いや、遠慮しておきます……

 


 よく晴れたある日、ついに第一回目の戦闘が始まった。


 トーナメント制らしい。


「あのー、これ、戦争なんですか?

 レクリエーションでは?」

と紬は訊いてみたのだが、


「なにを言う!

 我々は真剣だ!」

と小首を傾げた王子は言ってくる。


 寝転がったら気持ち良さそうな草原はだだっ広く。


 遥か向こうに軍勢が居るのがうっすら見えた。


 紬はこんなこともあろうかと持ってきていた自前の双眼鏡で見ると、向こうはちゃんと馬に乗って、鎧を着ていた。


 だが、所詮は人形なので、やはり、人間よりは小さい。


 紬は双眼鏡で、向こうを見ながら、

「これは人間の指でピン、とかやってはいけないのですね」

と弾く仕草をしてみせて、


「お前はなんという恐ろしいことを……」

と王子に極悪人のように言われてしまった。


「まあー、なんですよね。

 太古の時代の戦争も軍勢はいっぱい出て行っても、実際は呪い殺したりが主流だったと聞いたことありますからね。


 夜中に敵陣に忍んでいって、ひとり、えい、と殴って殺しておいて、


 ほら、我々の呪いにより、お前たちの兵士が死んだ。


 恐ろしいだろう~。


 神は我らに味方している~みたいな感じでやってたらしいですよ」


「……お前の話は何処までほんとなのだ」


 いや、世界史の時間に聞いたのだ。

 この戦争もそれと変わりないような、と思っているのだが、王子は本気だ。


「紬よ。

 流れ弾が飛んでくるやもしれぬ。


 お前は何処かへ避難しておれ」

とフェルト人形のままだが、王子は格好いいことを言ってくる。


「わかりました。

 では、後方におりますので、怪我した人は来てください」

と針とハサミを見せると、ひいーっ、とみんなが震え上がる。


 所詮はフェルト、刺してもそんなに痛くはないようなのだが、気分的なものか、みな、紬の手術に怯えていた。


「では、出陣じゃっ」

と言う王子の掛け声に、おうーっ、とみなは声を張り上げ、出て行った。


 紬の横に残ったのは、何故か将軍だった。


「将軍、戦わないんですか?」

と訊くと、


「私が出て、王子が後方で控えるはずだったのですが。

 あのように血気盛んな方なので」

と言ってくる。


「そうなんですか。

 ……ところで」

と言いかけた紬の言葉を遮るように、


「王子はほんとに格好いいですよ。

 男の私でも、惚れ惚れするほどです」

と将軍は言ってくる。


「いや、それを訊きたかったわけじゃ……


 ……そうなんですか?」


「王子が街を歩くとメス犬も失神して倒れると言われるくらいです」


「あの……人間の女子は倒れないんですか?」


 犬にだけモテるんじゃあるまいな、とミニチュアサイズでしか見ていないので、どうも、王子 イコール マスコットかペット、の発想から離れられずに紬は思う。


 双眼鏡で戦闘を覗いた。


 向こうの騎馬隊が草を踏み荒らしながら駆けてくるのを見ながら訊く。


「あれは、馬の霊でも入ってるんですか?」


「いいえ、人間です」


 戦闘に参加できるのは、人間の魂のみ。

 そういう決まりですから、と将軍は言う。


「……大変ですね。

 ところで、向こうの人形は陶器のようですが」


 馬はプラスチックのようだが、人形は陶器で出来ているようだ。


 鎧を着て、槍を振り上げている。


「あ、振り下ろせるんですねー。

 腕動かないのかと思った」


 その長い槍はまっすぐ、王子の方に飛んで行った。


 だが、槍は王子の肩の上辺りをすり抜けていく。


「くっ、首があるべき場所にない!」

と敵は叫んだようだった。


 すみません、傾いてて……。


 そうかと思えば、

「お前の腕は何故、そんなに動くのだ!」

と誰かが叫ばれている。


「ふはははははは。

 最初から取れかけているからだ!


 この状態で、きっちり縫ってあるから、痛くもかゆくもないわっ」


 ……最初からぶら下がってるから、可動範囲が広いんだな。


 みな武功を立てようと張り切っているせいか、声がデカイので、話し声がよく聞こえる。


 首や腕がとれかかっている人形たちに向かい、格好いい敵の兵士たちが叫んでいた。


「よくそんな体勢で動けるなっ」


「はははは。

 最初からこの状態で訓練しているからなっ」


「なるほど。

 我々が、高地で心肺を鍛えていたのと同じに、バランス感覚を鍛えていたわけだな」


 いや、君ら、鍛える心肺ないようなんだけど……。


「うぬっ。

 先へ先へと戦術を読んで、人形を作成してくるとは!


 なんと言う恐ろしい人形師だっ」


 中には、刺されたものも居たようだが、そのまま引き抜かれて倒れないのなら、勝敗には関係ないようだった。


「おお、刺されてもなんともない!」

と刺された兵士が叫ぶ。


 双眼鏡で覗きながら、紬は言った。


「フェルトですからねー。


 というか

 敵側がアホなんじゃないでしょうか。


 陶器じゃ一撃ですよ」


 こちらが放った石つぶてにやられ、陶器の格好いい人形は割れたり、ヒビが入ったりしていた。





「今回は、こちらのチームが勝ったんですね。

 おめでとうございます」

と戻って来た王子たちに紬が言うと、


「戦争だと言ってるだろうが、なにがチームだ」

と王子は憤慨して言ってくる。


「ところで、王子と将軍くらいしかお見かけしないんですが、王はどちらに。

 お城ですか?」

と訊くと、王子は離れた位置にある物見櫓のようなものを指差し、


「あの中だ。

 敵の王と父上はあそこで、観戦しておられる」

と言う。


 そういえば、半裸の女性が果物などを給仕しているのが見える。


「……やっぱ、レクリエーションでしょう。

 でも、お疲れさまでした」

とみなに頭を下げると、みなが口々に言ってきた。


「ありがとうございます、人形師様」


「さすが命を救う人形師様」


 いや、それはおばあちゃん……。


 っていうか、おばあちゃんが作ってるのも、ただの交通安全の人形なんだけど、と思っていたが、兵士たちは歓喜の中、紬を褒め称え続ける。


「こんなに快勝したのは初めてです。

 紬様は、まるで女神様だ」


「おお、そうだなっ、女神様だ!」


「……女神様、大きすぎないか?」


「いや、女神様なんだから、あれくらいでいいであろう」


 いや、貴方がたも本当は大きいんでしょうが……。


 長くフェルト人形の中に入っているので、感覚が狂っているようだった。


 みなが喜び勇んでいる中、紬は横に立つ王子を見た。


「お疲れさまでした」

と改めて言う。


 ……うむ、と言う王子は何故か少し恥ずかしそうに見えた。


「王子、私、今日、学びましたよ。

 敵方は格好よかったけど。


 石つぶてごときで一撃でしたね。

 人間もきっと、見た目が重要ではないんだろうな、と思いました」


「……お前、何故、私を見て言う。

 私の本体はな、お前より大きくて、イケメンだぞと言っておるであろうがっ」

とまたぴょんぴょん飛び跳ねている。


 はいはい、と言いながら、紬は、ひょいと王子をつまみ、肩に乗せた。


「この方が話しやすいです」

と笑うと、王子は赤くなった。


 ……ように見えた。


 元から頬紅が塗ってあるのでよくわからないが……。


「そのままでいいですよ」

と言うと、王子は、えっ、と言う。


「今の可愛い貴方で、私はいいです」

と微笑んだが、


「いや、それではなにも出来んではないか。

 感謝のハグとか、キスとか」

と王子は言ってきた。


「……結構です」


 いや、本当に、と紬は繰り返し丁重に断った。




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