祠めぐり
城で働くことになる者たちに雇用契約書を書かせて、過去の経歴や配置希望を聞くのに二日。それらを考慮して人員を配置するのに三日。それで上手く回るのか、様子を見るのに三日欲しいと言ったのはクラリッサだった。
プロスペリやアークイワ達、首脳陣とは毎日『報告会議』というもので顔を合わせているけど、彼らの顔色は毎日悪くなっていく。なんだか申し訳ない。
法律どころか組織体系もなく、城内の地図も無いような状態で、『国』を作らないといけないんだから仕方ないと言えば仕方ないんだけどさ……。
俺も、手伝おうとしたけど、
「王様はふんぞり返って、上がって来た意見にあーだこーだ言うのがお仕事だから」
という、うららちゃんの持論により、俺は執務室で『あーだこーだ』言うための知識を勉強させられたり、体力作りや戦闘の特訓を受けさせられている。
……たった八日で体力がそんなにつくか、と俺は声を大にして言いたい。
ちなみに、祠めぐりと祈りの間には毎日通わされている。何よりも大事な王様の仕事だそうだ。
これだけ皆が大変なんだから、ウラナミに行くのはもう少し遅らせてもいいと思う。
「ところでさ、なんのためにウラナミに行くの?」
すっかりカピバラもどきに戻ってしまったうららちゃんに俺は聞いてみた。
今は祠めぐりに向かう途中だ。最初、ただの残骸にしか見えなかった祠は今、鈍い光を放つ銀色の四角い形をしている。勝手に直るって言っていたのは本当だった。
俺の周りには護衛のヤニックと、城の警備から二人。イスメールとパルヴィーンは今、プロスペリ達の手伝い中だ。
カピバラもどきなうららちゃんは、最近、俺たちに撫でさせてくれるつもりになったらしい。今は俺の手の上にふわっと乗っていた。本物のカピバラと違う、柔らかな毛並みが素晴らしい。
「フィアーナ領の領都がウラナミだから」
「フィアーナ領……て聞いたことないんだけど」
領主の息子である俺が知らないだなんてことがあるだろうか。世間一般的にはどうなんだろう。俺は後ろに着いてきている三人に顔を向けた。三人にも会話は聞こえてたはずだ。
「あー、ここいらは精霊様の土地で、誰のモン……誰の所有地でもないっていうか、むしろアテル領の一部だっていう認識です」
ヤニックの更に後ろで、警備の二人もうんうんとうなずいている。
彼らは皆、制服を着ている。フランツ商会が何をおいてもまずはこれ、と用意し、配ったものが制服だった。これを着ていない人間には警戒しろ、制服の扱いにも気をつけるように、と城で働く人間の間では徹底されているらしい。
俺をはじめとした首脳陣はまた違う服を着させられている。これもまた、制服みたいなものなんだろう。俺の服の管理は全て、侍女の二人がしているからよくわからない。
少し広まった場所を通りかかる。そこではバティストが何人かの警備兵に訓練をつけていた。祠めぐりのあとは俺も今日の訓練に参加する予定だ。
「ゴルのお城の偉そうな人に確認したけど、ここはちゃんとフィアーナ領だよ」
きゅるん、と丸い目が俺を見上げていた。俺が知らないのは、きちんとした教育係についた期間が短いせいであると思いたい。恥ずかしながら、俺は勉強が足りないらしいことが今、判明してしまったようだ。
「それで、俺がフィアーナ領の領都まで、何しに行くの?」
「戴冠して、たったひとつしかない領地の首都にも行かない王様って、何者?」
タン、とうららちゃんの後ろ足で手のひらを叩かれた。
「……すみませんでした」
「まー、あとは、税金とか領地運営とかがどうなってるのか確認したり、かな……?」
一番目の祠では、うららちゃんにあんまり怒られませんように、と祈っておく。
二番目の祠に移動する。崩れた建物を片づけている集団が見えた。あれはたぶん、フランツ商会の人間だ。彼らは揃いの帽子に、なんだかとても歩きやすそうな靴を履いて、同じマークの入ったシャツを着てくれるからとてもわかりやすい。
城の門近くに、比較的まともな建物がいくつかあって、それらを改装して、フランツ商会の店舗にするそうだ。きっと、あのへんの崩れた建物から取った廃材を利用するつもりなんだろう。この城の持ち主はうららちゃんなので、その辺の許可を出したのはうららちゃんだ。俺のところには、決定事項として報告だけが届いている。
そういえば、森送りになったもののうち、十人くらいはフランツ商会のほうで採用されたらしい。ついでに何人かがクロウェルドの町に住む者たちから採用され、もう働き出しているとも聞いている。下働きの使用人が増えたそうだ。
人の出入りが激しいから、今は最低三人の護衛が俺につけられてるし、うららちゃんもなるべく俺から離れないようにしてくれているそうだ。
「で、フィアーナ領の領主って、誰?」
「アタシの旦那」
……ん?
「うららちゃん、結婚してたの?」
「うん。してるねえ。アタシ、結婚は二回してるんだよね。そんで、孫が八人に、ひ孫が十二人いたの」
……ひ孫。
ひ孫って。
うららちゃんの人間姿って、俺より年下に見えるから、ひ孫がいるだなんて、かなり想像しにくい。いや、でもカピバラなら……カピバラって何年で大人になるんだろう。
あれ?……てことはフィアーナ領の領主はカピバラ……?
ちらりとしか見えなかったけど、いつか見たあの男性はずいぶん整った容姿をしていた。
そうか……あの美しい男性がカピバラ……。
なんだろう。世間の不条理や理不尽を叩きつけられたような、なんとなくもやもやするような、この複雑な気分は。
「まーでも、アタシも今の領主代行にはまだ会ったことないんだよね、ずいぶん長く寝ちゃってたみたいたから」
「寝てたって……」
それで、アテル王国が無くなったことを知らなかったり、城に埃まみれの場所があったり、手入れの行き届かない場所があったりしてるのか。
「どのくらい寝てたんだ?」
「うーん、レナルド王の戴冠までは起きてたんじゃないかなって思うんだけど」
レナルド王……アテル最後の王の名前じゃないか。
「もしかして、うららちゃんが寝たから、アテル王国がなくなった、とかは無いよね?」
「それはないんじゃないかなぁ」
ふわり、とうららちゃんが羽を動かして、二番目の祠に乗っかった。ぽう、と祠が柔らかく光って、わずかにだけ金属っぽい形が大きくなる。
さりげなく不思議現象が起きている。うららちゃんの自称『魔法が使えない』は返上するべきだと俺は思う。後ろで護衛が三人ともびっくりしてるから。ざざってあとずさった音が聞こえてるから。
「アタシがこの国に来る前にも精霊はいなかったし。あの時は王様さえいなかったんだし。でも、ちゃんと、アテル王国はあったんだし」
「もしかして、その時ってかなり、アテル王国の危機だったんじゃ……」
「かもね?」
かもね?で済ませてしまうその感覚で、これから始まる……あ、もう始まってた。
かもね?で済ませるその感覚で、俺の王国は大丈夫なんだろうか。
「でも、そのあとの王様が三代続いてめちゃくちゃ優秀だったから、危機だったかどうかはよくわかんない」
俺は、俺が優秀な王様になれますように、って祠に祈っておいた。
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