第6話新しい、仕事?

 庭園というよりは庭、と言いたくなる規模の、窓の外の石畳と、植え込みと、泉でできた風景は爽やかな朝を演出するのにぴったりだ。やっぱり庭園と呼びたくなる。

 領主の城にある完ぺきに整った庭園しか知らなかった俺も、この庭園が気に入りだしている。荒れ放題なように見えて、実はしっかり整えられていて、眺めていると落ち着く。


 普段なら俺はまだ寝ている時間だ。うららちゃんがしばらく水の中から動かないのをなんとなく見ていたけど、声をかけるのはためらわれた。昨日の今日で気まずさがある。

 さすがにそろそろ眠気も感じ始めていたし、俺は窓から離れてベッドにぼすんと倒れこんだ。


 ……寝落ちてたらしい。


 ハタハタと何か柔らかいものが顔に触れて、目が覚めた。


「朝だよ」


 カピバラの羽でハタハタと叩かれてたようだ。


「……おはよう」


 うっとうしい羽を押しのけて、両手で顔をガードする。体が重いのは、寝不足なせいだろう。たぶん、二時間くらいしか寝てない。


「なんか、具合でも悪い?顔色が良くないよ」


 羽がいなくなったから手を外したら、うららちゃんは枕元で綺麗なお座りをしてた。


「ゆうべ、寝られなくて」

「あ、それ!そのことで言っとこって思ってたんだった!」


 俺が体調不良……というか、もう少し寝ていたいと言おうとしたとたん、うららちゃんから怖い雰囲気が漂ってきた。表情の乏しいカピバラの目がつりあがっているような気までする。

 ああまたお説教が始まるのか、と俺は起き上がって姿勢を正した。


「ねぇ、勝手にうろうろするなって言わなかった?言ったよね?」

「はい、聞いてます」

「特に、二階には上がるなって言ったよね?」

「はい、聞いてます」

「地下室に出た時点で身の危険は感じなかったの?」

「……大丈夫かな、と」

「あのねぇ。昨日は大丈夫だったけど……不審者がこの城の周りをうろうろしてるんだよ?レオリールを守ってるってもう言っちゃったんだから、ちゃんと大人しくしててよ」


 ん?……言っちゃった?誰に?


 うららちゃんと俺に、共通の知人なんていただろうか?それに、不審者……従兄弟たちだろうか。つい、眉間に力がはいってしまった。はぁ、とうららちゃんは大きく息を吐いている。


「イスメールとパルヴィーン、今こっちに向かって来てるよ」

「無事だったのか」


 頭の中が真っ白になる。


「でもあと数日はかかるからね。その前にレオリールに死なれたら言い訳するのにアタシが困るじゃん」

「……無事だった」


 うれしい。嬉しすぎてわけがわからない。

 ずっと祈ってた。祈ってたけど、まさか、ゴルの外に出て無事だとは思わなかった。街道を使っての移動が可能だった頃から、ウィックトンにはモンスターの巣と言われる森があると教えられている。そこに向かうだけで無謀な話だと思っていた。


 逃げてくれ、と祈っていた。


 街道沿いにはまだ、いくつか村が残っていると聞いていた。そういった場所で生き延びていてくれと、ずっと、願っていた。

 真面目な二人はそうしないことも、知っていた。だから頼むから、逃げてくれと祈っていた。


 お母様の侍女の話では、伯父たちが邪魔者を犯罪者として追放するためだとか、反対勢力を削ぐために使われる、ここ数年お気に入りの手法がウィックトン行きなのだそうだ。

 ウィックトンを取り戻すため、ウィックトンまでの村や、町との往来を復活させてこい、と言って集団を送り出す。


 領主の後継の最有力だった俺の信頼できる側近。兄のようなイスメールと、姉のようなパルヴィーン。最後までそばで仕えていてくれた二人は、今回送り出される者たちの引率として、ついでに処分されたんだ。

    

 そして信頼に足る部下や側近を全員失った俺は、従兄弟たちに連れ出され、古城の一室に閉じ込められた。今頃は適当な事故をでっちあげられて、失踪したことになっているだろう。

 クロウェルドの先の街道が使えなくなったのは、ここ十年くらいらしい。ワタセの先、ウラナミに行けなくなったのはだいたい二十年ほど前だと教師が言っていた。


 更にその先にあるウィックトンまで後を追って一団が指示通りにしているのかを確認するものなどいない。


「……無事、だったのか」

「少なくとも、今朝まではウラナミの町で生きてたよ」

「怪我してるのか!?」

「そりゃ、ちょっとは怪我するでしょ。街道を直しながら、ウィックトンからクロウェルドまで来てるんだよ?気を抜いたらモンスターに襲われるかもしれないのに変わりはないよ」


 街道を直しながら、とはどうやるんだろう。二人は何をさせられているんだろう。うららちゃんの口ぶりではずいぶんと危険で大変な作業らしいが、でも、もう少しで会える。俺は生きてる。イスメールとパルヴィーンも、生きてる。叫びたいような気分だ。


「ありがとう。うららちゃ……うららさんが助けてくれなければ、俺も部下の二人も生きていない」


 俺が感謝を伝えると、カピバラの目が細められた。あ、今はお説教中だったかもしれない。


「そう思うんなら、自分の命はちゃんと守る!!!!勝手にそのへんうろうろしないっ!!!!守ってあげられないよ!!?」

「……はい」

「じゃ、朝ごはんっ!」

「はい!」


 ここの生活を続け、ゆうべの女の子を見てやっと理解したことがある。

 ここには俺と、うららちゃんしかいない。たぶん、あの男性は数に入れない方がいい。

 毎回いつの間にか用意されている食事は、うららちゃんが準備してくれているのだろう。俺は食洗機のボタンを押す以上のことをしたことがない。俺が洗濯機に入れた洗濯物を棚に入れていてくれるのも、シーツを交換してくれているのもたぶん彼女だ。


「なんで、人の姿にならないんだ?」


 ふと思った疑問を、今日もサラダをおいしそうに食べるカピバラに聞いてみた。カピバラの姿は不便ではないのだろうか?


「え?いろいろ楽だから?」


 もっもっもっもっと葉っぱの山を食べている姿は愛玩動物じみている。撫でようと手を出したら逃げられた。最初に会った時の警戒心の無さが懐かしい。


 イスメールとパルヴィーンは、食事をきちんと取れているのだろうか。昼間は危険じゃないのだろうか。ゴルでさえ、夜にはモンスター除けがしっかりされていない場所にはモンスターが湧いていた。うららちゃんが夜は二人を守ってくれているのだとしたら、本当にありがたい。


 ……いや、たとえうららちゃんが夜は人間の姿になっていたと仮定して、あんなひらひら衣装でどうやって二人を守っているんだろう?

 確か、魔法は使えないとか言っていたような気がする。その辺は聞いていいことなんだろうか?イスメールとパルヴィーンに会ったと話していたんだから、隠れて守っているとかじゃないよな……じゃあ、普通に聞いてしまっても良いだろうか。


「レオリールはずいぶん敷地内のお散歩が好きみたいだし、今日から午前中と夕食後は違うことでもしてもらおっかな」


 あれこれ考えながら食後の茶を飲んでいると、そんな事を言われた。つい、俺は首をかしげてしまう。


 俺がうららちゃんから掃除を言いつけられた建物は客室棟のうちのひとつだ。

 ここは昔の王城らしく建物は一つじゃないし、それぞれがしっかりと広い。掃除が済んでいない部屋はまだまだある。

 それに、一番最初に掃除をした部屋あたりはそろそろもう一回、埃をはらったほうがいい。敷地は広く、本館どころか庭園にはまだ手をつけられていない。こんな状況で、俺はこれから他に、一体何をさせられるんだろう。……掃除はそろそろ一人でできるようになった。


 次は、洗濯周りか?

 建物それぞれに置いてあったリネン類は気になっていた。しかしあれもとなると……。


「祠の修復と、お祈りはアタシが敷地内にいる昼間だけにしてね?」


 新しい仕事は、祠とやらの修復と、どこかでお祈りを捧げることらしいです。

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