぁ準備は整った。精霊は無色、この鎧も私が君色に染めてあげる。いくよ、ダイヤ。変身だ!》


(お前って奴はどこまで俺の味方なんだよ、最高だ!)


俺は気迫を込めて叫んだ!


「変‥‥‥身‥‥‥!!!!」


眩ゆい水晶のような球形に一瞬覆われたと思ったら、

即座にそれは砕けた。

水晶の雨が降る中、メイナールは目を見開きそれを見た。



体全体は黒色の薄い全身鎧のようなものに覆われて、所々に赤いラインが血管のように脈打っている。

上半身の装甲ははさながら腹筋を模したものになっており、その他にも兜、肩、腕部、脚部も局所的に白銀の結晶のような装甲で武装している。

兜には左右対象の角を生やしており、目の部分に相当する箇所は黒い結晶で真一文字に覆われていて、その奥からは

赤い眼光が妖しく光っている。



「‥君はなんだ。なんなんだこれは!僕はこんなモノ作っていない!!一体なんだって言うんだ!!!」


(ルビー、俺は‥‥‥)


《君は変身したんだよ。メイナールを倒せる姿にね。だけど魔力が少ないから100%の力で戦えない。気を付けて》


俺は自分の手足の様子を確認していると、


《ダイヤ、戦う前に大事なことがあるよ》


(ん、なんだ?)


《名乗りを上げなきゃ!それがヒーローの最初の仕事だよ!!》


(お前も好きだな、良し)


俺はメイナールの顔を見た。未知なるものに対する恐怖。あいつをあんな顔にしてやったことに溜飲が下がる。


「俺は、‥‥‥俺は結社の野望を打ち砕く為に生まれたヒーロー!結晶騎士ダイアナイトだ!!!」


《ライダーじゃないんだね‥‥‥》


(この世界にバイクなさそうだし、って黙ってろ)



「んんんんんん、ダイアナイト。ふざけているのか?いや、いやいやいやいや、それよりもだ。なんだいその姿は?僕のデザインとまるで違うじゃないか。そんな機能はないはず。

‥‥‥まぁ、いい。今度こそ壊してバラして調べれば済む話だ。」



「やってみろよ、出来るものなら、ナァ」


言い終わる前にメイナールに向かって疾風の如く向かっていった。

ただ愚直に真っ直ぐに‥。


「馬鹿め、刻んでやるぅぅぅぅ!」


奴は乱雑に何度も腕を振り、風の刃を打ってきた。


俺が避けないと見るや、笑みを浮かべ哄笑する。


「馬鹿ダネェェェ。そのまま逝ってしまえよぉ」


俺には確信があった。

もうこいつの魔法は怖くない、と。


風の刃が俺に命中した瞬間、腹を揺さぶる衝撃はあれど

傷はない。俺の装甲は奴の魔法を凌駕している。



《ダイアナイトの装甲は私を通して君の思想を反映している。宝石のように、ダイアモンドのように美しく、折れず曲がらず砕けない最高の硬度を持つ信念。防御特化型の鎧だよ》


(気遣いはいいよ、ようはメイナールにビビった俺の心も反映されてるんだろ?)


《まぁ、そういう側面もなきにしもあらずだね‥》



「キイェェェェ、魔法も使えない実験動物風情がぁぁ、調子に乗るんじゃぁぁあネェェェ!!」


メイナールは近づいてきた俺に向かって

オーガの拳を必殺を込めて打ち下ろす。


だが、その拳は届かない。空中で静止している。

より正確にいえば、ダイアナイトの胸部装甲がパージ、それが円形の形を成し、持ち主を守っている。


《ダイアモンドの盾、名前はまだない》


(巫山戯る余裕があるなら、まだこの姿で戦えるな)


俺は盾を掴み、それを傾けることでそのままオーガの拳を横に逸らした。勢いに乗ったメイナールがそのまま近づいてくる。


「さっきより痛いぞ、この拳はぁぁ!!」


右腕の腕部装甲が膨張し、さながらサッカーボール大の大きさになる。トゲ付きで。

それをメイナールの腹に叩きつけた。


「ぶべらぁぁぁぁ」


意味のない言葉とと共に、壁を壊して奴は隣部屋まで吹き飛んだ。

俺もこのまま追撃する為に壁向こうに飛んだ。


メイナールは大の字になって仰向けに眠っている。

トドメをさす為に近づくが、


「‥‥‥‥この身体ではコレが限界か」


そう呟くメイナールの声を聞いた。

さっと立ち上がった奴を見て驚愕する。


メイナールの仮面は剥がれていた。仮面を外した素顔は

おぞましいものだった。

禿頭の頭部からは、よくわからない管が乱雑に突き刺さっている。なによりも目だ。そこに眼球はない。あるのはキュイキュイと動くレンズである。


「ここまでこの身体を追い詰めたのは素直に称賛しよう、見事だよ。まぁ作った僕が優れているだけだけどね。君は僕を追い詰めたと思っているけど、残念でした〜。これはお人形だよ。僕みたいなお偉いさんが一人でこんなところにいるはずないだろう?まぁ他の部門の奴らを出し抜いて成果を上げる為だったんだけどもういい。ここでこの人形ごと処分しよう。壊れることを前提に運用すれば今の君くらいならどうとでも出来るだろ」


《ダイヤ、ここにメイナールはいない。本体は別にいる》

(わかっている)


突如、メイナール人形が震え出し、背中から生えた腕が2倍ほど膨らんだ。


《後先考えてない、使い捨てか!あんなに魔力を急増すれば心臓が壊れるぞ!》



「じゃあね、異世界からのお客様ぁぁ。もう会うこともないだろうけどそう遠くないうちに部下に死体を回収させに行くからねぇ」


「メイナール‥‥」


「んんんん〜、なんだい?命乞いかい?」


「お前が弄んだ命の代償は必ず払わせる。首を洗って待ってろ!」


「はいはい、頑張って〜。じゃあね〜〜」


メイナールの気配が遠のく。


(さて、こいつをどうするか)


《今のままではあの人形を倒せない。残りのありったけの魔力で押し切るしかない。ダイヤ、ベルトの前に手を》


言われた通りに手をかざすと、ベルトの円形結晶から

ダイヤモンドの柄が現れた。


《それを引き抜いて!》


勢いつけて引き抜いたモノはダイアモンドの棍棒だった。

殴り殺せというのか‥


だが、棍棒の本体はヒビ割れ砕け散る。

現れたのは刃。西洋の剣を模したシンプルなデザインのものだ。



《ダイヤ、それで奴を切るんだ!》


(応ぅ!)


体に刻まれた赤いラインから光が腕に向かって集まってくる。

これは魔力だ、それが手を伝って剣へとのびる。

刀身を赤く輝かせたそれを構え、メイナール人形に対峙する。


先に向かってきたのはメイナール人形、振り上げた拳と共に走り出した。空いた両腕で何度も風の刃を打ってくる。


《ダイヤ、さっきと違って刀身に魔力を集めているから、今の装甲強度ではあの魔法に何度も耐えられない。避けるか、とにかく何とかして!》


俺はルビーの忠告を無視して、駆け出した。

幾度かの刃による攻撃に装甲は悲鳴をあげて、ヒビが入る。


《ちょっっ、ダイヤ!聞いてる?ねぇ》


「オオオォォォォォォッッッ!セイヤァァァァァァァ!!!」


奴の拳と刀身がぶつかる。

だが、人形にこの剣は止められない。


刀身に注ぎ込まれた魔力が熱く滾る。

その熱はオーガの腕を焼き切り、骨を断ち、

肉塊へと変えるやいなや、


腕を断ち切った勢いのまま、大上段に構える。


刃はまだ止まらない。

奴の禿頭へと断罪の刃を振り下ろした。


メイナール人形は割れた。

最後に唇を震わせていたが、もう言葉を紡げない。


その断面から心臓部が爆発し、俺の体は無防備にその爆風を受ける。


爆風が収まると同時に、ピキピキと全身の装甲にヒビが入る。周囲に細やかな結晶の粒子を撒き散らしながら装甲は壊れ、ダイヤ本来の肉体が姿を現した。


変身の名残りか、高魔力を含んだ血液の循環を表すように、その肉体には黒い筋が見えていたが、それもすぐに消えた。



《終わったね、ダイヤ。お疲れ様》


(あぁ、もうくたくただよ。でも倒したのは哀れな人形だよ。なぁ、あの人はもう死んでいたのかな?)


《どうだろうね。でも、あんな風に命の尊厳を踏みにじられて生き続けるのは辛かったと思うよ》


(そっか‥‥)


戦いの疲れか、極度の緊張状態から解放された所以か、

激しい目眩に襲われ、意識を保てなくなる。


(悪い、寝そう‥‥)


《仕方ないよ、初めての戦い、初めての変身、体も心も限界なんだよ、って眠っちゃったか‥‥。まぁさすがにこれ以上の襲撃もないだろうけど‥‥。おやすみダイヤ。目覚めたらまた戦いの日々が待っている。だから、今だけはゆっくり心と体を癒すんだよ》



心地よい、慈愛に満ちた声が聞こえる。

あぁ、今だけ、今だけはゆっくり寝かせてくれ。

起きたらまた頑張るから‥‥‥。

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