第四話:AD操縦者選抜試験



 弾幕を掻い潜り、ただひたすらに高速で駆け抜ける二機のAD───一三式ヒトサンしき機動装甲竜騎兵【閃雷】


 建物を模した障害物がまばらに設置され、なおかつ武装された一部障害物が弾幕を展開する中を時速80kmを超えるスピードで走り抜けるのは、ハッキリ言って「イカれてる」としか言い様がなかった。


 また、そう思うしか無かった。


「あいつら、ようやるなぁ……!!!」

「ホント、よくあんな中突っ込めますね……っ!!」


 障害物の影に隠れ弾幕をやり過ごす斎藤武尊と穂村流華の【閃雷】。

 彼らの目の前で弾幕を突っ切っていく馬鹿二人は───折原碧徒と麝香大河だ。

 放たれるのが演習用のマーカー弾とはいえ弾幕を怖じ気づくどころか水を得た魚が濁流をもろともしないかの如く掻い潜っていく。それに例えるなら彼らの前世はマグロだったのだろうか。


 などと冗談半分で思っていたそんな時───


「───なっ!!?」

「───あいつ……!!」


 二人の目の前で信じられないことが起こる。


「さっそく、やりやがった……っ!!?」


 今までの加速を助走として、一度大きく膝を曲げて姿勢を低くした【折原機】が、その次の瞬間に跳躍したのだ。四足型のADで。


 そして、その空中で、手にした電磁砲を下に向けて連射する。そうすることで反動を利用して状態を整えながら、飛び越えていた標的を撃ち抜いていたのだ。



「城塞の攻略法は『障害物に隠れながら砲撃する』んじゃなかったのか?」

『何事にも例外は付き物だろ?』

「そういう問題じゃねぇと思うんだがな……」

 呆れた武尊が教練で聞いた内容を漏らすが、大河の返した一言でさらに呆れることとなる。

「っていうか、今あんなことしてよかったんですか?」

『何で?』

「いや、次は教官が相手の対戦形式でしょう?

マークされちゃうんじゃ……」

『その方が動きやすいと思うんだけど』

「あっ、はい……」

 今度は流華が碧徒に問うが、碧徒も特に気にした様子ではなく流華は呆れてしまう。





「基本的なAD戦術を教えておく」


 それは数日前、座学授業の時の事だ。


「対陣、並びに対城塞戦では『その装甲の堅牢さと小回りを生かした障害物に隠れながらの持久戦』、逆に対AD戦となれば『脚の早さを生かした弾幕を張りながらの高速機動による一撃離脱戦法』が、それぞれ基本戦術となる」


 雪姫がそう教えると、受講生達は一部を除いて皆、疑問が浮かぶ様な表情をしている。


「何故この相反する戦術のどちらも機体が対応できるのか、それは機体の材質が影響している」


 そこまで言ったところで、彼女はその名前を出した。


超高密度炭素複層複合繊維ナノラミネイテッドカードボード


「この装甲材、素の強度は通常戦車の装甲材に使用されるタングステン合金同体積分の約1.5倍くらいとされている」


「だがこの素材は特殊でな、一定以下の一時的に加わったエネルギーの約98%を吸収、ないし分散させ無効化する性質を持っている。

その為実際の防御性能としては先述した『素の強度』の数倍と思ってくれていい」


「一定以下、といったが具体的にどれぐらいの量か。

それは少なくとも旧世代の艦砲並みの大口径砲でもなければ一撃での破壊が難しいくらいだ」


「元々ADの原型はこの装甲材を使用しただけの普通の戦車だった。

タングステン合金装甲なんかよりずっと少量で済んだからな、機動力と装甲をいとも簡単に両立させ、高速機動で敵弾を回避しながら一方的に攻撃できる様な無敵の兵器が生み出された。

だが、ここで一つ問題が発生した」


「互いに同じ条件になった時、決着が着かなかったんだ。

お互いに弾が当たらず、当たっても致命打にならない。

弾切れになるまで戦ってもなお、な」


「そこで痺れを切らした片方が、車体にでかいハンマーを取り付けた。

『弾切れになったら体当たりでそれをぶつけてやれ』とな」


「だが意外にもそれが有効だった。

少なくとも戦車砲弾より巨大なハンマーならこの装甲を突破可能であることが判明したんだ」


「そのうち『捻る』動作で遠心力を得られる様に等の理由で腕や上半身ができていき、挙げ句には履帯が四脚に置き換わった。

そうして現在の姿になったという訳だ」


「さらにこれだけではないぞ。

【超剛性強化プラスチック】───これはADのフレームに使用されている素材だ。

同体積のアルミの半分程の軽さだが、これがまた随分と強靭でな。

手元の資料にもあるが、先述した【超高密度炭素複層複合繊維ナノラミネイテッドカードボード】共々一般でも車両やガードレール等で普及されてから事故での死傷率・損壊率が大幅に減っていることからでもそれは窺えるだろうな」


「だがこれらにも勿論弱点がある───先述したハンマー以外にもな」



 ADを模した無線遠隔操作式の標的が何機か、機関砲を放ちながら走り回る。

「うおおおぉぉぉぉぉっ───!!!」

「…………っ───」

 四機がそれぞれの動作で連携を取る───いや、これを連携と呼べるかどうかは別だったが。

 流華が最後部で前進・後退・左右移動で蛇行移動しながら50mm砲を構え停止して狙撃、または行進間射撃による援護。

 武尊が指示を出しつつも援護の為に20mm機関砲による行進間射撃。これは流華が出来るだけ援護に撤せられる様にヘイトを向けさせない為のものだ。

 そして碧徒と大河は、獲物を狩るべく前線に出て戦場を掻き乱す。

 50mm電磁砲───碧徒と流華の機体でそれぞれ同じ規格だが、碧徒のは小回りが利きやすい短銃身型で、流華のは中距離用の長銃身型だった。

 放たれる弾はマーカー弾───当たると電磁的な衝撃が起こる特殊な弾丸で、人に当てても死にはしないが感電で麻痺させることが可能な為に拘束用に使われたりもする。

 碧徒の放っていたその一発が標的の胸部にぶつかり閃光が迸った。


「───今!」

「行け、大河ァッ!」


 碧徒と武尊、二人が同時に促すのに応える様に───


「おうさ───っ!!!」


───大河の【閃雷】はそれを前方に向けて構えた。


 その得物は───騎兵の馬もろとも薙ぎ倒す斬馬刀に似た、ADとの体格差を比較すれば太めの両手剣くらいといえる片刃の、巨大なノコギリ


 一一式ヒトヒトしき対積層装甲刀


 それを押し付け───


「うぉりゃぁァァッ!!!」


───機体の対応する各部を『捻らせる』ことで、刃を押し付けた面をいとも簡単に


 さらにやってきたもう一機の標的に対し、勢いに任せて回転斬りの要領で大剣を叩き付ける。一点に威力を集中できるハンマー程でもないが、これ程の重量物なら鋸型の構造がなくても充分叩き潰すことができる。

 そこで二機目を撃破したところで大剣を離した大河は、対物ナイフ───これにも刃部に鋸型の構造が備わっていた───を保持させ、逃げに回った標的の一体に斬りかかった。

 その寸でのところで、武尊からの機関銃の斉射を足元に受けたことで身動きを封じられ、敢えなく大河の餌食にされることとなった。


「ふぃー!終わった───!」

 大河が言いかけたところで、

「───あと一機居るぞ!」

「───まじか!」

 武尊の一言で我に返った。その時───


「───うわぁぁっ!!?」


 流華の悲鳴が響いたのだった。


「しまった……いつの間にそんなとこに!!?」

「この距離は流石に間に合わんぞ───!!?」


 接近戦の間合いでは機関銃相手に狙撃銃では相性が致命的に悪い。


「やばいやばいこれはまずい流石にまずい!!!」


 回避しながら後退して逃げ切るより先に追い付かれてきた。

 標的とはいえその片腕には対物ナイフ───正確にはそれ扱いのマーカー弾と同じ電気信号が流れる装置が固定されている。死にはしないがコクピットに食らえば撃墜判定は確実だった。

 何より、無人であるが故の迫真振りが一層流華の恐怖心を高め混乱させていた。


 その時、機体がバランスを崩した。

「───嘘っ!!?」


 なおも迫る敵機体。


 拳が振り上げられる。


「───やられる……!!!」


 覚悟して、目を瞑った。その時。


───三、四度程の発砲音───


 それに対応する様に、急遽標的は流華から見て左に方向転換して走り出した。


「……へ───?」


 思わず目を開き、そちらを振り向いたら。その向きの延長に居たのは、


「───碧徒さん……!!!」


 碧徒だった。


 だがその機体は弾が切れたのか電磁砲を背部ラッチに置いてしまう。

「無事?」

「───はい!!!」

「……そ」

 投げ掛けられたそっけない問いに応えると、返ってきたのはやはりそっけない返答。応対しながらも碧徒は自らに殴り掛かろうと迫り来る標的を相手にドッグファイトを繰り広げる。

 左前腕部の装甲を展開し内蔵された7.62mm回転銃身機関砲ミニガンを起動して牽制しつつ、右腕に対物ナイフを構える。


 ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!と鈍い唸りを上げていたミニガンが弾切れを起こした時には、既に碧徒は戦法を接近戦に切り替えていた。

 持ってる武装の残弾は尽きた。その点なら標的も同じの様だったが。


 対物ナイフで斬りかかる───のを受け流され、腕を突き出された。

 狙いは勿論コクピットのある胸部───だが、左腕を盾にすることで碧徒はその一撃を寸でのところで防ぎ切った。


「あっぶねぇえ──────なぁっ!!!」


 罵声を放ちながら、対物ナイフを頭部に当たる位置に突き出した碧徒。

 機体が止まる───遠隔操作式の標的は別所で教官により操作されていたが、パソコン越しで操作する為にカメラが搭載されていた。


「大河ぁ」


 全速で後退した碧徒。そこには先程大河が二機目で倒した標的があった。

 いや、用があったのはそれではない。


「借りるよ」


 それに突き刺さっていた大剣。それを右手で保持し引き抜いた。


「これで……」


 刃から滴るオイルを払い、フルスロットルで碧徒は突っ込んでいく。

 当てる直前。


「……


 怨念めいた声でそう聞こえたとか、聞こえなかったとか。


 最後の一機が倒されたことで、彼ら四人の試験は終了となった。

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