第13 話 ヒティーシ村で(宴スチールと経験値稼ぎ)

 ……そういえば、地面が土なんだな。


 記憶をたどれば、朝に城を出た街道から足元は土だったんだと、今やっと気づいた。

 ゴルとは違う、土の地面はなんだか、ほこりっぽくて、ここにいるだけで自分が汚れていくような、どうにも清潔じゃないような落ち着かない気がした。


 ここは村だと聞いていたが、思ってたよりも家の数が多い。 ただ、俺の感覚だと一軒一軒の建物が物置小屋みたいに小さい。さっき休ませてもらった建物も他の建物と同じように平屋で、部屋数が十分あるとはとても思えなかった。


 広場があって、そこでは大きな火が踊っている。

 何人もの男女が、その周りでなにやら楽しそうにしていた。


「ショクア。こちらです」

「モーヤッシュ」


 待機していたらしい女が、俺たちを案内してきたほうの女の名前を呼んだ。そこにはテーブルと椅子が用意してあって、俺たちはそこに案内される。


 ショクアも、モーヤッシュと呼ばれた女も、パルヴィーンとは同世代くらいだろう。身なりはずいぶんみすぼらしく感じたが、まぁまぁ小ぎれいにしているほうだ。たき火を囲むほうの集団にいる、村人らしき者たちよりかなりましに感じて、俺は少し安心した。

 いくらなんでも、姿勢は悪く、素手で料理をつかみ、見苦しく料理にかぶりつき、さらにはその手を服で拭い、みっともなく大声で汚く笑うような者には近寄られたくない。何をされるかわからないとか、ちょっと、怖いとかは思ってない。決して思ってない。


 ……でも、みんな、ずいぶん楽しそうだ。


 にぎやかに騒ぐ集団の近くでは、大きな獣が調理されている途中らしい。調理している集団の近くで、うららちゃんが誰かと話をしているのが見えた。やがて、集団の中にいた男が一人、こちらに向かって歩いてくる。

 うららちゃんは数人の男たちと柵をひょいと越え、どこかへ軽やかに走っていった。


「はじめまして、レオリール様。私は以前、領都の城に務めていたプロスペリと言います」

「ああ」


 集団から離れて俺のところにやって来た男はプロスペリ、と名乗った。確かに挨拶を交わすのはこれが初めてだが、何度か領主の城内では見かけたことがある顔だった。見知った顔でほっとする。


「確か、チェルノ叔父上の部下だったか?」


 穏やかそうな雰囲気の男だ。イスメールより少し背が高いだろうか?

 記憶の中ではうつむき加減で大量の書類や本を抱え、会議の場の様子ではチェルノ叔父上の仕事のかなりを支えているようだった。あれだけ仕事ができる部下がいるのなら、叔父上は助かるだろう、と見ていたのだが、まさかこれほど有能そうな者までが処分対象に入っていたとは思わなかった。


「ええ。チェルノ様の指示に従わず、ついでにいつかどこかにつき出せないものかと不正の書類をこっそりまとめていたら、こんなところに追いやられてしまいました」


 プロスペリは肩をすくめて笑っているが、よくもまあ、チェルノ叔父上に対してそんなことをできたものだ。


「叔父上がすまなかった」

「いいえ。このようにゴルの外でお会いしたということは、レオリール様もかなり大変な状況だったでしょう。ご無事でなによりです。

 ……ですが、グエンドリン様は、ついに動いてくださらなかったのですね」


 母の名前が出され、俺はうつむいてしまった。俺には自力では、自分の状況を何とかできなかった。母はきっとこれからだって手助けなどしてはくれない。そういう人だからといつもあきらめてきたけれど、さすがに今回くらいは何かの形で助けて欲しかった。


「レオリール様。グエンドリン様だって、万能ではないのだから、しくじることもある」


 そっと、俺の肩にパルヴィーンの手が置かれた。俺は母に見捨てられたのではなく、今回は残念ながら母の手が届かなかったのだと慰めてくれる。


「あの方は万能のように見えるが、クッキーを作るときにはよく砂糖と塩を間違われたり、珍しく刺繍を始めたかと思えば布を血染めにされる方だ。

 きっと、今頃、愛息子の失踪にお心を痛めていることだろう。今頃は捜索隊なり、粛清なり、何か動かれている」

「……パルヴィーン、なんだか俺、余計心配になってきた」


 ショクアとモーヤッシュが、料理を持ってきてくれた。俺たちは食事を始める。火の周りでは誰かが歌を歌いだし、楽器が鳴らされ、男も女も踊り始めている。


「今夜は、祭りか何かなのか?」


 俺のすぐ隣に座ってくれているのはイスメールと、パルヴィーンだ。やっぱりこの二人が近くにいてくれると安心できる。


「いえ。珍しく大量の肉が得られたので、つい盛り上がってしまったらしいです」

「……肉ごときで?」


 ゴルにいた時も、クロウェルドに行ってからも、俺は食べ物に困ったことがほとんどない。たまに料理に毒が仕込まれていたことはあったが、メニューの種類自体は普通だった。


「この村の規模では動物を養うことが容易ではなさそうですし、狩るというのもなかなか難しいですからね」

「ならば、買えばよいだろう」

「そうもいかないんですよ」


 いつの間に近くに来ていたのか、年若い女から声がかけられた。村人たちとは装いが違う。動きやすそうな、明らかに市民の様な格好をしているのに、上品で場違いなほどに洗練されていて、歩き方や微笑み方さえ優雅だ。


「このあたりには商人が来ません。ゴルか、せめてウラナミまで行くことがあれば、買い物もなんとかなるのでしょうけど、肉となるとやはり難しいでしょうね」


 誰だ?と俺が思えば、すぐにパルヴィーンが教えてくれた。


「レオリール様。こちらはフランツ商会のクラリッサ。ウィックトンからここに来るまで、ずっと我々を支援をしてくれたものだ」

「はじめまして、レオリール様」


 クラリッサは城に住む者と比べても見劣りしないほど、優雅で、たおやかだ。

 それで俺はつい、パルヴィーンをちらりと見てしまった。パルヴィーンだって一応侍女。見た目だけならどこに出しても引けをとらない淑女だし、仕草だってそれなりには優雅なんだが……なんで……こうも……今更ながら……なんでパルヴィーンはこうまで男らしいんだろう。俺やイスメールなんかよりもよほど、パルヴィーンは凛々しく雄々しい。ついでに強い。なんで騎士団や母のところではなく、俺の元にいるのかも、俺には実はよくわからない。


 ……いや、パルヴィーンはパルヴィーン。クラリッサはクラリッサだ。


 クラリッサはにこ、と微笑んで俺に頭を下げた。


「わたくしども、フランツ商会では東ウィックトンとゴルを繋ぐ街道の開通を望んでおります。精霊様のお導きがあり、こうして微力ながら、レオリール様の部下の方々に協力させていただいております」

「精霊様……?」


 イスメールがぼそり、と呟く。ああ、うららちゃんはクラリッサには自分が精霊だと明かしていたけど、イスメール達には名前も、精霊であることも隠していたのかもしれない。


「ええ。皆様が『白いお方』ですとか『白いあの方』と呼ばれているかたは精霊様ですよ」


 不思議そうにクラリッサが首を傾げ、イスメールをちらりと見てから俺に聞いてきた。


「そうですよね?」


 いや、俺に確認を求められてもなぁ……。もしかしたら、使い分けているのかもしれないし。


「そういうことは俺じゃなく、本人に確認した方がいいんじゃないのか?」


 ちょうど、さっき村の外に駆け出ていった男たちが、数体の獣を抱えて門から帰って来たのが見えた。あれは、鹿だろうか?彼らは何か獲物を狩って来たらしい。集団の一番後ろ、村の門の外では、うららちゃんが剣を閃かせてモンスターを消していた。

 狩りを終えた男たちは村人たちの集団に獣を渡し、飲食している集団に紛れる。うららちゃんはその中の一人と何かを話しこんでいる風だった。


「レオリール、ちょっとは回復した?」


 しばらくして、うららちゃんは俺が座っていた席までやって来た。クラリッサ、パルヴィーン、ショクア、モーヤッシュを見た後だから思う。うららちゃんの歩き方には優雅さと、貫禄がある。まるで、俺の母や、小さい時に見たことがある王妃のようだ。

 さっきまで狩りをするついでにモンスターを退治しまくっていたのだろう、うららちゃんの白っぽい衣装が、空気をはらんでひらひらと揺れる。


「ああ、うん」

「じゅあ、さっきの狩りのせいでいい感じにモンスターも湧いて来てるし、また経験値稼ぎに行こっか」

「……は?」


 いやいやいやいや。何を言っているのかわからないから。

 夜は出かける時間じゃない。


「今、夜だから!モンスターが湧きまくってる時間に門の外に行くとか無理だろ?」


 不思議なヴェールのせいで表情がまったく見えないけど、うららちゃんが今、すっごくいい笑顔になってるのは間違いない。


「無理じゃないって。ほら、トウファちゃんが頑張ろうって言ってくれてるよ?こんなかわいい子に応援されてるんだから、少しは男を魅せないと!」

「ナイフは話なんてしない!」


 す、と伸ばされた手に、腕を掴まれた。力が強いとは感じないけど逆らえない。引きずられるように席を立たされ、俺は助けを求めて手を伸ばした。


「ぱ……パルヴィーンっっ!」


 なぜかパルヴィーンは、力強くうなずいただけで助けようとしてくれなかった。


「レオリール様も少しくらいは鍛えたほうがよいだろう。行ってらっしゃいませ」

「パルヴィーン!?」

「……レオリール様、私がついていきますから」


 見かねたイスメールが俺についてこようとしてくれたけど、パルヴィーンはにこやかに笑って手を振るだけだった。


 真夜中の、モンスターが一番多いんじゃないかっていう中を俺はうららちゃんに連れ回された。戦闘のほぼすべてをうららちゃんとイスメールがこなしてくれたけど、朝方や夕方と比べて、モンスターの強さが半端なく強かった。怖かった。強かった。『うじゃうじゃ』という言葉の意味を初めて知った気がする。怖かった。強かった。


「う……うららちゃん!帰ろう!頼む!帰らせてくれ!」

「まだまだだーめっ!」

「レオリール様はうらら様と呼ばれていたんですか!?」

「え?あれ?イスメール達には言ってなかったっけ?」

「ごめんにゃさい帰りたいです精霊様うらら様!!」

「レオリールはいるだけなんだから静かにする!」

「あの!?うらら様は本当に精霊様なのですか!?」

「え?あれ?それも言ってなかった?そうだよ?」

「なんでこんなにモンスターがいっぱいいるんだっ!?」

「そんなのアタシが呼びよせから!!」


 俺が悲鳴をあげ涙をこぼし、さすがにイスメールが疲労で少しふらついたころ、やっとパルヴィーンや数人の男が助けに来てくれて周囲のモンスターは一掃された。怖すぎた。

 そんな中、なんだかものすごく軽いノリでうららちゃんの呼び名と精霊であることは皆に判明していたらしい。


 翌日、俺はフランツ商会の車に乗せてもらってクロウェルドの城に帰った。

 俺が疲れきって泥のように寝ているころ、イスメール、パルヴィーンはフランツ商会と連れて来ていた集団に城の部屋を割り振っていたそうだ。










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