茨に覆われた屋敷(2)

 次の橋のところで、うららちゃんは係員にハナチラシミナモといくつかのアクセサリーを見せることで、『ここの領主夫人であり、精霊である』と認められていた。


 ウラナミの町長、そしてフィアーナの領主代行、セイレラスの部下がやってきて、いい笑顔でうららちゃんを『約百年分の決済書類』が置かれているという場所に連行していき、俺たちは町長屋敷の応接室らしい部屋に案内された。

 応接室は青い小花柄の白いかわいらしい壁紙に、グレーのソファ、黒っぽい、藍色をした石を切り出したような素材のテーブルがアクセントになっていた。棚には何かの置物や本が数冊ある。あまりかしこまった雰囲気ではなく、すっきりとした、あか抜けた気品が感じられる部屋だった。


 俺たちはそこでまず、問われるままに旅の間に見てきた町村の様子や、クロウェルドのこと、ゴルの様子をセイレラスに話した。


 俺がアテル王になったことも。


「国王就任、おめでとうございます」


 セイレラスはそう言って頭を下げてくれ、俺に従うことを簡単に約束してくれた。あんまりあっけなくて、俺はセイレラスの、なんだか淡泊そうな顔をじっと見てしまった。

 セイレラスは気にした様子もなく、続ける。


「ウィックトンにも人が住み始めたようですし、うららさまや新国王の承認がいただけるのでしたら、もう少し予算を大々的に動かせます。正直、ほっといたしますね」


 もともとフィアーナ町長にはかなりの裁量が許されていたらしい。しかしあくまで代行は代行。それなりに気苦労はあるんだろう。そう思えば、セイレラスはクロウェルドを出る少し前の、プロスペリみたいなちょっと疲れた顔をしている。


「領主様がたは失踪なさったままでしたし、当時の国王から、こちらは精霊様の領地であるから手出しはせぬ、と言われてしまえば頼ることもできませんし。しかもそのうちアテル王家は国をヨヌイールチに明け渡す始末。税収はあれど勝手に堂々と使うわけにはいかず、とはいえ我々にも生活がありますからね。代々、どうしたらよいものかと困っていたのです。本当に私は運がいい」


 ……と、いうことでかなりの歓待を俺たちは受けることになった。

 うららちゃんは大変そうだけど。


 うららちゃんはクロウェルドとウラナミの間を、ほとんど時間をかけずに異動できる。そのせいで、彼女は今、書類運びを日に何度もさせられている。溜まっている書類なんかも結構あるみたいで、うららちゃんに、と用意された部屋にはなんだかいろいろ積みあがっている。ついでとばかりに、その一部は俺に回ってくる。

 俺にはイスメールとパルヴィーンがいてくれるから、なんとか仕事もできるけど、うららちゃんは使用人を持たない主義らしく、それが余計大変そうに見えた。


「連絡に関しては、うらら様に頼ったほうが、魔法の道具などよりよほど効率がいいですね」


 セイレラスの顔色が日に日に良くなっていく。

 うららちゃんの機嫌が日に日に悪くなっているような気配を感じる。


 うららちゃんはウラナミについてからも人間の姿で過ごしている。また顔を隠すヴェールを被るようになって、なんだかちょっと疲れていそうな気がする。


 あの感じだと、いつ、うららちゃんが文句を言いだすか、俺は気が気じゃない。


 ウラナミ町長の屋敷には大きな鳥小屋があって、中にはたくさんの、色とりどりの小鳥が飼われている。そこで小鳥を眺めつつ、俺にも回ってくる書類に目を通したり、サインしたりしていた。


 うららちゃんと違って俺たちには時間がそれなりにある。実は昨日、セイレラスの部下が飼っている犬の散歩をさせてもらった。明日、何もなければ牧場へ視察に行くつもりだ。

 ちなみに、ヤニックとバティストは町の宿屋にいる。各自、街道に出てモンスターを狩ったり、町を観光したりしているそうだ。二人がいないから、近頃ずっとさせられている朝夕の鍛錬がなくなるかと思ったら、これはパルヴィーンが張りきりだした。俺の体力は着実に向上させられている。

 朝夕のお祈りも継続中だ。祠が無い時は柵に祈れ、て言われた俺は、毎日『みんながもっと優しくなりますように』と祈っている。


 ……優しくしてくれてるのはわかってるけどさ。なんだか毎日の鍛錬がどんどん厳しくなってきてるんだ。少しは楽をしたいと考えたって悪くないはずだ。

 ついでに、うららちゃんの怒りが爆発しないでいてくれたら助かる。


「レオリール、これにサインしてくれない?」


 ひらひらと、動きに合わせて薄い布が重ねられた衣装がひらめく。

 姿勢がすごくいいし、口調はともかくとして、動き方には威厳を感じさせる。

 顔は今日もヴェールで隠されているけど、声の温度からするに、今は機嫌の良さそうなうららちゃんが、俺の前に一枚の書類を差し出してきた。


「ウラナミの町の改名……?」


 いきなり、住んでいる町の名前を変えられてしまったら、町民は困らないだろうか。少なくとも、ここの住人はともかく、離れた土地にいる人間は困ると思う。


「っそ。書類の山を片づけたら、同意してもいいってセイレラスが言ったの。だから国王の承認、ちょうだい」


 ……いいのかなぁ……?


「ほらっ、はーやーくっ!」


 正式名称と通称を変える、とかで運用するならそこまで問題はないのかもしれない。うららちゃんの怒りの矛先を向けられたくないし。

 そう考えて、俺はその書類にサインした。


「よっし!これでおっけ!明日、テオ起こしに行ってこよっっ」


 ふふん、と鼻歌を歌って建物の中に入っていくうららちゃんを、俺たちは呆然と眺めていた。

 怒りを向けられたくないばっかりに、判断が鈍っていなかったか不安になってきた。


「イスメール。あれ、サインしちゃって大丈夫な書類だったよね?」

「ええ。セイレラス様の署名がもう入ってましたし、あれほど精霊であるうらら様が喜んでいるんですから、問題はないんでしょう」


 あそこまでご機嫌なうららちゃんは、初めてみたような気がした。


 翌日、俺たちはうららちゃんが何をするのか気になって、ついていくことにした。


「別に、ついてきても来なくてもどっちでもアタシは構わないけど」


 俺、イスメール、パルヴィーン、バティスト、ヤニック、セイレラス、その部下数名で、明らかに異常なご機嫌ぷりのうららちゃんの後について、町を歩く。


 ウラナミの町は治安が良いと思った。

 ゴルより綺麗に掃除が行き届いている。クロウェルドよりも活気がある。

 きっと、セイレラスや、代々の町長代理の手腕がいいんだろう。


 商業地区を過ぎ、住宅地区を過ぎ、町の中だけれども草原が広がる中を俺たちは歩く。もう、道なんてなかった。

 ちょっとした木の茂みや、昔の建物の基礎部分があちこちに見えるようになり、前方にはこんもりと茂った小山があって、どうやらうららちゃんは小山に向かっているらしい。


 いきなり、うららちゃんが走り出した。


「えっ」


 早っ!!!!!!!


 全力疾走!?


 うららちゃんがみるみる小さくなっていくのを、俺たちはあわてて追いかけた。

 小山が近づくにつれて、かなり分かりにくいけど、道があったんだろうことがなんとなくわかる。石畳のようなものが草にすこし埋もれている。

 ザッザッ、、と音がするのは、うららちゃんが伸び放題の草木を切り払っているからだ。


「お手伝いします」


 バティストが、続いてヤニックと数人のセイレラスの部下が参加して、うっそうとした茂みを切り払い、進む。


「ありがと。……なんでここの木は言うこと聞かないんだろ」


 イスメールとパルヴィーン、他数人は俺とセイレラスの護衛のために残った。

 ザッザッ、ザッザッ、ザッザッ、ザッザッ、、、、、。


 青空の下、青々とした緑を数人がかりで切り払いながら進むのは、なんだかものすごい探検をしてるみたいだ。


 俺は、あらわになりかけた石畳を撫でてみる。

 ウラナミの町にあったものと同じ、モンスター除けの効果がある石みたいだ。


 ガッ!


 何か固いものに剣を当ててしまったような音がした。


「……え?」


 うららちゃんの呟きが聞こえた。思いっきり、木の蔓に剣を打ち当ててしまったみたいだ。


 ……ガッ!


「あれ?」


 再度剣は阻まれ、うららちゃんが首を傾げていた。あんまり太い蔓には見えないのに、ものすごく硬いらしく、それ以上進めないらしい。


「失礼いたします」


 セイレラスが魔法の火を放っても、その蔓には何の効果もない。

 まるで、強固な結界に阻まれているみたいだ。


「うららさま!?」


 うららちゃんが、ハナチラシミナモの刃に触れていて、血がこぼれ出した。

 あわてて手当しようとしたイスメールを、うららちゃんはつきとばすみたいにして拒んでしまう。

 血のついたハナチラシミナモで、うららちゃんは蔓に切りかかる。


 ッダン!!


 ものすごい音がして、蔓がふっとび、そのせいで隙間が生まれ、ちらっとだけ向こうが見えた。

 広大な敷地の中に、池か、湖。そのほとりに、こじんまりとした小さな家が建っていた。


 見えたのは、ちょっとの間だけだ。

 すぐに、ざわざわと音をたてて蔓が、いや茨が伸びてきて道をふさいでしまった。


 いつか、城の中を探検したときのように、緑色の壁に道がふさがれてしまった。


「なんでよ!!」


 うららちゃんが、悲鳴みたいな声をあげた。


「なんで入れないのよ!?」


 ぶちぶちと、とげの生えた蔓をむしりながら、うららちゃんが『テオ』とかいう名前を叫ぶ。

 なんだかかわいそうな姿に見えるけど、誰一人として事情がわかっていないせいで、みんな、見守るしかない。


「テオ!テオッ!!」


 ……どのくらいたっただろう。

 気が済んだのか、うららちゃんが静かになって、それから、カピバラに姿を変えてしまった。


 それで、俺たちはわけがわからないまま、ウラナミに帰ることにした。


 事情を聞きたいけど、とても聞ける雰囲気じゃない。町長の屋敷が見えてきたあたりで、うららちゃんはふいっとひとりでどこかへ向かってしまった。


 微妙な空気のまま、朝を迎える。


「おはよっ」


 昨日のうららちゃん、あれはなんだったんだろう。

 とか、

 気まずいよな……。


 とか、そんな感じのことを言葉に出さず、目線だけでやり取りした俺たちが食堂で見たのは、いつも通りの元気なうららちゃん(カピバラ)が山盛りのサラダをもっもっもっと食べている姿だった。


「そろそろクロウェルドに戻ろっか」

「……はい」

「なに?レオリール、元気ないね?どうしたの?」


 お 前 が 言 う な 。


 ……と言わずに済ませた俺、偉い。


 たぶん、うららちゃんの予定では、あの建物に入り、『テオ』という名前の誰かを起こしたかったんだろう。

 上手くいかなかったみたいだけど、もう落ち込んでないみたいで何よりだと思う。


 国王とそのご一行様ということで、通行証の札は特別製らしい新しい物を貰い、俺たちはクロウェルドに戻ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る