精霊と大賢者

 てくてくと俺たちは街道を進んでいる。

 ウラナミへの道中、行きは誰ともすれ違わず、人気も全く無かったけど、帰りは何組かの旅人や商隊とすれ違っている。もしかしなくてもこれはすごいことなんじゃないだろうか。


「モンスター、ほとんど出てこなかったな」


 ここまで来るともう、前方に小さくクロウェルドの城が見えてきている。きっと、夕方になる前には到着できるだろう。


「もともと昼間はそこまで現れるものではありませんが、帰路は不思議なほど遭遇しませんでしたね」


 イスメールが同意してくれる。


「楽できてよかったじゃないっすか」


 ここまで来ればもう、警戒の必要も、無さそうだけど、ヤニックは俺たちの最後尾を守ってくれていて、相変わらずバティストは先頭を歩いている。

 ここ二日、モンスターとの戦闘をしていない。


「モンスターのほうに何かあったのだろうか」


 俺の隣を歩くパルヴィーンが少しだけ、眉をひそめた。

 モンスターと戦わないで済むのは助かる。だって、そのほうが怖い思いをしないで済む。


 ……俺がじゃない、国民が、だっ!国民が安心して暮らせるのは重要だろ!?

 ついでに俺も戦いたくないっていうのもちょっと、ちょっとだけはあるけど。……ちょっとだけだ。


「ウラ……じゃなくて、フィアーナで札貰ったじゃん?それのおかげだよ」

「これの?」


 バティストの肩にでろーんとやる気なさそうに乗っかっていたうららちゃんが、もちもちと短い足を動かし、ついでにはさはさと翼を動かしながら、バランスを取るようにして態勢を変え、こっちのほうに顔を向けてくる。


 俺は、首から紐でかけてある、小さな札を服の中からひっ張り出した。

 パッと見は薄い、黒い小さな板だ。


 なんだか金属っぽいけど、俺に素材まではよくわからない。青い花の絵が描いてあって、普通、使われているモンスター除けのしかけにある、記号のようなものはどこにも見当たらない。


「絶対に出てこなくなるってこともないけど、それがあるとモンスターがあんまり出てこなくなるんだよ」


 この札がものすごいアイテムのような気がしてきたのは俺だけ?

 旅人に限らず、誰もが欲しがるアイテムなんじゃないだろうか。大事に、俺は札を服の内側にしまった。


「クロウェルドの城にある祠、街道の柵、フィアーナが街道や橋に使ってた石は材料が一緒なんだと思うよ。みんなそれとほとんどおんなじ効果があるの」


 言われて、街道の柵を見る。まだ、新しさを感じさせるように白木っぽさがある。でも、地面の辺りに黒っぽい石だか土みたいなのが少しだけ、こびりついていた。


「お城の祠がちゃんと成長してきてるし、この辺は夜でももう、モンスターは出てこなくなったかもね」


 クロウェルドの城は、というか城の周囲は俺たちが出発した頃よりもだいぶにぎやかになっていた。


 正門のすぐ近く、道幅が広くなっているところには露店がある。夕方も近いし、いくつかは閉店作業に取り掛かっているようだ。明日も店を出すつもりなのか、荷物をまとめておいたままに、人の姿がない場所もある。盗られたりしないんだろうか。

 城の中からも、市街地のほうからも、工事をしているのかカンカン、ダン!という音がしてきている。


 ちなみに、人が多くなってきたあたりから、バティストとヤニックの気配が消えた。見ればちゃんとそこにいるのに、いるのかいないのかわからないのは不思議な感じだ。


 門を入ってすぐ、フランツ商会の店舗が、なんだか立派な店舗が、こんな立派な店、いつ、どうやって作ったんだろう……いや、俺たちが旅に出てた間だよな、しかしここまで見事な店舗はゴルにもなかったような?……とにかく、フランツ商会の店舗が目立っていた。

 建物のつくりとしては下品じゃないし、この城の主はうららちゃんなんだから、うららちゃんがいいならいいんだろう。

 フランツ商会の店舗の周りでも、何棟かの工事が始まっている。露店は、この工事の作業員をあてにしたものなのかもしれない。


 そのまま城内に入る。中もなんだか、人が増えている。一階は広く場所をとるつくりだから、ごみごみした感じはなく、歩きにくくなったりもしていない。


 制服を着ていない人が多いから、役所業務目当ての人たちなんだろう。きっとプロスペリ達はいまごろ仕事がまた積みあがっていて大変に違いない。俺に回ってくる書類がそこまでの量じゃないってことは、これが通常なのか、誰かが代わりに頑張ってくれているか、俺の机に書類が溜まってるってことだ。

 頼むから誰か、頑張っててくれ。


 奥に繋がる扉の前には、長い棒を持った警備員が二人立っていて、俺たちに目礼をしてくれた。


 奥も、やっぱりなんだか人が増えているような気がする。でもこっちはあくまで『気がする』の範囲でしかない。扉が閉じられると、静かになる。


「まずは、経験値を消化しちゃおっか」


 ケイケンチがなにかはともかく、俺は風呂に入って一息つきたいです。


 でもどうやら、祈りのほうがうららちゃんには重要らしい。仕方なく俺はみんなを引き連れたまま、祈りの間に向かうことにした。


「ここで待っててくれ」


 祈りの間のすぐ外には待機場所がある。そこから俺はうららちゃんと一緒に部屋に入っていった。


 ……水位がまた、上がったような?


 祈りの間で、俺はアテルからもっとモンスターがなくなればいい、と祈っておいた。

 その間、うららちゃんは器用に、カピバラの姿のままで砂の上に文字を書いたり消したりしている。


 ぶあっ、と体の中を何かが通り抜けるような感覚は久しぶりだ。


 ……俺、前よりも強くなったような気がする。


 前にもそういう感覚になったことがあった。あの時は、すぐに万能感が消えてしまったから、今回もあんまり期待しないでおこう。

 でも、なんだろう。妙にうきうきするというか、なんだかわくわくする。

 城が変わってきているのを見たばかりだからだろうか。ちょっとそわそわしながら、祈りの間のすぐ外に待たせていたみんなのところに向かう。


「プロスペリ達と会う前に、風呂に入ってちょっと休憩したい」

「別に、急ぎの用事はなさそうだし、それでいいんじゃない?旅してたみんなにも休みは必要だろうし、明日はー……」


 たぶん、帰城した知らせはそろそろみんなに届いているだろうし、風呂くらいは一人で入れるし。護衛の交代をお願いして、それから自分の部屋に行こうかな……なんて考えていた時、うららちゃんがびくっと固まった。


「うららちゃん?」

「うららさま?」


 あんまりあからさまな様子だったから、みんながうららちゃんを見る。


「うっそ……まさかのイベント配布キャラだったとは」


 また、よくわからないことを呟いたうららちゃんが、ばっと羽を大きく広げ、すいっと空中を滑る。空中でその姿が溶け、少女の姿になって、駆けだした。相変わらず足がめちゃくちゃ早い。


 外回廊、ちょっとまだ手入れが行き届いていない庭園だった場所に、きらきらとした大きな、見たことが無いくらい大きな宝石のような、氷のようなものが浮かんでいた。


 さっきまでは、無かった。


 そこに、うららちゃんがそっと手を伸ばす。


 パ……シャァ……ン……!


 宝石に見えていたものが砕け、空中に溶ける。

 いつの間にか、そこには美しい容姿の男性が立っていて、俺たちの見ている前でそれはそれは幸せそうにうららちゃんを抱きしめていた。


「あれは……」


 あの男性だ。うららちゃんが口づけていた、あの……いや、他でも見たことがあるような?


「アラステア王……」


 イスメールが呟いた声で俺も思いだす。

 さっきまで歩いていた長い廊下、そこに飾られていた代々の国王の肖像画のひとつに、彼がいた。


 アラステア王は氷のようなまなざしで俺たちを射抜く。


「レイ、彼らは?特に一人はずいぶんレリオ・コルべりの若いころにそっくりのように見える。紹介してくれるかい?」


 優しい、やさしい声でうららちゃんを『レイ』と呼び、愛しくてたまらないといった手つきで髪を撫でる彼、アラステア王は、はっきりと俺たちに敵対意思を込めて睨みつけてくる。


「あ゛ー!!もうっ!いい加減に離してよっ!!しつこいっ!」


 バティスト、ヤニックがさっと俺の前に周り、イスメールとパルヴィーンも警戒態勢を取ったとき、緊張感の全くないうららちゃんの叫び声が響いた。


「もーっ!ちゃんと話すから、みんな怖い顔しないっ!」


 違った意味での緊張を感じているのは、俺だけだろうか。いや、たぶんみんなもだ。

 うららちゃんが、アラステア王の服を引っ張って、どこかに連れていこうとしている。

 そんなアラステア王は、俺たちとうららちゃんを交互に見てから、華やかな笑顔を浮かべた。


「じゃあ、まずはレイ、彼らの見ている前で、今までの経緯を私に説明してくれるかな?」

「えぇ……めんどくさい……」


 めんどくさいって……。


「ダメだよ、説明して貰うからね」

「……はーい」


 うららちゃんに逆らえる人は、ここにいたらしい。

 俺はあの人と仲良くしたいとちょっと思った。

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