第12話

宿に支払いを済ませ、夜までにドゥルーと今後の予定を詰める。

俺はドゥルーに尋ねた。


「それで、今夜から動くのか?」


「そうしたかったんだがな。ダイヤ、魔力は回復してるか?」


《してないよ、いいとこ半分》


ルビーの答えをそのまま伝えた。


「いや、まだだな」


「そうだろうさ、何しろあんな爆発を引き起こしたんだ。メイナールの最高傑作だけはあるな」


褒めてるのか貶してるのかわからん。


「今夜は俺だけでいい。目星をつけたところを回ってみる。もちろん手は出さねえさ。ダイヤにやってもらうんだからな」


また明日の夜来る、そう言って宿の部屋を後にする。

俺はドゥルーのお尻の辺りに尻尾がないか確認しながら見送った。外套のせいではっきりしない。


《ダイヤ、昼間の事なんだけどさ。鎧が変わったよね》


ドゥルーがいた事でちゃんと話せてなかったな。

俺もその事を話したかった。


昼間、俺は溢れる魔力と炎を御しきれず、暴走してしまった。そのせいで森を少し焼いてしまった事を後悔してる。

突然のことで動揺し、心を乱した。

火の魔力、鎧の新たな装い、そして炎を纏った手甲。


あの時冷静になっていたらあるいは‥‥。

今更である。


森で火魔法は使わないこと、異世界ガイドブックなんてものがあれば必ず書かれる項目だ。

でないと強制送還されてしまう。


アホな妄想で現実逃避していた俺にルビーは続けて言った。


《出力が上がっていつも以上に魔力が体に駆け巡って、それがマギアハートを変質、いや変身させたんだ。赤い心臓に》


心臓が赤いのは当たり前とか俺は言わない。

マギアハートは宝石の様なものだった。

普通に考えてそれが赤くなったということくらいわかる。


《それからダイヤの魔力に属性が付与された。無色の魔力に炎の赤が宿ったんだ。‥もしかしたらこれが本来のマギアハートの力なのかもしれない》


(ん、どういうことだ?)


《マギアハートの本当の力は基本の四属性の魔力を生成できるんじゃないかって話だよ。出力を上げただけで属性が宿ったんだよ。特に特別なことはしていない。つまり、マギアハートにとっては当たり前のことだったんだよ》


なるほど、でもまだ疑問が出る。


(なんで火以外の属性もカウントしてるんだ?付与されたのは火だけだろ)


《それは予想と希望かな。普段から自分を天才天才言ってる奴が火の属性だけつけるってのも中途半端で万能って言えないでしょ。あいつの最高傑作の心臓だよ。まあ想像だからあったらいいなっていう希望もあるのは認めるよ》


ついでに聞こう。


(じゃあなんで火の属性から出たんだろう?)


ルビーは自分の考えを口にする。


《多分ダイヤのせいだよ。私にルビーって名前を付けたでしょ。赤い宝石、不滅の炎。その意味を間接的にマギアハートにも付けたんだから最初に出るのはまぁ納得かな》


なるほど。予想もしなかったことだ。

俺はこんなことになるならルビーの名前をもっと熟考すべきだったと後悔する。


(新しい鎧の名前が思いつかねえ)


ルビーフォームとか名付けたい。もう出来ないのか。


《もう、ルビーの名前は返さないからね。でも名前をつけるのは賛成。名前はイメージに繋がるからちゃんと印象付けて鎧を使い分けたいしね》


なんとかフォームとかあった方が俺も変身し易そうだ。


(じゃああの姿にも理由があるのかな)


《わからないよ、殴ってばっかりだから手甲になっただけかもね》


笑いながらそう返された。


確かに俺、殴ってばっかりだな。

次からは蹴るか‥。


《色々あったけどとりあえず戦力の増加を喜ぼうよ。ダイヤはまたひとつ強くなったんだから》


あの炎、爆発は確かに魅力的な戦力だ。

だが、使いどころを間違えたら周りの人にも害が及ぶ。

道具は使いこなしてこそ。


慢心はしない。


(色々考えてたら腹が減った。飯にしよう)


《そうだね、また直感で屋台から選ぶ?》


ルビーの挑発に俺は乗ることにした。

早速宿を後にして、あの商店街に向かう。


ついでにカバンも買わなくてはならない。

今はベルトを置いていかないから腰に巻いているが、

外套がなければ目立ってしょうがない。


俺は商店街でお坊さんが使う様な頭陀袋もどきを購入した。

銅貨3枚の格安商品である。

すぐに肩にかけてベルトをしまった。

ついでに素材の剥ぎ取り用のナイフも買っておく。

でもこれ、全然使わないんだよな。

今度はカバンに入れておいた。


その足で屋台を探す。

煮物、粥、次は麺がいい。


だが、屋台には麺がなかった。

仕方なく他の店の干し肉サンドイッチと温い乳を買って食べた。味はいけるんだけど屋台勝負じゃ負けか。


いや、食いたいものを食うことこそ勝利である。


そんなことを考えながら宿に戻る。

ベッドに飛んで俺は明日までに考えなければならないことがあるのだ。


(名前、どうしよう)


夜の闇の如く、アイデアもお先真っ暗であった。





■■■





屋根から屋根へ飛び移り、悪魔の隠れ家を探すドゥルー。


ドゥルーはダイヤにああは言ったものの、今夜見つければ一人でも襲撃するつもりであった。


その理由とは子供が不幸になるのは嫌だ、というもの。

攫われた子供達に過去の自分を重ねているのだ。


ダイヤには嘘を言ってある。

ドゥルーは結社の人間だ。

それも商業部門に所属している。


今回の子供達の誘拐騒動は商業部門の人間が、勝手にやっていることだった。


それは商業部門のトップの姉への背信行為である。故にそれを断ずる為に来た彼女であるが、どうも研究部門に攫った子供達を送っているらしい。


もちろん、姉はこのことを最近まで知らなかった。

だが、部下が勝手にやったなどと言い訳も出来ない。


王都から離れられない姉に変わってドゥルーはこの城塞都市に来た。

ここでダイアナイトに、ダイヤに出会ったのは運が良かった。


ダイヤを爆発騒動の時に殺してしまうのは簡単だった。

だが、出来なかった。


姉と共に私達を否定した世界を壊し、新世界を作るという総統閣下の、結社の目的を実現する為には非情になることが必要なのだ。


だが、ドゥルーはダイヤに同情していた。

異世界からただ一人来た人間。

家族も友達もいない、ひとりぼっちの男。

この世界で、どこにも帰ることができない男・・・。


そんな彼を哀れんで殺さない言い訳を作った。

それは彼を利用し裏切り者を始末すること。

それにダイヤはメイナールの観察対象でもある。



森ではメイナールが作成した監視用の改造鳥がダイヤを見張っていたし、彼から得られるデータは総統閣下のお役に立つものの筈だ。


なにより裏切り者とはいえ、直接の抹殺命令は受けていない。


そんな考えを巡らせながら庶民街を周る。


「これで最後、やはり移動している。本命は貴族街か‥」



じきに夜が明ける。


自分の宿に戻り、休息を取ることにする。

眠る前にダイヤのことを思い出した。

メイナールの最高傑作、結社に反旗を翻した裏切り者。

そんな男が無一文で、私にお金を貸してくれだなんて。


ささやかな笑みを浮かべ、眠りについた。




■■■




朝、結局昨日は名前が決まらなかった。


せっかくの新フォームもこれでは台無しである。


《まぁ、名前が決まらなくても使えるし‥》


(名乗りが仕事だって言ったルビーはどこに行ったんだ?)


更には借金もある。俺の未来は暗い。


《今日の日中は組合に行こうよ。そろそろお金を稼がないと》


朝を告げる鐘が鳴っている。

この都市では一日5回鐘がなる。

朝の始まりに、昼の始まり、そして一日の終わりに一回ずつ。

それぞれの隙間に一回入れて計5回だ。

割と適当な時間間隔である。


鐘の音と共に外に出る。

ヒーローに給金は支給されない。

仕方なく俺は組合に向かうことにする。



朝の傭兵組合には昨日同様活気があった。

俺は提示板から手頃な依頼がないか探してみる。


《これなんかどう?騎士団との森の合同調査。なんでも昨日城塞都市に近い森で大爆発があったらしいよ。その原因の調査なんだって》


‥‥俺の事じゃねえか。

これ、原因は俺ですって行ったら働かずに報酬だけ貰えないかな。


《ふふふ、言ってみる?》


(‥‥やめとく)


でも、報酬は銀貨7枚か。誰も取らないならやってみるか。

元はといえば俺のせいでこんな依頼が出てるんだし。


男は度胸、なんでもやってみるもんだ。

勢いのある内に依頼の紙を剥がして受付に持っていく。


「この依頼、お願いします」


「はい、承知いたしました。少々お待ちください」


受付嬢は俺のタグの番号と名前を確認して、なにやら紙に書いている。

興味はあるが、今覗くと体勢的に胸を見ているように思われるので我慢だ。


「はい、手続きは完了いたしました。このまま城門へ行っていただき、騎士様と合流してください。依頼内容の詳細はそちらでお聞きください」


何時集合とかないのか、と疑問をぶつけると

今から城門へ行けばちょうどいい時間らしい。

二回目の鐘が鳴るまででいいそうだ。

適当なものだ。


俺はその足で城門へ向かうと、統一された装備をしている4人組の集団を見つける。あれが依頼元の騎士だろう。

その一人に見覚えがある。

俺の事情聴取をした女騎士だ。名前は‥‥教えてもらったけど忘れた。

あの時はいっぱいいっぱいだったからな。



《ダイヤ、騎士は貴族階級の人しかなれない職業だよ。失礼のないようにね》


(それ初めから聞いてたらこの依頼受けなかっただろうな)


俺は見覚えのある女騎士に向かって挨拶をした。


「騎士様、カラの村ではお世話になりました。組合より参りましたダイヤと申します。よろしくお願いします」


女騎士も俺を思い出したように


「君か、御礼を言われるほどのことはしてない。それにあの時とはだいぶ口調が違うな」


「あの時はいささか混乱しておりまして、無礼な態度をとって申し訳ございません」


「うん、そうか。まあいい。しかし、君はなんの装備もしていないな。どういうつもりだ?」


(めんどくせえ)


つい愚痴が溢れる。


「私は身体強化を得意としている格闘家ですので、装備はありません。この体が武器です」


さも当たり前のように答える。

こういうのは自信満々に勢いで言った方がいいのだ。


「そ、そうか。なら問題ないのか?ないな」


「いや、問題ですよ隊長」


後ろから金髪の髪を短く切り揃えた、俺よりも身長の高い男が文句を言ってくる。上司がいいと言っているのに、空気の読めないやつである。


「確かにこういった任務では5人での行動が義務付けられていますが、いくらなんでもこいつは‥」


このまま帰れるかもしれない。

そんなダメな思考が頭をよぎる。


「いや、いいんだ。思い出したよ。君のいた村の子に聞いているよ。なんでもゴブリン3匹相手に素手で殴り殺したそうじゃないか。ゴブリンとはいえ素手で倒せる実力があるなら問題ないだろう。いいな、ジン」


「‥了解しました」


誰に聞いたんだろう。メイルか。


残りの2人は初めから俺に興味もないのか話しかけてすら来ない。偉い人の考えは分かりたくもないな。


まだ、突っかかってきたジン君の方がマシだ。


騎士様御一行は馬に乗って移動するらしいが、俺には馬などない。ジンに、なら走ればいいだろうと言われたが、俺はその通りだと納得してしまった。


ここは怒るところだろうが、俺は和を大事にする日本人。

まぁ、ランニングと思えば軽いものだ。


走るといった俺はジンに驚いた顔で見られた。

お前が言ったのにどうしろと。


女騎士には自分の後ろに乗ればいいと言われたがお断りしておいた。ToLOVEるの香りがしたからだ。ジンに睨まれてるし。


しかし、この女騎士は苦労しそうタイプだな。きっちりさんだ。


きっといい環境で育ったんだろう。いい環境で育てば自然と人間が出来るものである。


城門をくぐるときに、門番に変な目で見られたが気にしない。馬などに遅れをとるか。


本当に走ってついてきている俺に残りの騎士も変な目で見てくる。女騎士には褒められた。


「本当に走ってついてくるとは‥。よく鍛えているな」


俺は追走しながら返す。


「ええ、一応格闘家ですので」


俺は日本にいた頃、特に武道の類はしていない。中学生の時の柔道の授業と特撮のカッコいいキックの練習くらいだ。改造人間様々だ。


ちなみにダンスとの選択授業だったが、肌に合いそうになかったので柔道にした。道着を着るのだけは好きだったし。


「そういえば、依頼に特に条件とかありませんでしたよね」


「ああ、そのことか」


女騎士は答えてくれた。


「先日私の部下が訓練中に怪我を負ってしまってね。職務の安全上、こういう調査は5人編成で行うんだが数が足りない」


少し言いにくそうに


「君には悪いが実力は問題ではない。数合わせなんだ。それに騎士と組合員の仕事は取り合いみたいなところがあるから仲が悪い。あまり厳しい条件だと誰も受けてくれない」


騎士と組合の関係なんて君は知らなかっただろうと言われた。

ああ、俺は初めてあった時はタグをつけてなかったしな。

それにいかにも何も知らないガキって感じだしな。


「それと、君はいざという時逃げて都市まで危険を知らせる役割もあるからあまり前に出るなよ」


納得。

だが、それなら組合の方はなんでゴーサイン出したんだろう。


《忘れたの?初日からオーガの素材買取してもらってたでしょ》


忘れてた。俺は組合からそこそこの評価を受けているみたいだ。


「そうだ、我々のような戦闘のプロではない貴様は隅で見ているがいい」


ジンの発言に後ろ2人の騎士も賛同する。こいつら、自己紹介すらしてないから名前すらわからん。

女騎士のはわすれてるし、このままではジンのみ記憶に残りそうだ。


「はい、勉強させてもらいます」


そう返すと、また変な顔をされた。


《いいの、あんなに言われて》


(いいんだよ、貴族と争いたくなんてねえしな。それに隅で見てていいって言ってくれたんだ。そうさせてもらおう)



それに騎士の実力を一度見て起きたかった。

悪魔との戦闘に耐えられそうなら、協力を頼むことを視野に入れないとな。


《実力云々より、協力するのはアリなんじゃないかな》


(さすがに目の前で変身とかしたら俺も奴らの仲間と思われるだろ。俺は異世界人だぞ。本格的に調べられたら言い訳出来ない。住所不定で一切の過去がわからない、変身する男。怪しさしかないだろ)


《それはそうだけど、何も戦闘に協力してもらおうって訳じゃないよ。ハイブリッド体の相手をまともな人間が出来るとは思わないし。でもね、情報提供して子供を保護してもらうとか、そういった協力方法もあるよ。なんでも1人でやろうとするといずれ倒れちゃうよ》


ルビーは諭すように言う。

確かに、少し他人との距離を詰めるのが臆病になってる自覚はある。慢心しないとかいっておいてなんでも1人でやらうとするなんてな。


(わりぃ。ちょっと視野が狭くなってた)


《いいよ、その為に私がいるんだから》


俺は自分の自惚れを反省し、それを振り切るように走る。

馬を抜いてしまい、ちょっと怒られた。


爆発地点はもう直ぐだ。

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