第2話

あれからどれだけの時間が経ったのか。


俺の体は作り変えられた。心臓は宝石のようなモノに、

骨と筋肉もメイナールが作ったモノに差し替えられた。

この心臓が作り出す高い魔力を十二分に使えるように。


俺という皮がメイナールの作品を包み込んでいる。


(こんな体じゃ家に帰れないな。お父さん、お母さん、ごめんなさい)


静かにそう思った。


メイナールは何時間もの大手術に流石に疲れたのか、別室で仮眠を取っている。


逃げるのなら今だけど体は言う事を聞かない。

俺の心は折れていた。

悪に負けた、確かな敗北感がある。自分の体が刻まれる度にヤツに赦しを乞い続けた。

情けない、わかっていてももう心は疲れ切っている。


(百人の人間の命に、百体の精霊か、豪華だな俺)


動かない自分の体を見ながらそう思った。

これから自分も悪になる。


手術中にメイナールは結社の目的を語っていた。

曰く、総統閣下の名の下に人間を更に高次元の存在に昇華させ、新世界を作る。その世界には自分たちが認めた優秀な人間だけが残り、それ以外の生きる価値のない人間は処分する。ようは世界征服だ。その為に頑張るんだよと激励しながら。


もう笑うしかない。


結社には様々な人間が在籍し、メイナールの所属する研究部門、結社の資金を調達する商業部門、結社の敵を処分する戦闘部門などがあるそうだ。


最高幹部はメイナールを含めた各部門のトップ3人いるらしい。自慢が好きなヤツだ。


俺は最高幹部に直接改造されてるんだから名誉に思いなさい、だと。俺の他にも結社はモンスターと人間のハイブリッド体を複数作成してるとも言っていた。これも自分の研究成果だと。


モンスターってなんだよ。ほんと。ドラク◯かよ。


まんま特撮の世界だ。いないのは正義の味方だけだ。


(神様、ここにヒーローを寄越してください)


とはいえもう神を信じていない。あれだけ心で祈っても助けてくれなかったのだから。


次は頭か、脳を弄るのは難しいからちゃんと休憩してからだと言っていたけど‥。

俺はこれから結社の人形になるってことだよな。


(もう、いいや。人形の方がマシだ)


眠ろう‥‥。そう思って瞼を閉じた。




■■■



《ダ‥‥イ‥ヤ‥‥、ダイヤ‥、ダイヤ‥》


ノイズが混じった声の後、はっきりと俺を呼ぶ声が聞こえる。


(誰だ、アンタ。眠れないからほっといてくれ)


投げやりに告げると



《ダイヤ、私は、私達はマギアハートに使われた精霊の意思。メイナールが塵芥と称した存在。ダイヤ、このままでいいの?悪に屈して、悪になる事を良しとするの?》


(あぁ、メイナールに殺された精霊か。俺の新しい心臓は喋れるんだな。はは、どうしようもなく俺は化け物なんだな‥‥)


《ダイヤ。答えて、このままでいいの?》


(うるさいなぁ。お前、俺の心臓なら見てただろ。聞いていただろ。俺が情けなくもメイナールに赦しを乞う姿を。俺は負けたんだよ。屈したんだよ。もうイヤだ。何もしたくない)


《ダイヤ、聞いて。メイナール達結社はこれからたくさんの人を不幸にする。自分達の為に、他の命の尊厳を踏みにじり、蹂躙する。そんな存在を許していいの?》


(あぁ、わかってるよそんな事。でも、それはこの世界の人間の問題だろ。俺には関係ない話だ)


《ダイヤ、関係なくないんだよ。だってこれからあなたはそんな存在になるんだから。たくさんの人間を殺す悪になるんだから》


‥‥‥


《ダイヤ、私達はひとつになった。だからダイヤが正義の心を持ってることも知ってる。そしてそれを行動に移せる人だって知ってる》


(勝手に人のこと覗くなよ。知った風なこと言われるのにもムカつく。なんなんだよお前)


《ダイヤ、ダイヤの正義はこれを許すの?認めるの?》


(認められるわけないだろ!!でも、怖いんだよ。アイツ、笑って俺を切り刻んだんだぞ。そんな奴がいて、更に上がいるんだぞ。勝てるわけないだろう。そもそも体が動かないだぞ、戦うことすら出来ない。奴の奴隷になる俺に一体どうしろって言うんだよ!!)



《ダイヤ、大丈夫。私達がいる。今ならこの心臓を動かしてダイヤと一緒に戦えるよ》


(‥‥‥)



《ダイヤ、ダイヤは正義を信じてるんだよね。こんな悪を許しちゃいけないって知っているよね。だったら、あとはダイヤの意思だけだよ》


(あんなやつを許しちゃいけないってことくらいわかるよ。でも・・・。

俺、あいつが、メイナールが怖いんだ)


《知ってる、でも恐怖を感じることは恥ずかしいことじゃない。大事なのは恐怖に抗う意思だよ》


(俺はまだ16歳で、何にも出来ないガキで、結社に、そもそもメイナールに勝てるかどうかもわからない。今度こそ死ぬかもしれない)


《知ってる、でも負けることがダメなんじゃないよ。戦わないことがダメなんだ。ダイヤは負けたって言ってるけど、ダイヤの心は壊れていない。屈したって言ってるけど、私達はひとつ、今何考えてるかわかるよ》


(俺に異世界の命運とか期待するなよ‥‥‥)


《ふふふ、ダイヤ。難しく考えなくていいんだよ。それはこの世界に生きるみんなが背負うものだから。子供の頃みたいに目の前に許しちゃいけない悪がいて、自分は戦う力を持っている。正義を掲げて生きるならやることはひとつでしょ》



(俺が小学生だった時の話か?イヤな思い出を持ち出すなよ)



《あの時だって助けると決めた時、感謝されたいとか、認められたいとか考えてなかったでしょ。ただ助けたいと思ったから助けた。ヒーローなんてそんなものだよ。彼らが世界を救ったのなんてたまたまさ》


(俺、戦うよ。でもまだ怖いんだ。だから、一緒に戦ってくれないか?)



《もちろん、もう生きるのも死ぬのも一緒だよ。だから一緒に戦おう》



心にふっと熱がともる。

戦うのは多分、すごく怖いことだ。痛いことだ。

でも、このままたくさんの人間を不幸にする人形になる方がもっと怖い。


腹が決まった。俺は男だ。だから、自分の大事なものを守る為には戦わなくちゃいけないんだ。



(今更だし、意味もないかもしれないけどちゃんと自己紹介しておくよ。俺は轟 大弥。よろしくな。お前の名前は?)


《私は精霊の集合体、百体束ねた故に生まれた意思。だから名前はまだ無いんだ。ダイヤがつけてよ》



(名前か‥。うーん、声は女の子っぽいし。可愛い名前がいいな。‥よし、ルビーにしよう。どうだ?)


《ルビー、ルビーか。うん、気に入ったよ。ダイヤと同じ宝石の名前だね。なんならダイアでもよかったのに》


(ややこしいわ。そもそも俺の名前だって親がダイヤかダイアかで揉めて‥って宝石の名前って俺の記憶以外にも知識までわかんのか?)


《うん、初恋の女の子の名前までバッチリだよ。人格形成もダイヤ好みの女の子を参考にしてあるからね》


(精霊ってのはなんでもアリか。さてと、おしゃべりはこの辺にしていっちょやりますか)


《メイナールも言ってたでしょ、無色だって。だから人からの影響を受けやすいんだよ。‥それと私の準備はとっくに出来てるよ》



■■■





暑い、体が溶けそうだ‥。


《我慢して、まだ毒が抜けきれてないんだから》


俺の新たな心臓、マギアハートは絶賛稼働中である。

今は体内に高魔力の血液を循環させ、新陳代謝を高め、体の毒素を排出している最中である。


ルビー曰く、


《メイナールは今、油断している。そもそもダイヤは魔力のない世界から来たから今みたいにマギアハートを運用できる筈がないと高を括っているんだ。奴は私の存在に気付いていない。とはいえこちらが油断するのはダメだよ。毒素を排出して拘束を解いたらさすがに気付かれる。時間との勝負だよ》



(わかってるよ、拘束を解いたらマギアハートが入っていた金庫をこじ開けるんだろ。でもどうして?)



《あの中にはメイナールの言っていた鎧が入ってるんだ。それを使わないと私たちに勝利はないよ。何故なら動かせるといっても戦闘中マギアハートから生成できる魔力量は本来の半分がいいとこだよ。戦闘中はダイヤの体の身体強化まで私が受け持つからね。出力調整にだけ集中できないから》


(う・・・、すまんな。でもさ、あいつ研究者だろ。そのままでもいけるんじゃないのか?)


《ダイヤ、ダイヤはまだ魔力という存在を認識し始めたばかりだからわからなかったのかもしれないけど、奴の魔力量は常人より遥かに高い。おそらく自身の体を改造している。私は奴がモンスターとのハイブリッド体だと推測している。そんな相手と戦うんだ、出来ることはしておきたい。それに、その鎧も私と同じように精霊から作られている。同胞を奴の手元に置いておきたくない‥》



(わかった、あんな奴のところに仲間を置いておけないもんな。任せろ)



《ありがとう、ダイヤ。それともう一度確認だけど、ダイヤは魔力はあっても魔法を使えない。ちゃんと分かってるよね》


(分かってるよ、人間の心臓から魔力を生成していないからこの世界に人間として認識されていない。この世界の魔法は精霊という無色の力に人間が魔力と意志を持って色を与えて魔法と成すだっけか。だから世界の一部である精霊から人間として扱われていない俺の魔力と意志は受け取れない。出来るのは身体強化だけ)


《そう、魔力とは文字通り魔の力。体内という内なる世界でならその力を発揮出来る。血と肉に魔力を付与して身体を強化出来るんだ。視覚や聴覚の強化も可能だよ》



(わかった、ようは近付いて殴る。これしかないってことだろ)


《うん、正解。そろそろ毒素が抜けきるから準備して》



「あ、あ、あああ。テス、テス。」


よし、声も出せる。

まずは拘束をぶち破って‥‥


カツ‥カツ‥‥



《マズイ、メイナールが来るよ。急いで!》


腕の拘束を無理矢理引きちぎり、解放された両腕で首、足と拘束を取り払った直後、


「‥続きをやるよ〜。まずは髪を剃ってハゲにしてあげ‥‥‥。どうやって拘束を解いたんだい?‥おぉぉこの感じ。魔力による身体強化か?なるほどなるほど。まだ魔力生成は無理だと思っていたんだけど‥‥出来てるねぇ。君の能力がすごいのか、それとも僕の技術が凄すぎたのか‥」



「後者だね‥

続きを話す前にメイナールの顔面に渾身の右拳を叩き込んだ。


《ダイヤ、早く金庫へ》

(そんな暇はねえ!このまま殺る)


広くない室内で壁に激突するメイナール、追い討ちをかけるように右腕を振りかぶり、もう一度顔面に拳を叩き込んだ。だが、先程とは感触が違う。


止められているのだ。奴の背中から生えた腕によって。そして、ガッチリと拳を握られている。


「お〜、痛いじゃないか君〜。もしかして僕がひ弱そうに見えたかい?研究者なんて、まぁそんなもんだけどさぁ、

天才の僕がこういう状況を想定していなかったと思うかい?」


拳が抜けない。奴から距離を取ろうと下がろうとするが、逆に引き寄せられ、右拳ごと体を持ち上げられた。


メイナールの背中から生えた腕は二メートル以上はあろう筋骨隆々な緑色をした腕だ。明らかに人のソレとは違う。


いや、それだけではない。メイナールの体自体も明らかに膨らんでいる。

筋肉の装甲がついた状態だ。


(ルビーの予想が当たったか。こいつ、ハイブリッド体だ。

にしても何処にあんなの隠してやがったんだ?)


《恐らく普段はミイラの様な状態にして収納してたんだ。

来るよ、気をつけて》


「ん〜、さっきまでのすがるような目はどうしたんだい?僕より劣る存在だと確信させるあの目は好きだったのにねぇ。今は随分と生意気な目をしているねぇ」


《右足でその腕を蹴るんだ!》

ルビーの声とともに、魔力が右足に溜まるのを実感し、指示通りに

全力で蹴った。直後、一瞬拘束が緩まった瞬間に左足で同じように蹴って

その反動で後方に飛び、距離を取った。


《腕の色からしてオーガ系のモンスターとのハイブリッド体だ。相当な怪力。それに加えメイナール自身の魔法もある。気を付けて》


「‥‥局所的に魔力を右足に集め強化したのか。少し出来すぎているね。君のいた世界では魔力はなかったはず。この短期間でそこまで巧みに魔力を運用できるとは思えないんだけどねぇ。僕の想定外のことが君に起きているのかな?」


「教えて欲しかったら天才の僕でもわかりません。教えてくださいダイヤ様とでも言えよ」


「ん〜。別にいいよ。ちょっと壊してからバラして調べればいいだけだし。」



メイナールは軽く自身の腕を振った。

来る‥‥‥直感的にその腕の軌跡を避けた瞬間、緑色の刃が飛び出し、背後で壁が崩れだした。


《風属性の刃だ。この世界の魔法に詠唱はいらない。奴の腕の挙動を見逃さないように注意して》



近付けばオーガの腕、離れれば風の刃。

そして、俺の力では決定打に欠ける。


(怖い。でもルビーが見てるんだ。もう無様な真似は絶対にしない)



勝機があるとすれば金庫の鎧か‥。

さて、どうする俺。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る