ゲームとレベル
空間を渡り、ウラナミの外れにある私たちの屋敷に移動する。私はレイを抱きしめたままソファーに腰掛けた。
「レイ。ここなら、誰もいないよ」
「も、やだぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!わけわかんない!わげわがんないっ!!」
とたんにレイは大声で泣き出した。
この屋敷には、今でも毎日私が訪れている。レイほど器用でない私は、ここを中継しなければどこにも移動できないので、そのついでに研究の続きに手をつけたり、掃除などをしていた。
人前では絶対泣きたくない。それはレイがたまに主張する、よく分からないこだわりのうちのひとつだ。きっかけがただの曲の歌詞だと知ったときは呆れたし、その曲がお気に入りの歌い手である男のものと知ったときは、その男の存在に、嫉妬を覚えた。
けれどそのこだわりは、便利でもある。うまく誘導してやればもう、私が居なければ、レイは涙を流すことができなくなってしまっている。私は長年、レイの感情が私に向かうように仕向けてきたし、実際こうやって甘えられれば、より愛しさが増してくる。
「ひっ……ぐっ……」
「落ち着いたかな?」
「うん……」
側に私しかいないことで心を緩め、思うままに涙を流し、甘えてすがりついてくる妻が愛しくてたまらない。抱きしめなおし、その可愛らしい頬に口づけた。
ここはどうやら、異世界における『ゲーム』とやらの世界らしい。
どのようなゲームかは覚えていない、ほとんど自分ではプレイしたことがないのだと、向こうの世界における夫任せにするばかりで、ゲームにおける情報を持っていないのが申し訳ないと、レイは嘆いている。
涙を拭き、鼻をかむためにいったん離れたものの、レイはまた私に寄りかかってくれる。レイの霊力と、私の持つ魔力は、服の上から触れあうだけでも循環するのだろう。私は甘い、痺れるような幸福感で満たされていく。この魔力や霊力のような、私にとって当たり前に存在するものさえもが『ゲーム』とやらの影響であるなら、悪くない。
「ごめんね。アタシ、ゲームは全部しんちゃんにやってもらって、自分じゃログボ貰うとこまでしかやってなかったの。だから、ほとんどなんにも覚えてなくて。イベントとか、ボーナスとか、ストーリーとか、素材とか、いろいろあるらしいのに」
ゲームをきちんとプレイしていれば、今後の行動の指針になったはずだと、レイは自分を責めるような口調で呟く。
「『レオリール』のレベルを上げればいいっていうのだけは覚えてるし、アオイが『バティスト』をメインで使ってたのは覚えてるんだよ。でも、経験値とか、レベルとか、スキルとか、どうやったら詳しくわかるんだろ……」
台所で湯を沸かし、甘い甘い飲み物をなにか、いれてやろう。私は魔力を行使する。静かな屋内では、湯を沸かす音がやたらと耳についた。
「レイは、ゲームの記憶があったから、レオリールを国王に選んだのかな?」
何回も聞いた質問だ。
「ううん。違うよ」
腕の中で、キラキラと涙が睫毛を彩る。
強い光を宿す目に、私が映っている。
「この国の精霊として、ちゃんと王格を見て選んだ」
異世界から、この世界に迷い出てきた少女。
彼女が私の前に現れてくれたことにどこかの誰かの意志が働いていたのか、そんなものは無かったのか、確認する方法などあるわけがない。
「ここがゲームの世界で、われわれがその影響を深く受けていたとしてもね、その時の判断で、できることだけをしていけばいいんじゃないかな?」
「……うん」
アテル王国が失われたと知ったとき、アテルの王族、アテルの国民としての感情や感傷の他に沸き上がってきた、不自然なまでの怒りは、私のものではない。
『国を守る精霊』の役を与えられた私に、いつの間にか植え付けられた、不自然な感情。それは、この土地に関わる執着と言い換えられる。
『この国の領地を決めるのはアタシ達で、あんた達人間じゃないっ!』
『一回神殿に行かせてください。アタシにもいろいろあるんです』
レイは私よりも余程長く、その感覚や、『設定』のようなものに影響を受け続けていたのだろう。もう、それこそが自分なのだと受け入れていたふしがある。
レオリールと出会ったことで、この世界がゲームの中であるらしいとレイは気づいてしまった。きっとそのことで、彼女は自身に無理やり埋め込まれた感覚への違和感にも気づいてしまったのだろう。
ならば私は何なのか。どこかの誰かを主役に配した物語のための、登場人物の一人なのか。
いや、違う。
「……うん、そうだよね」
私は私だし、レイは、レイだ。
ゲームの世界であろうが、物語の中であろうが、レイを想う私の気持ちと、私を受け入れてくれる彼女の気持ちに間違いはないし、それさえいあればいい。
「……うん、そうだよね」
「なにか、飲むかい?」
レオリール達のところへ戻るのが、翌日になってしまったのは仕方がないことだ。
「とりあえず、レオリールにはもっと強くなってもらいたいの」
私の霊格ではまだ感じ取れないが、レイにはなんとなく『レベル』がわかるそうだ。久しぶりの二人だけの食卓を囲み、ゆっくりと食後の飲み物を飲み、二人並んで食器を洗い、片付けた。
「今、たぶん、レオリールのレベルって四十前後かな? んー、王格と違って、細かくはわかんないや……イスメールとパルヴィーンは六十くらい。ヤニックもおんなじくらい? バティストはヤニックの下、イスメールの上くらいな気がする」
ゲームにおけるレベルとやらは、本来、一桁単位で操作する者にわかるものらしいが、レイにはおおざっぱな感覚でしか把握できないそうだ。自身の霊格でさえ、把握できないのだから、それだけわかれば私には十分に思える。
柔らかい髪に触れ、滑らかな肌に唇を落とし、レイがくすぐったいと笑い、また、私は満たされる。普段なら恥じらって抵抗する彼女も、人目が無いと知れば私の愛情を受け入れてくれる。
一晩たち、感情を発散させたことでレイは落ち着いて話ができるようになっていた。
「……アイのことも心配なんだよね」
「あれは、やはり精霊だと思うかい?」
「新しく産まれたばっかりの精霊だよ。たぶん、アタシたちから産まれたコだ」
またくすぐったそうに、レイが笑う。
「私たち、から?」
「うん。そうとしか思えない。だから、あんな産まれたてのコが契約の普段に耐えられるかも、心配で仕方ない。……ゲームでもあんなふうに精霊が生まれるとか、聞いたことないし」
レイには出産経験がある。が、それは異世界での話だ。私の血を継ぐ直系の子どもはおらず、人間として私の役職は妹に継いでもらっている。
……私たちに、今まで子は居なかったのだ。
「レオリールが仮契約を済ませた時にやっとわかったの。あのコの本体はね、『名前の無い剣』だよ。……命の無い剣に、新しい命が産まれたんだよ。アタシたちの、子どもだよ」
溢れる感情を込めて、私はレイを抱きしめる。柔らかで、小柄な彼女からはいつものように良い香りがした。
主を無くし、命を失った剣はもろい。命を求めて徘徊し、壊れた後もモンスターになって命を求める。たまたま、聖なる泉にあったことでモンスター化しなかった名前のわからない剣を拾ったレイは、己の存在の一部を潜り込ませることで強度を上げ、使っていたのを知っている。
……レイの中にあった私の存在の一部がその時、紛れ込んだのか。
「アイはもう、自身の希望で契約を済ませてしまったのだから、仕方ないよ。レオリールがアイを大事にするよう、よく見張っておこう」
「うん。パパ、よろしくね。契約者を変更するのって、スッゴい痛くて苦しくて、大変だから。アタシ、契約を変更するとか言い出したら、レオリールを殺しちゃうかもよ」
人の生き方からは長く離れてしまった精霊らしく、レイは笑う。
けれど、『国王』という存在にかけるレイの執着はすごいものだ。レオリールがよほど王格を下げない限り、レイは娘よりもレオリールを生かすのだろう。
誰も手入れしてくれない剣は、錆びていくしかない。
しまい込まれた剣は、忘れられる。
娘が傷つけられたと言ってレイが泣かずに済むよう、私はレオリールを指導していくしかない。そういえば、いくらでも便利に使えそうな書類があった。正式な契約書の体裁で署名がされているくせに、こちらが有利に書き加え可能なもので、それを使えばレイはアテル王国を自由に操ることが可能だ。書類がしまってある棚を見てから私はまた、レイに口づけた。
レリオにそっくりな姿と声を持つ、レオリール。
妹のアラーナにそっくりな姿と声を持つ、ディドレ。
弟のブレンダンにそっくりな姿と声を持つ、データス。
きっと、ボールドウィンに瓜二つな男もどこかにいるのだろうと思えば、それはそれで笑えてくるし、楽しみだ。
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