第三話:錆びた歯車が動き出す


 二人の隊員と【AD】の邂逅から三日が経過したその日の午後からは、射撃訓練をすることになっていた。

 本部隊の訓練は時間割を振られてはいるが基本は自主訓練であり、この訓練も例外ではなかったが今回はほぼ全員が参加を希望していた。


 そんな折に、である。

「折原、どうした?」

 黒咲雪姫に近づくなり、折原碧徒は配当されていた弾倉を彼女に渡そうとばかりに目前に掲げた。

「何だ……?」

 無言ながら何かしらの意思を感じ取った雪姫はそれを受け取り、確認する。

「……なんだこれ……」

 そこでようやく彼の意図を察したことで一度軽く溜め息を吐き、そう言い放った。

 彼から渡された、即ち彼に配当されていた弾倉には、確かに弾が装填されていた。だが、それに装填されていたのは全部空包―――先端に弾丸が無いものだった。悪戯か搬入ミスか、どちらにせよこれでは撃っても意味がない。

「───すまない!

たった今、一隊員の備品に不備があった!

すまないが全員、今一度弾倉を確認し不備がある様なら申し出る様に!」

 その場にいる全員にそう促すと、やはりというか数名、極少数だが同じ不備が確認された。

 こんなこともあろうかと、というわけでは流石にないが余って予備扱いとなった弾倉がいくつかあったのでそれを該当者達に配っていく。が、碧徒に渡す頃になって丁度一個足りなくなっていた。

「……まぁ、仕方ない。

折原には私のを貸そう」

 そう言って雪姫は自分のものらしい拳銃用弾倉を一つ上着裏から取り出すなり、それを碧徒に渡す。

「安心しろ、訓練用の拳銃ものとは同規格だ」

 そう言いつつ、雪姫は所定位置に戻るよう促した。



「あの人、なんか最近変わったよね……」

「ん?あぁ、折原碧徒蒲田さんのこと?」

 その一連の流れを横目に。いつかの少年が、彼に問いかけてきた女性に答える。

 それが耳に入り、坊主頭の青年が軽く吹き出してしまった。

「『蒲田さん』なんて渾名つけてんのか……」

「そりゃ、名前知らないし……」

 思わず問うてしまったがその返答を返され、本名を知っている坊主の男は何とも言えない表情をするしかなかった。

 少年曰く、折原碧徒は目が似てると言われていた某特撮映画の『蒲田に上陸したあいつ』に因み『蒲田さん』と一部の連中から呼ばれているとかなんとか。教官から普通に折原と呼ばれてただろうに、と呆れつつ返す。

「そういえば、の人もいなくなってるね」

「取り巻き……って、あれは『取り巻き』に入るのか?」

 折原碧徒には白衣を着た男性を始めとした何人かが付き添っていた。白衣の男性は医者か?だとすれば何らかの病気でも患っているのか?等と疑問は尽きなかったが、現時点ではその中の一人だった青年が一人だけ、この射撃場の入り口付近で待機しているだけであった。



「―――次っ!!」


 その号令により、撃ち終えた列が銃を置くなり射座から降り次の者に譲った。

 始まった瞬間、その内の一席に注目が集まることとなる。


 麝香大河。ある意味で問題児その2である。


───パンパンパン───


「なんだ今の撃ち方は───!!!」

 早撃ちに似た三点射トリプルタップを披露し、教官が待ったを掛けることになった。

 だがそれ以上に、驚愕するべきことが起きたのだ。

「───今の撃ち方───っ!!!」

 教官が言い切るより先に放たれたのは、まだ若さを感じられる男性の声音。

「───は……!?」

「───喋ったっ!!?」


 その主が誰のものか―――


「お前……のか……?」


 ―――あろうことかそれは、折原碧徒だった。


 四十代にすら見える老け顔に対し不似合な程に若い声。アニメだったら絶対声優が役を間違えたと思える程であった。

 何より、入隊式から今までの約十日姿彼が突然喋り出したという事実が誰も信じる事ができないでいた。

 だが、

「いいから、もう一回やってみて」

 再度その声音が響いたことで、それが彼の声なのだと実感させられる。

 それでいて麝香大河という男もまた。切り替えが早いが、同時に熱くなりやすい男だった。

 言われなくとも───そう言わんばかりに、


───パンパン───


 銃座に置かれた状態の拳銃を目にも留まらぬ速さで構え、間髪入れずに引き金を立て続けに引いた。連続で放たれる弾丸と銃声―――だが、


───ガチン───


「───ッ!!?」


 その音によって唐突に途切れた。


「………西部劇ウェスタンでも見てたかな?」

「…………っ!!!」

 投げられたそれは皮肉だったか。

 手を軽く伸ばすことで大河に拳銃を渡す様に促し、それを受け取ると、

「今の、肘を曲げて反動を逃がす……考え方は鋭いけど、その撃ち方は自動拳銃オートマチックには向いてない」

 言いながら、弾倉を取り出して机に置き、スライドを引く。

「どちらかと言えば、リボルバー向けだね」

 ピィン!と短く甲高い音が、少し遅れて足元から響く。

 足元に転がったのは、スライドに挟まっていた空薬莢。

「激しく振られて上手く排莢が出来ず、スライドが閉まり切るより速く連射する。

だから、弾詰まりジャムなんて起こす」

 スライドが閉まらない様に銃身中程のセーフティを掛けると、机の上に置いていた弾倉を装着し、そこでセーフティを解除。するとスライドが戻った拍子で弾は自動的に装填される。

 撃鉄が降りている状態のそれを、今度は撃鉄部のセーフティを掛けることで安全にし、机の上にそっと置いた。

「でも早撃ちの腕は見事だと思う。

そこは誇っていい。

速さ、命中率、共に存外高い水準じゃないかな。

……なんというか」

 少し迷ったかの様に何か言葉を選び、彼は、

「良いセンスだ」

 一言で、そう評した。

「……詳しいん、だな……」




 自己紹介をすると、やはり年齢で驚愕されることとなった。

「俺と一つしか変わらんのか……」

「ずっと四十代だと思ってた……」

 皆そんな意見ばかりだ。

「それで、折原はどういう理由で来たんだ?」

 そう問いかけることで切り出したのは、坊主頭の青年だった。

 斎藤武尊さいとう たける。年齢は33歳。彼は自殺願望があった訳ではないが元犯罪者であった。更正し出所したものの、服役中に【特務部隊IG】募集の噂を聞いて志願していたそうだ。

 そんな彼の問いに、

「正直、実はほとんど覚えていないんだ」

 そう一度答えてから、

「けど、ここにいる理由はできたかな」

 周りがどよめき始めた中でそう続けた。

「あの機械の人形を見て」

「それって、まさかだけどこないだの【閃雷】のこと……?」

 その言葉に反応したのは、碧徒とADを見たあの少年だ。

 穂群流華ほむら るか。【特務部隊IG】では最年少の16歳。ここに来る以前は女性の様な名前や容姿、あと自らの趣味等を理由に虐められていたらしい。

「センライ?」

「自衛隊の新型ADアーマードドラグーン

こないだこの基地に配備されて、IGインスタントガーディアンでパイロットを選出するって言ってたんだ」

 誰かが聞いたそれを、流華が答えた。

「ADなんて配備されるのか!!」

「そんなこと今まで黙ってたの!?」

「近い内に言うつもり、って聞いてたけど……そういえばまだ教官達、誰も何も言ってなかったね」

 そこまで聞いたところで、

「で、あんたはそれに乗りたいと?」

 武尊の放ったその問いに、碧徒は。


 無言だが、こくん、と頷いた。


「よぅし、俺も乗るぞ!」

「俺も目指すわ!」

「まぁ、さすがに生身で戦場に出るくらいならな」

「僕だって負けませんからね!!」

 集まりが騒ぎ始めたのに、流華が負けじと応える。

「ところで、いつやるんだ……?」

 そんな中、碧徒が放ったその問いによって、辺りが静まり返ったのだった。



 次の日の朝

 いつもの如く朝礼が始まった時のことだ。

 いつもと違う点を強いて挙げるなら、教卓の上に電話帳一冊分くらいはある何らかの書類の束が置かれていることだろうか。

「諸君らに伝えるべきことがある」

 そう、雪姫が切り出した。


「我が部隊で、機動装甲竜騎兵───ADアーマード・ドラグーンパイロット選抜試験を行うこととなった」


 その言葉に、全体が静かにだが騒ぎ始めた。


「『予備自衛官』という待遇で何故そこまでするのか、疑問が浮かんでいても可笑しくはないだろう。

それは我々【特務部隊IGインスタント・ガーディアン】が、有事の際に最前線に立たされるであろう、ということを想定した上層部の判断だ」


 いよいよか、やっとか、とも聞こえるざわめきが雪姫の耳に入り始めていた。


「それ自体はいつかはやるとまでは決まっていたが、色々悶着があったらしく機体が揃うまで大分遅くなってしまった。

本来なら先週のうちには参加希望を聞き今週中には教導・試験期間が始まってる筈だったのだがな」


というわけで、とそこまでで前置きを入れ───


「今日一日限り、参加希望を取るので志願者は名乗りを上げろ!」


 机の上に置かれた電話帳くらいはありそうな書類の束を勢いよく叩き、吼えた。


「教導期間は二週間、その内最終日を試験とする!

明日から三日間はシュミレーターによる訓練と講習を行う!

その後実機による訓練だ!」


 シーンと静まり返る、教室。


「あー、あと願書ここに置いておくから、今日中にだがお好きな時に書いて教官室の書類箱にでも入れておいてくれ。以上!」


 そう言って嵐の如く去っていく雪姫。


 彼女が去った後、碧徒を始めとして希望者がのそりのそりと無言で一枚ずつ取っていった。


 そうして今日中に願書を提出した選抜試験並びに教練実習の参加希望者は全体の半数、44名確認されることとなる。

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