『ウラナミレイ』

 さすがに今日はみんなだって少しは疲れているだろうしってことで、一日……いや、半日でいい、休暇を入れてから何もかもを明日から頑張りたかったです。


 どこからどう見ても、肖像画に描かれていたアラステア王としか思えないその男性は、うららちゃんの腰に手を回すと視線だけで俺たちについてくるように、と言ってきた。


 城の廊下を歩きながら使用人の一人に声をかけ、会議室を用意させる姿からは、人を使うことに慣れているのがよくわかる。


 そんな感じで会議室に入っても、まあ、そんなすぐに会議の準備ができてるわけがない。


 ばたばたと使用人が数人、急いで場を整えるのを眺めながら、俺たちはテーブルについて少し待つことになる。さすがに今は人手もあるし、掃除だけは行き届いていてよかった。

 そうこうしているうちにプロスペリやアークイワ、数人の首脳陣もやってきた。侍女が飲み物を並べ、やっと会議らしきものが始まった。


「私はテオ・アレス。テオと呼んでくれて構わない」


 ア ラ ス テ ア 王 で す よ ね ?


 アラステア王……自称テオ様、はふっと微笑んだ。妙に迫力のある笑顔だ。笑っているのに、怒っているときのように威圧的な気配を感じる。

 それで、なんとなく俺は察した。この人は俺の母親や祖父と同じ人種だ。人の姿をしたタヌキとかモンスターみたいに、人を利用し、操作することをなんとも思わないような人種に違いない。


「さて、まずはレイ。あの」


 すっ、とテオ様の手が持ち上がり、俺を指さしてきた。まっすぐ伸ばされた指先から、破壊光線でも出たらどうしようかと、俺はどきどきしてしまう。


「レリオに瓜二つな男は誰なんだい?紹介してくれるかな」

「あの子はレオリール。アタシが選んだ、新しいアテルの王様だよ」


 ピクリ、とテオ様の顔がちょっと強張った。


 テーブルの上で、テオ様はずっとうららちゃんの左手を握っている。もしかしなくても、これはうららちゃんがテオ様以外の男と一緒にいたことに対するやきもちなんじゃないだろうか。やめていただきたい。


 俺はあんなおっかない女の人はごめんだ。頼むから、お願いだからそういう話にはめちゃくちゃ巻き込まないでほしい。


 うららちゃんもなんだかめんどくさそうにしている。


「あのさぁ、めんどくさいからこれだけは言っておくけど、アタシにはテオがいるじゃん」


 やっぱり痴話喧嘩!

 そういうのはふたりきりの時にやってくれないだろうか。

 ……部屋に帰りたい。


 ずいぶんとめんどくさそうに、うららちゃんは繋がれているほうの手をトントンとテーブルに軽く打ちつけた。


「こういうの、ほんっとめんどくさいからやめない?アタシが浮気するとかしないとか、アタシ達が仲良さそうとか、仲良くなさそうに見えるとか、もう今更じゃん」


 どうしよう、何かはわからないけれど、国家の一大事な会議が始まるつもりでいたみんなが、ただの痴話喧嘩を見せつけられている。


 奥さんとしばらく離れているらしいプロスペリの目が死んでいる。ああ、ヤニックが疲れ切った顔になっている。バティストの焦点が合ってない。イスメールも困っているし、パルヴィーンの顔は強ばっている。


「しかし……」

「相棒はね、もう変更できないの」


 不満そうなテオ様に、うららちゃんはぴしゃりと言った。


 あれ?


 この人も、もしかしてうららちゃんに逆らえない仲間……?

 俺、実はうららちゃんの抑止力としてちょっと期待してたのに。だとしたら、誰がうららちゃんを止めてくれるんだろう。これからもうららちゃんはやりたい放題、マイルールをみんなに押し付けてくるんだろうか……?


 誰か、だれかうららちゃんの無双を止めてほしい。


「テオが知りたいのは、レリオにそっくりなレオリールのことじゃないでしょ?」


 うららちゃんはそこでヴェールを取って、俺たちを見回した。


「何があったのか、話すのはいいけどさ。別にもう、みんなには解散してもらってもいい気がするんだけど……」

「いや、一応、聞いてもらおう。支障があるなら記憶の改ざんをすればいいんだから」


 ……俺、こんな人たちがいるところで無事に国王やっていけるのかな……?

 めちゃくちゃ怖い言葉が聞こえたんだけど。俺以外のみんなも顔を青ざめさせている。『記憶の改ざん』ができる魔法や技術なんて、物語の中でしか聞いたことがない。もしかしたら薬品でも使えば、そういうことも可能なのかもしれない。けど、さすがにこの人数に対しては難しいはずだ。

 それをあんなにしれっと言うんだから、テオ様にとってははそれほど難しいことではないんだろう。


 うららちゃんはその怖い発言については特に突っ込むことなく、話しだした。


「なんて言ったら伝わるのかな……?アタシは、近道をしたかったんだ。

 アオイと買い物に行く約束をしてて、待ち合わせ場所の駅前広場……の少し前で転んだ」


 今でもよく覚えてるんだよ、とうららちゃんは呟いた。


 なんだかちょっと、声の温度が悲しい話が始まる時のものだ。

『アオイ』も『エキマエヒロバ』も俺にはよくわからない言葉で、でもきっと、うららちゃんにとては大事なことなんだろう。


 うららちゃんは、空中からハナチラシミナモを取り出し、テーブルの上に置く。


「レリオはね、ものすごい魔法使いで、この剣を生みだした賢者なの。アタシはこの剣に、たぶん偶然、魂を引きずりこまれて取り込まれた。だから、この世界でのアタシの本体はこの剣ってことになってる」

「この、世界で?」


 気になったんだろう、イスメールが聞いた。テオ様がうなずく。


「彼女は、『異世界より召喚されし巫女』なんだよ」


 言いながら、テオ様はうららちゃんのふわふわした髪を撫でる。数回撫でた後は鬱陶しそうにしたうららちゃんにやめさせられていた。


『異世界より召喚されし巫女』は聞いたことがある。確か神殿に祭られている特別な存在で、祈るといいことがあるとかなんとか。


「異世界からこちらの世界に引きずりこまれたうららさんは、当時不安定だった貴族社会を大人しくさせるため、巫女として私と婚姻を結んだんだ」


 そして、仲良く暮らしたんだろう。今の二人を見ていれば、政略結婚だったもしても、とても仲の良い夫婦だってことがよく伝わってくる。


「……この剣はね、いい剣すぎたんだよ」


 良質の武器には必ず、魂が宿るものなのだそうだ。そういえば、うららちゃんは武器を人間のように話している時がたまにある。


「この剣はね、もともとはこの国に献上するために造られたの。材料と作る人の腕前が良すぎたせいで、剣には素材のひとつとして、人間の魂が必要になったみたい」


 普通の武器にも魂は宿るものの、それは自然に発生した魂なのだそうだ。全部の武器に人間の魂があったら、ちょっと怖い話になってしまうから、そこはちょっと良かったと思う。


「当時、レリオに人間の魂を込めた剣を産み出そうとか、そんなつもりは全然なかったと思うよ」


 国には必ず一人、国を守るための精霊がいるものなのだそうだ。お隣ヨヌイールチにも必ず精霊はいる、とうららちゃんは言った。

 その時一番素晴らしい武器に宿る魂がその国の精霊になるのはもう、この世界のことわりなのだそうだ。


「ここまでの素晴らしい剣にはやっぱり魂が必要で、それなのにアタシの魂一個じゃ足りなかった。それで、アタシはその時一番、アタシのつがいにふさわしい魂を持ったテオも剣に入れることにしたの。そのせいでテオは王様をやめないといけなくなっちゃった」


 王様をやめた……やっぱり、テオ様はアラステア王だった。


「テオもアタシも、精霊になったあとは人といろいろ違うようになっちゃって」

「そうだね、だからずっと一緒にいられるようになった」


 うららちゃんはそこで、ずいぶんと悲しそうに笑った。


「テオの次の王様も、その次の王様も退位して、何年も何年も時間が過ぎて、知り合いがだんだんいなくなって……そのころアタシ、なんで自分がこの世界に落とされたのかが気になった。だから、テオと二人で、アタシがこの世界に来る、ちょっと前の自分を見に行ったの」


 なんと、うららちゃんは空間を移動できるだけじゃなく、時間を遡ることも、異世界へと行き来することもできたらしい。

 うららちゃんは魔法が使えない発言はすぐにでも撤回するべきだ。


「そしたら、アタシ、また剣に取り込まれて出られなくなっちゃって。テオのほうも眠りについて、どこにも姿が見えなくなっちゃって」


 そこからはまるで知らない話を聞かされたように、テオ様が目を見開いた。でもすぐに表情を改める。奥歯を噛み締めるようにして、うららちゃんの背にそっと手を回した。


「あのときのアタシたちじゃ、まだ霊格が足りてなかったんだよ。

 アタシ、過去のアタシ、テオの魂が入って、それでもぎりぎり足りてないっていう状態だったんだと思う。

 アタシは剣から出られなくなってて、この世界に落っことされたばっかりの自分を、剣の中からサポートすることしかできなくなった。

 剣から出られなくて、過去の自分を見守って、アタシが新しく魂を取り込むように促すようになってた。

 なんでかわからないけど、過去のアタシはあなたを相方に選んでくれなくて、過去の自分をがあなた以外を選んだ瞬間、また時間を遡ってるんだよ。

 駅前広場の公園からやりなおさせられるの。自分を見守って、相方を選ばせるってのをね、何回も、何回も繰り返させられるんだよ。

 やっと過去のアタシがあなたを選んで、今のアタシが剣から出られるようになった時、現実の時間は何分かしか経ってなかったみたい」


 何十回もやりなおしさせられて、気が狂うかもしれないってふうにだんだん不安になってくるのはきっとあんな感じなんだろうね、とうららちゃんはため息をついた。


「……記憶にない」

「だろうね。テオの気配は感じてたけど、寝てる感じだったもん」


 非常に申し訳なさそうに、テオ様はうららちゃんの話を聞いている。奔放で、元気いっぱいなカピバラにそんな重い過去があったなんて、ちょっとギャップが過ぎる。


「何回も時間を遡ってはやりなおしして、やっと、アタシは外に出られた。でも、やっぱりテオはどこにもいないし、一応きになったからその時の王様のところに顔を出してみたら、クロウェルドからゴルに引っ越すとか言いだすし。

 クロウェルドのお城にはモンスターを減らしておく大切な仕掛けがあるっていうのにね。

 だから、アタシが代わりにお城に住むことにしたの。それで何年かは楽しく園芸したり、お城の改装をしたりしてた。

 でも、やっぱりちょっとだけ寂しくて。

 だからむりやりテオを復活させようとしたら、肉体だけは剣からひっぱりだせたけど、無理したせいでアタシも長い眠りについちゃったみたい。それで、起きたら、アテル王国がなくなってた」


 固まったようになってしまったテオ様に、うららちゃんは甘えるみたいに頭を預けた。


「アタシの思いつきとわがままで無くなっちゃったアテル王国を、アタシは今、取り戻してるとこなの。だから、テオも、協力してね?」

「……ああ」


 アテル王国が無くなったのは、確かに、うららちゃんの思いつきの行動も原因のひとつだったかもしれない。でも、当時の国王がもう少し頑張っていれば、そうはならなかったんじゃないだろうか。

 あの時は攻め込まれたとかそういうことじゃなく、ただ単に政治的に圧力をかけられたせいだったはずだ。


 ちょっと想像はできないけど、異世界からむりやり連れて来られて、たった一人、支えにしていた夫を取り戻したかった女の子が眠りについたってだけで、そこまで気に病むことじゃないと思う。少なくともそのせいで不利益を被った人はほとんどいないんじゃないだろうか。

 簡単に国を明け渡してしまった俺のおじい様の先代のほうがきっともっと責任感じるべきで、たぶん、その責任は俺のほうにのしかかってくるべきものなんだ、と思った。

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