第二話:白鉄の竜騎兵


 特務部隊IGインスタント・ガーディアンの半ば無理矢理な入隊式から、もうすぐ一週間が経過しようとしていた。


 予備自衛官待遇とはいえ自衛隊の施設を一部貸し切り実質軟k……というよりは学生の合宿の様なもの、と考えられなくもない、そんな状態であった。

 楽しめる者には楽しめるのかもしれないが、最初からそんなことができる様なら社会不適合者などになるわけがなく、これならいっそ狭い部屋に引き籠っていた方がマシだと考える者も少なくはなかった。


 だが、それ以上に驚きなのは教官達の対応だ。

 曰く、ほとんどの教練・訓練は内容を含め各自自習・自主訓練なのである。


 この国を守らせる気があるのか、と思わせる───少なくとも数名がそう突っ込んでいた───のだが「下手に厳しい訓練させて自殺なんてされたら、それこそ本末転倒だろう」という黒咲教官の方便に皆納得してしまうこととなる。


 それに、例えどれほど傷付き腐っていったとしても人間は最終的には環境に適応するものらしい。集められたのが言ってしまえば同類だったから、というのもあるのだろう。一週間も経過すれば、それなりに打ち解けられた。

 ただ一人、折原碧徒という男を除いて。



「───折原が……!!?」

 折原碧徒が脱走した。

 電話に応答するなり、入ってきたその内容に雪姫は唖然とするしかなかった。

「では、どちらに?

……ですが、そちらは確か……」

 問いつつ返しつつ、施設の敷地図を机上に広げる。

 その向かった方向は門とも寮舎とも違っていたのだ。

 一応その先に大型車輌用の門があることにはあるが、アスリート並以上の体力があるか事前に入念な準備をしていなければならないフェンスやバリケードなどもある為直線距離では到底向かうことは難しい。

「はぁ……」

 だが一つ、まさか、ではあるが彼女に思い当たる節があった。

「……なら大丈夫じゃありませんか?

彼のことだ、恐らくが目的でしょう。

私も向かいます」

 少し溜め息を付きつつ、立ち上がった彼女は彼が向かっているであろう場所へと向かう。


 その男は突然走り出した。

 訓練中にそうしたということもあり、脱走するかの様にすら見えた───だが、同時にそれが違うとも判断できた。

 走っていったのは、出入り口とも寮舎とも違う方向だったから。

「―――ちょっと……!!!」

 少年が彼を追いかける。

「えぇと……誰さん、でしたっけ?」

 追い付いたところで、息を切らしながら問いかける。

「どうしたんですか?

急に脱走なん、て…………!!」

 少年の言葉を全く無視する様に、だが同時にその視線の先に夢中になっているかの様に、動かない。

 その視線の先に連れられてそちらを振り向いたことで、に気付くことができた。

 現在地から20~30mくらいは離れている、岡の下の広場。

 何かの作業が行われているそこにあったのは、

「―――すっごい……!【AD】だ!」

 人型の上半身が備わった四足型の機動兵器ロボットだった。

「…………!!!」

 この時チラッと、折原碧徒は少年の言葉に反応していた。

「【アーマード・ドラグーン】……!

たしか日本でも四年前に配備されたんでしたよね?

でもまさかこんなところで見れるなんて、ついてるんだかついてないんだか……いや、ついてる、きっとついてる!」

 だがそんな視線に気付くことなく、少年は熱烈とそれこそ興奮気味に語り始めた。

 それこそ「ロボットを作りたかった学者が開発した新素材を装甲車に導入したのが後に腕や上半身が設けられて【AD】になった」だとか「支援戦闘機やヘリ等ベースが異なることで独自に発展した【SCスカイ・キャバルリー】などの亜種もある」だとかといった雑学の類い。

 広場でやっているのは、その【AD】という機動兵器の搬入作業らしい。

 話の途中から碧徒はそれの方を見入っていた。

「───それにしても、あれ見たことない機種だなぁ……」

 頼まれてもいないのに熱烈に語りながら、少年はふと思ったことで冷静になった。彼とて今、目の前にある機体のことはよく知らないらしい。

 直方体の箱形をして面積が小さい正面に縦長の長方形型センサーが付けられた、という簡単なつくりの頭部。

 胴体部や肩部などもやはり簡単なつくりになっておりほぼ直方体型に見えた。

 大砲の様な目立つ武装は装備されていない様だが、肥大化した前腕部に何かしらの武器があるのではないかと思わせる。彼らも後に知るがその想像通り、前腕には側部に鈍打装甲ナックルガード、さらに下部には7.62mm回転銃身式ガトリング機関砲が搭載されていた。

 先述したが四足歩行型で、人体でいう踵の辺りに車輪が搭載されていた。

 現在機体は極端に言えば体育座りの様に膝を曲げている状態で、全高は近くで作業している者との体格差から察するに5、6m程であろうか。

「……あれ、ところで貴方、まさかADアレが見たくて……?」


 その時だ。


「【一三ヒトサン機動装甲竜騎兵きどうそうこうりゅうきへい】、コードネームは【閃雷せんらい】」

 響いたのは、今や聞き慣れた女性の声。

「量産型としては初の純日本製【ADアーマード・ドラグーン】だ」

 そう続いたその声の主は。

「く、黒咲教官……!!!」

「…………」

 二人ともそちらを振り向くと、やはり見慣れた長い黒髪ポニーテールの女性の姿があった。

 黒咲雪姫。特務部隊IGの教官であり、実質的に指揮官も兼任しているという立場らしい。

「全く……訓練中に勝手に飛び出したと思えば、運が良いんだか悪いんだか」

 呆れながらもどこか嬉しそうに、告げる雪姫。

「ここだけの話、という訳ではないか……いずれ全体にも話すことだが、【特務部隊IG本部隊】にて新型並びに代替機の【AD】搭乗者選抜を行うことになった」

 そこで彼女は、その情報を二人に打ち明けた。

「さすがに全員分は用意できないから、試験自体は志願制で定員は今のところ10名を予定している。

それぞれ新型が五機、代替機が五機の予定だ」

 そう告げられ、少年の表情は引き締まっていく。

「どうするかは貴様等次第だが……まぁ、選抜試験実施まではしばらく掛かる。

それまでよく考えるといいだろう」

 そこまで言ったところで、彼女は二人を咎めようともせずに元来た道を引き返していく。

「それと、あんまり我々をヒヤヒヤさせない様に」

 去り際にそう付け加えながらも、黒咲雪姫はそのままクールに去る。


 その一方、当の本人はというと彼女が話し終える頃には【AD】の方へと向き直っていた。

「相変わらずマイペースな人だなぁ……」

 それに気付き呆れる少年。だが、同時に気付いた。

 その瞳には何か、まだ弱いが意志の様なものが宿ろうとしていたことに。


 まるでそれは、錆び付き傷み止まってしまった歯車が、ゆっくりとだが動き始めたかの様に。

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