turn1 ウラナミへ向かおう(フィールド解放)
城内は忙しい。
決めることはたくさんある。どんな部署をつくるか、誰を雇うか、部屋の装飾、敷地内の建物の扱い、給与、経費、責任者は誰なのか、法律、各部署内のこまごまとしたルールまで。
そんな中で俺は執務室で本を読んだり、資料を見たり、訓練で体を鍛えることを優先させられていた。上がってくる報告書を見たり、意見を求められたりすることはあるけど、周囲を手伝う時間的な余裕のない俺に出来ることは、側近を貸し出すくらいだろう。
……けど、うららちゃんが待ってくれない。
ほとんど仕事してない国王が出掛けたところで、別に構わないだろうとか、八日も待っていられるかとか、毎日ウラナミヘの出発を急かされた。
うららちゃんの剣幕にしどろもどろになりつつ、あと少しだけ時間をください、と頑張るのがプロスペリ、困った顔であと少しの期間だけでなんとかなりそうですから、とうららちゃんをなだめようとするのがイスメール、機嫌の悪そうなカピバラを前に、何も言えずに固まるのがその他の人員だった。ただ、クラリッサだけは涼しい顔をして、少々のお出かけでしたらなんとかいたします、とか微笑んでいた。
「うららちゃんがウラナミに行きたくて急いでるのはわかるけど、このままだとたぶん、みんな過労で倒れそうだから、あと……そうだな、二日、時間をくれないかな」
「二日……二日、ねぇ?……たった二日でどうにかなるの?それより、さっさと行ってさっさと帰ってきちゃったほうが絶対にいいと思うんだけど」
手のひらサイズのカピバラから漂ってくる、迫力ありまくる不機嫌オーラが怖いとか、これはもう、威圧とか覇気とか、そんなものが出ているに違いない。
俺、イスメール、パルヴィーン、バティスト、ヤニック、うららちゃんの五人と一匹がクロウェルドの城を発ったのは、なんとかシフトのようなものが形になり、首脳陣の顔色が土気色から青ざめた、程度に回復したころだった。
「王様なのに、なんで俺は歩いて旅をさせられてるんだろう」
今回の出発時刻は『朝』と言える時間の出発だった。おかげでモンスターとの遭遇回数は少なく済みそうだ。
「経験値取りこぼしたくないから」
……なにごとも経験、てことだろうか。
城門の外はすぐに街道と草原になっている。草原って言ってもそんなに広くないのは、市街地がかなり近くまでのそこにあるからだ。アテル領都、ゴルほどじゃないけど、クロウェルドは昔の王都だけあって、それなりに栄えている。
ふわり、と羽を動かしたうららちゃんが、パルヴィーンの肩に着地した。さすがにもう、ここにいるメンバーはみんな、うららちゃんのカピバラ姿に慣れている。きっと、人の姿の方に違和感を感じる方が多数派になってるんじゃないだろうか。
パルヴィーンがうららちゃんの毛並みを撫でていた。
「あの、うらら様。荷物は本当にこれだけでよいのでしょうか?」
イスメールがちらちらと城を振り返りながら聞く。車に乗せて運ぼうとしていた荷物はほとんど、城の一室にまとめて置いていくことになってしまった。
……うららちゃんに逆らえるつわものがいたら、ぜひ紹介してほしい。
俺たちは全員、最低限の荷物しか持っていない。もしもうららちゃんが、あの不思議なバッグを使ってくれる気がないとしたら、俺たちはかなり野性的な生活を送ることになる。
「うん。荷物はアタシが持ってくから」
「持ってく……ですか……?」
うん、確かに、荷物を持ってるようにはとても見えないんだよなぁ……俺だって、謎の大容量バッグを見たことがなかったら、こんなに落ち着いていられないだろう。
俺の少し先をバティストが、俺の両脇にイスメールとパルヴィーン。少し後ろをヤニックが歩く。完全に俺を護衛する形だ。
うららちゃんと違って、このメンバーなら、俺をモンスターの中に蹴りだすとかモンスターを大量に呼び出してその中に連れ出すとかしないでいてくれるだろう……と、期待している。期待している。
……期待、してるからな。
ざざざ、ざわざわ、と嫌な感じに街道沿いの草が揺れた。
……うららちゃんに逆らえるつわものがいたら、ぜひ紹介してほしい。
「あ。スライムだ。行ってこーーい!」
スライムが現れ、俺はたった一人で戦わされた……。
二十匹も同時に現れたら、いくら相手がスライムでも怖いんだからなっ!!スライム無効化は今回はないんですか!?
ちなみに、今メインで使ってる武器はうららちゃんが『トウファ』と呼んでいた、大振りなナイフだ。ハナチラシミナモには、あの後から一回も触れられていない。前と同じように、空気の壁があるみたいになってしまって、どうしても触れることができなかった。
「レオリール様。ナイフの握り方ですがもう少し、こうしたほうが……」
「この方が握りやすいんだけど」
「ですが、こうだと、こうなったときにこうなってしまいますよ」
「うわ」
三回目の戦闘は、オドリクサが二体だった。
みんな、見守ってくれるだけで、今回も戦うのは俺だけだ。
戦闘を終えると、俺のところにバティストが来て、戦い方の指導をしてくれる。さすが、城でも警備の訓練指導をよくしているだけあって、わかりやすい。
「ついでに、蹴りを入れるときはさ……」
ヤニックは、剣も使うけれど、どちらかと言うと体術のほうが得意らしい。彼もバティストと一緒になっていろいろと指導してくれる。仕事だと割り切ることにしたのか、護衛に指名されてからはバティストといがみ合うことが無さそうで安心している。
武術や馬術、剣術とか、一通りはゴルにいたときにパルヴィーンから教わっていたことだ。けど、全て基礎、それも初歩の初歩まででしかなかった。実践はやっぱり、全然違う。
「ありがとう、ふたりとも。気をつけてみるよ」
「だいぶ様になって来ましたね」
「でも疲れただろ。そろそろ休憩にした方がいいんじゃないか?」
ヤニックが指さした先では、敷物の上に軽食と飲み物が用意してあって、カピバラがぽてりと寝そべっていた。
旅の途中、野営も何回かはすることになる。
野営中は簡単な結界を張り、順番に起きて見張りをするものらしい。
さすがに一晩中歩き回って、モンスターを狩りまくったりはしないみたいだ。
「見張り?いいよ、寝ちゃいなよ。アタシが起きててあげる」
野営の見張りの順番を話し合おうとしたら、うららちゃんがそんなことを言い出した。
人の姿に戻ってくれたうららちゃんは、温かな料理を魔法のように、小振りなバッグから取り出している。
ほんと、そのバッグ、どうなってるんだろう……?て思っていたのも最初だけだった。
そのうち何もない空間から取り出し始めた。精霊パワーでどこかと空間をつなげているそうだ。
「いや、でも、それでは……ヤニックと俺と交代で」
「い い か ら 寝 て な よ」
……うららちゃんに逆らえるつわものがいたら、ぜひ紹介してほしい。
「いいじゃないか。お言葉に甘えてしまおう」
食事を終えたパルヴィーンがまず、ごろんと敷き布の上で寝転がった。持ち運び荷物の上限がほぼない俺たちは、ちょっと立派なテントを張っている。さすがに男女で分けるわけにはいかないから、一張りだけど。
うららちゃんはいつ寝るんだろう?とか、少しだけ思わなくもない。けど、昼間ほとんど誰かの頭の上でだらだらしているんだから、その辺りはうららちゃんなりに、上手くなんとかしてるのかもしれない。
俺も、敷き布の上に横になった。たぶん、やたらと俺に戦わせたがるうららちゃんのことだ。夜中に手頃な(いや、きっと俺にとっては全く手頃でもなんでもない)モンスターが現れたりしたら、さすがに起こされるんだろう。
夢のなかで、誰かの歌声を聞いたような気がした。
結局、朝までぐっすり俺は寝させてもらった。こっそりイスメールに聞いてみたけど、夜中にモンスターの襲撃は無かったのか、イスメールも朝までぐっすり寝ていたそうだ。
「え?アタシ、精霊だから、よほど疲れたりしない限りは寝なくていいんだよ?」
「……へえ…………」
夜営どころか、旅の途中、睡眠をとっている様子の見えないうららちゃんが気になってさすがに聞いてみたのは、ウラナミからクロウェルドに帰る途中の話だ。
旅の間ずっと申し訳ないと思っていた、俺の純心を返してほしい。
旅に出た二日めの爽やかな朝、朝はやっぱり少し寒いなと思っていたら、朝食はほかほかのシチューにサラダ、焼き立てっぽいパンだった。
なんだか、立派なテーブルまである。
なんだか、テーブルの端に紙束まである。
……なんだか、インクにペンも見えるんだけど。
「うん。お城から運んできた。いいね、あの料理人。気が利いてるよ」
「そっか……」
さすがに人は運べない、とのことだ。
「うらら様のおかげで今回は楽できそうですね」
少し、遠くを見るような目をしてイスメールが呟いていた。
ヒティーシまではスライム、オドリクサ、シビレバナ、ナグルキが数体ずつ出てくるばかりだった。なんと、ナグルキも俺はひとりで倒せるようになっていた!
ところがヒティーシを出て、出会ったモンスターは俺とおなじくらいの大きさをした、毛むくじゃらのやつだった。
「あれは、カワツノウソだ」
キャーウッ!!
甲高い鳴き声と、初めて見る種類のモンスターにちょっと、足がすくんだ。ざり、と足と地面がこすれる音がやけに大きく聞こえた。
カワツノウソの額にある、大きな角に当たったりでもしたら、ただじゃ済みそうにない。
「……はっ!」
パ……シャァ……ン……!
ヤニックが飛び出て、何回かの蹴りと、殴打を加えると、カワツノウソは光の粉になって消えた。
ヤニックの反応はなんてことない様子で、まるであんな怖そうなモンスターでも、簡単に倒してしまったように見えた。
「すごいな、ヤ……」
「まだだ」
ヤニックの名前を続けようとしたとき、バティストがさっと動いた。
キィン!と高い、金属と金属がぶつかる音がして、俺は身をすくめる。
カワツノウソとの戦闘のときと比べて、俺の周りにいる全員が緊張していた。
「呪われた武器か……厄介な」
ちら、とパルヴィーンが俺を見た。
キィン、キィン、と空中に浮かんだ剣とバティストが戦っている。呪われた武器、とかいうモンスターは、今までのモンスターよりも手強い相手に見えた。
バティストの戦闘を補助するように、イスメールが魔法を唱える。
ヤニックも上手く立ち回り、参戦している。パルヴィーンは辺りを警戒しながら、様子を見ている。
呪われた武器は、見た目は普通の、おんぼろそうな剣だった。ある程度攻撃を受けるとぼとり、と地面に落ちる。でもまたすぐに浮かんでは俺たちを攻撃してくるのだ。きりがない。
「ふーん……やっぱ、普通に攻撃してたんじゃダメなんだ……」
俺の頭に乗っかっていたカピバラもどきが、ふわっと飛んでいった。相変わらず、飛ぶのに音がほとんどしない。
うららちゃんがモンスターとみんなが戦っている辺りをぐるりとまわって、俺たちから少し離れた方向に向かった途端、ばりん、と呪われた武器が崩壊した。
金属の破片が地面に落ちる。
金属の破片を中心に、てらてらと地面が光りだした。それはぶるぶるとふるえながら、こんもりともりあがって、スライムになった。
スライムが、ぶあっと膨らんだ。うららちゃんを飲み込もうとするみたいに、ものすごいスピードで動きだし、
ばしゃん!!
うららちゃんに触れるか触れないか、というところで、スライムは崩壊して、消えた。キラキラした光が空気に溶けていく。
さっき、カピバラの毛が舞っていたように見えたの、気のせいだろうか……。
俺たちはそこで休憩をとってから、ウラナミへの旅を再開した。
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