……もう会えぬのか?
「眠そうだな、紬」
と次の日、みなの戦闘の訓練を見ていた紬は、王子に言われた。
「昨日も言ったであろう。
休んでおれ」
「ありがとうございます。
休みの日に寝だめしているので、大丈夫と言えば大丈夫なんですが」
と言ってはみたが、王子は笑ったまま、心配そうにこちらを見ていた。
あまり心配かけても悪いので、その日から空いている時間は王子のテントで寝ているようにしたら、ずいぶん身体も楽になってきた。
可愛い兵士たちが、ちまちま動くのが見られないのが、ちょっとつまらないが、と思っていると、テントの外から話し声が聞こえてきた。
どうやら、次の対戦相手からの使者と兵士の一人が話しているらしい。
「最近、お前のところの人形師を見ないな」
うむ、と重々しく頷いた兵士は、
「我々の予備のパーツもずいぶんストックができたので。
紬様は、今度は王子の
と言い出した。
頑張ってなーい! と思っていると、
「ほう、そうか。
稀代の人形師が王子のお子をな。
無事、世継ぎが産まれたら、祝いを贈らねばな」
などと敵の使者は言っている。
は、話がねじれ、曲がりくねっていっています~っ。
第一、人形とどうやって子どもを作れと言うのですかっ。
この国では、肩にのせて、見つめ合うだけで、子どもが出来るのですかっ?
ならば、閨にこもらずともいいでしょうがーっ。
「紬よ。
何故、テントに居ない」
慌てて外で、みなの訓練を見学していると、王子が訊いてきた。
「いや……なんかいろいろありまして、はい」
と紬はよくわからない返事をしてしまう。
その足許で、王子はちょこちょこ歩きながら言ってきた。
「しかし、最近、我々が勝利を続けているので、同じような布製の人形を使う軍が増えてきたようだ。
格好は悪いが、壊れてもすぐに修繕できると気づいたようだな」
「そうですか」
と言った紬が少し考え、
「火を放ったらどうですか?」
と言うと、
「火を?」
と訊き返される。
「火のついた矢を放てばいいじゃないですか。
布だから、よく燃えますよ。
次々燃え移りそうだし」
と言うと、何故か近くで訓練していた兵士たちまでもが動きを止める。
「……おそろしいな、紬様」
「将軍より容赦がないぞ」
「紬様が敵に回られたら、我らも火をかけられるのだろうか」
ひそひそと怯えたような様子で話しながらこちらをチラチラと見る。
「あっ、あれっ?
火がつくと、人形の中の人も熱いんですか?」
と訊くと、王子は、表情がわからないので、恐らくだが―― 渋い顔で言ってきた。
「いや……。
そこまでのことをされれば、おそらく、火がついた瞬間に人形から離れるだろうから、大丈夫だと思うが」
言いよどむ王子の後ろで兵士たちが、
「紬様は知略に富んでらっしゃるが、恐ろしいな」
「そうだな。
恐ろしい死の女神だ」
と囁き合っている。
「いや……ちょっと言ってみただけじゃないですか。
……ねえ」
次の日、いつものように押入れを潜り、王子たちの許に行くと、
「紬!
明日の戦はなくなったぞっ」
と王子が言ってきた。
「えっ?
なんでですか?」
「いや、この間、敵の使者が来たとき、お前が火を放てと言ったのを聞いていたらしいんだ。
敵軍も布製の人形を用意していたらしく、焼き殺されてまで、作物も妾もいらんという話になって、次の戦には出ないことにしたそうだ。
不戦敗だ!」
「そ、そうなんですか……」
「人形師が軍師も兼ねていると噂になっているようだが。
私は、向こうの使者に言われてしまったぞ。
あのような恐ろしい女でよいのですかと」
それは王子が個人的に言われたことのようだった。
いや……だから、ちょっと言ってみただけなんで。
っていうか、普通の発想じゃないですか。
……ねえ?
と思っていると、
「だが、まあ、お前のおかげで快勝続きだ。
……あと少しで、この戦いも終わるな」
王子は、しんみりとそんなことを言ってくる。
「来年もまたマスコットを使われます?
そうなら、なにか考えておきますが。
ああでも、もう私の人形に対する戦略も練られてるでしょうし、来年は無理かな」
これでお別れか。
そう思うと、寂しくもある。
「……もう会えぬのか? 紬」
ぼそりと王子はそう言った。
「実は、お前の世界と行き来出来るのは、戦をしているときだけなのだ」
「そ、そうなのですか?」
「その間だけ、いろんな異世界から、戦闘の材料を調達してくることを許されている。
……寂しくなるな」
「そうですね」
そんな会話をして、一週間と経たないうちに戦闘は終わった。
王子の国が勝ち、酒宴が開かれることになった。
「紬も……いや、このフィールドからお前は出られぬのか」
そういえば、この戦闘のためのエリアから出たことはない。
「ここに城を造ろうかな。
いや、みなの共有地だから無理か」
王子は、そう呟く。
「待っておれ、紬。
なにか美味いものを運んできてやる」
「いえ。
私は、もう帰ります。
今までありがとうございました」
そう王子に頭を下げていると、
「紬様、ありがとうございましたっ」
「紬様、お酒呑めるんでしたっけ?
ぜひ、ご一緒にっ」
楽しげに自分に声をかけながら、このエリアから兵士たちが出て行く。
彼らは、自分が此処から出られないことを知らないようだ。
だが、それでいいと思っていた。
せっかくの宴に水を差しそうな気がしたからだ。
みんな、白樺の木々の間を通り消えていく。
そこを通り過ぎたら、あの人形ではなく、人になってしまうんだろうな。
……三人官女だから、可愛いと思って抱っこしていたのもオッサンだったみたいだしな、と思っていると、
「紬……」
と王子が呼びかけてきた。
「そこで待っておれ。
三秒くらいなら、いける気がするっ」
なにがっ? と思ってる間に、また、タッと王子は居なくなった。
よく走り去る人だな、と思いながら、葉の隙間から空を見上げ、此処に来たときと同じに、少し湿っている空気を吸い込んでいると、
「紬っ」
と声がした。
相変わらず、声だけイケメン……
……ではなかった。
「紬っ!」
動かない、いつも笑っている口ではない口で、白樺の間から顔を覗けた王子がそう呼びかけてくる。
「他の人形はこちらで預かるが、これだけは持っていってくれ。
私だと思ってっ」
そう言い、王子はその掌にある小首をかしげたままのお内裏様を差し出してきた。
それを受け取ろうと近づくと、王子は紬の肩に手を置き、軽く口づけてきた。
「……紬?」
「普通に男の人に触れられたみたいでビックリしました」
なんだかなにも考えらず、淡々とそう言うと、
「だから言ったろう。
私は普通に男の人だ」
そう言ったあとで、いつも自信満々の王子は――
いや、人形の変わらない表情のせいで、そう見えていただけなのかもしれないが、ちょっと不安そうに訊いてきた。
「どうだ?
私はお前の世界でもイケメンか?
……何故、笑う、紬」
その怖々と訊く様子に、紬は、まだ王子のぬくもりが残っている気がする人形を握りしめ、笑ってしまった。
笑った弾みに、何故かちょっと泣きそうになりながら紬は言う。
「いいえ。
あまりにも絵に描いたような王子様だったので、笑っちゃっただけです……」
と。
その後、王子が、戦闘に勝利したご褒美として、お嫁さんやお妾さんをもらったかは知らない――。
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