ドメインワンダラー ~ただの村娘な私が、次元渡りになって日本と異世界を行ったり来たり~
はとむぎ
本編
「アリア、ごめんね・・・・・・。」
両親は寄り添い、憐れむような目で私を見ている。
馬車の扉が閉められ、両親の姿が見えなくなる。
既に夏の中旬には言われていた。「今年は冬が越せないかもしれない」と。
だから、口減らしのために、私は売られるのだ。
あらかじめ言われていても、覚悟のできるものではない。
私はこれからどうなるのだろうか。16になったばかりの娘を買うのはどんな人間だろうか。
いっそ、どこかで殺してくれないだろうか。その方が、つらい現実を見ないで済むんじゃないだろうか。
私のそんな願いが聞き届けられたのか。ひどい雨の中、奴隷商人の馬車は盗賊の一団に襲撃された。
馬車には窓が無い。外からの音は聞こえてくる。
馬のいななき、人の悲鳴、金属のぶつかる音。
馬車の中には子供から、私のような10代半ばの男女まで10人ほどが乗っていた。全員が聞き耳を立てつつ、外の状況におびえていた。
やがて馬車の扉は壊され、小汚い服装の男たちが入ってくる。中に居た男たちは、雨の中へ全員連れ出された。外で叫ぶ声とうめき声が聞こえる。
それが静かになると、再び小汚い男たちが入ってくる。
「ぐふへへへへ・・・・」
男たちは、自分たちの着衣から帯をほどき、下半身の衣類を脱ぎ始める。
ああ、そうか、私の願いは聞き届けられてなどいないのだ。早くもここで現実を突き付けてくるのだ。
いやだ。
気が付くと、私は小汚い男たちを突き飛ばし、馬車から飛び出していた。
大雨で地面はぬかるみ、満足に走ることができない。それでも逃げる。
しかし、すぐに追いつかれ、地面に押し倒される。
顔が泥に埋まる。全身が泥にまみれた。息ができなくなる。
必死にもがき、呼吸をするために顔を上げたところで、目の前にローブ姿の男が立っているのが見えた。
男は左手に奇妙な形の腕輪を嵌めている。その腕輪から光の膜が伸び、左手全体を輝かせていた。
男は、その輝く左手を地面に付ける。
「マーキング。」
男が触れた地面に光が走る。人が一人くらい寝られそうなほどのスペースが光り始めた。
「土のエフェクト、召喚 マッドゴーレム!」
地面の光を左手に吸い取ると、手に緑の炎が宿る。地面が盛り上がり、巨大な土人形が作り出された。
背の高さは私の1.5人分くらいだろうか。拳は私が抱えても余りそうなほど大きい。
「マッドゴーレム、攻撃だ。」
「ごぉぉぉぅ!」
男が巨大な土人形に指示を出したようだ。泥を踏み込み、重々しい足音を響かせながら近づいてくる。
地面に伏せていた私の頭上を暴風が吹きぬける。背中の重みが無くなった。遠く後ろの方で何かが潰れる音がしたような気がする。
重々しい足音が通り過ぎていく。
私は体を起こし、足音を追うように振り返る。
盗賊たちは次々と土人形に襲い掛かる。
左から斬りかかった盗賊は殴られ吹き飛び、木にぶつかり弾けた。
右から槍で突いた盗賊は、頭の上に拳を落され腰まで地面に埋まった。当然頭は・・・・・。
あまりの状態に私は目を背ける。
背けた先には、ローブの男が居た。ローブの男に斬りかかる盗賊も居たが、なぜか刃が通らない。斬りかかった肩で斧が止まっている。
男の左手が青い炎を上げると、盗賊の胴体が両断される。
私はあまりに凄惨な出来事に、地面はひどいぬかるみであるにも関わらず顔を伏せた。
その後しばらく、周囲に剣戟音や破壊音が響いていたが、気が付くと雨音以外が聞こえなくなっていた。
私は恐る恐る顔を上げる。
馬車に残されていた奴隷の女の子が、ローブの男と話をしていた。
しばらくすると、奴隷の子はローブの男に頭を下げ、馬車の御者台に上ると馬車を走らせ、行ってしまった。
あれ、私は!?
私は茫然として、しばし地に伏せたまま男を眺めていた。
いつまでもこうしていても仕方ない。意を決して立ち上がり、男に近づいていく。
ローブの男は私に背を向けている。雨音もうるさいし、もう少し近づいてから声をかけよう・・・・・。
男まであと3歩ほどの距離まで来た。
「あの・・・・、」
突然、男を中心とした半透明の球体が発生する。私も中に取り込まれている!!
私は焦って下がろうとしてつまづき、しりもちをついた。球体は既に無くなっていた。
あれ? 地面が硬い。雨も止んでいる。
周りはとても高い壁で囲まれているが、上には空が見えている。
「おまえ!?」
ローブの男が私に気付き、見下ろしている。そして私の左手に注目する。
「ギア・・・・・・か?」
私も左手を見る。いつの間にか一振りのナイフを握っている。微かに光を放っていた。
◇
ここはどこだろうか。私の住んでいた村は山の中にあって、周囲は森ばかりだった。
奴隷馬車も、まだそこまで遠くには移動していなかったはずなのだ。
なのに、ここには森が無い。まわりは石のような建物が立ち並び、すごい数の人が行き交っている。こんなにたくさんの人を見たのは初めてだ。
道は平らな石で綺麗に作られている。こんなに平たい道は村には無かった。その上色違いの石を使って模様になっている。すごい。
さらに驚くべき風景は、馬の無い馬車が走っていることだ。それも大量に・・・・・。
これが噂に聞く王都という場所だろうか。周りの動きが目まぐるしすぎて、目が回りそうだ・・・・。
私は何度も人にぶつかったり、馬車にぶつかりそうになったり、そのたびに男に手を引かれつつ、男の家らしき場所に連れてこられた。
男の家は割と小さかった。それほど大きくない部屋に寝床や食卓が並んでいた。部屋も一つしかないようだ。
同じ建物にたくさん部屋があったようだから、もしかしたら宿?
改めて見ると扉の造りはかなりしっかりしているし、窓にはガラスがはまっている。実は高級な宿なのかもしれない。
「はぁ、えーっと、どの服なら着れるか・・・・。」
男は独り言をつぶやきつつ、靴を脱いで室内に入っていく。靴を脱ぐなんて珍しい。王都はそういう決まりなんだろうか。
私も習って靴を脱ぐ。
男の部屋にも不思議な物がたくさんあった。見たことのない物ばかりだ。
入り口近くは炊事場だろうか・・・・・、包丁があるけど、かまどがない。
ブーンという音の出ている箱が目に付いた。持ち手のような物が付いている。開くのかな?
持ち手を引っ張ると開いた・・・・・・。冷たい! 中がひんやりしている。これは・・・・・、食べ物?
卵が入っている。それも5個も! 卵がこんなにあるなんて、王都は豊だというのは本当なんだ。
「冷蔵庫は開けなくていい。オカンじゃないんだから、人の家に来ていきなり冷蔵庫開けるな。」
これは"レイゾウコ"と言うのかな・・・・・。オカンという人は開けていいらしい。
「こっちだ。」
男は炊事場の反対側にある扉を開く。中は良くわからない場所だった。小さな部屋でさらに扉が二つある。
「ここで服を脱げ。」
私は一瞬思考が停止する。
そうだ、王都があまりに珍しいものばかりで忘れていたが、私は奴隷だった。
疑問を持たずに男の家まで来てしまった。そうか、そういうことだったんだな・・・・・。
私は逡巡ののち、服を脱ぎ始める。
「ち、違う、俺が出てってから脱げ! 今脱ぐな! まだ着てろ!!」
男は目を逸らしつつ、そんなことを言う。
どういうことなのか、さらに混乱しつつ私は服を着なおす。服はまだ湿っていて気持ち悪い。
男は小部屋にある扉の一つを開く。そこは白くて良くわからない素材でできた部屋だ。
「これでお湯がでる。服を脱いで、お湯で体を流せ。脱衣所に着替えを置いておくから、しっかり体を拭いてから着替えろ。」
男が白い小部屋にあるレバーを捻ると、太い蔓のような物の先から雨のようにお湯が出てくる。
お、お湯を浴びるの!? そんなもったいないことしていいの!?
「ちゃんとお湯使えよ!」
そう言いつつ、男は部屋を出て扉を閉めた。私は一人残された。
◇
お湯を浴びるなんて初めてだった。恐る恐る浴びてみたが、熱くて大変だった。でもちょっと気持ちいい。
その後"ダツイジョ"に置いてある布を巻いて出たところ、「それはタオルだ!」と怒られてしまった。
こんな上等な布地を拭くだけに使うなんて・・・・・。
男が用意した服は、不思議な着心地だった。ものすごく肌触りがいい。ズボンは腰部分が伸び縮みする。こんな服も初めて見た。
いつも着ている亜麻の上下とはすごい違いだ。
「その恰好も十分に目の毒だが・・・・・、仕方ないか。」
下着が無いため胸の形が出てしまっている。私だってこんな恰好は恥ずかしい。自分で着させておいて・・・・・。
「お前、名前は?」
「アリアです。」
人に名前を聞くときは、先に名乗るべきだと思います。まあ、奴隷な私にはそんな気遣いは無用ですよね。
「俺は、
「はい、わかりました、トキオ様!」
「様はやめろ。」
「私は奴隷ですから! ご主人様は敬ってお呼びしないと!!」
とりあえず気分を上げて行こう。じゃないと素の気分では奴隷一日目を過ごせそうにない。
「俺はご主人じゃない。」
トキオが言うには、ここはニホンという場所で、私の住んでいた世界とは別の世界らしい。王都じゃなかったんだ。
トキオの持つ"世界を渡る能力"に巻き込まれ、私はここへ来てしまったのだという。
「なので、帰りたい場所を教えてくれれば、そこに送ろう。」
「うーん、奴隷として売られてしまいましたから、帰るところが無いですね!」
務めて明るく、軽い感じで言ってみた。というか、重苦しい雰囲気で話してしまうと、自分の中で何かが崩れてしまう気がする。
「そ、そうか・・・・、なら、今夜はとりあえずそこで寝ろ。」
こんなふかふかの寝床で寝たのも初めてだ。
◇
「起きろ。」
何かで頭を叩かれている。目を開けると、紙束を丸めた物を持ったトキオさんが立っていた。
「とりあえず、朝飯だ。」
これは多分パンだろう。四角くて薄い。そして焼いてあるのか、表面がカリっとして香ばしい。
噛むとジワリと甘みが広がる。こんなパン食べたことが無い! 無我夢中で食べてしまった。気が付くともう無い。
ああ、もっと味わえばよかった。
コップのミルクらしき飲み物に口を付ける。つ、冷たい!!
どうしてこんなに冷たいの!? どうやって冷やしてるんだろう。
それにミルクも癖が無い。たぶんヤギのミルクじゃない。なんのミルクだろう・・・・?
ごくごくと一気にミルクを飲んでしまった。
ぐぅぅぅ、頭が痛い。なぜかすごく頭が痛くなった。まさか毒だった!?
しばらくすると頭の痛みが治まった。なんとなく、冷たいミルクを一気に飲んだのが原因かなぁと思い至った。
視線を感じトキオさんに目を向けると、唖然とした顔で私を見ていた。
今更ながら恥ずかしくなって顔が熱くなる。あまりにがっついて食べてしまった・・・・・。
目を逸らすために視線を落とすと、トキオさんの前にはパンが丸ごと残っていることに気が付いた。しばしパンを見つめる。
「これも食べるか?」
しまった。見過ぎた。まるで私がパンを欲しがって見ていたみたいじゃないか! いや、欲しかったけど。
「い、いえ、大丈夫です。私がそんな大食いに見えますか!?」
「いや、あー、そう、今日はあまり食欲がなくてな、良かったら食べてくれないか?」
「え・・・・・・、し、仕方ないですね! なら頂いておきます!!」
トキオさんからパンを貰い、早速かじる。今度はゆっくり味わおう。
サクサクカリっとした触感、噛むと甘みが広がる。おいしい・・・・。気が付くと無くなっていた。おかしい・・・・。
トキオさんはなぜかニヤニヤと私を見ていた。
◇
「俺はドメインワンダラーだ。昨日も言った"世界を渡る能力"は、ドメインワンダラーとしての能力だ。」
何を言い出しているのかよくわからない。重要な話があると言われたので、居住まいを正して聞く準備をしたが、良くわからないことを言われた。
「ドメインワンダラーの"渡り"に巻き込まれると、ドメインワンダラーの"見習い"になるんだ。」
へぇー、なんだかわかったようなわからないような・・・・・・、ということは?
「アリアは俺の"見習い"になった。」
しばし思考が停止する。
「え・・・・・・?」
トキオさんは、そんな私の状況に構うことなく、話を続ける。
トキオさんは左手を見せる。不思議な形の腕輪が嵌っている。
「ドメインワンダラーは、能力を行使するための道具として"ギア"を持つ。俺のギアはこの腕時計だ。」
トキオさんのウデドケイから光の膜が伸び、左手全体を輝かせる。昨日見たやつだ。
「アリアのギアはそれだ。」
私の胸元にある首飾りを指さす。昨日いつの間にか持っていたナイフは、しばらくすると光の中に消え、首飾りに変わっていた。ペンダントヘッドは小さなナイフだ。
「どうする、見習いを解消する方法もある。昨日も聞いたが、帰りたい場所、行きたい場所があるなら送ってやれるが。」
今更村には戻れない・・・・・、行きたい場所も特にない。というか村以外を知らないから分からない。
トキオさんと一緒に居られれば、またパン食べれるかな。でもお荷物だよね・・・・・。
「はい。行く宛はありません! なので、どこか適当なところに帰していただければいいです!!」
殊更明るく告げてみた。勢いで言わないと言葉が出そうになかったから。
トキオさんは一瞬悲しそうな顔をしたあと、私に告げた。
「なら、しばらくうちに居ろ。行先は追々探そう。」
なぜ、この人は私を放り出さないんだろう。何か裏があるのか・・・・・。
でも、どうせ奴隷になるか行き倒れるか、そのどちらかだけの人生だ。ここでどう扱われても、大した違いは無いよね。
「わかりました! 師匠!!」
「いや、師匠呼ぶな!」
◇
師匠が「スーパー行くぞ。」と言い、私を連れだした。
本当は"ダイガク(大学)"という場所に行く予定だったらしいが、今日は"ジシュキュウコウ(自主休講)"だと言っていた。この世界の言葉だろう。良くわからない。
スーパーはすごかった。
たくさん可愛い服が売っていた。
たくさんの食べ物も売っていた。
見たことも無いものがたくさんあった。
この世界はすごい。私の居た世界とは大違いだ。
スーパーで買い物ついでに、この世界のお金について教えてもらった。紙のお金なんて、破れたりしないのだろうか。
師匠はスーパーで私の服をたくさん買った。食べ物もたくさん買った。私のためにお金をたくさん使ってよかったのだろうか。
私は心配になり師匠を見ていたら、「女性服売り場は精神力が削られる。」と言っていた。
私は気が付かなかったけど、特殊なおまじないでもかかっているのかもしれない。
トイレという場所で早速着替えた。ワンピースという服らしい。こんなひらひらな服も初めてだ。かわいい。
帰る前に、スーパーでラーメンという食べ物を食べた。
いろいろなモノがスープに入っていた。とってもアツアツだった。熱いので少しずつ食べてみた。
油の甘みが口に広がる、スープは少し味が濃い気がしたけど、中の麺と一緒に食べると良い具合になった。
上に載っていたお肉もすごくおいしい。私このお肉ばっかりでもいいかも。
アツアツふうふうしながら、全部食べた。お腹が満足感でいっぱいだ。
また師匠はニヤニヤと私を見ていた。
◇
家に戻り荷物を置いて、再び出かけた。家の近くにある空き地だ。
「それじゃ、ドメインワンダラーの能力を実演しつつ、ドメインワンダラー流のお金稼ぎ講座といきましょうか。」
「はい! 師匠、よろしくお願いします?」
お金稼ぎがドメインワンダラーの能力?
「世の中のあらゆるものには、"エナジ"が宿っている。そのエナジを抜き出して力として利用するのが、ドメインワンダラーの能力だ。」
師匠が左手を上げる。
「まずはギアを起動する。」
左手が輝く。
「たとえばお金にもエナジがある。」
師匠は右手に千円札を持っている。
「起動したギアで何かに触れることで、その物体に"マーキング"をする。」
輝く左手でお金に触ると、お金が光り始める。
「マーキングした物体からは、"エナジ"と"エフェクト"が取り出せる。」
お金から金色の2つの光が出て、師匠の左手に吸い込まれる。左手に金色の炎が宿る。
「エフェクトは何かの事象を起こす術式だ。吸い取ったエナジを使って、エフェクトを起動する。」
だんだんややこしくなってきた。エフェクトがエナジで・・・・・、なんだっけ?
「エナジは燃料みたいなもんだ。エナジを燃やしてエフェクトを使うんだ。」
私の表情から察したのか、師匠が再度説明をしてくれた。
「取り出す物体次第で、エフェクトの内容が変わるのと、エナジの属性も変わる。」
また良くわからない。内容と属性がなんだって?
「・・・・・・、まあ、おいおい、試していこう。」
私の表情から、私が理解していないことがばれてしまったようだ・・・・・。
「お金から抽出したエフェクトを使う。金のエフェクト、アセット!」
師匠の左手が金色に光る。左手に宿っていた金色の炎が消えた。
「・・・・・・、なにも起きないですよ?」
後ろで何かが落ちる音がする。振り向くと・・・・・、あれは財布?
師匠が革の財布を拾う。中には・・・・・・、すごいたくさんお金が入ってる!!
「もしかして、これがエフェクトの力ですか!!」
「そう、アセットは"つぎ込んだエナジに応じて、その世界の富を手に入れる"という効果だが・・・・、これは違うな。」
師匠が難しい顔をして答え、財布を持って歩いていく。よく分からないが師匠について行く。
「ここは?」
「交番だ。」
赤い丸いランプのある建物に師匠が入っていく。
「ああ!! よかった!!」
中に居た人が、師匠の持っている財布を見て安堵の声を上げている。
結局、師匠は財布をその人に渡し、謝礼として5000円もらった。
「師匠! お金がだいぶ減りました!!」
「つぎ込んだエナジの量からすると金額はこのくらいだ。たぶん財布をそのまま持ち帰ろうとしても、抑止力が働いたはずだ。」
よくしりょく? 良くわからないけど、効果はこのくらいだったらしい。
「とりあえず、今日のところはこのくらいで帰ろう。」
家に帰り、テレビを見て、ご飯を食べ、お風呂に入った。
テレビってすごい。箱に人が映っていて、いろいろしゃべっていた。内容がわからない物が多いけど、見ているだけで面白い。
夕ご飯はオコメとミソシルとお魚だった。ちょっと変わった味だったけど美味しいかった。お腹いっぱいだ。
お風呂も少し慣れた。あったかいシャワーは気持ちいい。石鹸を使うととてもすっきりした。
この世界に来てから、私は幸せばかりを感じてる気がする。私なんかが、こんなに幸せでいいんだろうか。
「そろそろ寝るか。」
師匠は薄い布団を床に敷いて、そこに寝ようとしている。昨日も床で寝ていた。私が師匠の寝床を使っているからだ。
「師匠! 今日は師匠がこっちで寝てください! 私が床で寝ますから!!」
「いやいい、それは俺の男的なプライドが許さない。」
おとこてき? ちょっと意味が分からないけど、師匠は床に寝たまま起きてくれない。
「なら・・・・・・、一緒に寝ましょう!! 師匠なのに床で寝るのは変です!!」
「な!! お、おま、そ、それは余計にだめだ! ぶ、物理的な距離が我慢の限界だ! いいから寝るぞ!!」
師匠発言がむちゃくちゃになってる感じがする。言ってる意味がさっぱり分からない。
師匠はお布団を頭まで被ってしまった。
師匠は私のために色々買ってくれたり、寝床も使わせてくれている。
私には返せるものが無い。だから、体くらい好きにしても良かったのに。師匠になら、そういうことをされても我慢できると思う。
私にはそこまでの価値が無いかもしれないけど・・・・・。
そういうつもりでもないなら、師匠はなぜ私を家に入れたのだろう。なぜご飯や寝床を用意してくれるのだろう。わからない。
師匠がわざとらしくイビキをかき始めたので、私も諦めて寝ることにした。寝床ありがたくお借りします。
◇
翌日、今日は"ジュギョウ(授業)"に出ないと"タンイ(単位)"が危ないと言いうことで、大学へ行くらしい。
私を一人で家に置いておけないということで、私も付いて行くことになった。
ちなみに今日の朝ご飯もパンだった。いろいろ食べたけど、パンはやっぱりおいしい。
私は今日もワンピースにした。着るのも楽だし、何よりかわいいのがいい。
大学というのは勉強するところだった。私は勉強なんてしたことが無い。
私の世界では、王都には貴族の学園があると聞いたことがあるけど、当然村には無かった。
勉強の内容は全然わからなかったけど、勉強の雰囲気は結構好きかもしれない。
お昼ご飯は、大学の食堂で"魚フライ定食"を食べた。
昨日のお魚は焼いた物だったけど、今日のはフライというらしい。
サクサクの中がしっとりでとっても幸せだった。
「午後はバイトだ。いよいよドメインワンダラーとして実戦をするぞ。」
一旦家に帰り、動きやすい恰好に着替えた。ワンピースはひらひらなので、ズボンに変えた。
「"バイト"ってなんですか?」
「うん? ああ、そうか、すまん。バイトっていうのは、お金稼ぐために働く仕事のことだ。」
お金稼ぎ。昨日もたくさんお金を使わせてしまったから、お金が無くなったのかな・・・・・。私のせい?
少し暗い気分になりつつも、悟られないように気を付けつつ師匠について行く。
師匠は家から少し離れた場所まで移動し、建物と建物の間に入る。
人が来ないことを確認し、ギアを起動する。
以前見たのと同じ、師匠を中心とした半透明の球体が発生する。すると、同調するように私の周囲にも半透明の球体が発生した。
気が付くと、周りは草原だった。遠くに森と山が見える。
「私にも球体が出たんですが・・・・・。」
「親が"渡り"を使うと、"見習い"は強制的に連行されるんだ。」
見習いには"渡り"の選択権は無いらしい。やはり所詮は見習い。
あれ、そういえば、ここは・・・・・。
「こ、ここはまさか・・・・・、」
「そう、アリアが居た世界だ。」
師匠は軽い感じで言っているが、私は背筋が冷えるような感覚に襲われていた。夢から覚めたような感覚。
ここまで数日が幸せすぎて、私は忘れてかけていた、私の現実はここにあるんだ・・・・・。
馬車の扉がしまる・・・・、両親が見えなくなる・・・・、遠ざかる村・・・・、馬車の周りから響く狂騒・・・・、
「・・・・い・・・・、おい、アリア!!」
「え・・・?」
師匠が大きな声で私を呼んでいた。
「すまん、行き先を言ってから来るべきだった。」
師匠が私をギュッと抱きしめる。なぜか母に抱きしめられたことを思いだす。
「アリアを返すとかそういうことは無いから、安心しろ。あくまでもエナジ稼ぎだ。」
「エナジ稼ぎ?」
「俺の世界より、アリアの世界の方がエナジを稼ぎやすいんだ。」
そっか、エナジを集めに来たんだ。
「あの、その・・・・・、そろそろ・・・。」
ずっと抱きしめられたままだ。安心するんだけど、ちょっと恥ずかしくなってきた。
「うぇぁ、す、すまん。大丈夫か? 無理そうなら帰るが。」
師匠は焦って離れた。なんだろう、少し残念な気もする。なんだか顔が熱い。
「い、いえ、大丈夫です!!」
師匠はうろうろと何かを探している。私は師匠の後について行く。
「どうやって、エナジを稼ぐんですか?」
「ん? 普通にモンスター狩りだぞ? お、居た。」
師匠の視線の先、大きな角付きうさぎ、ワイルドホーンだ。
村の猟師さんもたまに狩ってくることがあったので、見たことがある。見たのは狩られた後だけど。
師匠は木の葉を手に取る。左手が輝く。
「マーキング。」
木の葉が光り、その光が左手に吸い取られる。
「葉のエフェクト、召喚 リーフス!」
地面に魔法陣が描かれ、中から緑の服を纏った人物が出てくる。金髪で色白で耳がやや長い。
「リーフス、攻撃。」
リーフスは腰からナイフを抜き、二刀流でワイルドホーンに接近する。
ワイルドホーンもリーフスに向け角を突出し体当たりをしてくる。瞬間交錯する2者!
リーフスはワイルドホーンの角をひらりと躱し、首にナイフを突き立てた!
ワイルドホーンは絶命したようだ。さらに師匠はワイルドホーンの首から流れる血に触れる。
「マーキング。」
血が光り、その光が左手に吸い取られる。
「血のエフェクト、コープスアブソーブ。」
途端、ワイルドホーンの体が輝く。粒子上になって消えていく。粒子は師匠の左手に吸い取られていく。
「これは、死体をエナジに変換するエフェクトだ。こんな感じで、エナジを溜めるわけだ。2時間でアセット換算4~5千円分くらいにはなるぞ。」
5千円、ラーメン何杯分だろう? えーっと1杯800円として・・・・・。
「ということで、今のを踏まえて、アリアがんばれ。」
「6杯で・・・・・え?」
◇
「無理です! 無理無理無理無理!!」
ワイルドボアが追いかけてくる。いきなり戦えとか無理です!!
「大丈夫大丈夫、ドメインワンダラーには"プロテクション"って能力があるから、ちょっと攻撃されたくらいじゃキズもつかないって。」
「でも怖いっす!!」
言った瞬間、ワイルドボアの体当たりが私の背中に命中し、吹き飛ばされる。空中で2回転したあと、顔から木に突っ込んだ。
うん、たしかに痛くない。顔を確かめてみたけど血も出てない。
「おーい大丈夫かー。」
「だいじょぶですけど・・・・・、ししょお、ひどいっす。」
ワイルドボアは既にリーフスさんが屠っていました。
「!」
無口なリーフスさんが何かに反応しています。
「これは・・・・。」
続けて師匠も何かに気が付いた様子。視線の先を追うと・・・・・・、あれはゴブリン?
木の隙間から見る限り、ゴブリンが数体居るように見える。
「そっと下がるぞ。」
「え、戦わないんですか?」
師匠はゴブリンから視線を逸らさずに続ける。
「あいつらは面倒なんだ、あれは斥候だ。近くにもっと居るはずだ。見つかれば間違いなく仲間を呼ばれる・・・・・! リーフス!!」
その時、後ろの草むらからゴブリンが飛び出してきた。ボロボロの剣を振り回しつつ飛びかかってくる。咄嗟にリーフスさんが受け止める。
ゴブリンは狂ったように剣を振るう。リーフスさんが丁寧に受け止めているが、反撃の余裕までは無さそうだ。
「気づかれた。」
木の向こうにいたゴブリン集団も接近してくる。集団はギャアギャアと声を上げている。周囲の森からもギャアギャアと声が聞こえ始めた。
囲まれてしまった!?
「葉のエフェクト、召喚 リーフスハンター! 召喚 リーフスメイジ!」
師匠が続けざまにモンスターを召喚する。リーフスハンターさんは弓を持っている男性。リーフスメイジさんは杖を持った女性だ。どちらも美形だ。
しかし集まってくるゴブリンの量がすごい。既に周囲に10体以上集まってきた。
痛くはない。叩かれても痛みは無いんだけど、かなりうっとおしい。
「気を付けろ、プロテクション残量が0になったら、攻撃が通るようになるぞ!」
え!? プロテクション残量って!?
そう思った途端、視界隅に緑の円が浮かぶ。上部に少し切れ目がある。叩かれるたびに少しずつ切れ目が広がる。これがもしかして残量かな。
「し、師匠、どうすればいいんですか!!?」
「ギアのエフェクト、マーキングタッチ!! ターゲット リーフスメイジ!」
師匠の左手から発した光が、リーフスメイジさんに当たり、メイジさんは光に包まれる。
「マーキングタッチは、エフェクトにマーキング能力を付与できる。今はメイジに付与した。だからメイジが触れたり、魔法を当てた場所がマーキングされる。」
戦いつつも、師匠は解説を入れてくれる。
「メイジ! 周囲の木にウインドストーム! 葉を落せ!!」
「ウインドストーム!!」
リーフスメイジさんが放つ。魔法で起こった風が、周囲の木に茂る葉を落とす。
何枚も葉が落ちる。その葉は既にマーキングされているらしく光を放っている。
その間も次々とゴブリンが集まってくる。既に30~40くらいいるんじゃないだろうか。
「葉のエフェクト、召喚 リーフス!!、召喚 リーフス!!、召喚 リーフス!!」
さらにリーフスさんが3人増えた。みなさん美形の男性だ。
リーフス達に囲まれ、ゴブリンを防いでいるが、数が減らせないと状況は好転しない。
少しずつプロテクションが減っていく。もしかしてかなりピンチ?
「師匠!! もっとがんがんリーフスさん呼びましょう!!」
「一度エナジを抽出したマーキング点からは連続でエナジ取れないんだよ!! しばらく待たないと回復しないの!」
あー、それでどんどん新しくマーキングしてるんですね。
「それに、今フィニッシャー用に溜めてるんだよ!!」
ふぃにっしゃー?
「よし、十分にマーキングが増えた! いくぞ!」
周囲に残っている光る葉から一気にエナジが集まる。師匠の左手の光が強まる。
「リーフス起動エフェクト! エナジチャージ!!」
周りのリーフスさん達から、光が漏れだし、師匠の左手に集まる。これはエナジが出てる?
「リーフスには微量だが、エナジを生み出す能力があるんだ。」
師匠が解説してくれた。そういうことでしたか!
「木のエフェクト!! 召喚 ウッドジャイアント!!」
空中に一際大きな魔法陣! そこから巨大な動く木が出てきた! 私4人分くらいの背丈はありそうだ。大きい!!
「ウッドジャイアント! 攻撃!」
「ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ジャイアントさんがゴブリンを踏みつぶす。4体が一気に踏みつぶされ、粒子になって消えていく。
ジャイアントさんはゴブリン達を蹂躙していく。ゴブリン達は既に戦意を失い、逃げ惑っている。
ついに最後の1匹がつぶされ、ゴブリンは全て掃討された。
「ああ・・・・・・、稼いだ分がふっとんだ。今日はマイナスだ。」
「ゴブリンの死体を吸収すれば・・・・・・、あれ? 死体がない。」
周りに溢れるほどいたゴブリン達は、血も残さず消えていた。そういえば粒子になって消えていたんだ・・・・。
「あれは召喚モンスターだ。面倒なことになった。この世界に他にもドメインワンダラーが居る・・・・・。」
「火のエフェクト、ショック!」
背後からの声、そして地面を電撃が這う!
「うっ!」
「がぁ!!」
師匠も私も、リーフスさんたちも一気に感電する。プロテクションがまた少し減った。
周囲のリーフスさんたちが一斉に粒子になって消えていく。
「ほぅ、こぶ付きか。一緒に居るとは珍しい。」
背後の茂みの中から、黒ローブをまとった男が出てくる。フードを取ると白髪が目立つ、短く切られた頭髪が見えた。
「私はデバイス、わかっているとは思うが、ドメインワンダラーだ。」
「・・・・・・、俺はトキオ、こっちはアリアだ。」
「どうぞよろしく。」
デバイスは慇懃な態度で接してくる。師匠は一瞬たりとも気が抜けないと言った表情だ。
「出てきてよかったのか? こっちにはまだウッドジャイアントが居るんだぜ?」
「そうだな、確かに危険だ。」
デバイスは右手に杖を持っていた、杖が赤く光っている。
「火のエフェクト、ファイアボール。」
デバイスの頭上に巨大な火の玉が発生し、ジャイアントさんに向け飛んでいく。
「ジャイアントさん!!」
火の玉を受けたジャイアントさんが炎上する。そして、粒子になって消えていく。
「これで消えた。」
「チッ、既にエナジをプールしていたか・・・・・・。」
「さて、おとなしくコアを渡してもらおうか。」
デバイスが要求してくる。コアってなんだろう?
「持っていない・・・・・、と言ったら信じるか?」
「まさか・・・・。」
デバイスはニヤリと笑う。
デバイスはいつの間にかマッチを点火していた。
「火のエフェクト、フレイムビュート!」
「葉のエフェクト、召喚 リーフス!」
デバイスの左手に、炎のムチを顕れる。
師匠はリーフスさんを新たに召喚する。
デバイスが炎のムチを振るう! リーフスさんに巻きつき、炎上、リーフスさんが消えていく。
「ギアのエフェクト、マーキングタッチ! ターゲット フレイムビュート!」
デバイスの炎のムチに、火とは違う光が宿る。
師匠は地面に手を付ける、地面が光る。
デバイスがムチを振り回す。あちこちの木や下草に当り、火が付く。
ムチが師匠に向かって振るわれる! 師匠にあたったムチはプロテクションに弾かれる。しかし残量が削られているはず・・・・・。
師匠は再び別の地面に触れる、そこも光りだす。
「ゴブリンとの戦いで既にマーキングタッチを使用していたよなぁ!」
デバイスはうれしいそうに師匠にムチを振るう。その間も周囲に飛び火し、燃える場所が増えていく。
師匠はもう一度地面を光らせる!
「これで! 土のエフェクト! ストーンゴーレム!!」
地面から石が生えてきて、巨大な人型を作り出した。前に見た泥人形と似ている。しかし今度は石だ。
「ストーンゴーレム、攻撃だ!!」
「キシャァァァア!!」
ゴーレムさんがデバイスに殴りかかる。デバイスに拳が当たり、プロテクションで弾かれる。
「ふ、ふふふふふふ。」
デバイスが笑っている。デバイスが杖を振り上げる。周囲の燃えている場所からどんどんと光が集まってくる。周りの火が全部マーキング!?
「く、ゴーレム!!」
「キシャァァァァァ」
「火のエフェクト、召喚 レッドドラゴン。」
空の巨大な魔法陣から赤い巨体が現れる。デバイスに向け突撃していたゴーレムさんを踏みつぶし、ドラゴンが着地する。
ゴーレムさんは粒子になって消えていく。
「ゴルァァァァァァァァァ!!!」
ドラゴンは師匠と私に向け、威嚇するように吠える!! ビリビリと体全体に響く。
ドラゴンが大きく息を吸う。明らかに危険な気配だ・・・・・・・。
「アリア、逃げ・・・・・・!!」
私は逃げるために身を翻し・・・・・・、
その時、突然に以前の思考が頭をよぎる。
『いっそ、どこかで殺してくれないだろうか。その方が、つらい現実を見ないで済むんじゃないだろうか。』
足が止まってしまった。
ドラゴンが口を開く、灼熱の業火が視界を覆う。ああ、炎に飲まれていく・・・・・。
横から誰かが飛びついてくる。視界は半透明の壁で覆われ、気が付くと建物の隙間に居た。
あ、師匠の世界だ・・・・・・。
私を庇うように、師匠は私を抱き寄せていた。炎に飲まれる寸前に、師匠が"渡り"で助けてくれたんだ。
「ぐ、まずいな。」
師匠は私から身を離しつつ、つぶやく。
「無事、逃げて来られましたよ? まさか、ここまで追いかけてくるんですか!?」
「いや、それはない。この世界には来れない。"渡り"はそんなに便利な能力じゃないからな。」
なら、もう大丈夫なんじゃ・・・・・。
「あいつは"世界のコア"を取りに行くはずだ。」
「え? コア・・・・ですか?」
「ああ、ドメインワンダラーは"世界のコア"を集めると、さらに上の世界に渡れるらしい。だから、大抵のドメインワンダラーは"世界のコア"を集める。」
大抵の・・・・・、ってことは、そうじゃない人も居るってことかな?
「師匠は集めてないんですか?」
「俺は集めてないし、持ってない。上の世界なんていう曖昧なモノにも興味ないしな。」
そうか、確かに"上の世界"と言われてもピンとこない。
「ふーん、私もよくわからないですが、コアとかいうのが取られたらダメなんですか?」
「コアが無くなると、世界が崩壊する・・・・・。」
それはつまり、あの世界が崩壊するってこと・・・・・?
「・・・・・、いいんじゃないですか? 別に。」
「なっ! おまえの居た世界だぞ?」
「うーん・・・・、仕方ないですよ。そのために師匠を危険な目に遭わせてもいけませんしね。」
きっと、あいつとまた戦いになるんだろうし・・・・。
「無くなってもいいってのか・・・・・・?」
なんで師匠はこんなにあっち世界にこだわるんだろう。"あんな"世界なのに。
「そんなに惜しくないです。特にいいことなんて何もないですし、あっちの世界は。」
こちらの世界の方がずっといい。
便利だし、
ご飯おいしいし、
お風呂も気持ちいいし、
お布団もふかふかだし、
奴隷にならないし、
親に捨てられないし・・・・・。
「そう、かもしれないけど。でも、そのうち"いいこと"が見つかるかもしれないぞ? 無くなってしまったら、それもできなくなる。」
師匠は何だか悲しそうな表情だ。
「いや、いいですよ、私は。」
どうせ、居ても居なくても変わらない人間ですし・・・・・。
師匠は私を窺うように覗き込んでくる。
「・・・・・、おまえ、さっきわざと避けなかったな?」
ギクリとした。確かにあの時は足が止まってしまった。
「え、いや、その・・・・・・、まあ、いいかなと思って・・・・。」
「"いいかな"で死にたいのか?」
そんなに突っ込んでこないでください。私だってそんな話、したくない・・・・。
「・・・・・・、私が居なくなれば、師匠も面倒なこぶが無くなるじゃないですか。」
なぜか胸が痛い。こんなこと言いたくない、だけど言葉が止まらない。
「な、」
「師匠も無理してバイトしなくていいですね!」
「おまえ、本気で言ってるのか?」
「別に、大事な命でもないので! 奴隷になるくらいしかないので!!」
こんな"本当のこと"を言うつもりなかったのに。言ってもどうしようも無い。変わらないことなのに。
なんで師匠が泣きそうなんですか。
「自分で言っといて、泣きそうになってんじゃないかよ。」
私? 泣きませんよ。涙は流さないと決めました。泣いたって何も変わりません。
師匠は急に怖い顔になった。私はビクっと体が強張る。
「そうか、分かった・・・・・・、なら、俺が奴隷のようにこき使ってやる。」
「え?」
「お前が一人前のドメインワンダラーになれるように、しごいてやる!」
「え、そ、それは・・・・・。」
それは本当に、できれば避けたい気が・・・・・・。
「そのためには・・・・、まず、死ぬの禁止な。」
「は、はぁ、」
「あと、毎日ごはんをしっかり食べろ、体が資本だ。」
「は、はい。」
「風呂も毎日入れ。服も買ってやる、毎日着替えろ、清潔なことは大切だ。」
「あ、あの・・・、」
「うちに住んでいい、お前の生活分の金額くらい俺が稼いでやる。」
「いや、その、師匠?」
「あとそうだな・・・、家事を覚えろ、洗濯、掃除、お前ご飯作れるか?」
「え、あ、い、一応。」
「よし、俺の好きな食事は日本食だからな、レシピ本を見て覚えろ。」
「れ、レシピですか?」
「この際だ、化粧品も買ってやる、小綺麗にしてろ、せっかく可愛いんだから!」
「か、かわっ!?」
「ベッドもちゃんと買ってやる。そしたら遠慮なく寝れるだろ!?」
「えっと、その、」
「どうしてもって言うなら、一緒のベッドでもいいけどなぁぁ!!!」
「うぇぇぇ!?」
「お前が、世界に捨てられたんなら、俺が帰る場所を作ってやる。」
師匠は私の頭に手を置き、軽く撫でてくれる。
なんだかすごいことを言われた気がする。なぜか顔が火照ってきた。師匠も顔が赤い。
この気持ちはなんだろう・・・・・、私は今、"うれしい"のかな。
師匠はわざとらしく咳払いをし、再び話し始める。
「しかし、俺の大事なアリアが捨てられっぱなしってのはシャクだな。」
師匠は少し遠い目をしてつぶやく。またすごく恥ずかしいことを言われてる気がする。
「あの世界には償いをしてもらおう。アリアを悲しませた償いだ。そのためには・・・・・、」
師匠は新しいいたずらを思いついた子供のような表情だ。
「まずは世界を救わないとな。」
◇
"天峰"と呼ばれている山。私の世界で神様が住んでいると言われている山だ。
頂は高く、常に雲で覆われていて確認できない。登った者は誰も居ないと言われている。
そんな天峰の頂に、私たちは来ていた。
師匠は既にコアの在り処を知っていた。知っていたけど回収していなかった。この世界のコアは、天峰にあった。
「本当は俺一人で来たかったんだが、"見習い"は親の"渡り"に引っ張られてしまうからな・・・・・。」
そういうと師匠はきょろきょろと周囲を見渡し、適度な岩陰を指差す。
「アリアには、まだドメインワンダラー同士の戦いは早い。隠れていてくれ。」
本当は手伝いたいけど、エフェクトも満足に撃てないのでは、ただの足手まといだ。大人しく隠れておくことにした。
「おや、先回りをされていたか。」
風が吹き雲が流れると、デバイスの姿が見えた。
「これ以上は行かせない。」
「ドメインワンダラーの癖に、コアを狙わないのか?」
デバイスはため息交じりで師匠に問い、さらに続けて言葉を紡ぐ。
「まさか世界を崩壊させるのが怖い、とか言わないよな?」
私は師匠の顔を見た。師匠は再び不敵な笑みを浮かべている。
「ああ、怖いね。お前みたいな外道に堕ちるのが怖い。」
デバイスは憮然としている。
「そうか、退くなら命は助けてやるぞ?」
「通すつもりも、負けるつもりもない。」
二人はお互いに隙を窺うように静止する。一陣の風が通り過ぎる・・・・。
「山のエフェクト、召喚 ストーンマン!」
「草のエフェクト、召喚 スプライト!」
師匠とデバイスが同時にエフェクトを起動する。師匠の傍には小さな妖精が浮かび、デバイスの前には石人形が立つ。
石人形は普通の人間サイズだ。脇を締めて構えたまま動かない。まるで防御しているみたいだ。
デバイスは石人形の後ろに隠れる。
「ギアのエフェクト、マーキングタッチ! ターゲット スプライト!」
「山のエフェクト、召喚 山ネズミ。」
師匠は妖精さんにマーキングタッチをかけ、デバイスが小さなネズミを召喚した。
「スプライト、攻撃!」
妖精さんがデバイス目がけて突撃する! しかし石人形が割って入り攻撃を止められる。反撃はしてこないようだ。
妖精さんは攻撃しつつ、周囲の地面に触っている。少しずつマーキングが増えていく。
「ギアのエフェクト、マーキングタッチ! ターゲット 山ネズミ。」
デバイスは小さなネズミを召喚し、そのネズミにマーキングタッチをかける。
「草のエフェクト、召喚 スプライト!」
師匠が2体目の妖精さんを召喚する。
二人の間を妖精さんが飛び回り、石人形に止められている。それぞれに攻防しつつ、地道にマーキングを増やしていく。
「岩のエフェクト、ストーンライズ!!」
デバイスの杖が輝く。師匠の近くに石のトゲが隆起してくる! 隆起した部分にあった師匠のマーキングが消える!
「くっ、マーキング破壊か!!」
あんなマーキングを破壊する方法もあるんだ・・・・。
私も隠れてるだけじゃなく、少しでも師匠を手伝わないと! ギアを起動!
首飾りが輝き、ナイフに変わる。
山の地面にナイフを突き刺す! 地面が光りだす。もやもやと地面から何かが湧き出してくる。凝視すると文字が頭に思い浮かぶ。
「属性、山? ストーンマン、山ネズミ、ロックバレッド、アースクエイク・・・・。」
そうか、これが使えるエフェクトだ。
ストーンマンと山ネズミはエナジが足りてる。
ロックバレッドは、ちょっと足らない。もっとマーキングしないとダメだ。
アースクエイクは・・・・・、全然足らない。
ストーンマンと山ネズミはデバイスと同じだし、なんか嫌だな。
ロックバレッドなら、少しエナジ増やせば使えそうだ。
少し移動してマーキング、少し移動してマーキング、少し移動してマーキング・・・・・。
デバイスはストーンマンをもう1体増やしつつ、師匠のマーキングを壊していく。
師匠もスプライトで攻撃しつつ、マーキングを増やしていく。徐々にだが師匠のマーキングが増えていっている。
「葉のエフェクト、召喚 リーフス!」
師匠はリーフスさんを呼び出した。リーフスさんを増やせば、エナジチャージで一気にエナジを増やせる!
「リーフス起動エフェクト! エナジチャージ!!」
「葉のエフェクト、召喚 リーフス!」
師匠はリーフスからエナジを補給して、リーフスを増やす。おお、すごい連携してる。
「山のエフェクト、ロックバレッド!」
デバイスから石つぶてが発射される。師匠のプロテクションが削れている!
「師匠!!」
私は見ているだけでは居られず、飛び出した。
「大丈夫だ! もう溜まった!!」
師匠の左手が光りを強める。周囲のマーキングから光が集まる。
「リーフス起動エフェクト! エナジチャージ!!」
さらにリーフスさんからも集まってくる。
「雲のエフェクト! 召喚 空のスピリット!!」
雲が渦巻き、巨大な人型を形成していく。ウッドジャイアントと同じか、それより大きい人型が宙に浮いている。
「ふふ、どうかな!?」
デバイスが不敵に笑う。あれは・・・・・・・、動物の死骸? デバイスのネズミがかじっている・・・・、うぇ。
「腐敗のエフェクト、プレーグラット ターゲット 山ネズミ!」
山ネズミが黒い粘着質なオーラを纏う。
「プレーグラット起動エフェクト、プレーグ!」
「なっ!?」
山ネズミから黒い煙が噴き出され、辺り一面を覆う。プロテクションがものすごい勢いで減っていく!!
リーフスさん達が粒子になって消える、デバイスのストーンマンも粒子になって消えた。
空のスピリットまでもが消えてしまった・・・・・。
私の体を覆うプロテクションがビリビリと乱れている。プロテクションが壊れそうだ。残量も少ししかない。
師匠の方向から、バリンという何かが砕けるような音が響く。
「ふはは、プロテクションが限界を迎えたようだな。」
そんな! まだ私でもプロテクションが残っているのに・・・・・・、あ。
さっきのロックバレッド・・・・・。あれで余分に減っていたから!?
「やはり見習いもここに居たか。どうだ、今なら親をすぐに殺せるぞ? 見習いを脱するチャンスだ。」
「え?」
どういうこと? 親を殺す?
「私は慈悲深い、お前が親を殺すなら、この場は見逃してやろう。」
私が、師匠を殺すってこと・・・・・?
「ん? まさか言ってないのか? ドメインワンダラーの親と見習いは、どちらか生き残った方だけが独立したドメインワンダラーになれると!」
私が師匠と・・・・・?
「それは正確じゃない、ギアを壊すだけでいい。」
「同じようなものだ。ドメインワンダラーがギアを壊されるなど命を失うも同然。どうせその後のコア回収で、世界崩壊に巻き込まれ死ぬのだからな!」
私は師匠を見る。師匠の周りは既にマーキングで埋められており、そのうえ、空のスピリット召喚のためにエナジを使い切ってしまっている。
すぐにマーキングは増やせないし、エナジも枯渇していて、今は何もエフェクトが使えない状態だ。
師匠自身はプロテクションを超えてダメージを受けたのか、片膝をついたまま動かない。表情も苦しそうだ。
私の持つギアにはロックバレッドが1発セットされている。いつでも撃てる。
師匠は私の視線に気づき、しばし見つめた後、目を閉じた。
何、諦めてるんですか!
まだ化粧品買ってもらってません!
もっと服も買ってもらう約束、まだ果たされてません!
私の作ったご飯も食べてもらってません!
まだ・・・・・、私の気持ちを伝えてません!!
デバイスを見る。デバイスも体がビリビリと乱れている・・・・・。プロテクションが弱ってる? これなら!!
私はデバイスに向け、ナイフを投げつけつつ、突進する!
「な!?」
ナイフは軽く防がれる、でもそれでいい!!
「山のエフェクト、ロックバレッド!」
防がれたナイフから、至近距離でロックバレッドが炸裂する。
「がぁぁ!!」
デバイスからバリンという何かが砕けるような音が響く。デバイスもプロテクションが壊れた!
やっぱり! デバイスの石人形も消えていたし、あのネズミから出る黒い魔法はデバイス自身にもダメージがあったんだ。
「くらえぇ! プロテクション体当たりぃ!!」
私はそのままデバイスに体当たりをした!! 私のプロテクションが反応し、デバイスの体を弾き飛ばす。
ぼきぼきと嫌な音がデバイスの体から響いてくる。
「ぐぇぁ・・・・」
勢いのまま、デバイスが吹っ飛んで行った。
◇
「デバイスのギア壊したら、私もドメインワンダラーになりますか?」
気絶したデバイスの傍らで、私は師匠に質問した。
「いや、たぶんならない。"見習い"はあくまでも親のギアを壊さないと・・・・・。」
「試してみましょう!!」
私は意気揚々と、デバイスの杖にナイフを突き立てた。デバイスの杖は粒子になって消えた。
「・・・・・・、変わった感じがしないっす。」
「だから、俺のギアじゃなきゃだめなんだって。」
「まあ、いいです。私は師匠の見習いで!!」
師匠は少し面喰ったような顔をしていたが、すぐに笑顔になった。
「そうか・・・・、んじゃ、帰るか。今日は疲れたし、世界も救えたし。」
私は勢いよく「はい!」と答えようとして気が付く。
師匠は"見習い"の私をどうするんだろう。このまま一緒に帰っていいのかな・・・・・。
師匠が振り向き、立ち止まっている私を見る。
「ほら、帰るぞ。"見習い"なんだから、俺についてこい。」
「は、はい!!」
こぼれそうになる涙を隠しつつ、師匠の後を追う。
「やれやれ、やっぱ世界救うなんてヒーローの仕事だな。俺みたいな凡人の仕事じゃねぇ。」
師匠はため息交じりに愚痴をこぼす。
「師匠は私のヒーローです。」
「ん? なんか言った?」
「なんでもないよ!」
私はずっと見習いでいい。師匠と一緒なら。
ドメインワンダラー ~ただの村娘な私が、次元渡りになって日本と異世界を行ったり来たり~ はとむぎ @dicen
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