出会い
俺の母親はものすごい美人だ。
さすがに歳はそれなりだろうと感じさせる外見になってはいる。けど、それがマイナスに働くことはなく、歳を重ねてきたことすら足し算になっている。『妖艶な美女』という言葉は、あの人のためにあるんじゃないか? と普通に思ってしまうくらいに、母さんは美しい。
ハリエットも、まぁ、外見だけならそこそこに可愛かった。あれだけ見た目が良ければ、ヨヌイールチへの嫁入りの話がくるのも当たり前だろう。
「レオリール様、お茶をいれてきた」
「うん、ありがとう」
いつも一緒にいてくれるパルヴィーンも実はなかなかスラッとしていてスタイルがいい。端正な顔のつくりとか、分類するならかなりの美人に入ると思う。
商人として出会ったクラリッサや、クロウェルドの城で俺の身の回りの世話をしてくれる侍女たち。俺の周りにいる女性は皆、それなりに容姿は整っているように思う。
「バティスト、ヤニック。お前たちも菓子はいるだろう?」
「ありがとう」
「当然だ、貰おう」
バティストとヤニックが、パルヴィーンから焼き菓子か何かの入ったカゴを受け取っていた。
記憶をさかのぼれば、『次期領主の妻』の座を求めて俺に言い寄ってくる女性はたくさんいた。
かわいい系、清楚系、凛々しい、妖艶、才媛。俺が本気で望めば、どんなタイプの女性だって、よりどりみどりだったりするんだろう。
「きゅいっ」
「……本体はどこなのか、やっぱりわからないのかな?」
ついでだけど、テオ様は性別を越えた美の権化だ、と俺は密かに考えていたりする。
「きゅいっ」
「ね、言葉はわかるんだよね?」
「きゅいっ」
「はーーーーー……」
相変わらず、精霊組はカピバラもどきとの対話を試みている。本当にあのカピバラもどきは一体何なんだろう。
うららちゃんが呆れた顔でこちらを見た。
「なに? レオリールはまだあれやってんの?」
もしかして、一番平凡な見た目をしているのはうららちゃんじゃないだろうか……なんてことを考えたりはしてません。うららちゃんはえっと、その、くりくりとした目がかわいいんじゃないでしょうか。
それにしても。
ディドレ・ティ・アウルムさんは、とにかく可愛くて、美しかった。……ディドレ・ティ・アウルムさんが完璧過ぎて、俺は生きていることがつらい。
「はーーーーー……」
俺に与えられた客室は昔はアテルの王族も使った部屋らしい。華やかさなどは感じられないけど、広さだけはある。
なんでこんなに胸が苦しいんだろう。
「はーーーーー……」
さらりと肩から滑り落ちる髪は細く柔らかそうで、艶やかな漆黒だった。甘く蕩けそうな、蜂蜜色の瞳。スッと通った鼻筋と、花びらのように可憐な唇。顎のラインは触れてみたくなるほど繊細だ。
俺、たぶん、産まれて始めて恋をした。
ディドレ・ティ・アウルム。
少し話をしただけでわかる。彼女は可愛らしすぎるし美しすぎる。ちょっと素敵過ぎやしないだろうか。
「それで、どうしますか?」
俺の正面に座ったイスメールがニコニコと笑っている。バティストとヤニックも、パルヴィーンも、テオ様とうららちゃんも、気がつけば俺を見てニヤニヤしている。
「どう、って」
「レオリール様と、ティドレ様の婚姻についてです」
そうだった。
俺、
俺、
あんな美少女と書類上とはいえ結婚しちゃってたんだ!
慌てたせいで、がしゃっと俺の前に置いてあった茶が倒れてしまった。
「振り出しに戻る」
バティストがボソリと呟いた。
「うっ……」
イスメールがテーブルを片付け、パルヴィーンがまた新しく茶をいれようとしてくれるのはもう、何回目だろう。
落ち着け、俺。深呼吸だ、深呼吸。
大きな窓からは、海がよく見える。華美ではない神殿の窓の装飾が、額縁みたいだ。
……この、海を見ながら彼女は育ったのかな。
「はーーーーー……」
彼女は何を好むんだろう。あのかわいい声で、教えてもらいたい。
「その様子だと、レオリール様はディドレ様に一目惚れってとこなんすよね?」
可愛い奥さんで良かったですね、とヤニックは言ってくれる。けど、俺には不安もある。
「あんなにかわいいディドレさんの夫が、俺なんかでいいんだろうか……」
はーーーーー……。また、ため息をついてしまう。
「今さら何を言ってるんだ」
パルヴィーンはきっと、貴族の結婚なんて、そんなものばかりだろう、と続けるんだろう。新しく茶をいれてくれたのを受けとる。今度こそはこぼさないで飲みたい。
「レオリール様は国王なんだ。もっと自信をもて」
「そうだよ、アタシが選んだ王様に間違いなんてないんだから、もっと自信を持ちなよね」
女性陣はもう少し、ディドレさんのことを思いやってあげてほしい。
「ディドレ嬢のほうもまんざらではなさそうに見えましたけどね」
バティストって、十人か二十人くらいの女に言い寄られた中から、一人か二人の奥さんだけを選んでいそうな雰囲気がないか? 堅実な家庭を築いていそうなイメージがある。
「バティストって、結婚はしてるの?」
「いや、俺は独身ですよ。他人と狭い家で暮らすのはちょっと、無理なもので」
まさかの独身者。
「お前には無理だろうな、結婚生活」
「ああ。無理だ」
でも、なぁ……。
『次期領主の俺』に言い寄ってきた女性は皆、後ろ楯になって、権力を奮いたい実家の差し金だったんだと思う。
『国王の俺』のほうが、『次期領主の俺』よりも権力は増した。権力はあるけど、それだけだ。俺自身に魅力があるかと聞かれれば、ちょっと自信が持てない。
見た目はそれなりだとは思ってるけど、好みは人それぞれだろうし……。
もう一度、部屋の中を見回してみる。
美の化身と言いたくなるような、テオ様。
知性的で穏やかな、優しいイスメール。
端正で凛々しいパルヴィーン。
爽やかながら、落ち着いた雰囲気のバティスト。
危険な香りのする色気が漂うヤニック。
小動物系があと二人。
「はーーーーー……」
俺に魅力ってあるのかな。
データスだって、かなりモテそうじゃないか? 俺に、ディドレさんを幸せにできるんだろうか。
「きゅいっ」
ふわっと、謎のカピバラもどき三号が、俺の前に飛んでくる。相変わらず着地は下手で、ドンって音がしたし、よろめいている。
「きゅるるるっきゅいっ」
なんて言ってるのかわからないけど、なんだか応援されているみたいな気がした。このカピバラもどきと、元祖カピバラもどきことうららちゃんで会話ができているかっていうと、それもできていないらしい。
相変わらず、カピバラもどきの正体は不明なままだ。
それにしても、
「名前が無いのは不便だな、三号」
「きゅいっ」
「あっ!」
うららちゃんが、叫んだ。ぐしゃぐしゃっと髪をかき混ぜるようにしている。頭を抱えているとも言う。
「レオリール、なんてことっ!いくらなんでもそれはないっ!せめて、えっと、えっと、《アイ》!アイって呼んだげて!!」
「そういうことじゃないだろう、レイ」
テオ様も、ちょっと焦ったみたいに早口だった。
「あああっ! そうだった! ああもうっ!アタシの名前は『レイ・グム・オウロ・アウルム』。
鞘の名前は『花散らし』、剣の名前は『水面』、あなたの剣は『名前の無い剣』本当の名前は『アイ』!!
もう、なにやってんの、アイ!アタシが契約したげるって言ったじゃん!!」
地団駄を踏むうららちゃんのぐしゃぐしゃになった髪を、テオ様がなだめるようにて櫛で整えてやっている。
けれど、精霊二人の顔は緊張したままだ。
「何が一体どうしたのでしょう……?」
「イスメールは今は黙るっ」
「あ、はいっ!」
「あのねぇ、レオリールも、勝手に名前つけないっ!」
俺も怒られた!?
「アイ!?あなたね、わかってんの!?あなた赤ちゃんなんだよ、まだ!」
「だって、レオリールがいいもん」
……はい?
カピバラもどき三号……アイ、だっけ?アイがしゃべった?
可愛らしい声だ。幼い子どもらしさのある、高くて舌足らずな話し方。
「リスクを考えなさいよ! そっちも仮契約が成立しちゃってるじゃん!二股契約ってなんなの!? もうっ!」
今にもアイをつまみ上げて怒鳴りそうな剣幕だけど、うららちゃんは今、テオ様に抱きかかえられてジタバタしている。
「レイ。落ち着いて。アイへのお説教はあとで好きなだけさせてあげるから、レオリール達への説明をしてあげようか」
「もーーーーっ!!」
ぎゅっ、と、うららちゃんが、テオ様の胸に顔をうずめるようにして、しがみついた。うららちゃんが、ぷるぷる震えているのがわかる。
もしかして、これ、テオ様がいなかったら一時間はお説教されるやつだったんじゃないかな……。
「……ちょっと、私たちは席を外させて貰うよ。アイ。レオリールから離れないこと」
「きゅいっ!」
嬉しそうにアイは俺の頭に乗り、テオ様はぷるぷるしているうららちゃんを抱えたまま、精霊的不思議パワーで姿を消した。
何だったんだ。
「……ええと、アイ様のことは説明を待つとして、レオリール様の希望としては、ディドレ様との婚姻は継続ということでいいな?」
「あ……ああ、うん」
本当に、何だったんだ。
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