うむ。ふかふかだ。
「此処が我々の陣地だ」
とフェルトの王子が言う。
林が開けたそこには、今流行りのゴージャスなキャンプ、グランピングのできる宿にあるような立派なテントが何張りもあった。
「此処が私のテントだ。
入ってよいぞ」
と言われ、三つのテントが連なったような大きなテントに入る。
真ん中にどーんとキングサイズの大きなベッドがあって、座り心地の良さそうなソファや趣味の良い調度品もある。
テントというより、ホテルの一室みたいだな、と思いながら、紬は言った。
「……でも、全部デカイですね」
足許でちょこまか動いている王子は踏んだら、一撃で殺せそうなのだが……。
「うむ。
こんな小さな人形に入る予定ではなかったからな。
手も短いし、足も短いし。
笏が離せぬし」
はあ。
縫い付けてありますからね……と思っていると、王子は、
「ところで、お前の作ったこの身体、常時、首が傾いている気がするのだが……」
と言ってきた。
「気のせいです」
「傾いて……」
「気のせいです」
と押し切った。
「ところで、ベッドに上げてくれ。
少し休む」
はい、と手のひらに、ひょいと載せ、そのまま、そっとベッドに下ろしてやった。
「うむ。
ふかふかして気持ち良い」
と満足げな王子に、
いや、今は貴方がふかふかして気持ちいいですけどね、と思う。
「よし、紬よ。
今すぐ、あの首どもに身体を与えてやれ」
とテントの外で、わー、急げーとなにを急いでいるのかわからないが、転がっている生首たちを指差す。
「いやー、私、明日、学校が……。
宿題もまだやってませんし」
とやる気もなかったくせに言うと、
「では、学校に行くまで、人形を作れ」
と命じてくる。
「死にます」
行き倒れて、学校で死にます、とは思ったのだが、首たちがゴロゴロ、テントの外を転がっては、
「将軍っ。
薪も運べませんっ」
「なにっ?」
と小枝を前にウロウロしているのを見ると、可哀想でもある。
「……わかりましたよ」
と言い、紬は持ってきていた袋の中からカラフルなフェルト生地を取り出した。
途中まで作っていた胴体も出てきたので、
「じゃあ、これを縫い合わせましょうか。
将軍」
と外に向かって、どれが将軍だかわからないが呼びかける。
偉い人が首だけでは格好つかないかな、と思ったのだ。
ははっ、と何故か改まった様子で、転がってきた首が言う。
髪はついていたようだ。
ただ、結い上げていないので、ザンバラになっていて、まるで、落ち武者だが。
「こっち来てください。
引っ付けます」
と刺繍糸をつけた針を見せると、将軍は息を呑んだ。
……ように見えた。
口許は王子と一緒でずっと笑っているのだが。
「……麻酔は」
と将軍に訊かれ、
「いや、ないですよね」
と答える。
そもそもフェルト生地に麻酔をしたところで、染み込むだけだと思うが。
痛いのだろうかな、人形でも、と困っていると、王子が、
「私が見本となろう!
さあ、人形師っ、私の身体の何処へなりとも刺せっ」
と言って、手足を広げ、どーんとベッドに横になった。
「王子!」
といきなり、将軍が感涙にむせぶ。
「大丈夫ですっ。
わたくしがっ。
わたくしが、まずっ」
美しい主従関係だが、刺したところで、あんまり痛くなさそうなんだが……とふかふかのフェルト人形を見ていたが、せっかくの感動的なシーンなので、黙っていた。
「一ノ瀬。
一ノ瀬」
誰かが私の名を呼んでいる、と紬は目を開けた。
世界史の谷沢が自分を見下ろしていた。
「一ノ瀬、お疲れのようだな」
ああ、授業中か。
最近、あのふかふかのフェルトどもに懐かれて、毎晩、人形を作らされているからな、と思う。
あの声だけイケメンの王子と、声だけ渋い将軍に急かされながら。
規定の時間内に陣地に入って準備を始めたら、彼らは、もう外に出てはならないらしく、王子の本体は一度も拝んだことはない。
涼やかな風の吹く木の下で、チクチクと胴体を作っていると、暇なのか、王子がウロウロしていたので、
「ちょっと訊いてみるんですが、王子は格好いいんですか?」
と言ってみた。
「何故、そんなことを訊く」
といつも小首を傾げている王子は訊いてきた。
「いえ。
理不尽にも、毎晩、馬車馬のように働かされているので、せめて、イケメンの王子に命じられていると思いたいだけです」
と言うと、
「心配するな。
私はイケメンだ」
と王子は言い切る。
……自分で言う奴はいまいち信用できないんだが、と訊いておいて思いながら、チクチク縫っていると、その不信感が伝わったのか、
「本当だぞっ。
見てビックリだぞ!」
と王子は更に言い募る。
へー。
今は、ぴょこぴょこ跳ねてて可愛いなとしか思わないが、と思っていると、本気にしていないと思ったのか、王子は重ねて言ってきた。
「そのうち、元に戻った姿を見せてやる。
神々しくて、ひれ伏すであろうっ!」
「いや、自分でハードル上げてどうするんですか」
「大丈夫だ。
心配するな」
と言いながら、王子はトコトコ歩いてきて、横にちょこんと腰掛け、紬と同じように木に背を預け、座っていた。
心地の良い風だ。
まあ、もうちょっと頑張るか……とそのときは思ったのだが。
こっちに戻ってくると、
……やはり眠い。
「一ノ瀬ーっ」
と頭の上で声がした。
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