茨に覆われた屋敷
ウラナミの町長が、フィアーナ領の領主代行を務めているそうだ。
ウラナミの町境はわかりやすかった。何もない街道の上に、いきなり小屋と柵があったからだ。
辺りは草原。ぽつんと小屋が建っているのは不思議な感覚だ。
ここまで旅をした中で見た風景では、門の内側には広場があって、家々がある程度固まって建っていた。
「ウラナミにようこそ」
門番らしい男が小屋から出てきて、俺たちに声をかけてきた。門番というより、門兵だろうか。きっちりとした、制服っぽい服を着ているし、にこやかに笑ってくれているけど、目つきがなんだかするどい。
「ん?あんたたち、見ない顔だな?ウラナミは初めてか?」
ウラナミはいいところだぞ、と笑いながら、彼は俺たちの人数を数えている。そんな門番に応対するのは、イスメールだ。
「私はまだ三回目ですね。あの方は初めてです。私は通過しただけですが、確かにここはよいところだと思いました」
「だろう?そう言ってもらえるとうれしいな。来たことがあるんだったら、これの説明は必要ないか?……おい、だれか札をあとふたつくれ」
小屋の中には他にも人がいるんだろう。門番は紐のついた板を何個か、小さな窓に手を突っ込んで取り出して、俺たちに見せながら奥に向かって声をかけている。
「いえ、不備があるといけませんから、また説明してほしいです」
中には他にも人員がいたようだ。小窓からちらりと俺たちを見た男が、また奥に引っ込んでいった。
「ああ、かまわないぜ」
俺たちに対応している門番は、イスメールに紐のついた板をまとめて渡してきた。
イスメールが俺たちに配り終わったのを確認してから、門番は口を開いてくれる。
「これは、ウラナミの通行証だ。町の中にいる間は常に持っていてくれ。持ってなかったからって罰則はないが、場所によって、これが無いと入れない場所や通れない道がある。宿もこれがないと確保できない。無くした場合、罰金になるから気をつけてくれよ」
通行証についている紐はちょうど、首からかけられるくらいの長さだ。板のほうはそんなに大きくない。俺は、首から下げて服の内側に入れておくことにした。こうしておけばなくさないだろう。
服に入れる前、顔の前に持ってきた札には黒っぽい金属性で、青く彩色された何かの花が刻まれていた。
「わかりにくいが、それには今日の日付が登録してある。
明日までは、二区までの通行税がかからないことになってる。明後日からは全ての橋と門を通るごとに通行税が必要になるからな。あと、一区より内側への立ち入りはいつでも有料だ。大体こんなもんだな。……質問はあるか?」
通行税、とかいうものの支払いが都度だとしたら、面倒くさい町だ。そう思ったけれど、そういう制度なら仕方ない。
俺たちは門番と別れ、ウラナミに入った。
ウラナミに入ると、街道が土を踏み固めたものから石畳になった。ところどころに黒っぽい石があるのは模様のつもりなんだろう。
「ウラナミは、人が住んでないのか?」
しばらく進んでみたけれど、相変わらず、街道の両側には草原が広がっている。
……いや、牛がいる。一頭じゃなく、何頭もいる。生きた牛の実物を見るのは初めてだ。ずいぶん大きい。いや、モンスターほどは大きくないけど、それでも馬と同じくらい大きく見える。ちょっと、なでてみたい気がする。気性が荒い生き物でなければ、ぜひともなでてみたい。
「このへんは、放牧とか、共有で使う土地だから人間は住まないんじゃないかな。もしかしたら畑くらいはあるかもだけど、畑も家も、もう一個内側にあるはずだよ」
歩きながら、牛を目で追っていたら、俺の頭の上から声がした。そういえば、うららちゃんの分の札を貰っていなかったと気がついたけど、カピバラのままでいるなら必要ないだろう。うららちゃんが羽をわさっと動かし、俺の頭はちょっとだけ軽くなった。
「レオリール様、牛とのふれあいタイムはまた今度確保するから、今日はさっさと宿を確保してしまおうな?」
トン、と背中をパルヴィーンに叩かれた。イスメールのほうは立ち止まって、街道のすぐ近くにいた牛を指さす。
「こんなに近くにいるんですし、パルヴィーン、ほんのひとなで程度の時間なら、させてあげても構わないんじゃないですか?」
「だめだ」
しかしパルヴィーンが首を横に振ったから、俺はちょっとだけ悲しい気持ちになった。
「前回通った時、ウラナミで私はヒツジとヤギとウサギ、イヌにネコまで見かけている。今牛とのふれあいタイムを確保したら、レオリール様は見かける度に触りたがるんだから、今は我慢させてあとでまとめて触れ合わせてやったほうがいい」
もしかして、半日くらいまとめて確保……それはなんて心躍る……いや、せっかくだし、これをきっかけにして城でなにか、動物を飼ってくれたりとか、してくれたりしないだろうか。
「……そうですね。レオリール様。今は我慢して、先に行きましょう」
俺は、イスメールとパルヴィーンの言葉にうなずいた。
「ここに至高の毛皮があるのに」
ぼそっとつぶやいたのは、なんと、バティストだった。バティストはいつの間にか、うららちゃんを手のひらに乗せていた。ごつい手に撫でられているうららちゃんはのてーん、と伸びきっている。
牛エリアから一時間も歩かないうちに、橋と小屋が見えてきた。今度の小屋はさっきのものより少し大きくて、しっかりしていた。橋の向こうには今まで見てきたような、村にありがちな家々、畑などが見える。
橋のこちら側に二人、向こう側に四人の係員らしき人が立っていて、何かの道具を俺たちが首からかけていた札にかざし、通るように促した。
橋はそこそこの大きさだ。
濡れたように光る石でできていて、ちょっとだけ、滑ったりしないかが気になった。
橋の下は水路になっているらしく、船が見える。この辺りに大きな川があった記憶はないし、海だって遠い。こんな場所に水路があるとは思わなかった。
「支払い窓口みたいなのがどこにも見当たらなかったけど、通行税ってのはどこで払うんだ?」
うららちゃんは俺の頭の上に戻ってきている。どこからどう見ても、頭に謎の生き物を載せて歩いている俺は、さぞや目立つだろう。何回か二度見された。
そんな謎の毛皮生物は、ぽそぽそと、周囲には不審がられない声量で話してくれている。
「町境の小屋とか、町の中心地にも支払い窓口はあったはずだよ、たしか」
「ふうん」
税収回りについては、まだ勉強してきたことがなかったし、エグバート叔父上の管轄だったから、おれは詳しくない。アテル領にも、通行税なんてものはあったんだろうか。
景色は畑とちょっとした集落が続くようになった。青々と茂る葉っぱ、おいしそうに見える赤い実、つややかな黄色い実。家の玄関先に丸まっているネコ、しっぽをぶんぶん振っているイヌ。
こんなに畑が続いている景色を見たのは初めてだ。
また、橋を渡る。
石畳が、橋と同じ、黒く濡れたような艶のある石になった。
あんまり気になったから、ちょっとかがんで直接石に触ってみたら、思っていたほどつるつるしていない。むしろざらざらしていた。不思議な石だ。
「モンスター除けの効果がある石だよ」
「そんなものが!?」
びっくりして息を呑んだのが俺。声をあげたのはヤニック。
みんながばっと俺の頭に乗っているうららちゃんを見た。周囲に人はちょうどいなかったから、みんなって言っても聞いていたのは俺を含む五人だけだ。
「クロウェルドなんか、昔は建物までこれでできてたんだよ。なんか、今はウラナミくらいでしかこの石、見かけなくなっちゃったんだけど」
商業地らしく、今度は店が多い。アテルの市街地ほど人は多くないが、地方都市と考えたらそこそこなんじゃないだろうか。
「どこまで行けばいいの?」
静かになってしまったうららちゃんに俺は声をかける。まさか、寝てないよな?
「ん?ああ、町長宅まで行きたい」
「……てっ」
頭を蹴られた。
いや、小さいから痛くはないけどさ。
痛くはないけど、『ふわり』はどうしたって思うじゃないか。
俺の三歩くらい先に、旅装らしき格好になった少女が立っていた。旅の途中、一回も外さなかったヴェールも珍しく、外している。何回か素顔を見たことのある俺でさえ、かなりびっくりした。
……街中でいきなり変身されたら、注目の的になるんじゃないか?
俺はそっと辺りをうかがう。幸い、幸運なことに、奇跡的に、偶然、たまたま、なぜか誰も見てはいなかったみたいだ。
☆
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