ドメインワンダラー ~ただの村娘な私が、次元渡りになって日本と異世界を行ったり来たり~

たろいも

本編

「アリア、ごめんね・・・・・・。」

 両親は寄り添い、憐れむような目で私を見ている。

 馬車の扉が閉められ、両親の姿が見えなくなる。


 既に夏の中旬には言われていた。「今年は冬が越せないかもしれない」と。

 だから、口減らしのために、私は売られるのだ。



 あらかじめ言われていても、覚悟のできるものではない。

 私はこれからどうなるのだろうか。16になったばかりの娘を買うのはどんな人間だろうか。

 いっそ、どこかで殺してくれないだろうか。その方が、つらい現実を見ないで済むんじゃないだろうか。




 私のそんな願いが聞き届けられたのか。ひどい雨の中、奴隷商人の馬車は盗賊の一団に襲撃された。

 馬車には窓が無い。外からの音は聞こえてくる。

 馬のいななき、人の悲鳴、金属のぶつかる音。


 馬車の中には子供から、私のような10代半ばの男女まで10人ほどが乗っていた。全員が聞き耳を立てつつ、外の状況におびえていた。


 やがて馬車の扉は壊され、小汚い服装の男たちが入ってくる。中に居た男たちは、雨の中へ全員連れ出された。外で叫ぶ声とうめき声が聞こえる。

 それが静かになると、再び小汚い男たちが入ってくる。


「ぐふへへへへ・・・・」

 男たちは、自分たちの着衣から帯をほどき、下半身の衣類を脱ぎ始める。


 ああ、そうか、私の願いは聞き届けられてなどいないのだ。早くもここで現実を突き付けてくるのだ。



 いやだ。




 気が付くと、私は小汚い男たちを突き飛ばし、馬車から飛び出していた。

 大雨で地面はぬかるみ、満足に走ることができない。それでも逃げる。

 しかし、すぐに追いつかれ、地面に押し倒される。

 顔が泥に埋まる。全身が泥にまみれた。息ができなくなる。



 必死にもがき、呼吸をするために顔を上げたところで、目の前にローブ姿の男が立っているのが見えた。



 男は左手に奇妙な形の腕輪を嵌めている。その腕輪から光の膜が伸び、左手全体を輝かせていた。

 男は、その輝く左手を地面に付ける。

「マーキング。」

 男が触れた地面に光が走る。人が一人くらい寝られそうなほどのスペースが光り始めた。


「土のエフェクト、召喚 マッドゴーレム!」

 地面の光を左手に吸い取ると、手に緑の炎が宿る。地面が盛り上がり、巨大な土人形が作り出された。

 背の高さは私の1.5人分くらいだろうか。拳は私が抱えても余りそうなほど大きい。


「マッドゴーレム、攻撃だ。」

「ごぉぉぉぅ!」

 男が巨大な土人形に指示を出したようだ。泥を踏み込み、重々しい足音を響かせながら近づいてくる。

 地面に伏せていた私の頭上を暴風が吹きぬける。背中の重みが無くなった。遠く後ろの方で何かが潰れる音がしたような気がする。



 重々しい足音が通り過ぎていく。

 私は体を起こし、足音を追うように振り返る。


 盗賊たちは次々と土人形に襲い掛かる。

 左から斬りかかった盗賊は殴られ吹き飛び、木にぶつかり弾けた。

 右から槍で突いた盗賊は、頭の上に拳を落され腰まで地面に埋まった。当然頭は・・・・・。


 あまりの状態に私は目を背ける。

 背けた先には、ローブの男が居た。ローブの男に斬りかかる盗賊も居たが、なぜか刃が通らない。斬りかかった肩で斧が止まっている。

 男の左手が青い炎を上げると、盗賊の胴体が両断される。


 私はあまりに凄惨な出来事に、地面はひどいぬかるみであるにも関わらず顔を伏せた。

 その後しばらく、周囲に剣戟音や破壊音が響いていたが、気が付くと雨音以外が聞こえなくなっていた。



 私は恐る恐る顔を上げる。

 馬車に残されていた奴隷の女の子が、ローブの男と話をしていた。

 しばらくすると、奴隷の子はローブの男に頭を下げ、馬車の御者台に上ると馬車を走らせ、行ってしまった。


 あれ、私は!?


 私は茫然として、しばし地に伏せたまま男を眺めていた。



 いつまでもこうしていても仕方ない。意を決して立ち上がり、男に近づいていく。

 ローブの男は私に背を向けている。雨音もうるさいし、もう少し近づいてから声をかけよう・・・・・。


 男まであと3歩ほどの距離まで来た。

「あの・・・・、」

 突然、男を中心とした半透明の球体が発生する。私も中に取り込まれている!!


 私は焦って下がろうとしてつまづき、しりもちをついた。球体は既に無くなっていた。



 あれ? 地面が硬い。雨も止んでいる。

 周りはとても高い壁で囲まれているが、上には空が見えている。

「おまえ!?」

 ローブの男が私に気付き、見下ろしている。そして私の左手に注目する。

「ギア・・・・・・か?」

 私も左手を見る。いつの間にか一振りのナイフを握っている。微かに光を放っていた。



         ◇



 ここはどこだろうか。私の住んでいた村は山の中にあって、周囲は森ばかりだった。

 奴隷馬車も、まだそこまで遠くには移動していなかったはずなのだ。

 なのに、ここには森が無い。まわりは石のような建物が立ち並び、すごい数の人が行き交っている。こんなにたくさんの人を見たのは初めてだ。

 道は平らな石で綺麗に作られている。こんなに平たい道は村には無かった。その上色違いの石を使って模様になっている。すごい。


 さらに驚くべき風景は、馬の無い馬車が走っていることだ。それも大量に・・・・・。



 これが噂に聞く王都という場所だろうか。周りの動きが目まぐるしすぎて、目が回りそうだ・・・・。



 私は何度も人にぶつかったり、馬車にぶつかりそうになったり、そのたびに男に手を引かれつつ、男の家らしき場所に連れてこられた。

 男の家は割と小さかった。それほど大きくない部屋に寝床や食卓が並んでいた。部屋も一つしかないようだ。


 同じ建物にたくさん部屋があったようだから、もしかしたら宿?

 改めて見ると扉の造りはかなりしっかりしているし、窓にはガラスがはまっている。実は高級な宿なのかもしれない。


「はぁ、えーっと、どの服なら着れるか・・・・。」

 男は独り言をつぶやきつつ、靴を脱いで室内に入っていく。靴を脱ぐなんて珍しい。王都はそういう決まりなんだろうか。

 私も習って靴を脱ぐ。



 男の部屋にも不思議な物がたくさんあった。見たことのない物ばかりだ。

 入り口近くは炊事場だろうか・・・・・、包丁があるけど、かまどがない。


 ブーンという音の出ている箱が目に付いた。持ち手のような物が付いている。開くのかな?

 持ち手を引っ張ると開いた・・・・・・。冷たい! 中がひんやりしている。これは・・・・・、食べ物?

 卵が入っている。それも5個も! 卵がこんなにあるなんて、王都は豊だというのは本当なんだ。


「冷蔵庫は開けなくていい。オカンじゃないんだから、人の家に来ていきなり冷蔵庫開けるな。」

 これは"レイゾウコ"と言うのかな・・・・・。オカンという人は開けていいらしい。



「こっちだ。」

 男は炊事場の反対側にある扉を開く。中は良くわからない場所だった。小さな部屋でさらに扉が二つある。

「ここで服を脱げ。」

 私は一瞬思考が停止する。


 そうだ、王都があまりに珍しいものばかりで忘れていたが、私は奴隷だった。

 疑問を持たずに男の家まで来てしまった。そうか、そういうことだったんだな・・・・・。


 私は逡巡ののち、服を脱ぎ始める。

「ち、違う、俺が出てってから脱げ! 今脱ぐな! まだ着てろ!!」

 男は目を逸らしつつ、そんなことを言う。

 どういうことなのか、さらに混乱しつつ私は服を着なおす。服はまだ湿っていて気持ち悪い。



 男は小部屋にある扉の一つを開く。そこは白くて良くわからない素材でできた部屋だ。

「これでお湯がでる。服を脱いで、お湯で体を流せ。脱衣所に着替えを置いておくから、しっかり体を拭いてから着替えろ。」

 男が白い小部屋にあるレバーを捻ると、太い蔓のような物の先から雨のようにお湯が出てくる。

 お、お湯を浴びるの!? そんなもったいないことしていいの!?

「ちゃんとお湯使えよ!」

 そう言いつつ、男は部屋を出て扉を閉めた。私は一人残された。



         ◇



 お湯を浴びるなんて初めてだった。恐る恐る浴びてみたが、熱くて大変だった。でもちょっと気持ちいい。

 その後"ダツイジョ"に置いてある布を巻いて出たところ、「それはタオルだ!」と怒られてしまった。

 こんな上等な布地を拭くだけに使うなんて・・・・・。


 男が用意した服は、不思議な着心地だった。ものすごく肌触りがいい。ズボンは腰部分が伸び縮みする。こんな服も初めて見た。

 いつも着ている亜麻の上下とはすごい違いだ。



「その恰好も十分に目の毒だが・・・・・、仕方ないか。」

 下着が無いため胸の形が出てしまっている。私だってこんな恰好は恥ずかしい。自分で着させておいて・・・・・。


「お前、名前は?」

「アリアです。」

 人に名前を聞くときは、先に名乗るべきだと思います。まあ、奴隷な私にはそんな気遣いは無用ですよね。


「俺は、継本時雄ツギモト トキオ、トキオと呼んでくれればいい。」

「はい、わかりました、トキオ様!」

「様はやめろ。」

「私は奴隷ですから! ご主人様は敬ってお呼びしないと!!」

 とりあえず気分を上げて行こう。じゃないと素の気分では奴隷一日目を過ごせそうにない。


「俺はご主人じゃない。」

 トキオが言うには、ここはニホンという場所で、私の住んでいた世界とは別の世界らしい。王都じゃなかったんだ。

 トキオの持つ"世界を渡る能力"に巻き込まれ、私はここへ来てしまったのだという。


「なので、帰りたい場所を教えてくれれば、そこに送ろう。」

「うーん、奴隷として売られてしまいましたから、帰るところが無いですね!」

 務めて明るく、軽い感じで言ってみた。というか、重苦しい雰囲気で話してしまうと、自分の中で何かが崩れてしまう気がする。

「そ、そうか・・・・、なら、今夜はとりあえずそこで寝ろ。」


 こんなふかふかの寝床で寝たのも初めてだ。



         ◇



「起きろ。」

 何かで頭を叩かれている。目を開けると、紙束を丸めた物を持ったトキオさんが立っていた。

「とりあえず、朝飯だ。」



 これは多分パンだろう。四角くて薄い。そして焼いてあるのか、表面がカリっとして香ばしい。

 噛むとジワリと甘みが広がる。こんなパン食べたことが無い! 無我夢中で食べてしまった。気が付くともう無い。

 ああ、もっと味わえばよかった。


 コップのミルクらしき飲み物に口を付ける。つ、冷たい!!

 どうしてこんなに冷たいの!? どうやって冷やしてるんだろう。

 それにミルクも癖が無い。たぶんヤギのミルクじゃない。なんのミルクだろう・・・・?


 ごくごくと一気にミルクを飲んでしまった。

 ぐぅぅぅ、頭が痛い。なぜかすごく頭が痛くなった。まさか毒だった!?



 しばらくすると頭の痛みが治まった。なんとなく、冷たいミルクを一気に飲んだのが原因かなぁと思い至った。

 視線を感じトキオさんに目を向けると、唖然とした顔で私を見ていた。

 今更ながら恥ずかしくなって顔が熱くなる。あまりにがっついて食べてしまった・・・・・。


 目を逸らすために視線を落とすと、トキオさんの前にはパンが丸ごと残っていることに気が付いた。しばしパンを見つめる。

「これも食べるか?」

 しまった。見過ぎた。まるで私がパンを欲しがって見ていたみたいじゃないか! いや、欲しかったけど。


「い、いえ、大丈夫です。私がそんな大食いに見えますか!?」 

「いや、あー、そう、今日はあまり食欲がなくてな、良かったら食べてくれないか?」

「え・・・・・・、し、仕方ないですね! なら頂いておきます!!」

 トキオさんからパンを貰い、早速かじる。今度はゆっくり味わおう。

 サクサクカリっとした触感、噛むと甘みが広がる。おいしい・・・・。気が付くと無くなっていた。おかしい・・・・。

 トキオさんはなぜかニヤニヤと私を見ていた。



         ◇



「俺はドメインワンダラーだ。昨日も言った"世界を渡る能力"は、ドメインワンダラーとしての能力だ。」

 何を言い出しているのかよくわからない。重要な話があると言われたので、居住まいを正して聞く準備をしたが、良くわからないことを言われた。


「ドメインワンダラーの"渡り"に巻き込まれると、ドメインワンダラーの"見習い"になるんだ。」

 へぇー、なんだかわかったようなわからないような・・・・・・、ということは?

「アリアは俺の"見習い"になった。」

 しばし思考が停止する。

「え・・・・・・?」


 トキオさんは、そんな私の状況に構うことなく、話を続ける。

 トキオさんは左手を見せる。不思議な形の腕輪が嵌っている。

「ドメインワンダラーは、能力を行使するための道具として"ギア"を持つ。俺のギアはこの腕時計だ。」

 トキオさんのウデドケイから光の膜が伸び、左手全体を輝かせる。昨日見たやつだ。

「アリアのギアはそれだ。」

 私の胸元にある首飾りを指さす。昨日いつの間にか持っていたナイフは、しばらくすると光の中に消え、首飾りに変わっていた。ペンダントヘッドは小さなナイフだ。


「どうする、見習いを解消する方法もある。昨日も聞いたが、帰りたい場所、行きたい場所があるなら送ってやれるが。」

 今更村には戻れない・・・・・、行きたい場所も特にない。というか村以外を知らないから分からない。

 トキオさんと一緒に居られれば、またパン食べれるかな。でもお荷物だよね・・・・・。


「はい。行く宛はありません! なので、どこか適当なところに帰していただければいいです!!」

 殊更明るく告げてみた。勢いで言わないと言葉が出そうになかったから。


 トキオさんは一瞬悲しそうな顔をしたあと、私に告げた。

「なら、しばらくうちに居ろ。行先は追々探そう。」

 なぜ、この人は私を放り出さないんだろう。何か裏があるのか・・・・・。

 でも、どうせ奴隷になるか行き倒れるか、そのどちらかだけの人生だ。ここでどう扱われても、大した違いは無いよね。


「わかりました! 師匠!!」

「いや、師匠呼ぶな!」



         ◇



 師匠が「スーパー行くぞ。」と言い、私を連れだした。

 本当は"ダイガク(大学)"という場所に行く予定だったらしいが、今日は"ジシュキュウコウ(自主休講)"だと言っていた。この世界の言葉だろう。良くわからない。


 スーパーはすごかった。

 たくさん可愛い服が売っていた。

 たくさんの食べ物も売っていた。

 見たことも無いものがたくさんあった。


 この世界はすごい。私の居た世界とは大違いだ。

 スーパーで買い物ついでに、この世界のお金について教えてもらった。紙のお金なんて、破れたりしないのだろうか。


 師匠はスーパーで私の服をたくさん買った。食べ物もたくさん買った。私のためにお金をたくさん使ってよかったのだろうか。

 私は心配になり師匠を見ていたら、「女性服売り場は精神力が削られる。」と言っていた。

 私は気が付かなかったけど、特殊なおまじないでもかかっているのかもしれない。


 トイレという場所で早速着替えた。ワンピースという服らしい。こんなひらひらな服も初めてだ。かわいい。


 帰る前に、スーパーでラーメンという食べ物を食べた。

 いろいろなモノがスープに入っていた。とってもアツアツだった。熱いので少しずつ食べてみた。

 油の甘みが口に広がる、スープは少し味が濃い気がしたけど、中の麺と一緒に食べると良い具合になった。

 上に載っていたお肉もすごくおいしい。私このお肉ばっかりでもいいかも。

 アツアツふうふうしながら、全部食べた。お腹が満足感でいっぱいだ。

 また師匠はニヤニヤと私を見ていた。



         ◇



 家に戻り荷物を置いて、再び出かけた。家の近くにある空き地だ。

「それじゃ、ドメインワンダラーの能力を実演しつつ、ドメインワンダラー流のお金稼ぎ講座といきましょうか。」

「はい! 師匠、よろしくお願いします?」

 お金稼ぎがドメインワンダラーの能力?


「世の中のあらゆるものには、"エナジ"が宿っている。そのエナジを抜き出して力として利用するのが、ドメインワンダラーの能力だ。」

 師匠が左手を上げる。

「まずはギアを起動する。」

 左手が輝く。

「たとえばお金にもエナジがある。」

 師匠は右手に千円札を持っている。

「起動したギアで何かに触れることで、その物体に"マーキング"をする。」

 輝く左手でお金に触ると、お金が光り始める。


「マーキングした物体からは、"エナジ"と"エフェクト"が取り出せる。」

 お金から金色の2つの光が出て、師匠の左手に吸い込まれる。左手に金色の炎が宿る。

「エフェクトは何かの事象を起こす術式だ。吸い取ったエナジを使って、エフェクトを起動する。」

 だんだんややこしくなってきた。エフェクトがエナジで・・・・・、なんだっけ?


「エナジは燃料みたいなもんだ。エナジを燃やしてエフェクトを使うんだ。」

 私の表情から察したのか、師匠が再度説明をしてくれた。

「取り出す物体次第で、エフェクトの内容が変わるのと、エナジの属性も変わる。」

 また良くわからない。内容と属性がなんだって?

「・・・・・・、まあ、おいおい、試していこう。」

 私の表情から、私が理解していないことがばれてしまったようだ・・・・・。


「お金から抽出したエフェクトを使う。金のエフェクト、アセット!」

 師匠の左手が金色に光る。左手に宿っていた金色の炎が消えた。



「・・・・・・、なにも起きないですよ?」

 後ろで何かが落ちる音がする。振り向くと・・・・・、あれは財布?

 師匠が革の財布を拾う。中には・・・・・・、すごいたくさんお金が入ってる!!

「もしかして、これがエフェクトの力ですか!!」

「そう、アセットは"つぎ込んだエナジに応じて、その世界の富を手に入れる"という効果だが・・・・、これは違うな。」

 師匠が難しい顔をして答え、財布を持って歩いていく。よく分からないが師匠について行く。



「ここは?」

「交番だ。」

 赤い丸いランプのある建物に師匠が入っていく。

「ああ!! よかった!!」

 中に居た人が、師匠の持っている財布を見て安堵の声を上げている。



 結局、師匠は財布をその人に渡し、謝礼として5000円もらった。

「師匠! お金がだいぶ減りました!!」

「つぎ込んだエナジの量からすると金額はこのくらいだ。たぶん財布をそのまま持ち帰ろうとしても、抑止力が働いたはずだ。」

 よくしりょく? 良くわからないけど、効果はこのくらいだったらしい。

「とりあえず、今日のところはこのくらいで帰ろう。」






 家に帰り、テレビを見て、ご飯を食べ、お風呂に入った。


 テレビってすごい。箱に人が映っていて、いろいろしゃべっていた。内容がわからない物が多いけど、見ているだけで面白い。

 夕ご飯はオコメとミソシルとお魚だった。ちょっと変わった味だったけど美味しいかった。お腹いっぱいだ。

 お風呂も少し慣れた。あったかいシャワーは気持ちいい。石鹸を使うととてもすっきりした。


 この世界に来てから、私は幸せばかりを感じてる気がする。私なんかが、こんなに幸せでいいんだろうか。



「そろそろ寝るか。」

 師匠は薄い布団を床に敷いて、そこに寝ようとしている。昨日も床で寝ていた。私が師匠の寝床を使っているからだ。

「師匠! 今日は師匠がこっちで寝てください! 私が床で寝ますから!!」

「いやいい、それは俺の男的なプライドが許さない。」

 おとこてき? ちょっと意味が分からないけど、師匠は床に寝たまま起きてくれない。


「なら・・・・・・、一緒に寝ましょう!! 師匠なのに床で寝るのは変です!!」

「な!! お、おま、そ、それは余計にだめだ! ぶ、物理的な距離が我慢の限界だ! いいから寝るぞ!!」

 師匠発言がむちゃくちゃになってる感じがする。言ってる意味がさっぱり分からない。

 師匠はお布団を頭まで被ってしまった。



 師匠は私のために色々買ってくれたり、寝床も使わせてくれている。

 私には返せるものが無い。だから、体くらい好きにしても良かったのに。師匠になら、そういうことをされても我慢できると思う。

 私にはそこまでの価値が無いかもしれないけど・・・・・。


 そういうつもりでもないなら、師匠はなぜ私を家に入れたのだろう。なぜご飯や寝床を用意してくれるのだろう。わからない。



 師匠がわざとらしくイビキをかき始めたので、私も諦めて寝ることにした。寝床ありがたくお借りします。



         ◇



 翌日、今日は"ジュギョウ(授業)"に出ないと"タンイ(単位)"が危ないと言いうことで、大学へ行くらしい。

 私を一人で家に置いておけないということで、私も付いて行くことになった。


 ちなみに今日の朝ご飯もパンだった。いろいろ食べたけど、パンはやっぱりおいしい。

 私は今日もワンピースにした。着るのも楽だし、何よりかわいいのがいい。



 大学というのは勉強するところだった。私は勉強なんてしたことが無い。

 私の世界では、王都には貴族の学園があると聞いたことがあるけど、当然村には無かった。

 勉強の内容は全然わからなかったけど、勉強の雰囲気は結構好きかもしれない。



 お昼ご飯は、大学の食堂で"魚フライ定食"を食べた。

 昨日のお魚は焼いた物だったけど、今日のはフライというらしい。

 サクサクの中がしっとりでとっても幸せだった。




「午後はバイトだ。いよいよドメインワンダラーとして実戦をするぞ。」

 一旦家に帰り、動きやすい恰好に着替えた。ワンピースはひらひらなので、ズボンに変えた。


「"バイト"ってなんですか?」

「うん? ああ、そうか、すまん。バイトっていうのは、お金稼ぐために働く仕事のことだ。」

 お金稼ぎ。昨日もたくさんお金を使わせてしまったから、お金が無くなったのかな・・・・・。私のせい?



 少し暗い気分になりつつも、悟られないように気を付けつつ師匠について行く。

 師匠は家から少し離れた場所まで移動し、建物と建物の間に入る。

 人が来ないことを確認し、ギアを起動する。

 以前見たのと同じ、師匠を中心とした半透明の球体が発生する。すると、同調するように私の周囲にも半透明の球体が発生した。



 気が付くと、周りは草原だった。遠くに森と山が見える。

「私にも球体が出たんですが・・・・・。」

「親が"渡り"を使うと、"見習い"は強制的に連行されるんだ。」

 見習いには"渡り"の選択権は無いらしい。やはり所詮は見習い。


 あれ、そういえば、ここは・・・・・。

「こ、ここはまさか・・・・・、」

「そう、アリアが居た世界だ。」

 師匠は軽い感じで言っているが、私は背筋が冷えるような感覚に襲われていた。夢から覚めたような感覚。

 ここまで数日が幸せすぎて、私は忘れてかけていた、私の現実はここにあるんだ・・・・・。

 馬車の扉がしまる・・・・、両親が見えなくなる・・・・、遠ざかる村・・・・、馬車の周りから響く狂騒・・・・、



「・・・・い・・・・、おい、アリア!!」

「え・・・?」

 師匠が大きな声で私を呼んでいた。

「すまん、行き先を言ってから来るべきだった。」

 師匠が私をギュッと抱きしめる。なぜか母に抱きしめられたことを思いだす。

「アリアを返すとかそういうことは無いから、安心しろ。あくまでもエナジ稼ぎだ。」

「エナジ稼ぎ?」

「俺の世界より、アリアの世界の方がエナジを稼ぎやすいんだ。」

 そっか、エナジを集めに来たんだ。

「あの、その・・・・・、そろそろ・・・。」

 ずっと抱きしめられたままだ。安心するんだけど、ちょっと恥ずかしくなってきた。

「うぇぁ、す、すまん。大丈夫か? 無理そうなら帰るが。」

 師匠は焦って離れた。なんだろう、少し残念な気もする。なんだか顔が熱い。

「い、いえ、大丈夫です!!」




 師匠はうろうろと何かを探している。私は師匠の後について行く。

「どうやって、エナジを稼ぐんですか?」

「ん? 普通にモンスター狩りだぞ? お、居た。」

 師匠の視線の先、大きな角付きうさぎ、ワイルドホーンだ。

 村の猟師さんもたまに狩ってくることがあったので、見たことがある。見たのは狩られた後だけど。


 師匠は木の葉を手に取る。左手が輝く。

「マーキング。」

 木の葉が光り、その光が左手に吸い取られる。

「葉のエフェクト、召喚 リーフス!」

 地面に魔法陣が描かれ、中から緑の服を纏った人物が出てくる。金髪で色白で耳がやや長い。


「リーフス、攻撃。」

 リーフスは腰からナイフを抜き、二刀流でワイルドホーンに接近する。

 ワイルドホーンもリーフスに向け角を突出し体当たりをしてくる。瞬間交錯する2者!

 リーフスはワイルドホーンの角をひらりと躱し、首にナイフを突き立てた!


 ワイルドホーンは絶命したようだ。さらに師匠はワイルドホーンの首から流れる血に触れる。

「マーキング。」

 血が光り、その光が左手に吸い取られる。

「血のエフェクト、コープスアブソーブ。」

 途端、ワイルドホーンの体が輝く。粒子上になって消えていく。粒子は師匠の左手に吸い取られていく。

「これは、死体をエナジに変換するエフェクトだ。こんな感じで、エナジを溜めるわけだ。2時間でアセット換算4~5千円分くらいにはなるぞ。」

 5千円、ラーメン何杯分だろう? えーっと1杯800円として・・・・・。

「ということで、今のを踏まえて、アリアがんばれ。」

「6杯で・・・・・え?」



         ◇



「無理です! 無理無理無理無理!!」

 ワイルドボアが追いかけてくる。いきなり戦えとか無理です!!

「大丈夫大丈夫、ドメインワンダラーには"プロテクション"って能力があるから、ちょっと攻撃されたくらいじゃキズもつかないって。」

「でも怖いっす!!」

 言った瞬間、ワイルドボアの体当たりが私の背中に命中し、吹き飛ばされる。空中で2回転したあと、顔から木に突っ込んだ。


 うん、たしかに痛くない。顔を確かめてみたけど血も出てない。

「おーい大丈夫かー。」

「だいじょぶですけど・・・・・、ししょお、ひどいっす。」

 ワイルドボアは既にリーフスさんが屠っていました。



「!」

 無口なリーフスさんが何かに反応しています。

「これは・・・・。」

 続けて師匠も何かに気が付いた様子。視線の先を追うと・・・・・・、あれはゴブリン?

 木の隙間から見る限り、ゴブリンが数体居るように見える。


「そっと下がるぞ。」

「え、戦わないんですか?」

 師匠はゴブリンから視線を逸らさずに続ける。

「あいつらは面倒なんだ、あれは斥候だ。近くにもっと居るはずだ。見つかれば間違いなく仲間を呼ばれる・・・・・! リーフス!!」

 その時、後ろの草むらからゴブリンが飛び出してきた。ボロボロの剣を振り回しつつ飛びかかってくる。咄嗟にリーフスさんが受け止める。

 ゴブリンは狂ったように剣を振るう。リーフスさんが丁寧に受け止めているが、反撃の余裕までは無さそうだ。


「気づかれた。」

 木の向こうにいたゴブリン集団も接近してくる。集団はギャアギャアと声を上げている。周囲の森からもギャアギャアと声が聞こえ始めた。

 囲まれてしまった!?


「葉のエフェクト、召喚 リーフスハンター! 召喚 リーフスメイジ!」

 師匠が続けざまにモンスターを召喚する。リーフスハンターさんは弓を持っている男性。リーフスメイジさんは杖を持った女性だ。どちらも美形だ。

 しかし集まってくるゴブリンの量がすごい。既に周囲に10体以上集まってきた。


 痛くはない。叩かれても痛みは無いんだけど、かなりうっとおしい。


「気を付けろ、プロテクション残量が0になったら、攻撃が通るようになるぞ!」

 え!? プロテクション残量って!?

 そう思った途端、視界隅に緑の円が浮かぶ。上部に少し切れ目がある。叩かれるたびに少しずつ切れ目が広がる。これがもしかして残量かな。

「し、師匠、どうすればいいんですか!!?」


「ギアのエフェクト、マーキングタッチ!! ターゲット リーフスメイジ!」

 師匠の左手から発した光が、リーフスメイジさんに当たり、メイジさんは光に包まれる。

「マーキングタッチは、エフェクトにマーキング能力を付与できる。今はメイジに付与した。だからメイジが触れたり、魔法を当てた場所がマーキングされる。」

 戦いつつも、師匠は解説を入れてくれる。

「メイジ! 周囲の木にウインドストーム! 葉を落せ!!」


「ウインドストーム!!」

 リーフスメイジさんが放つ。魔法で起こった風が、周囲の木に茂る葉を落とす。

 何枚も葉が落ちる。その葉は既にマーキングされているらしく光を放っている。

 その間も次々とゴブリンが集まってくる。既に30~40くらいいるんじゃないだろうか。


「葉のエフェクト、召喚 リーフス!!、召喚 リーフス!!、召喚 リーフス!!」

 さらにリーフスさんが3人増えた。みなさん美形の男性だ。

 リーフス達に囲まれ、ゴブリンを防いでいるが、数が減らせないと状況は好転しない。

 少しずつプロテクションが減っていく。もしかしてかなりピンチ?


「師匠!! もっとがんがんリーフスさん呼びましょう!!」

「一度エナジを抽出したマーキング点からは連続でエナジ取れないんだよ!! しばらく待たないと回復しないの!」

 あー、それでどんどん新しくマーキングしてるんですね。

「それに、今フィニッシャー用に溜めてるんだよ!!」

 ふぃにっしゃー?



「よし、十分にマーキングが増えた! いくぞ!」

 周囲に残っている光る葉から一気にエナジが集まる。師匠の左手の光が強まる。

「リーフス起動エフェクト! エナジチャージ!!」

 周りのリーフスさん達から、光が漏れだし、師匠の左手に集まる。これはエナジが出てる?

「リーフスには微量だが、エナジを生み出す能力があるんだ。」

 師匠が解説してくれた。そういうことでしたか!


「木のエフェクト!! 召喚 ウッドジャイアント!!」

 空中に一際大きな魔法陣! そこから巨大な動く木が出てきた! 私4人分くらいの背丈はありそうだ。大きい!!

「ウッドジャイアント! 攻撃!」

「ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 ジャイアントさんがゴブリンを踏みつぶす。4体が一気に踏みつぶされ、粒子になって消えていく。


 ジャイアントさんはゴブリン達を蹂躙していく。ゴブリン達は既に戦意を失い、逃げ惑っている。

 ついに最後の1匹がつぶされ、ゴブリンは全て掃討された。



「ああ・・・・・・、稼いだ分がふっとんだ。今日はマイナスだ。」

「ゴブリンの死体を吸収すれば・・・・・・、あれ? 死体がない。」

 周りに溢れるほどいたゴブリン達は、血も残さず消えていた。そういえば粒子になって消えていたんだ・・・・。


「あれは召喚モンスターだ。面倒なことになった。この世界に他にもドメインワンダラーが居る・・・・・。」


「火のエフェクト、ショック!」

 背後からの声、そして地面を電撃が這う!

「うっ!」

「がぁ!!」

 師匠も私も、リーフスさんたちも一気に感電する。プロテクションがまた少し減った。

 周囲のリーフスさんたちが一斉に粒子になって消えていく。


「ほぅ、こぶ付きか。一緒に居るとは珍しい。」

 背後の茂みの中から、黒ローブをまとった男が出てくる。フードを取ると白髪が目立つ、短く切られた頭髪が見えた。

「私はデバイス、わかっているとは思うが、ドメインワンダラーだ。」

「・・・・・・、俺はトキオ、こっちはアリアだ。」

「どうぞよろしく。」

 デバイスは慇懃な態度で接してくる。師匠は一瞬たりとも気が抜けないと言った表情だ。


「出てきてよかったのか? こっちにはまだウッドジャイアントが居るんだぜ?」

「そうだな、確かに危険だ。」

 デバイスは右手に杖を持っていた、杖が赤く光っている。

「火のエフェクト、ファイアボール。」

 デバイスの頭上に巨大な火の玉が発生し、ジャイアントさんに向け飛んでいく。


「ジャイアントさん!!」

 火の玉を受けたジャイアントさんが炎上する。そして、粒子になって消えていく。

「これで消えた。」

「チッ、既にエナジをプールしていたか・・・・・・。」



「さて、おとなしくコアを渡してもらおうか。」

 デバイスが要求してくる。コアってなんだろう?

「持っていない・・・・・、と言ったら信じるか?」

「まさか・・・・。」

 デバイスはニヤリと笑う。



 デバイスはいつの間にかマッチを点火していた。

「火のエフェクト、フレイムビュート!」

「葉のエフェクト、召喚 リーフス!」

 デバイスの左手に、炎のムチを顕れる。

 師匠はリーフスさんを新たに召喚する。


 デバイスが炎のムチを振るう! リーフスさんに巻きつき、炎上、リーフスさんが消えていく。

「ギアのエフェクト、マーキングタッチ! ターゲット フレイムビュート!」

 デバイスの炎のムチに、火とは違う光が宿る。

 師匠は地面に手を付ける、地面が光る。


 デバイスがムチを振り回す。あちこちの木や下草に当り、火が付く。

 ムチが師匠に向かって振るわれる! 師匠にあたったムチはプロテクションに弾かれる。しかし残量が削られているはず・・・・・。


 師匠は再び別の地面に触れる、そこも光りだす。

「ゴブリンとの戦いで既にマーキングタッチを使用していたよなぁ!」

 デバイスはうれしいそうに師匠にムチを振るう。その間も周囲に飛び火し、燃える場所が増えていく。


 師匠はもう一度地面を光らせる!

「これで! 土のエフェクト! ストーンゴーレム!!」

 地面から石が生えてきて、巨大な人型を作り出した。前に見た泥人形と似ている。しかし今度は石だ。

「ストーンゴーレム、攻撃だ!!」

「キシャァァァア!!」

 ゴーレムさんがデバイスに殴りかかる。デバイスに拳が当たり、プロテクションで弾かれる。


「ふ、ふふふふふふ。」

 デバイスが笑っている。デバイスが杖を振り上げる。周囲の燃えている場所からどんどんと光が集まってくる。周りの火が全部マーキング!?

「く、ゴーレム!!」

「キシャァァァァァ」


「火のエフェクト、召喚 レッドドラゴン。」

 空の巨大な魔法陣から赤い巨体が現れる。デバイスに向け突撃していたゴーレムさんを踏みつぶし、ドラゴンが着地する。

 ゴーレムさんは粒子になって消えていく。

「ゴルァァァァァァァァァ!!!」

 ドラゴンは師匠と私に向け、威嚇するように吠える!! ビリビリと体全体に響く。

 ドラゴンが大きく息を吸う。明らかに危険な気配だ・・・・・・・。

「アリア、逃げ・・・・・・!!」

 私は逃げるために身を翻し・・・・・・、



 その時、突然に以前の思考が頭をよぎる。


『いっそ、どこかで殺してくれないだろうか。その方が、つらい現実を見ないで済むんじゃないだろうか。』




 足が止まってしまった。

 ドラゴンが口を開く、灼熱の業火が視界を覆う。ああ、炎に飲まれていく・・・・・。



 横から誰かが飛びついてくる。視界は半透明の壁で覆われ、気が付くと建物の隙間に居た。



 あ、師匠の世界だ・・・・・・。

 私を庇うように、師匠は私を抱き寄せていた。炎に飲まれる寸前に、師匠が"渡り"で助けてくれたんだ。



「ぐ、まずいな。」

 師匠は私から身を離しつつ、つぶやく。

「無事、逃げて来られましたよ? まさか、ここまで追いかけてくるんですか!?」

「いや、それはない。この世界には来れない。"渡り"はそんなに便利な能力じゃないからな。」

 なら、もう大丈夫なんじゃ・・・・・。


「あいつは"世界のコア"を取りに行くはずだ。」

「え? コア・・・・ですか?」

「ああ、ドメインワンダラーは"世界のコア"を集めると、さらに上の世界に渡れるらしい。だから、大抵のドメインワンダラーは"世界のコア"を集める。」

 大抵の・・・・・、ってことは、そうじゃない人も居るってことかな?


「師匠は集めてないんですか?」

「俺は集めてないし、持ってない。上の世界なんていう曖昧なモノにも興味ないしな。」

 そうか、確かに"上の世界"と言われてもピンとこない。

「ふーん、私もよくわからないですが、コアとかいうのが取られたらダメなんですか?」

「コアが無くなると、世界が崩壊する・・・・・。」

 それはつまり、あの世界が崩壊するってこと・・・・・?



「・・・・・、いいんじゃないですか? 別に。」

「なっ! おまえの居た世界だぞ?」

「うーん・・・・、仕方ないですよ。そのために師匠を危険な目に遭わせてもいけませんしね。」

 きっと、あいつとまた戦いになるんだろうし・・・・。


「無くなってもいいってのか・・・・・・?」

 なんで師匠はこんなにあっち世界にこだわるんだろう。"あんな"世界なのに。

「そんなに惜しくないです。特にいいことなんて何もないですし、あっちの世界は。」

 こちらの世界の方がずっといい。

 便利だし、

 ご飯おいしいし、

 お風呂も気持ちいいし、

 お布団もふかふかだし、


 奴隷にならないし、



 親に捨てられないし・・・・・。



「そう、かもしれないけど。でも、そのうち"いいこと"が見つかるかもしれないぞ? 無くなってしまったら、それもできなくなる。」

 師匠は何だか悲しそうな表情だ。


「いや、いいですよ、私は。」

 どうせ、居ても居なくても変わらない人間ですし・・・・・。



 師匠は私を窺うように覗き込んでくる。

「・・・・・、おまえ、さっきわざと避けなかったな?」

 ギクリとした。確かにあの時は足が止まってしまった。

「え、いや、その・・・・・・、まあ、いいかなと思って・・・・。」

「"いいかな"で死にたいのか?」

 そんなに突っ込んでこないでください。私だってそんな話、したくない・・・・。


「・・・・・・、私が居なくなれば、師匠も面倒なこぶが無くなるじゃないですか。」

 なぜか胸が痛い。こんなこと言いたくない、だけど言葉が止まらない。

「な、」

「師匠も無理してバイトしなくていいですね!」

「おまえ、本気で言ってるのか?」

「別に、大事な命でもないので! 奴隷になるくらいしかないので!!」

 こんな"本当のこと"を言うつもりなかったのに。言ってもどうしようも無い。変わらないことなのに。

 なんで師匠が泣きそうなんですか。


「自分で言っといて、泣きそうになってんじゃないかよ。」

 私? 泣きませんよ。涙は流さないと決めました。泣いたって何も変わりません。



 師匠は急に怖い顔になった。私はビクっと体が強張る。

「そうか、分かった・・・・・・、なら、俺が奴隷のようにこき使ってやる。」

「え?」

「お前が一人前のドメインワンダラーになれるように、しごいてやる!」

「え、そ、それは・・・・・。」

 それは本当に、できれば避けたい気が・・・・・・。



「そのためには・・・・、まず、死ぬの禁止な。」

「は、はぁ、」

「あと、毎日ごはんをしっかり食べろ、体が資本だ。」

「は、はい。」

「風呂も毎日入れ。服も買ってやる、毎日着替えろ、清潔なことは大切だ。」

「あ、あの・・・、」

「うちに住んでいい、お前の生活分の金額くらい俺が稼いでやる。」

「いや、その、師匠?」

「あとそうだな・・・、家事を覚えろ、洗濯、掃除、お前ご飯作れるか?」

「え、あ、い、一応。」

「よし、俺の好きな食事は日本食だからな、レシピ本を見て覚えろ。」

「れ、レシピですか?」

「この際だ、化粧品も買ってやる、小綺麗にしてろ、せっかく可愛いんだから!」

「か、かわっ!?」

「ベッドもちゃんと買ってやる。そしたら遠慮なく寝れるだろ!?」

「えっと、その、」

「どうしてもって言うなら、一緒のベッドでもいいけどなぁぁ!!!」

「うぇぇぇ!?」



「お前が、世界に捨てられたんなら、俺が帰る場所を作ってやる。」




 師匠は私の頭に手を置き、軽く撫でてくれる。

 なんだかすごいことを言われた気がする。なぜか顔が火照ってきた。師匠も顔が赤い。


 この気持ちはなんだろう・・・・・、私は今、"うれしい"のかな。



 師匠はわざとらしく咳払いをし、再び話し始める。

「しかし、俺の大事なアリアが捨てられっぱなしってのはシャクだな。」

 師匠は少し遠い目をしてつぶやく。またすごく恥ずかしいことを言われてる気がする。

「あの世界には償いをしてもらおう。アリアを悲しませた償いだ。そのためには・・・・・、」

 師匠は新しいいたずらを思いついた子供のような表情だ。


「まずは世界を救わないとな。」



         ◇



 "天峰"と呼ばれている山。私の世界で神様が住んでいると言われている山だ。

 頂は高く、常に雲で覆われていて確認できない。登った者は誰も居ないと言われている。

 そんな天峰の頂に、私たちは来ていた。


 師匠は既にコアの在り処を知っていた。知っていたけど回収していなかった。この世界のコアは、天峰にあった。

「本当は俺一人で来たかったんだが、"見習い"は親の"渡り"に引っ張られてしまうからな・・・・・。」

 そういうと師匠はきょろきょろと周囲を見渡し、適度な岩陰を指差す。

「アリアには、まだドメインワンダラー同士の戦いは早い。隠れていてくれ。」

 本当は手伝いたいけど、エフェクトも満足に撃てないのでは、ただの足手まといだ。大人しく隠れておくことにした。




「おや、先回りをされていたか。」

 風が吹き雲が流れると、デバイスの姿が見えた。

「これ以上は行かせない。」


「ドメインワンダラーの癖に、コアを狙わないのか?」

 デバイスはため息交じりで師匠に問い、さらに続けて言葉を紡ぐ。

「まさか世界を崩壊させるのが怖い、とか言わないよな?」

 私は師匠の顔を見た。師匠は再び不敵な笑みを浮かべている。


「ああ、怖いね。お前みたいな外道に堕ちるのが怖い。」

 デバイスは憮然としている。

「そうか、退くなら命は助けてやるぞ?」


「通すつもりも、負けるつもりもない。」



 二人はお互いに隙を窺うように静止する。一陣の風が通り過ぎる・・・・。


「山のエフェクト、召喚 ストーンマン!」

「草のエフェクト、召喚 スプライト!」

 師匠とデバイスが同時にエフェクトを起動する。師匠の傍には小さな妖精が浮かび、デバイスの前には石人形が立つ。


 石人形は普通の人間サイズだ。脇を締めて構えたまま動かない。まるで防御しているみたいだ。

 デバイスは石人形の後ろに隠れる。

「ギアのエフェクト、マーキングタッチ! ターゲット スプライト!」

「山のエフェクト、召喚 山ネズミ。」

 師匠は妖精さんにマーキングタッチをかけ、デバイスが小さなネズミを召喚した。


「スプライト、攻撃!」

 妖精さんがデバイス目がけて突撃する! しかし石人形が割って入り攻撃を止められる。反撃はしてこないようだ。

 妖精さんは攻撃しつつ、周囲の地面に触っている。少しずつマーキングが増えていく。


「ギアのエフェクト、マーキングタッチ! ターゲット 山ネズミ。」

 デバイスは小さなネズミを召喚し、そのネズミにマーキングタッチをかける。


「草のエフェクト、召喚 スプライト!」

 師匠が2体目の妖精さんを召喚する。

 二人の間を妖精さんが飛び回り、石人形に止められている。それぞれに攻防しつつ、地道にマーキングを増やしていく。


「岩のエフェクト、ストーンライズ!!」

 デバイスの杖が輝く。師匠の近くに石のトゲが隆起してくる! 隆起した部分にあった師匠のマーキングが消える!

「くっ、マーキング破壊か!!」

 あんなマーキングを破壊する方法もあるんだ・・・・。



 私も隠れてるだけじゃなく、少しでも師匠を手伝わないと! ギアを起動!

 首飾りが輝き、ナイフに変わる。

 山の地面にナイフを突き刺す! 地面が光りだす。もやもやと地面から何かが湧き出してくる。凝視すると文字が頭に思い浮かぶ。


「属性、山? ストーンマン、山ネズミ、ロックバレッド、アースクエイク・・・・。」

 そうか、これが使えるエフェクトだ。

 ストーンマンと山ネズミはエナジが足りてる。

 ロックバレッドは、ちょっと足らない。もっとマーキングしないとダメだ。

 アースクエイクは・・・・・、全然足らない。


 ストーンマンと山ネズミはデバイスと同じだし、なんか嫌だな。

 ロックバレッドなら、少しエナジ増やせば使えそうだ。

 少し移動してマーキング、少し移動してマーキング、少し移動してマーキング・・・・・。



 デバイスはストーンマンをもう1体増やしつつ、師匠のマーキングを壊していく。

 師匠もスプライトで攻撃しつつ、マーキングを増やしていく。徐々にだが師匠のマーキングが増えていっている。


「葉のエフェクト、召喚 リーフス!」

 師匠はリーフスさんを呼び出した。リーフスさんを増やせば、エナジチャージで一気にエナジを増やせる!


「リーフス起動エフェクト! エナジチャージ!!」

「葉のエフェクト、召喚 リーフス!」

 師匠はリーフスからエナジを補給して、リーフスを増やす。おお、すごい連携してる。


「山のエフェクト、ロックバレッド!」

 デバイスから石つぶてが発射される。師匠のプロテクションが削れている!

「師匠!!」

 私は見ているだけでは居られず、飛び出した。



「大丈夫だ! もう溜まった!!」

 師匠の左手が光りを強める。周囲のマーキングから光が集まる。

「リーフス起動エフェクト! エナジチャージ!!」

 さらにリーフスさんからも集まってくる。


「雲のエフェクト! 召喚 空のスピリット!!」

 雲が渦巻き、巨大な人型を形成していく。ウッドジャイアントと同じか、それより大きい人型が宙に浮いている。


「ふふ、どうかな!?」

 デバイスが不敵に笑う。あれは・・・・・・・、動物の死骸? デバイスのネズミがかじっている・・・・、うぇ。


「腐敗のエフェクト、プレーグラット ターゲット 山ネズミ!」

 山ネズミが黒い粘着質なオーラを纏う。


「プレーグラット起動エフェクト、プレーグ!」

「なっ!?」

 山ネズミから黒い煙が噴き出され、辺り一面を覆う。プロテクションがものすごい勢いで減っていく!!

 リーフスさん達が粒子になって消える、デバイスのストーンマンも粒子になって消えた。

 空のスピリットまでもが消えてしまった・・・・・。


 私の体を覆うプロテクションがビリビリと乱れている。プロテクションが壊れそうだ。残量も少ししかない。

 師匠の方向から、バリンという何かが砕けるような音が響く。


「ふはは、プロテクションが限界を迎えたようだな。」

 そんな! まだ私でもプロテクションが残っているのに・・・・・・、あ。

 さっきのロックバレッド・・・・・。あれで余分に減っていたから!?



「やはり見習いもここに居たか。どうだ、今なら親をすぐに殺せるぞ? 見習いを脱するチャンスだ。」

「え?」

 どういうこと? 親を殺す?

「私は慈悲深い、お前が親を殺すなら、この場は見逃してやろう。」

 私が、師匠を殺すってこと・・・・・?


「ん? まさか言ってないのか? ドメインワンダラーの親と見習いは、どちらか生き残った方だけが独立したドメインワンダラーになれると!」

 私が師匠と・・・・・?

「それは正確じゃない、ギアを壊すだけでいい。」

「同じようなものだ。ドメインワンダラーがギアを壊されるなど命を失うも同然。どうせその後のコア回収で、世界崩壊に巻き込まれ死ぬのだからな!」


 私は師匠を見る。師匠の周りは既にマーキングで埋められており、そのうえ、空のスピリット召喚のためにエナジを使い切ってしまっている。

 すぐにマーキングは増やせないし、エナジも枯渇していて、今は何もエフェクトが使えない状態だ。

 師匠自身はプロテクションを超えてダメージを受けたのか、片膝をついたまま動かない。表情も苦しそうだ。



 私の持つギアにはロックバレッドが1発セットされている。いつでも撃てる。

 師匠は私の視線に気づき、しばし見つめた後、目を閉じた。



 何、諦めてるんですか!

 まだ化粧品買ってもらってません!

 もっと服も買ってもらう約束、まだ果たされてません!

 私の作ったご飯も食べてもらってません!


 まだ・・・・・、私の気持ちを伝えてません!!




 デバイスを見る。デバイスも体がビリビリと乱れている・・・・・。プロテクションが弱ってる? これなら!!

 私はデバイスに向け、ナイフを投げつけつつ、突進する!

「な!?」

 ナイフは軽く防がれる、でもそれでいい!!

「山のエフェクト、ロックバレッド!」

 防がれたナイフから、至近距離でロックバレッドが炸裂する。

「がぁぁ!!」

 デバイスからバリンという何かが砕けるような音が響く。デバイスもプロテクションが壊れた!

 やっぱり! デバイスの石人形も消えていたし、あのネズミから出る黒い魔法はデバイス自身にもダメージがあったんだ。


「くらえぇ! プロテクション体当たりぃ!!」

 私はそのままデバイスに体当たりをした!! 私のプロテクションが反応し、デバイスの体を弾き飛ばす。

 ぼきぼきと嫌な音がデバイスの体から響いてくる。

「ぐぇぁ・・・・」

 勢いのまま、デバイスが吹っ飛んで行った。



         ◇



「デバイスのギア壊したら、私もドメインワンダラーになりますか?」

 気絶したデバイスの傍らで、私は師匠に質問した。

「いや、たぶんならない。"見習い"はあくまでも親のギアを壊さないと・・・・・。」

「試してみましょう!!」

 私は意気揚々と、デバイスの杖にナイフを突き立てた。デバイスの杖は粒子になって消えた。


「・・・・・・、変わった感じがしないっす。」

「だから、俺のギアじゃなきゃだめなんだって。」



「まあ、いいです。私は師匠の見習いで!!」

 師匠は少し面喰ったような顔をしていたが、すぐに笑顔になった。

「そうか・・・・、んじゃ、帰るか。今日は疲れたし、世界も救えたし。」

 私は勢いよく「はい!」と答えようとして気が付く。

 師匠は"見習い"の私をどうするんだろう。このまま一緒に帰っていいのかな・・・・・。


 師匠が振り向き、立ち止まっている私を見る。

「ほら、帰るぞ。"見習い"なんだから、俺についてこい。」

「は、はい!!」

 こぼれそうになる涙を隠しつつ、師匠の後を追う。



「やれやれ、やっぱ世界救うなんてヒーローの仕事だな。俺みたいな凡人の仕事じゃねぇ。」

 師匠はため息交じりに愚痴をこぼす。

「師匠は私のヒーローです。」

「ん? なんか言った?」



「なんでもないよ!」

 私はずっと見習いでいい。師匠と一緒なら。

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ドメインワンダラー ~ただの村娘な私が、次元渡りになって日本と異世界を行ったり来たり~ たろいも @dicen

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